転生したら前世の妻が追いかけてきた 作:you are not
事件の後、二人は正式に夫婦として共に生活するようになった。もう村には近づこうと思わなかった二人は森の北側にある万年雪のある雪原に移住して、新しい家を建てた。
そこで二人きりの結婚式を開いた。人間の参列者はおらず参列者と言えば飼っていた動物たちと雪原にいる精霊たちくらいなものだろう。だがそのどちらも二人を祝福しているようだった。
「だー、だー」
やがて二人の間には愛おしい娘ができた。モルガナとアレスが夫婦となって二年目のことである。
「モルガナ!モルガナ!お、お、俺のことパパって言ってくれた!」
「全く子供が名前を呼んだくらいで大げさなんだから、ね?リリス」
名前はリリス。アレスと同じ黒い髪と瞳が夜の帳を連想させることから、その名前が付けられた。
「まんま、まんま」
「キャー!あなた聞いた!?あたしのことママですって天才よ!」
愛され、望まれ、生まれるべくして生まれた子供。きっと魔女の子であるということも知らず、愛されて育つことだろう。少なくとも二人はそう思っていた。
――☆―――☆―――
「パパ!早く早く!」
「そんなに急がなくてもソリは逃げないよ」
やがてリリスは六歳の子供となり雪原で遊ぶようになった。母親と同じように草食動物たちと意思疎通が取れるリリスは友達の動物たちと一緒に針葉樹林を駆け抜ける。その様子を父親であるアレスは背後から感慨深そうに微笑みながら眺めていた。
「……?あれは」
ふと、遠くを見ると針葉樹の影から複数の人がこちらに近づいてきているのが見えた。この土地に住んで十年近くになるが人が来たのは初めてのことだった。やがて、その人影が俺たちの間の前まで近づいてきた。動物たちは恐れて消えてしまった。
「驚いたヒト族がいるとは思わなかった」
青い肌に赤い瞳。顔色の悪い病人のような男たちはアレスとリリスの二人に近づいてからそう呟いた。
「それはこっちのセリフだよ……君達は魔族であってる?」
「あぁ、その通りだ白猿ホワイトモンキー」
その言葉と同時に背後から声が上がる。間違いなくリリスの声だった。
「パパ!」
「おおッと動くんじゃねぇぞ?娘がどうなってもいいのか?」
突然の出来事に驚いたがすぐに理解できた。そうだ、確か魔族という種族は人類と対立関係にあり、互いに差別する関係にあるという話を聞いたことがある。そして、お互いを奴隷にするとも……
「娘をどうするつもり?」
「俺たちはこの土地が欲しいのさ、だから手始めにお前らを奴隷にするあ、娘がいるってことはお前の女も――」
そこからは必死だった。魔族三人を護身用の武器だけで殺して娘を救出することができた。その後、俺は娘を抱えて森を駆け抜けた
モルガナのいる家まで戻ると俺は事の顛末を伝えた。
「……なるほどね。わかったわ」
「あぁ、だから急いで逃げよう」
「そうしたいけど……残念ながらできそうにないわね」
モルガナが前を向き、どこかを凝視している。俺もつられてそちらを向く。
「っ―――」
そこにいたのは軍勢だった。さっきやられた魔族の三人が増援を送ったのか、白い雪原を埋め尽くすかのように黒い軍勢が我が家を囲うように立っていた。全員が鎧に身を包み、剣と槍で武装していた。八方ふさがりとはこのことだろう。
「投降は?」
「無論、一族郎党皆殺しだ」
軍勢の中の誰かがそう呟いた。俺は死神が目の前にいて、そいつが喋りかけたかのような錯覚を覚えた。
「……なんでそこ狙う?」
「冥途の土産に教えてやろう。一つはこの土地は枯れているが地下資源が豊富だ。だから次期魔王である俺が欲したのだ。もう一つ我は人間が嫌いだ。女はたっぷり遊んだ後に殺して、お前はその後だ」
覚悟を持って俺は家にあった木こり用の斧と剣鉈を構える。
「ほぉ?魔族の王子たる我に逆らうかその蛮勇は認めよう」
魔族の言葉を無視して俺はモルガナとリリス二人に声をかける。
「モルガナ、リリスを頼む」
モルガナは妻は無言で頷いてくれた。だが、どこか不安そうな顔だった。あぁ、そうだろう。
―――だって、俺は生き残れる気がしないから
――☆―――☆―――
「パパ!パパ!」
「待って逝かないで!お願い!」
私とリリスが必死に声をかける。今朝まで笑顔だった顔には苦痛と鮮血ばかりが浮かんでいる。感覚的にわかってしまった。もう、この人は死ぬ。大切な家族が、娘と同じくらい愛してる夫が何もできずに死を見届けることしかできない。それがどうにも無力で悔しかった。
「モルグナ、リリス……愛してる」
それだけ言って、あの人、アレスはこと切れてしまった。私と娘は泣いた。泣いて泣いて日が暮れるまで涙が乾くまで泣いた。優しく笑いかけてくれていた旦那の姿はなく、どれだけ温めても冷えた身体は熱を取り戻すことは無かった。その事実に私はもう一度泣いた。