東方懐古録 〜 招かざる招き猫   作:九長秀真

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第三章 動かなければ叶わない

 「……志?」

 シロさんに言われたその言葉は、私からすれば全くの予想外だった。

「はい。……普通、僕のように天界にいる……というより、(うつ)()にいない魂が現し世に生きる者の前に現れることはできないんです。いえ、厳密には“禁止されている”の方が正しいです」

 シロさんは近くにあった岩の上に座る。

「あ、ミケさんも良ければお隣にどうぞ」

「ありがとうございます」

 シロさんに招かれ、私もその岩に座る。日が差していて、とても暖かかった。

「……本来、僕達は現し世とは切り離された存在。だから、能力的にもしそれが可能であっても、現し世の者と関わることは基本的に禁じられているんです」

 ただ、と置いて、シロさんは続ける。

「一つだけ例外があって、天界の場合は、強い志を持つ善き者を助ける、“天佑(てんゆう)”である場合のみ、その者の精神世界に入ることが出来るんです。今回は、ミケさんから強い志……恐らく、招き猫になりたいという強い夢が僕達天界に伝わり、なら当の本人がいいだろうということで僕が指名されて“天佑”をすることになったんだと思います」

「……そうなんですね」

「まぁ、実感は湧きづらいですよね。どちらかといえば非現実的な話ですし。既に死んでる猫が眼の前に出てきたら怖いでしょう?」

「それが眼の前で起きてるんですけどね」

「あはは……」

 シロさんはそう笑いながら、真っ青な空を見上げた。

「結局のところ、僕に何をさせたくて、ミケさんにどうなってほしくて僕を派遣したのかは僕自身にすらわかりませんが、僕としては豪徳寺(ごうとくじ)の現状について知れてよかったです。ありがとうございました」

「いえいえ、お礼するのはこちらの方です。……殆ど、私の愚痴になっちゃって、ちゃんとした見方で物事を言えなかったな……って。それでも、話を聞いてくれてありがとうございました」

「お互い様、ってところかな」シロさんは微笑んだ。

「そうですね」つられて、私も微笑む。まさか、こんな方に私の愚痴を聞いてもらえるとは思ってもいなかった。

「……さて、そろそろ本題に移りましょうか」

 シロさんの雰囲気が変わる。今までののんびりとした雰囲気はどこへ行ったのか、今のシロさんはまさに偉大な招福猫児(まねきねこ)の姿そのものだった。

「今までのミケさんの話を聞いていて、思ったことは沢山あります。ただ、それを全部伝えても冗長になるだけですし、きっとミケさんにはどうでもいいことも多くなると思うので、大事なことだけ伝えますね」

 シロさんは岩から降り、太陽の方角へゆっくりと歩き出す。私もそれを追って歩き出す。

「……ミケさん、僕の見る限り、貴方は自分自身、そして自分の夢に対して自信が持てなくなってきている」

 私は頷く。……実際、叶えたい叶えたいと言っているものの、それが叶えられるかどうか、叶えられるだけの力量があるかと言われると……。

「そして、無理な言い訳をして自分を納得させている」

 もう一度、頷く。……この夢を見る前も、運がなかっただけだと自分に言い聞かせて心を落ち着かせていた。

 シロさんは立ち止まり、目を閉じる。今、シロさんが何を考えているのか、何を私に伝えようとしているのか。それは私にはわからない。わからないからこそ、頭の中で色々と考える。どのような言葉が来ても、対応できるように。

「……少しずれますが、ミケさん、貴方は今何を考えていますか?」

 シロさんは、目を閉じたまま私にそう問いかける。

「……え?」

 思わず、()(とん)(きょう)な声が出た。まさかこんな質問をされるとは想定していなかったからである。……さっきから、シロさんの言葉には自分が頷けるものと同等以上に予想外のことが含まれている。だからこそ、返答に困るときがある。

「……まぁ、こんな急に聞かれても答えられませんよね」

「……」

「無理に答えようとしないでいいですよ。だって……」

 シロさんは立ち止まったまま、続ける。

「……だって、貴方が今考えていること、“次に僕が何を言うか、それにどう返答しようか”でしょう?」

「……?!」

 シロさんに、私の思考が見透かされている。そのことを理解するのに数秒かかった。よく考えてみればここは私の意識世界で、そこに入りこめているわけなんだから、まぁ妥当ではある。

「……ある程度当てずっぽうで言ったんですけど、当たるものなんですね」

 前言撤回、当てずっぽうで私の考えてること当てられるの普通に凄い。

「……話を戻しましょう」

 シロさんは目を開けて、こちらを振り向く。

「僕に役目がある都合上、少し強めの口調にはなってしまいますが、はっきりと言わせてもらいます」

「……はい」

 そういうシロさんの目は、この時間の中で一番真剣だった。

「自分の夢に自信がない? どうせ他の猫に否定される? だから夢を諦めるための言い訳を作る?」

 

「そんなのだから夢が非現実的になっていくんですよ!」

 

「っ……」

「いいですかミケさん、今の貴方の行動は夢を目指しているようで実際は逆、夢から逃げているんです。言い換えれば、自分で自分の夢を夢で終わらそうとしています。他猫(たにん)の目が怖いから、他猫(たにん)に否定されるから、そういったのは逃げを隠すための言い訳に過ぎません。誰かの目を気にしていては、夢を達成できない。自分の夢は自分のものなんだから、他猫(たにん)は関係ありませんし、他猫(たにん)に邪魔される筋合いはありません。周囲の目が気になるんだったら、それを圧倒するくらいになればいいじゃないですか! ……“為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは(ひと)の 為さぬなりけり”っていう歌があります。動かなければ成功はありません。今のミケさんは、ただただ自分の理想を描いているだけ。描いているだけで、前に進もうとしていない。だから夢が遠ざかっていくんですよ!」

「……」

 言葉が、出なかった。何も、言い返せなかった。……シロさんの言う通り、私は結局逃げていただけなのかもしれない。招き猫になるためには、白猫(かれ)らと戦わなければならない。それはわかっていたことだ。だけど、それで自分が負けるのが怖くて、何も動かなかった。でも、それじゃ前に進まない。本当に、シロさんの言う通りだった。

「……物凄く強い口調になってしまったこと、謝ります」

「いえ、寧ろこの方がありがたいです。……きっと、このくらいじゃないと変われない」

 確かに口調は鋭かったかもしれない。でも……こうでもしないと、私は変わらない。ずっと逃げたまま、夢を見てるまま、一生を終えてしまう。そんな猫生(じんせい)は、嫌だ。

「……ありがとうございます。私にそこまで言ってくれて」

「ど、どうも……しかし、あんまり重く受け止めないでくださいね? こうなったときに口調が強くなるのは本当に癖でして……」

「いや、シロさんは何も悪くない。悪いのは、シロさんにあそこまで言わせるような、私ですから……」

「ミケさん……」

「……改めて、ありがとうございます。お陰である程度吹っ切れた気がします。自分から動かないと、夢は掴めない。そのことが明確にわかりました」

「……でしたら良かったです。結局僕が一番伝えたかったことはこれですから」

「はい。私のため……かどうかはわかりませんが、愚痴も聞いてくださって、そのうえで私に助言を下さりありがとうございました」

「あれが助言になるんですかね……まぁ、ミケさんがそう捉えてくださったのであれば何よりです」

 シロさんはどこか嬉しそうに見えた。

「……っと、そろそろ行かないとご主人に怒られますね」

「ご主人?」

「井伊直孝様を僕が助けた当時の豪徳寺の住職ですよ。あの方と一緒に天界へと旅立ったので」

「そうなんですね」

「招福猫児も大変なんですよ」

シロさんはふっと笑った。

「……じゃあ折角ですし、それっぽいことだけ言って帰りますね」

「それっぽいこと?」

「なんかさっきのは助言にしては冗長すぎるな〜って思ったので、簡潔に一言。座右の銘か何かにするのであれば、こっちを覚えててください」

 シロさんは私を見つめ、声を発す。

 

「動かなければ叶わない。もし何かを叶えたいならば、周りを恐れず自分だけを信じ、前へ進め」

 

 そう言って微笑んだ次の瞬間、シロさんは視界から消えた。

「……動かなければ叶わない。もし何かを叶えたいならば、周りを恐れず自分だけを信じ、前へ進め……」

 シロさんが最後に残した言葉を復唱する。……私のやるべきことは決まった。もう、周りの目なんかに怯む私とはおさらばだ。今から……私は、本気で招き猫を目指す。そして、いつかシロさんと再会したときに、成長した私の姿を見せる。それが、今からの夢。

 その夢とシロさんの言葉を心に刻みこむ。そして次の瞬間、私は眠りへと落ちる……。

 

 

 目が覚めると、そこは私が逃げ込んだ洞穴(ほらあな)だった。

「……でも、なんだか景色が違う」

 今まで、ここは逃げ先でしかなかった。でも、これからは違う。勿論ここが私の拠点であることは暫くは変わらないだろう。だけど……これからは逃げるだけじゃない。シロさんの言葉を何度も反芻して、決意をみなぎらせる。

 ……今日からの私は、他人に“紛い物”と言われるだけで何もしない弱い“ミケ”じゃない。何を言われようとも自分の夢のために突き進む、“私”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そんなことがあったのね」

 彼女は私の膝で寝てしまった。

 

 あの時……私が飯綱丸(いいづなまる)とアビリティカードの異変を起こした、あの時、彼女は私の市場に来ていた。

 あの場にいた様々な人妖の中で、彼女は私にとって異質な存在だった。飯綱丸は、そうは思わなかったみたいだが、私には分かった。彼女が、元々冷遇される側の人妖であるということを。

 きっと、私が似たような経験をしたから分かったのだろう。もし、私が神様のエリート街道を進んでいたなら、きっと彼女をただの客としてしか見做していなかったはず。……もちろん、市場で相手するときは彼女を他とは分け隔てなく客として扱っているが。

 だけど、市場の外では、よき友人……人間と野良猫の関係に近いかな、そんな関係を築いている。その関係も、私が気づけていなければ存在していなかっただろう。

 

 「……頑張りましたね」

 彼女を優しく撫でる。

 心做しか、膝の上の彼女が微笑んでくれたように見えた。




最後のは千亦視点です。
ミケちまはいいぞ……
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