不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
自分が元居た世界から、別の世界に転移してしまったという事実を俺はしばらく受け入れることができず、しばらくの間、呆然としていた。
ありえない状況に思考停止状態に陥り、眼前の景色を焦点の定まらない瞳でぼうっと見つめていた。
傍から見れば、酷く間抜け面に映っていたことだろう。
でも、それも仕方のないことのはずだ。
こんな驚天動地の現象に見舞われて、冷静に思考を保てる奴がいたら、そいつは間違いなく異常者だ。
だから、俺は──紛れもなく正常なのだ。
正常な人間だからこそ、容赦なく襲ってきた悲劇を受け入れることができないでいる。
どうしてこうなったのか。
つい先ほどまで、寝惚け眼を摩りながら、ウトウトと授業を受けていた俺が、瞬き一つする間に全く別の場所に瞬間移動していた。果たして、平静を保てるだろうか。
無理に決まっている。
視界に広がるのは、明らかに日本ではない街並みだった。
いや、街並みなんてものはさして問題ではない。
この場所に転移して、俺が一番度肝を抜かれたのは、この全く知らない街中を行き来する住人達だ。
ケモ耳を生やしたおっさん、尖がった長い耳の女、二足歩行で歩くトカゲ──明らかに普通の人間じゃない連中が、平然とした顔で歩き回っている。
ケモ耳や長耳といった特殊な身体的特徴を持たない普通の奴もいることにいるが、不思議なことに黒髪の人間は誰一人としていない。
地毛が黒色なのが希少なのか、もしくは染髪文化が強く根付いているのか。
どちらにせよ、赤色だったり、青色だったりと、街は奇抜な髪色の人間で彩られている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、ここがどこなのか。
外国どころか地球ですらないこの場所について、俺はまず知る必要があった。
正直、まだ全然冷静じゃないし、それどころか不安による心臓の高鳴りは大きくなる一方だったが、ここで立ち尽くしていても仕方がない。
不思議なことに辺りから聞こえてくる声は言語として認識できている。
言葉が通じるとなれば、話は早い。
誰か親切そうな人間に声をかけて、情報収集をする必要がある。
そうだな......片田舎から遥々やってきたという設定でいこうか。
そうすれば、知識不足に関して懐疑的な目を向けられることはないだろう。
「あの」
「......ッ!?」
街の人々を物色していると、背後から声をかけられる。
話しかける準備は整いつつも、話しかけられる準備が整っていなかった俺は、思い切りビクついてしまう。
怪しい人間とでも思われただろうか。
できる限り、平静を装いながら、ゆっくりと後ろを振り向くと、俺は内心で更に驚いた。
そこには一人の女性、というか少女が立っていた。
年齢は十代半ばといったところだろうか? 背丈は150センチほどで、ちょうど小学校高学年の俺の妹くらいだ。
腰まで伸ばした白金色の長髪は太陽の光を浴びて、煌々と輝いていて、まるで一つの芸術品のようにも思えた。
顔立ちはゾッとするほど整っており、更に驚くべきはその服装。
何だこのふざけた服装は、袖がない。まるでテルテル坊主みたいだ。
そんな少女──そうだな、白金色の少女ということで、プラチナロリ、略してプラロリと仮定しよう。
プラロリはすっと、胸に大事そうに抱えていた一冊の本を小さい両の手でこちらに差し出してきた。
「本を」
「へっ?」
「これを貴方に差し上げます」
知らない街並み、それに加えて見ず知らずの少女に突然本をプレゼントされる展開に俺の頭はパンク寸前だ。
怪しさ満点だが、無視するわけにもいかず、俺は取り敢えず応対してやることにした。
無視することで、号泣でもされたら、周りの目が痛いだろうからな。情報収集にも支障がでることだろう。
「えっと......なんだよこのボロボロの本は」
プラロリと同じ目線になるように腰を落とし、本を指さしながら言った。
「福音書です」
「福音書?キリスト教か?」
俺の疑問にプラロリはこてんと首を傾げてから。
「きりすと教が何なのかは存じ上げませんが、これは魔女教徒が所有することになっている、未来を指し示す本です」
「未来を示すって……」
「この本に記されている通りにすれば、貴方は必ずや敬虔な信徒として、魔女教の本懐を遂げることができます。さぁお受け取りください」
「ふっ............」
「......?」
思わず、口から笑いが漏れた。
プラロリはそんな俺を不思議な顔で見上げている。
失礼なことは承知だけどな。
笑うだろ、こんな状況。異世界に来て、早々に宗教の勧誘をされるなんてな。
それも、こんな小さな少女にだ。
元居た日本でも、こういう出来事は何度か経験したことがある。適当に街中をブラついていると、ふいに声をかけられて、仰々しい文言が書き連ねられた新聞やら雑誌やらを手渡されて、眉唾な宗教話に付き合わされる。
まぁ、『魔女』なんて香ばしいワードが出てきたことはただの一度もないけどな。
何だよ、『魔女教』って。アホみたいな名前しやがって。
それに加え、未来を指し示すときた。
馬鹿を釣るにはそのくらい突飛な言葉を使うのが効果的なのかもしれないが、残念ながら俺には通じない。
オカルトだの都市伝説だの眉唾ものは一切信じないタチなんでな。
「悪いが、お断りだ。敬虔な信徒だ?こちとら、今それどころじゃねーんだよ。他あたれ」
年端もいかないであろう少女にすげない態度を取るのは、多少心が痛む部分もあるが、仕方がない。
こういう手合いはこのくらいきつい物言いをするか、あるいは完全に無視を決め込むかでしか追い払えない。
「そんな悲しいことを仰らないでください。あなたには使命があるのです。お受け取りください」
「だから、お断りだって言ってんだろ......」
プラロリは引くつもりはないらしく、先ほどと同じ言葉を復唱する。
面倒だな。
走って逃げてもいいが、ここらの地理を把握できていない以上、下手に移動しない方がいい気がする。
万が一、危険な区域に入ってしまった時、シャレにならない。
癪だが......本一冊くらい受け取ってやってもいいか。
もしかすると、この本に書かれた内容から、この世界について多少の知識を得ることも可能かもしれない。
「......本を受け取ってやってもいい。別に減るもんでもないしな」
「あなたなら、そう言ってくださると思っていました」
「出会って5分も経ってない俺の何を知ってんだよ。えーと......うわ、汚い本だな。所々黒ずんでるし。それに後ろの方は空白ばっかじゃねーか」
パラパラと適当に本を捲る。
挿絵はなく、ただ殴り書きの文章?を書き連ねているだけ。
明らかに人に読ませるようなものではない。
ぱたりと本を閉じ、プラロリに視線を向けると、彼女は顎に片手を添え不思議そうな顔で俺をじっと見つめていた。
「......おかしいですね。一目見て彼に資質があることはわかりました。それなのに、なぜ?確かに彼は福音書に目を通したはず......」
ぶつぶつと小さな声で独り言を呟きはじめるプラロリ。
何か想定外な問題でも起きたのだろうか。
「自分の世界に入っちゃってるようだが、用が済んだならもう行っていいか?この福音書とやらはメモ帳として大事に使ってやる。少しくらいはノルマ達成に貢献できんだろ。じゃあな」
考え込むプラロリを尻目に一方的に別れを告げて、立ち去ろうとするが──ぎゅっと、ブレザーの裾を掴まれてしまう。
「なんだよ......お前の言う通り、本は受け取ったぜ?」
「では、敬虔な魔女教徒になってくださいますか?」
「なるか、馬鹿。『魔女教』なんて怪しげな宗教の信者なんかによ。人を馬鹿にするのも大概にしろ、ロリガキ」
ギロリとプラロリを睨みつける。
こんな無害そうな少女を怖がらせるのは本意じゃないが、このまましつこく粘られるのは勘弁だ。
しかし、そんな俺の眼光に全く臆する様子を見せず、微笑んだ表情でプラロリはなおも裾を掴んだままだ。
「離せよ。離さないと、お尻ぺんぺんするぞ。痛いのは嫌だろ?」
「別に構いませんよ。あなたにその度胸があるのなら」
「はっ、いいぜ。やってやる」
脅しをかけても、飄々とした態度を崩さないどころか、あまつさえ挑発までしてくるこの少女に俺は少し感服した。
でもな。感服したからって、俺の意思は変わらない。
衆人環視の中、少女の尻を叩くことはできないなどと甘い考えをしているんだろうが、俺は有言実行する男だ。
途中で音を上げて、泣き喚いたとしても、最低10発はお見舞いしてやる。
「っと、失礼するぜ」
「......まさか、本当にするつもりですか?」
プラロリの胴に片腕を回し、ひょいっと軽く持ち上げてやると、そんな疑問がとんできた。
はっ、やっぱりただの脅しだと思われていたらしい。
アホな奴め。
世間知らずの生意気なガキに、世の中には少女の尻を本気で叩ける人間がいるってことを教えてやろう。
──本当にいいのか?
一瞬、そんな日和った思考が脳裏に浮かぶ。
衆人環視で見知らぬ幼女の尻を叩く男......日本なら確実にお縄にかけられる案件だ。
なんなら、アメリカでもイギリスでも中国でも、そんな行為は紛れもない蛮行だと非難を浴びるだろう。
なら、この世界ではどうなんだ?
現状、道行く人々は俺とプラロリの言葉の応酬を露ほど気にしておらず、それどころか視線すら向けないという有様だが......俺がプラロリの尻を叩いた瞬間、一気に牙を剥いてくる可能性もある。
「ふふっ」
胸中に微かに浮かんだ俺の不安を察知したのか。担ぎ上げられているプラロリはくすりと面白そうに笑った。
「やはり、あなたにそんな度胸はないようですね。思ったとおりです」
「はぁ?お前、俺が日和ってると思ってるみたいだが、そんなことはないぞ。今は力を溜めてる段階なんだ。今こうしている間にも、俺のパワーは着実に上昇している」
「ふふ、その額に流れる大粒の汗も力を溜めていることに関係しているのでしょうか?」
ビキビキ。
自分より一回りも大きい男に果敢に挑発を繰り出す少女に俺は怒りを覚える。
どうやら、相当舐められているみたいだ。
「安心してください。あなたは私のお尻を叩くと言いましたが、それは不可能なことです。なので、民衆に糾弾されたり、騎士に取り締まられたりと言った恐れは全くありません。思う存分、叩いていいですよ」
「言ってることめちゃくちゃなこと自覚してるか?」
叩くのが不可能なのに、思う存分叩いていいですよ、だと?
よくわからないことを言いやがる。
でも、まあここまで挑発されちゃあ、引けるはずはないよな。
もう、これで終わってもいい。
右の手の平を大きく広げてから、五指をまっすぐと伸ばす。
「俺の故郷にこんな言葉がある......」
「ふむ、教えていただいても?」
「『生意気なメスガキは理解らせろ』、だ」
「なんでしょう、そのメスガ──」
「──いくぞ」
窮地に追い詰められつつも、なおも悠々とした様。
天晴だ。
俺はプラロリの言葉を待たずに全速力で尻に手の平を発進させて。
一切、勢いを緩めることなく──直撃を迎えた。
「ひゃあっ......!?い、いた......え......え?」
風船が弾けたような音と共に、プラロリの小さな悲鳴が聞こえた。
「な、なぜ......?当たるはずがありません......こ、これは、何かの間違いです......」
「あ?思ってたのとリアクションが違うな......まあ、いっか。もう一発いくぞ」
「待っ──」
「もう遅い」
容赦なく、二発目を打ち込むと、プラロリはまたも小さな悲鳴を上げる。
傍から見れば、とんでもない絵面だろう。
......しかし、なんだろう、この違和感は。
何故だか、プラロリは尻を叩かれた痛みに悲鳴を上げているわけではないような気がする。
悲鳴の原因は、あくまで尻を叩かれたこと自体のような......。
まるで──想定外の事態に見舞われて、困惑しているような様子だ。
位置的に表情を窺うことは難しいが、先ほどまでの余裕綽々な態度は完全に崩れていることは確か。
......俺の気のせいか?
「虚飾の権能が......?でも、他の方々は今も私達のことを認識してはいません......権能は機能していると考えると──」
小さな違和感に頭を悩ませていると、脇に担いでいるプラロリがブツブツと何かを呟いていた。
虚飾の権能?とか言ったか。
どっかで聞いたことある気がするが......今はどうでもいい。
俺は再び腕を振りかぶり、小さなお尻に狙いを定める。
「次行くぞ。謝るなら、今の内だ」
「あ、謝る......私がですか?」
「ああ、そうだよ。この状況でお前以外の誰が謝るって言うんだよ。言っとくが、俺は謝らんからな。思う存分叩いていいって挑発したのはお前の方だ」
「そ、それは虚飾の権能が......」
「小難しい言葉使うな」
「ひゃんっ......うう......なぜこんなことに......一旦、ここは形だけでも謝罪した方が良さそうですね......あの、謝るので下ろしてください」
ぼそりと一言、小さな声で零したプラロリは両手で自分の尻を守るように覆ってから。
「......誠に勝手ながら、前言撤回させてください。挑発するようなことをしてしまい、申し訳ありません......下ろしていただけませんでしょうか?」
しおらしい態度でプラロリが謝罪する。
仕方がない。
許してやろうじゃないか。寛容な精神で。
白旗を揚げた幼女の尻に追撃を加えるほど、俺は鬼畜じゃない。
ん?幼女の尻を全力で叩く時点で鬼畜じゃないかって?
うるせぇ!
「..................」
「なんだよ」
抱えていた状態からゆっくりと下ろしてやると、プラロリはペラペラな服を軽く整えてから、こちらを嘗め回すように観察しはじめた。
なんだ、こいつ。
もしかして、俺に惚れたか?
そして、十数秒の沈黙が流れてから、ようやく。
「......わかりません」
「何がわからないんだ?算数か?」
「虚飾の権能が効かないあなたは一体?」
「また、それかよ。プラロリ」
「プラロリ?なんでしょう、それは」
俺の言葉にプラロリがこてんと首を傾げる。
まあ、そりゃわからんよな。
俺の頭の中で勝手に作った呼称なんだから。
「プラチナロリを略した言葉だ。ちなみになんでプラチナロリかって言うと、単純にお前が白金色の髪を伸ばしたロリだからだ」
「ロリとは?」
「幼女って意味だ。まあ、まんまだろ。お前、多分10歳前後だろうし」
「その呼び方はあまり好ましくありませんね」
「なら、なんて呼べばいいんだよ」
「............ふむ」
俺の質問に暫く考え込んだプラロリは決心したかのように、こちらをじっと見つめてから。
「私は...『虚飾の魔女』パンドラ。よろしくお願いいたします」
うーむ。
パンドラ......か。
『虚飾の権能』という言葉にどこか違和感というか引っ掛かりを覚えてはいたんだが、それがますます大きくなってしまった。
耳馴染みのある感じではないんだが、どこかで聞いたような、そんな感覚。
『虚飾の魔女』パンドラ。
パンドラといえば、パンドラの箱で有名な、ギリシャ神話に登場するあのパンドラが思い浮かぶが、それ以外にもう一つ俺の頭に浮かんでくるものがあった。
──リゼロにこんな名前のキャラいなかったっけ?
『Re:ゼロから始める異世界生活』。
某大手小説投稿サイトで絶大な人気を誇るネット小説。
そこから書籍化、アニメ化、果てには映画化まで果たし、今は確か三期が放映されているはずだ。
ちなみに俺は全部追ってる。
──やばい、思い出してきた。
登場回数が少ない上に貧乳キャラだったから、印象が薄かったが、俺はこの名前を確かに知っていた。
先程からこの幼女、パンドラがのたまっていたワードを思い出してみる。
魔女教、魔女教徒、福音、パンドラ、虚飾の魔女...それに彼女の見た目、白金色の長髪にテルテル坊主のような服装を加味すると。
「リゼロのパンドラかよ...」
繋がってほしくない点と点とぴったりとくっついてしまい、俺は小さく嘆息した。
そうだ、この目の前にいる幼女......間違いなくリゼロの登場人物、パンドラだ。
ラノベのキャラが目の前に立っているなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、現にそうなっているのだから、受け入れるほかない。
あるいは、これは夢の中なのかもしれないが、今のところ一向に覚める気配はない。
はぁ......よりによってパンドラかよ。
このパンドラというキャラクター、正直言って、あまり好きではない。
リゼロ世界に蔓延る魔女教とかいうやばいカルト集団の中でも結構重要なポジションに就いており、歴史の節々で悪逆の限りを尽くしたリゼロ屈指のやべーキャラ。
サテラやエキドナと並び、ラスボス候補としても読者から認識されているほどだ。
詳しい能力については明らかになっていないが、現実世界で起こった事象を書き換える力を持っている。わかりやすく言うと、ドラえもんのもしもボックスだな。
あれをいつ何時、自由自在に操れると思っていいかもしれない。
つまり、チートキャラ。
リゼロ世界で最強格に数えられるノミ(レグルスなんとかかんとか)でさえ、玩具にできるほどにだ。
そんな彼女について、作中で語られることは多くない。
せいぜい名前と、やばい奴だということくらいしか語られないのだ。
特徴は全て一致しているし、今までの発言、話し方、所作を見ても間違いない。
俺は今、リゼロのラスボス候補と対峙しているわけだ。
ああ、冷静に考えてやばすぎる。
だが、不思議と恐怖は感じられない。
いくらラスボス級と言えど、目の前のパンドラはどこにでもいるただの幼女にしか見えないのだ。
──前言撤回。ただの幼女がこんなHな恰好するわけないだろ!
まあ、それはいい。
ただの幼女かド変態の幼女かなんて些末な問題だし、この布っ切れの下に下着なしのツルペタボディがあろうと知ったことではない。
今の俺にとって、一番重要な事は現状の把握。
とどのつまり、なぜ俺が創作物の世界に──リゼロの世界にいて、こうしてパンドラと相対するような事態に陥ってるかってことだ。
本作におけるパンドラの性格(参考程度です。。。)
-
あくまでも魔女
-
多少の人間味がほしい