東方懐古録 〜 招かざる招き猫   作:九長秀真

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第二章 夢の中、憧れ

「……んん」

 ふと、目が覚める。

「なんだ……まだ昼か……」

 そう呟き、もう一度寝ようとする。しかし、その直前、とある違和感に気づいた。

(そういえば……なんでこの洞穴(ほらあな)に日の光が差し込んでるの?)

 この洞穴は小さいとはいえ、光は差し込まないはず。だったらどうして、私の周りはこんなにも明るいの? 

「……目が覚めましたかね?」

 声が、聞こえた。その声は、私がかつて聞いたことのないほど優しかった。私は身体を起こし、少し伸びをして、声のした方を向く。

 そこには、一匹の白猫がいた。毛並みが綺麗で、顔立ちもかなり整っていた。その瞳は透き通っていて、少しの淀みもなかった。

 私はその猫を見て、警戒した。この猫もまた、白猫だったから。豪徳寺の白猫達にとって、三毛猫の私は”紛い者(まがいもの)”。この猫も、私を蔑んで迫害するに違いないと思ったから。

 しかし、警戒しながらもその猫を観察してみると、豪徳寺のどの白猫とも合致しなかった。豪徳寺にこんなにも毛並みがきれいな白猫はいないし、こんなにも優しい声の持ち主はいない。何より、ここまで淀みのない、純粋な瞳を持っている白猫は、私の見る限り存在しない。

「まぁ、知らない白猫に話しかけられたらそりゃあ警戒しますよね……」

 その白猫は、私が警戒していることに少し困惑しながら、呟く。

「でしたら自己紹介しましょう。シロと申します。そうですね……井伊(いい)直孝(なおたか)様をご案内した豪徳寺の白猫、といえばわかるでしょうか」

「え、それって……」

 井伊直孝様を案内した豪徳寺の白猫、そんなのは一匹しかいない。

「貴方が……”招福猫児(まねきねこ)”?」

 そう。招福猫児が案内した殿様というのが、当時の彦根(ひこね)藩主の井伊直孝様。井伊直孝様のお力添えのお陰で、豪徳寺が再興できたと聞いている。

「あー……多分それだと思います。いかんせん最近ずっと天界にいたものですからそのあたりについて何も知らないんですよね……」

「そうだったのですか……。でしたら、私も自己紹介を」

「あ、大丈夫ですよ。貴方のことはなんとな〜く知ってますから、ミケさん。豪徳寺の近くに生まれ、招き猫を目指している三毛猫だって」

「……はい」

 まさか、招福猫児と会えるどころか、認知してもらえるなんて……。先程の警戒心はどこへ行ったのか、今の私は感動するばかりだった。

「……しかし、なぜ招福猫児ともあろう方が私なんかの前に?」

「え、いちゃだめでした?」

「いえ全然そんなことないですよ。……ただ、私みたいな”紛い者”の前に、招福猫児のような方が現れているこの現実が、嬉しいけど不思議で仕方がないんです」

「……なるほど。あと僕のことはシロって呼んでもらって結構ですよ」

 そう言って、招福(まねk)……シロさんは微笑んだ後、一度深呼吸して、冷静な顔で私に問いかける。

「……その質問に答える前に、一つ聞いていいですか?」

 てっきり質問に対する回答が来ると思っていた私は一瞬驚いた。だから、「私の答えられる範囲でしたら」としか返すことが出来なかった。

「ありがとうございます」

しかし、それでもシロさんにとっては十分だったようだ。

「……僕からの質問なんですけど……なんで、ミケさんは自分のことを”紛い者”と呼ぶんですか?」

「……え?」

 思わず困惑する。てっきり、私の思ってることとか、そういうことを聞かれるものだと思っていたから、まさか自分の発言の理由を聞かれるとは思っていなかった。

「……私がなんで、自分のことを”紛い者”と呼ぶのか……ですか?」

「はい。少なくとも、僕には貴方が紛い者に見えません。なのに、貴方は自分のことを紛い者だと言っている。僕からするとそれが不思議に見えないんです」

「……そう、なんですね」

 どうやら、最初に考えた「この猫も私を蔑んで迫害するかもしれない」という推測は全く当たっていなかったらしい。今まで、周りの白猫はみんな私を蔑んできたから、こんなにも優しく対応してくれる白猫がいることに涙が溢れそう。

「……私が”紛い者”と言われているのは、周囲の猫達からずっと、そう言われているからです」

「……え?」

 今度はシロさんが困惑する番のようだ。目を大きく見開いて、私の方を見る。

「どう……いう?」

「……見ていただければ分かる通り、私は”三毛猫”。周囲の、同じ招き猫を目指す同年代の猫達がみんな白猫である中、私だけが三毛猫なんです。三毛猫であるというだけで、私は招き猫になる資格がないかのように言われています。……毛に模様がある猫は、豪徳寺からすると必要ない存在みたいです」

「そんな……」

「……だから、招き猫になるっていう夢は半ば諦めかけているんです。このまま修行に入ったとしても、きっと十分にはできない。中途半端で終わるくらいなら、いっそ諦めたほうがいいのかなって」

「……そう、なんですね。……他人事みたいな言い方にはなりますが、幼いながらに夢を追うことの厳しさと社会の現実を直視してしまうことになったんですね」

 シロさんは一呼吸置いて、私にあることを問うてくる。

「……現実は置いておくとして、ミケさんは今の夢と心中する覚悟がありますか?」

「夢と心中する覚悟……」

 その質問に、私は少し考えてから、答えた。

「……もし……もし、周囲の猫達の目がなかったら、私は”はい”と即答していたでしょうね」

「ということは、今のミケさんはその覚悟がないってことですか?」

「……言い訳ではありますが、ない、というより、なくなりかけている、ですかね。今でも、招き猫になりたいという夢はありますし、叶えたいと思っています。それは間違いないですし、他の猫達よりも強いと自負しています。ただ……」

「ただ?」

「……私は、私の夢を否定され続けて……思ったんです。私の目指すべき夢っていうのは、今の夢とは別にあるんじゃないかって。そうじゃなきゃ、ここまで蔑まれる理由がない」

「……なるほど」

「……まぁ、こんな言い訳、ただ現実から逃げているだけに過ぎませんけどね」

 私は乾いた笑みを浮かべる。

「……だけど……一度でいいから、私を、この夢を身内以外の誰かに肯定してほしかったな……って」

 上を向いて、瞳を閉じる。こうでもしないと、涙が溢れて止まらなくなりそうだから。憧れを前にして、現実から逃げているだけなのに涙を流すだなんて、みっともないにも程があるから。

「……」

 シロさんは黙ったまま、何も言わない。無言のまま、私を見つめる。……泣くのをこらえる姿すら、みっともなかったのだろうか。

「……ミケさんは」

 シロさんが口を開く。

「……ミケさんはきっと、ずっと孤独だったから、一緒になって夢を追いかけてくれる友達や戦友と言える猫が一匹もいなかったから、自分の夢に自信がなくなって、諦めかけているんですね」

「……自分では上手く纏められませんが、多分その通りです」

「……」

 シロさんはまた黙り込んだ。

 しかし、今回は前回よりも早く、話を再開した。

「……もう一つだけ、聞かせてください。ミケさんは、自分を蔑む猫達をどう思ってますか?」

「……なんで三毛猫ってだけでそこまでするのか、三毛猫だからって招き猫になる資格はあるはず。なのになんで……って思いますし、何より悔しいです」

「悔しい?」

「他人を蔑んでいても白猫なら招き猫になる資格があるのに、おそらく、彼らの言い分的に、たとえ本当に心優しい猫だったとしても、三毛猫や黒猫のように、白猫じゃなければ招き猫になる資格はない……自分で自分のことを心優しいとは思っていませんが、他猫を蔑んでいる猫よりも下だって言われること、その具体例になっていることが……そして、神経を逆撫でることを恐れて反論できない自分が、とにかく悔しいです」

「……なるほど」

 シロさんは少し考える素振りをして、私に向き直る。

「……話を最初に戻しましょうか。なんで僕がここにいるのか、ですね」

「……忘れてましたけど、そういえばそんなこと聞きましたね」

「話が脱線しすぎましたからね。すいません色々質問しちゃって」

「いえ全然。……むしろ、ほぼほぼ私の愚痴なのに聞いてくださりありがとうございます」

「それに関しては気にしないでください。僕が聞いたことですし」

 シロさんはふっと笑って、続ける。

「……なんで私がここにいるのか。それは」

 

 

「貴方から、強い”志”を感じたからですよ。

ミケさん」

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