ハッピーエンド至上主義TS転生者のモブキャラVS実は百万回周回中のヒロインさん 作:何かを書きたい人
体が冷たい。頭が重たい。ずっと寝ていたい。だけど、そろそろ起きないと――。
覚醒と微睡みの間を行き来している至福の時間。これが永遠に続けばいい。そんな幸せを胸にいっぱいにしていたのに、突然の吐き気により中断されてしまった。
「ぅ゙っ……おえ」
気持ち悪い。気持ち悪い。キモチワルイ。胃の中から全身を掻き乱すような。俺の中にあった大事なものを侵して、全く別の何かに変化させていくような。
そんな不快感が絶えず襲ってくる。思考がまとまらない。
まるで腹の中で『誰か』が暴れていて、俺という器を破壊しようとしているようにも感じられた。
俺は地面に蹲る姿勢のまま、吐き気が収まるまで動くことができなかった。
――それから、どのくらいの時間が経ったのか。多少思考するできる程度には、気分は落ちついていた。と言っても、本調子には程遠いが。
何とか倦怠感の酷い体を起こし、辺りを軽く見渡す。場所は村近くの森。
(……どうして、こんな場所で寝ていたんだろう?)
頭に疑問符を浮かべていると、意識を失う直前の出来事がフラッシュバックする。
――脳味噌を溶かすような甘い色香。男女問わず狂わせる整った女の顔に、瑞々しい唇。そして、それが自分のものと触れ合った時の刺激。興奮。
一瞬にして、それらが脳裏を過ぎり。熱に浮かされたかのように、頭や頬がとてつもなく熱くなる。
(え、えー……前世も含めて、初めてだったんだけどなぁ)
前世の記憶が虫食いのせいで、恋人の存在の証明ができない。よって、先ほど心の中で発言した内容が事実となる。
悲しいなあ。まあ、相手が見ず知らずの野郎じゃなくて、美女で良かったとしよう。うん。
(……そういえば、あの女性はどこに行ったのかな?)
俺のファーストキスを奪っていた女性の姿を探すが、どこにも見当たらない。どのくらい気を失っていたか分からないが、あの女性は疾うの昔に去ってしまったようだ。
結局あの女性の正体も、何の為に俺の前に現れてあのようなことをしてきたのか。さっぱり分からない。
それを今考えても答えは出ない。後回しにしよう。
空は暗くなっていて、森の様子も昼間とは一転。前世であれば、立派なホラースポットの一つを名乗れるだろう。そのぐらいの迫力や無気味を兼ね備えている。
時間帯が異なるだけで、同じ景色でもこんなにも見違えるものだと思考が逸れる。
今の正確な時刻は分からないが、早く村に戻らないと両親やアレン達が心配しているだろう。そう思って立ち上がろうとした時。
数時間前の焼き直しのように、俺の背後から物音がした。
また女性が戻って来たのか。その可能性を信じて、後ろに振り返る。
果たして、そこにはあの女性の姿はなく。代わりにいたのは、緑色の肌を持つ人型の何か。身長は今の俺の半分程度で、衣服の類は腰に巻かれた襤褸切れ一枚のみ。その手には棍棒。
端的に言えば、モンスターの一種であるゴブリンであった。
「え……ぁ……」
おかしい。ゲームの時には、この森にモンスターが出ることはなかった。現に、今までの村での生活でモンスターの目撃情報や被害報告を聞いたこともない。けれど、ゲームとの差異は俺自身のことで多少は経験済み。動揺は少ない。嘘だけど。
(……どうしよう? 本当に終わったかも)
ゴブリンと言えば、オークと並んで女性の敵と言っても過言ではない生態をしている。周囲に他の個体は見当たらないが、いないとも限らない。
というか、そもそも今の俺では一対一でも絶対に勝つことは不可能。
本格的に詰んでしまったらしい。このままゴブリンの巣にお持ち帰りをされて、奴らの繁殖を手助けする為の道具として人生を終えるのだろうか。
いや、そんなことを許容してはいけない。それを許してしまえば、俺はいったい何の為に
それにゴブリンを放置すれば、その魔の手は何れは村に――マリー達にまで及んでしまうことは間違いない。
俺が知っているゲームのアレンやマリーなら、ゴブリンの群れ程度はたとえ百匹以上いようとも相手にならない。
しかし、今の彼らは才能が凄いだけの普通の子供。
ハッピーエンド至上主義者を自称するなら、このぐらいの敵で音を上げている訳にはいかない。
震える体を押さえつけて、足元に転がる木の枝を拾う。こんな武器しかないのは嘆かわしいが、それでも俺は全力で抗ってやる!
そんな俺の決意を知ってか知らずか、目の前のゴブリンはただ気色の悪い笑みを浮かべているだけ。いや、嗤っている? どういう意図で?
そこまで考えていた時。ゴブリンの笑みが、より一層に深くなる。お前は愚かであると言わんばかりに。
がさっ。後ろから、そんな音が聞こえたと思ったら。後頭部に強い衝撃を受けてしまった。
頭から血が流れて、意識を再び失いそうになる。
明滅する視界で、新たに現れた個体を含めて五体のゴブリンはもう我慢できないといった様子で、地面に倒れ伏す俺に手を伸ばそうとしてきた。
■
「ん? クリアちゃんに、どんな『加護』をあげたかって? そりゃあ、あの子がいっぱい苦しめるように。私がとっても楽しめるような。とびっきり素敵な『加護』よ。
それに効果は多少違うけど、マリーちゃんとお揃いにしてあげたわ。あの子も喜ぶはずよ。
まあ、制約でマリーちゃんの方は話せないけど。くすっ」
■
ゴブリンの一体が手を伸ばそうとしてきた先は、いつの間にか何もなかった。
「ギっ!?」
驚いた様子で、辺りを探している。 他のゴブリン達も一緒になって、突然いなくなった俺の姿を見つけようとしている。
そんなゴブリン達の様子を、
「――は?」
思わず驚愕の声を上げそうになるのを、慌てて両手で口を塞ぐ。そのお陰もあって、草木に隠れて死角にいた俺が見つかることはなかった。
しかし、状況が飲み込めない。死ぬとは言えないまでも、背後から不意打ちを受けて出血し、尊厳的な意味では死亡一歩手前だったはず。
それがどうして、こんなことに?
(……突然秘められた力が覚醒した? いや、そんなはずはない。
もしかして、さっきの女性とのキスのせい?)
荒唐無稽な考えに思えるが、そう仮定すると意識を取り戻してからの不可解な出来事にある程度の説明がつく。
あの女性は、俺の知識ではゲームに影も形もなかった。何があっても、不思議ではない。
(だけど、そうだとして何で俺に力を与えるような真似を?)
その意図が読めない。
(――って、そんなことを考えている場合じゃない! あのゴブリン達をどうにかしないと!? ……でも、さっきみたいな力をどう使ったら――)
「――あ」
些か考えごとに耽り過ぎていたらしい。ゴブリン達に隠れていた場所が見つかってしまい、苛立っていたゴブリンの一体に木の棍棒で頭を強く殴打される。
「がっ……や、止めて――ごふっ」
「ギギ!」
「ギャギャ!」
俺の静止の言葉が通じるはずもなく、二体のゴブリンに大の字で押さえつけられて、残りのゴブリン達に腹部に目掛けて棍棒を振り下ろされ続けた。
痛みで、思考がぼんやりとしてきた時。また不可思議なことが起きる。今度はゴブリン達の背後に、
「――え?」
全く理解が追いつかないが、あの女性によって与えられた力(?)は発動したようだ。発動してしまったらしい。
そして今回は移動した場所が悪かったせいで、ゴブリン達に即座に捕捉される。
(あ、ヤバ――)
そう心の中で言い切る前に、ゴブリン達によるリンチが再開された。
――薄れゆく意識の中で、この不可思議な現象についての正体。その可能性の一つが思い浮かぶ。
(――もしかして、これって。不死身の力?)
それが