TS美少女魔法剣士は顔がいいだけで生きやすい説 作:ほうき星
「体の方は、大丈夫なんですか?」
俺は、武具屋店主の奥さん──アンナさんのお腹をそっと見つめる。
ふっくらとしたお腹の中には、新しい命が宿っているのだ。
「ええ。今は安定してるから、大丈夫よ」
椅子に腰を下ろし、ゆったりと微笑むアンナさん。
(……前世では、こんな状況に巡り合うことはなかったな)
まだ「男だった記憶」がうっすらと残る俺にとって、妊婦さんのお腹に触れるなんて、どこか不思議な感覚だった。
優しく丸みを帯びた彼女の体から、 生命の温かさが伝わってくる。
「……シーラは今日限りで街を離れるのか」
店主さんが、どこか寂しそうに呟いた。
「ふふ、寂しいですか?」
俺は、少しだけ冗談めかして微笑む。
「そりゃあ、当たり前だろう?」
でも──心の中では いろんな感情が入り混じっていた。
あれから一ヶ月と少しが経った。
異世界で生きるという事に最初こそ大変だったが、なんとか順応できた。
(……異世界、冒険者。やっぱり「冒険」しなきゃじゃん!)
正直なところ、心の奥底ではワクワクする気持ちがあった。
異世界に来たなら、やっぱり 「冒険」しないと損だろ!?
男の子は、旅をすることに惹かれると言う。
こう思うと目的が曖昧に思うかもしれない。
けれど、それ以上に──。
「私が、誰なのかを知りたいんです」
俺は、ふっと表情を引き締める。
この体は戦うことに慣れている。
華奢な体に似合わないタフさもある。
それは 「以前もこういう生活をしていた」 からじゃないか──?
だったら、俺の過去を知る人がいるかもしれない。
足跡を残しているかもしれない。
(……それは、この街に留まっているだけじゃ解決しない問題だ)
だから、俺は旅に出る。
綺麗に聞こえる言い方をすれば「自分探しの旅」とでも言えるかもしれない。
「よし、メンテナンスは終わったぞ」
店主さんからいつものショートソードを受け取る。
もう、すっかり手に馴染んだ相棒だった。
この1ヶ月半で、俺は 魔物討伐の依頼 もこなした。
結果、自分に合う戦い方も掴めてきた。
剣と魔法を組み合わせた魔剣士スタイル。
左手は防御や魔法の詠唱に専念できるようにし、剣は短めのショートソードを採用。
「……やっぱり、このスタイルが合ってるみたいだな」
そう呟いた俺に、店主さんが 何かを差し出してきた。
「シーラ、こいつを持っていきな」
「これは……?」
手渡されたのは 金糸の編み込みがある豪華な麻袋。
旅人が使う道具袋くらいの大きさだが──どこか普通じゃない雰囲気を感じる。
「こいつは、ただの道具袋じゃねぇ。拡張魔法がかかってるんだ」
「拡張魔法……?」
「見た目はこんなだが、なんでも収納できる代物だ」
(……アイテムボックス的なやつでは!?)
テンプレートを踏襲するならば、間違いなくチート級の便利アイテムじゃないか!!
「俺がまだ小せぇ頃、俺の爺さんが貴族様に献上品として高名な魔術師といっしょに作った物だ」
「そんな貴族に献上するような品を、私が頂いていいんでしょうか?」
俺が 不安そうに顔を上げると、店主さんは静かに頷いた。
「貴族様に献上する前に、爺さんは死んじまった。それ以来、店で売ってみたんだが……何分、値段が高すぎてな。かといってどこぞの冒険者に売ってやるほど『どうでもいい価値』なんかでもねぇ。だからずっと売れ残ってたんだよ」
そう語る店主さんの 優しい視線が、アンナさんへと向かう。
「なに、遠慮するな。俺には……もう1つの宝が出来るんだからよ」
(……ああ、そっか)
俺は少しの間、金糸の袋を見つめ──それから、しっかりと受け取った。
「俺からの餞別だ。Eランク昇格祝いと、そしてお前さんへの投資だ」
彼がEランクと言った通り、俺はこの1ヶ月半で等級が上がった。
AからFまである冒険者ランク。今まで俺はその最低に位置しているFランクだった。
武具も魔法も使えない者が少なくないこのランク帯は誰にでも出来る、安全な依頼が多く回ってくる。
本当に、駆け出し。そこからギルド、そして人々の仕事ぶりの評価により上がるシステムだ。
「今まで、本当にありがとうございます」
俺は深く頭を下げる。
思えば、ボロボロの状態でここに来た俺がこうして生きていけているのも、店主さんたちのおかげだった。
「いいか、長い間この店をやってきて、数多くの冒険者を見てきた俺が言ってやる。シーラ。お前はきっといずれ名を馳せるような冒険者になるさ。自信を持て」
「……はい」
店の表に出てきた店主さんとアンナさんは、どこか寂しそうな表情 をしていた。
「……私が、こうしてやっていけてるのも、店主さん達が親切にしてくれたからです。記憶を喪って、途方に暮れていた私を受け入れてくれた。テレジモアは、私の第二の故郷です!」
この街での生活は楽なものではなかった。
でも、それ以上に俺はここが好きだった。
「また帰ってきます。そのときは、娘さんとも仲良くさせてくださいね!」
「ええ、シーラちゃんならいつでも歓迎するわ!」
アンナさんは お腹をさすりながら、優しく微笑んだ。
俺はもう一度、二人に向かって頭を下げると、新たな旅へと歩き出した。
テレジモアの朝は活気に満ちていた。
石畳の道を歩けば、屋台の商人が威勢よく声を張り上げ、パン屋の甘い香りが漂ってくる。
すれ違う人々の顔も穏やかで、ここに暮らす者たちの温かさを感じる。
そして──。
「おはよう、シーラちゃん!」
「おはようございます、おばさん!」
顔なじみの商人が、にこやかに手を振ってくる。
俺も軽く会釈を返しながら歩くと、次は八百屋の老夫婦が笑顔を向けてきた。
「あらシーラちゃん、今日も可愛いわねぇ」
「はは……ありがとうございます」
この街に来てもう1ヶ月半。
最初は「異世界での生活」に戸惑うことも多かったが、 今ではすっかり馴染んでしまった。
俺が何かを買おうとすれば、「今日は特売だから、おまけしてあげるよ!」なんて言われることも少なくない。
そのたびに、「いいのかな……?」なんて思いつつも、ありがたく受け取らせてもらっていた。
(……みんな、本当に優しいんだよな)
異世界生活を始めるにあたって、不安がなかったわけじゃない。
絡んでくる先輩冒険者。
下品な視線を向ける悪漢。
そんなステレオタイプな輩が現れることも覚悟していた。
だけど、このテレジモアでは そんな目に見えて危険な相手に出会ったことはない。
みんなが俺に対して好意的で、優しい。
少し立ち止まり、建物の窓ガラスに映る自分の姿を眺めた。
シーラは 美少女だ。
それはもう、疑いようもなく美少女である。
この容姿が 「なんとなく好意的な印象を与えている」 のかもしれない。
だからこそ、ここまで何も問題なく異世界生活を送れている……気がしないでもない。
(まあ……深く考えてもしょうがないか)
すっかり馴染んだ石畳の道。
朝の陽射しがやわらかく、通りを行き交う人々の笑い声が心地よい。
(……さて、次は)
自然と、足がある方向へ向いていた。
思えば、あの場所もこの街での生活に慣れる中で、何度も訪れた場所のひとつだった。
最初はただの「仕事の依頼」だったけれど、いつの間にか立ち寄るのが当たり前になっていた気がする。
(──今回で、しばらく顔を出せなくなるんだよな)
少しだけ、名残惜しさが胸をよぎる。
でも、立ち止まるわけにはいかない。
俺は、もう一度 肩に下げたショートソードを軽く握り、前を向いた。
◆
「おはようございます、バレンさん」
「……シーラさん。おはよう。今日は早いね」
いつしかよく通うようになった店。
店主である親父さんと、その一人息子が営む小さな店だ。
この店のギルド依頼を何度か引き受けたこともあるし、俺の仕事ぶりを高く評価してくれている人たちの一人でもある。
しっかり者の父親と、気さくな好青年のバレンティーノさん。
今日も相変わらずの落ち着いた雰囲気で迎えてくれた。
「実は準備がありまして」
「……旅立ちの日、かい?」
俺は驚いてバレンさんを見た。
詳しい日程は誰にも話していないはずだった。
そろそろ移動するつもりだとは言ったが、それが"今日"だとは知らないはずだ。
「みんな、話題にしてたよ。シーラさんが、馬車護衛の依頼のついでに街を出ていくって」
「えぇ……なんで噂話になってるんですか……」
「そりゃ、シーラさんだから」
まるで"当然のこと"のように言われて、思わず苦笑する。
どうやら俺の動向は、街の人たちにとってちょっとしたニュースになるらしい。
でも、そんなバレンさんはすでに俺の旅支度を見越して、必要な物資をまとめてくれていた。
仕事が早い。俺、びっくり。
「それ、どうなってるの?」
食糧や生活必需品をどんどん袋に詰め込んでも、一向に膨らまないのを見てバレンさんが不思議そうに眉を寄せる。
「これは武具屋の店主さんにもらいました!」
どうだ! チート級アイテムだぜ!?
「なるほど、あの夫婦に。──なら、俺からも」
そう言うとバレンさんは店の奥へと消え、しばらくして何かを手に戻ってきた。
薄い灰青色の布地に、金の刺繍が施された小洒落たショートケープのようだった。
「俺からシーラさんには、これを」
「ケープ……でしょうか?」
「ただのケープじゃないよ。“風纏いのケープ”さ。昔、親父が旅人から譲り受けたものらしいんだ」
バレンさんが広げると、微かに魔力の残滓を感じた。
エンチャントアイテムの類だろうか?
「なんでも“風から好かれる”らしい。あまり派手な効果じゃないけどね」
あはは、と頼りなさそうに笑うバレンさん。
いやいや、めちゃくちゃいいものでは!?
「羽織ってみてもいいですか?」
「もちろん」
俺はケープを受け取ると、その場でさっと羽織った。
胸下あたりまで隠れるちょうどいいサイズで、前は襟のボタンで留める仕様。
腕の動きを邪魔しないし、なにより……。
フード付き!!
これ、めっちゃ冒険者っぽい雰囲気になってないか!?
くるりと回ってみると、ケープがふわっと広がる。
風に好かれるって言うけど、なんだか本当に体が軽くなったような……!?
「わぁ! 体が軽いです!」
思わずその場でステップを踏む。
ケープがふわりと風を受けて揺れ、軽快に動ける感覚が伝わってきた。
ついでにくるっと回ってみると、裾がなびいてまるで踊るような動きになる。
「うわぁ、めっちゃ冒険者っぽい!!」
気分が上がった俺は、さらに軽く 跳ねるようにステップ してみる。
確かに"風に好かれる"ってのがなんとなく実感できるかも!
ちょっとした体重移動がスムーズで、次の動作に移るのが楽になってる気がする!
「バレン、そいつをやったのかい」
俺がキャッキャとはしゃいでいると、店主さんが様子を見にきた。
「ああ、前々から親父が『ずっと店に眠らせててもな』って言ってただろ?」
「俺達には必要ないもんなぁ。しかし、よく似合ってるじゃないか。シーラちゃん」
「本当に、ありがとうございます!」
チート級アイテム(収納袋)+軽やかに動けるケープ=最強では!?
もうすっかり冒険者気分で、テンションは最高潮だ。
あ~なんかワクワクする!
そうして、予想外の贈り物と必要なものを買い込み、代金を支払う。
ふと、時刻を確認するともう少し余裕がある。
道を歩きながらうーんと考えたあと、俺はギルドへと向かった。
◆
ギルドは相変わらずの賑わいを見せていた。
入口をくぐると、まず耳に飛び込んでくるのは男たちの豪快な笑い声や、口論する男女の険悪なやりとり。
ざわめきに包まれた空間は、俺にとってすっかり馴染みのある場所になっていた。
ふと、受付のカウンターへ視線を移すと、見慣れた女性の姿があった。
「あれ、シーラさん! 何かありました?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
俺はふっと肩をすくめ、ギルド内の光景を眺める。
ガタイのいいおっさんたちが大声で酒の話をしていたり、険悪なムードの男女冒険者が睨み合っていたり。
どれもこれも、ここ最近で"日常"としてすっかり耳に馴染んだ音だ。
「ちょっと、顔を出しに」
「まぁ! 嬉しいですよ、シーラさん!」
受付嬢の女性が、ぱっと明るい笑顔を見せる。
俺もつられて口元をほころばせた。
──思えば、ここから俺の物語は始まったのだ。
異世界に来て、右も左もわからなかった俺を、この場所が受け入れてくれた。
記憶のない少女としてではなく、一人の"冒険者"として。
仕事を紹介してもらい、稼ぎ、生活の基盤を整え……気づけば、ここが俺の"帰る場所"のようになっていた。
「シーラさんが、薄着でここの扉を開いたのが、ついこの間のように感じます」
「ちょっ、あの時の記憶を掘り返さないで……!」
「うふふ、でも今は、もう"無防備な子猫"じゃありませんもんね?」
くすくすと笑う受付嬢に、俺は肩を落とす。
あの時は仕方なかったとはいえ、ほぼネグリジェ姿で歩いていたのは黒歴史以外の何物でもない。
この1ヶ月半で、さすがに"身の振り方"は覚えたつもりだ……たぶん。
「でも、シーラさん。あの時も可愛かったですけど、今はさらに磨きがかかりましたよね~」
「えっ。そうなの?」
「ええ。銀髪も相変わらず綺麗ですしー。癖っ毛はそのままだけど、ヘアピンがとっても可愛らしくて♪」
そう言われ、俺は思わず無意識に癖っ毛を留めたヘアピンに触れた。
以前は気にも留めなかった"見た目"というものを、今では少しだけ意識するようになった。
異世界での生活が、それだけ長くなった証拠なのかもしれない。
「それにしても……」
受付嬢はじーっと俺の顔を見つめ、何やら複雑そうな表情を浮かべる。
「何も手入れしてないのに、髪質も、お肌もぷるぷるもちもち……」
「え?」
「なんですか? 私に喧嘩売ってるんですか? こちとら日頃からポーション使って手入れしてるのに、全然間に合わないんですけど!!」
ズズズ……と、受付嬢の周囲に黒いオーラが立ち込める。
目が笑っていない。
「ははは、そりゃ年には勝てんって!」
「シーラちゃんはまだ16歳の若い盛りだしな!」
ギャハハハ! と、周囲の冒険者たちがどっと笑い声を上げる。
完全に"他人事"なノリだ。
「……あなた達も、今後もっと頑張らないといけませんよ?」
不意に、受付嬢がトーンを落とした声で言う。
「???」
ギルド内にいた冒険者たちが、一斉に首をかしげる。
「シーラさんがいたからこそ、汚れ仕事は回ってこなかったんですよ?」
「……は?」
「シーラさんが引き受けていた仕事の穴を埋めるのは、他の冒険者の皆さんですからね♪」
にこり、と満面の笑顔を見せる受付嬢。
しかし、冒険者たちの顔は一瞬にして青ざまった。
俺は依頼を選り好みせずに何でもやっていた。
危険度の低いものから、誰もやりたがらない汚れ仕事まで。
"なんでもできる"し、"なんでもやる"からこそ、ある意味で"便利屋"のような立ち位置になっていたのだ。
──そう。俺がいなくなれば、残った依頼は全部、彼らの肩にのしかかる。
「げげっ!? そうだった!!」
「シーラちゃん、いかないでくれぇ! ずっと残ってくれぇ……!!」
"面倒な仕事"の存在を思い出した冒険者たちは、口々に俺の引き止めを懇願しはじめる。
しかし、俺は苦笑いしながら そっと肩をすくめるだけだった──。