ハッピーエンド至上主義TS転生者のモブキャラVS実は百万回周回中のヒロインさん 作:何かを書きたい人
――朝日が閉じている瞼越しに、意識の覚醒を促してきた。
「う、う……」
反射的に掛け布団を頭の上まで被る。このまま二度寝をしたい衝動に駆られるが、そんなことをしていては母親から大目玉を食らってしまう。
ゾンビのような足取りで外に出て、冷水で洗顔を行う。ぼんやりとしていた意識がはっきりとする。
「よし……! 今日も一日頑張りますか!」
気合いを入れて、俺は家に戻って朝食の準備をする母親の手伝いに向かう。これが今の俺にできる仕事の一つだ。
そう時間がかかることなく、朝食の準備は整い家族三人が揃って食卓に座る。
うん。今日も美味しい。そんなことを内心考えながらも、俺はつい先日のとあることについて思い返していた。
その日は、ほぼ毎日の日課になっているマリーやアレン達の追跡から身を隠して村外れの森で、今後の取るべき方針に関して考えていた時。
何の前触れもなかった。謎の人物から力を授かったり、継承するといったイベントもなく。平和を脅かす敵に襲われて、そいつを打ち倒す為に秘められた力が覚醒するという胸熱シーンもなく。
いつの間にか「力が使えるようになった」という
今まで、どう
けれど、そのどれもが実を結んだことはなかった。お前には何もできることはない。そう現実を突きつけられているようで、気が狂いそうになりそうであった。
しかし、その努力が報われたのだ。直接俺が色々と試してきたあれこれが関係していないことは分かっているが、精神的に救われた部分もある。
これでアレンやマリーの役に立てる。俺が殺してしまった
大分前向きに考えられるようになった。
「……だけど、この力について何も分かんないんだよね」
場所は家の自室。今日は用事があるのか、アレンやマリーがやって来る様子はない。何故か村外れの森には、能力が覚醒した日以来行きたくなくなっていた。帰るのが遅れて、両親にとんでもない雷を落とされたのがトラウマになっているのだろうか。
いや子供じゃあるまいし、そんな訳ない。絶対に。
何にせよ、森に行く必要性はない。能力の検証は別に、どこでだってできるので問題なし。
「……じゃあ、試してみるか」
俺の能力の詳細は未だに判明していないが、触り程度のことは無意識で理解していた。理屈では説明できそうにないが。
「っ……!」
家の台所から勝手に持ち出した短い包丁。それで指を軽く切ると、小さい痛みとともに少量の血が流れ出る。ここまではただの自傷行為に過ぎないのだが、数秒もしない内に傷が塞がっていく。
「うん、ばっちり塞がってるね」
そこにあるのは、白くて綺麗な肌。ほんの数秒前まで、傷があったとは思えない程に。
この回復能力(?)が現状判明している俺の力なのだ。どのくらい負傷を治せるのか、他者にも使用できるのか。まだまだ試さないといけないことばかりである。
「……だけど、この力があれば。アレンやマリーの役に立てる」
これからアレンやマリーの前に立ちはだかる敵を先んじて排除できるような力ではないことは悔やまれるが、それは他の方法で習得していけばいい。
回復能力であれば、『聖女』としての力に覚醒するマリーと役割が被ってしまうが、回復役は一人でも多いことに越したことはない。
ここはゲームと酷似している部分があったとしても、現実だ。少しの油断が命取りになる。それを防止できる確率が上がることに自分が貢献できるのであれば、これほど嬉しいことはない。
でも、大きな懸念ができてしまった。それはこの力を有効に使おうと思ったら、当然回復させたい対象――アレンやマリー――のすぐ傍にいることが望ましい。
つまり、俺が彼らの旅に同行する必要があるのだ。
無理無理。一ファンとしてはテンションが上がるが、原作カプは壊したくないというのも本音。どうしたものか。
同行する場合、回復役以外の役割――肉盾としての役割を全うするのもありかもしれない。
凄く痛くて、苦しくて何度も辞めたいと思うだろうけど、アレンやマリーが
くよくよ悩んでも仕方がない。今の俺にできることを少しずつ増やしていこう。えっと、まずはどの程度の傷まで癒せるかの確認かな?
再生力の強さや早さを調べるのは、肉盾として当たり前だからね。
■
「――今日は大丈夫ですね。クリアさんは」
お母さんから頼まれた数軒先のお宅にあるおつかいの途中で、クリアさんの家を物陰から盗み見る。別にこの行為自体には、何もやましいことは一切ない。断じて。
クリアさんの安全の為にやっていることなのだ。切っ掛けとなった、つい先日に村外れの森で起きた出来事を思い出す。
いつになっても帰ってこないクリアさんを心配して、一緒に探しに行こうとしたアレンを撒いて、森の中を駆けずり回った先で。
私が見た光景は、
五体のゴブリンに囲まれて、ボロボロになっているクリアさんの姿。それを見た瞬間に、私は少しの間ではあるが正気を失っていた。
『――殺します』
そう呟いた後、体は勝手に動いていた。数え切れない地獄を経てきた私にとって、ただのゴブリン程度虫けら同然に蹂躙してやった。
私の大切な■■を壊そうとした怒りをぶつけた結果、ゴブリン達は無惨な骸の山に姿を変えた。
その後は、精神的に危うい状態であったクリアさんの記憶を魔法で少し改ざんして、あの時の出来事に関連するものは全て消しておいた。
魔王討伐の旅に出ていた頃のクリアさんであったら、ゴブリン達も返り討ちにしていただろうが、今の段階では仕方がない。むしろ、生きているだけ儲け物だ。
あのようなことがないように、記憶が何かの拍子で戻ってしまうことがないように。クリアさんの日常を陰ながら見守っているのである。
本音を言えば、ずっと傍に張り付いてお世話もしたいのだが、今までの経験上嫌われるまでいかなくても露骨に避けられるようになってしまうので、これでも自重している。
(……だけど、あの回復能力はいったい?
あんな魔法でも何でもない歪な力を使ったことなんて、
……本当はクリアさんの自傷行為も止めたいですけど、私もあの力に関する情報は全くないですし、よほど危ないこと仕出かさない限り、静観でいいでしょう。
私の異変に気づかれたあの周回の時みたいに、一人で勝手に旅に出られても敵いませんからね)
そんなことを考えながら、充分にクリアさん成分を堪能し終えた私は、用事を済ませて家に帰り。「時間がかかり過ぎ!」と軽く叱られてしまった。
解せぬ。
クリアさんにあんなことがあったばかりと言うのに、少々気を緩め過ぎたらしい。注意しないと。クリアさんを助けられるのは、幸せにできるのは私だけなのだ。
(……クリアさんの詳細不明の回復能力。村外れの森に現れたゴブリン達。今までの周回中では、起きていないことが既に二つも……。
捨てるつもりは初めからありませんが、下手をしたら
……いえ、この考えはあまりにも失礼です。怒られちゃいます)
そう内心反省しながら、私は『純粋無垢なマリー』を演じる為に。今日も仮面を被るのであった。
――待っていてくださいね。クリアさん。邪魔者が全部いなくなったら。私がいっぱい、いーっぱい。■してあげますから。