東方懐古録 〜 招かざる招き猫   作:九長秀真

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第一章 なんで、私だけ

 ここは、豪徳寺(ごうとくじ)。武蔵国に位置している曹洞宗のお寺。

 豪徳寺は招き猫の聖地と言われている。

 昔、鷹狩帰りの殿様が豪徳寺の前を通りかかった際、一匹の猫が手招きしていたので、殿様は豪徳寺に立ち寄ることにした。

 殿様は豪徳寺の当時の和尚さんと出会い、様々なことを話した。和尚さんとの話が盛り上がっていたその時、突然雷雨が降り始めた。それまでの空模様からは想像できないほどの大雨だった。しかし、殿様は豪徳寺にいたことによって雨宿りができた。

 殿様は、一匹の猫が手招きしてくれていたから、自分は和尚さんとの話を楽しめたし、雨に濡れずに済んだ。そう思い、その猫にとても感謝した。その後、豪徳寺では殿様を助けた猫を「招福猫児(まねきねこ)」と呼んでお祀りする風習ができた。その「招福猫児」の文字が変化して、「招き猫」になった。

 これが、豪徳寺が招き猫の聖地と言われる所以(ゆえん)

 だからなのか、豪徳寺には今でも多くの猫がいる。猫たちは、自分が殿様を助けた猫のように、人間に幸福を与える存在になりたい。そういう思いで、招き猫になるための修行を日々している。

 

 ……無論、豪徳寺に生まれた猫である私もその一匹だ。幼い頃からその話を聞いて、その猫のような立派な猫になりたい、そう強く願った。……だけど。

「あ、紛い者(まがいもの)見つけた!」

「本当だ! みんなこっちだこっち!」

「え、あ……」

 周囲の猫たちが、私を追ってくる。その目は単なる遊びのそれではなく、何かを異端だとみなし、迫害する者のそれだった。

 私はそんな目から逃げるように、走り出す。

(……なんで……なんで私だけ……)

心の中で響き続ける自分の声が、頭の中を支配する。支配されながらも、その声の返事を考え続ける。考えながら、走る。朝日の差す豪徳寺の境内を走る。できるだけ猫目(ひとめ)のないところへと……。

 

 豪徳寺の、殆ど誰にも知られていない小さな洞穴(ほらあな)。私のと化しているその場所へと、私は逃げ込んだ。

 ……私は、ミケ。名前からお察しの通り、三毛猫。この豪徳寺で生まれ育った、三毛猫。豪徳寺の招福猫児の話を聞いて、その猫に強い憧れを抱いた、普通の三毛猫。招き猫になるための修行がそろそろ始まる、ただの三毛猫。何の変哲も無い、豪徳寺の周りではよくいるような生い立ちの、三毛猫。

 ……その、はずなのに。私は、周囲の猫から「紛い者」と呼ばれ、蔑むような視線で見られ、私だけがおかしいとでも言うかのように迫害し……招き猫になるための修行を、受ける権利がないとでも言うかのような仕打ちをされる。私以外は善で、私だけが悪。周りの猫は、そう思っているようにしか見えない。他の猫達にとって、私は「紛い者」で「豪徳寺には不要な存在」らしい。

 なんで、とは言ったものの、こうなる理由、なぜ他の猫達が私を蔑むのか、迫害するのか、それはわかっている。……私が、三毛猫だからだ。豪徳寺の他の猫達がみんな純粋な白猫であるのに対して、私、ただ一匹だけが三毛猫だった。招き猫の師匠にも、君みたいな三毛猫が来るのは初めてだね、と言われた。

 生まれた場所も、招福猫児への憧れも、他の猫達と同じ。違うのは、三毛猫というだけ。……なのに、私は「紛い者」と言われ、蔑まれる。まるで、白猫以外は招き猫になる資格がないとでも言うように。

 私だって、好きで三毛猫に生まれたわけじゃない。三毛猫に生まれたくなかったというわけではない。でも、私にだって、憧れや、叶えたい夢がある。なのに……なんで、それを、三毛猫というだけで、否定されないといけないのか。なんで、私だけが、夢を否定されないといけないのか。なんで、私だけが三毛猫なのか。三毛猫に生まれたくなかったわけではないが……ここまでのことをされると、否定したくない、自らの”三毛猫”という種類すら恨んでしまいそうになる。

「私だって……私だって……」

 私以外誰もいないこの空間で呟く。本当は、他の猫にも言いたい。私だって、招き猫になりたい気持ちは変わらない。師匠が門前払いしてないから、私にだって権利はあるはずだ。そう、言ってやりたい。だけど……それを他の猫を前にして、実際に言う、勇気はない。なにもない、そこにいるだけの今でさえここまで蔑まれているのに、もしそんなことを言えば……。今の私は、ただ蔑視から逃げて、こうやって独りで泣くことしかできない。

「……私だって……」

 

「……私だって、招福猫児のような、立派な招き猫になりたいだけなのに……」

 

 しかし今のままではきっと、その夢を叶えることはできない。叶えようとしても、他の猫達に邪魔されてしまう。もし修行できたとしても、十分な修行を積むことはできないだろう。だって私は、この豪徳寺では紛い者とされる、三毛猫なのだから……。

 ……でも、だとしても、私は夢を諦めきれない。どれだけ蔑むような目を向けられようと、どれだけ迫害されようと、招き猫への気持ちは変わらない。憧れは変わらない。

 だけど……きっと、豪徳寺の招き猫に、三毛猫がいてはならないのだろう。白猫のみが、招き猫になることが出来る。三毛猫に、招き猫になる資格はない。だから、みんなは私を迫害するのだろう。

「夢は夢、現実は現実、ってことなのかな……」

 夢を持つのは誰にでも出来る。でも実際、その夢を叶えられるのはほんの一握りだけ。私は、そのほんの一握りに選ばれなかっただけなのかもしれない。

 考えてみれば当たり前の話だ。この世に猫なんて数え切れないほどいる。その中で、豪徳寺の招き猫になれるのは、一年にたったの十程度。その十程度に選ばれるのが、どれだけ奇跡的な確率なのか。

 多分、私にはその運がなかっただけなんだ。生まれた時点で定まった運命は、私がどうこうできるようなものじゃない。どうしようもない。仕方がないことなんだ。夢は夢として持っておいて、現実的な道を歩こう。

 そう自分を納得させて、瞳を閉じる。この洞穴に入ったときには朝日が差していたから、きっと今は辰の刻くらいだろう。……段々と、眠たくなってきた。この洞穴には日が差さないが、私にとっては暖かさよりも身の安全が第一。境内で寝ていたら、何をされるかわからない。

 そうして、私は意識を落とす。

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