不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男   作:OZ

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契約

「またかよ......」

 窓から差す眩い朝日に目を細めながら、俺は傍らで眠っている小さな存在を見て、ため息をつく。

 苛立つ俺に反して、その小さな存在──パンドラは幸せそうな顔で俺の腕を枕代わりにして眠りこけていた。

 昨日の夜はちゃんと隣のベッドに放り投げたはずなんだがな。

 毎度のことだが、次の日の朝にはちゃっかり俺のベッドに移動してやがる。

 本人に事情を問いただすと、「夫婦は同衾するのが常識ですよ」とかふざけたことを抜かしはじめる始末。

 全く、何のためのツインルームだよ。

 シングルベッドが二つ備え付けられているのに、片方はもはや寝具としての機能を果たしていない。

 もう、物置として利用した方が良さそうだと俺は思い始めていた。

「起きろ、パンドラ。また勝手に俺のベッドに侵入しやがって」

 片腕がパンドラの抱き枕代わりとして封じられている為、空いているもう片方の手でパンドラの肩を掴み、ゆさゆさと強く揺さぶる。

「......むう......やめてください......激しいんですから......ふふ」

 せめてもの復讐として、無理やり起こしてやろうとしたものの、パンドラはおかしな寝言を呟くだけで全く起きる気配がない。

 こっちはお前が隣で寝てることで心臓に悪い出来事ばかり起きてるってのに、素知らぬ顔で呑気に寝やがって。

 だいたい今の寝姿も俺にとっては毒なんだよ。

 下着すら着用せず、普段と同様に寝る時もペラペラな服を着てるせいで、寝返りをうつ中でシーツや掛布団と擦れて、簡単に捲り上げられ、パンドラの見えちゃいけない部分が露わになりかけている。

 今は布団に包まってくれているおかげで見えちゃいないが、取り払ってしまえば、そこにどんな危ない景色が広がっているかは想像に難くない。

 それに、見えていないと言っても、布一枚を挟んだだけのパンドラの地肌は今もしっかりと俺の左腕に密着しており、その布の内側にある存在感がどうしても気になってしまう。

 控えめではあるが、確かな柔らかさをもったそれに、パンドラが一人の少女であることを実感させられ、心臓に悪すぎる。未成熟とは言っても、とびきりの美少女なのだから、殊更タチが悪い。

 けれど、そんな劣情に近い俺の感情を理由にベッドから追い出そうとすると、十中八九喜ぶに違いないので、何とか他に理由付けをして、パンドラを撃退せねばならない。

 まあ、今のところ、全く撃退させられる希望は見えないんだが。

 現に今もパンドラの侵入を許してしまっているわけだし。

 そんなことを考えていると、小さなあくびと共に、むくりと小さな体が起き上がる。

 目覚めたパンドラはすぐにこちらに顔を向け、にこり。

「──朝起きた時に、夫が隣にいるというのは幸せなことですね。これが毎日続くと思うと、幸せで胸がいっぱいになります」

 なんて抜かす始末。

 その顔が本当に幸せそうなものだから、つい毒気が抜かれてしまいそうになる。

「早く起きろ。顔洗ったら、飯食いに行くぞ」

「もう少し後にしませんか?あと少し、ベッドの上であなたとの幸せな時間を噛み締めたいです」

「却下だ」

「あっ......ふふ」

 パンドラがきゅっと大切そうにしがみついている片腕を無理やり引っこ抜いてから、立ち上がった俺は、小さな体を布団ごとベッドから引き剝がしてやる。

 一瞬切なそうな表情を覗かせるも、パンドラはすぐに嬉しそうにぎゅっと俺の体に両腕を回してくる。

「カガリ君は乱暴者ですね。ですが、こういった行為も夫婦の愛の形の一つだと思うと、幸せな気分になりますね」

「......いいから、さっさと顔洗ってこい」

 こっちはパンドラの行動と言動一つ一つにげんなりしてるってのに、当のこいつは俺が何しても幸せな気分に浸ってやがる。

 顔を洗ってこいと指示しても、こちらをじっと見続けるパンドラの背中を押して、洗面台に連れていく。

「流石に顔は自分で洗えよ」

「はい」

 今度は素直に従ったパンドラがぱしゃぱしゃと顔を洗う。

 それから、またも俺の方に向き直って。

「拭いてほしいです」

 水滴がぽたぽたと垂れた顔を見せながら、パンドラは備え付けられているタオルを俺に渡してくる。

 ったく、これじゃあ夫婦というより、兄妹みたいだ。

 呆れつつ、俺はパンドラの顔を拭いてやる。

 この流れを毎朝、俺達は繰り返している。

 面倒だが、強情なパンドラは絶対に自分の要求を曲げる気はなく、毎回俺は渋々従っている。

 こちらが意地を張って無駄に時間を浪費することで、朝飯の時間が遅くなるよりは、この程度の世話を焼いてやった方がマシという結論だ。

 

 *****

 

 いつものとおり、宿に内設されたレストランで、俺たちは黙々と運ばれてきた食事を食べていた。

 普段なら、食事中は延々とパンドラが話しかけてくるのだが、今日は何故だか静かだ。

 席についてから、一度もパンドラは口を開いていない。

 高級な食事を堪能する俺に対し、じーっと熱のある視線を送ってきたりもしない。

 なんだか不気味だ。

 用件がない限り、こちらから話しかけることは滅多にないのだが、いつもと違った妙な空気感に堪え切れず、俺は一旦食事の手を止めてから。

「おい、今日いつもと──」

「宿暮らしもそろそろやめにしましょうか」

 言い終える前に、パンドラの言葉に遮られてしまう。

 意図して被せてきたわけではないようで、パンドラも意外そうな顔をしている。

「やはり息があいますね。私達は」

 そう言ってにっこりと柔らかく笑った。

「そうみたいだな。で、宿暮らしをやめるってなんだ?」

 パンドラの言葉を軽く受け流し、先ほどの言葉の意図について尋ねる。

 この高級宿での贅沢な暮らしを捨てるなんて、どういう了見だよ。

 もしかして、ペテルギウスと過ごしたあの廃村にでも移り住もうとか言いだすんじゃないだろうなと、嫌な予感を感じていたものの、パンドラの返答は全くの想定外の言葉だった。

「屋敷に住みましょう」

「は?」

「晴れて夫婦になったことですし、いつまでも宿暮らしを続けるのはいかがなものかと思いまして」

「......続けてくれ」

 何が晴れてなのかわからない上に、そもそもお前と夫婦になった覚えはないと、突っ込みたい気持ちを抑えて、パンドラに次の言葉を促す。

「古くからの知り合いが私達の為に別荘を譲ってくれるそうです。ルグニカ王国とカララギ都市国家の中間あたりに位置する大きな森があるのですが、過去に私の知り合いがその森の中に大きな屋敷を建てたのです。私も何度かお邪魔させていただいたことはあるのですが、それはもう立派な屋敷でした」

「へー、そんな立派な屋敷をどうして、お前の知り合いは譲ってくれる気になったんだ?」

「彼が非常に懐の深い人物だからです。立派な家に住むことで、更に夫婦仲が深まるだろうと温かいお言葉をくださったのです」

「ふーん、良い人なんだな」

「そうでしょう。それで、明日にでもその屋敷に移り住もうと考えて──」

「お前、また俺を騙そうとしてるだろ」

「............」

 俺の同意を得たと判断して話を進めようとするパンドラの言葉を打ち止める。

 止められたのが想定外だったのか、パンドラは表情を固め、しばらく考え込む素振りを見せる。

 やっぱりだ。

 こいつはまた俺を騙そうとしてやがった。

 でも、残念だったな。

 俺はもうパンドラの甘い言葉に簡単に引っかかる昔の俺じゃない。

 凄腕の魔法講師を紹介すると言われ、ほいほいパンドラについていった結果、ペテルギウスと引き合わせられたあの屈辱を俺は忘れない。

 結果的に、魔法を習得できたものの、あの出来事がきっかけで俺はかなり魔女教コミュニティの中で名前が知れ渡ってしまったらしい。

 ペテルギウスのお墨付きの大罪司教候補として噂──俺からすれば醜聞が広まり、散歩途中、王都に潜伏しているらしいモブ教徒にすれ違いざまに「いつも見てますっ。応援してます♡」なんて声をかけられる始末。

 ますます外堀を埋められている。

 立派な屋敷に移り住むという、以前の俺なら確実に興味を惹かれていたであろうこいつの甘言も、最終的に俺を大罪司教に仕立て上げるための策略の一つに違いない。そう疑っていた。

 訝し気な目でパンドラを睨んでいると、これはどうだと言わんばかりに一言。

「──ちなみにメイドつきです」

「はっ、どうせ全員竿付きってオチだろ。わかってんだよ」

 廃村で起きた女性教徒集団失踪もしっかりとパンドラの悪事の一つとして記憶の中にこびりついている。

 他にも王都で俺に声をかけてきた客引きの女性や、宿まで押しかけて指先になりたいとかアホなことを抜かしてきたモブ教徒も次の日には姿を一切見せなくなったりと。

 こいつは俺に近づく女性を悉く排除してきた。

 それがわかっているから、おちおちナンパもできなかった。

 だから、ありえないのだ。

 俺が諸手を挙げて喜びそうなメイドなんて代物を屋敷に置くわけがない。

「竿付きというのはよくわかりませんが、正真正銘女性ですよ」

「そんなことどうとでもなるだろ。後から全員お前が消すかもしれない」

「ふむ......カガリ君は私を信じてくれないのですね。少し悲しいです」

「胸に手を当てて、今までの自分の非道な行いを振り返るんだな」

「......では、こうしましょう。今から私とあなたで契約を結びます」

「契約?」

 パンドラの言葉に首を傾げる。

 スバルとベアトリスのような、人間と精霊の間で結ばれる契約って意味ではないのはわかる。

 こいつ、精霊じゃなくて魔女だしな。

 ──ああ、そうか。

 聖域でスバルとロズワールが結んだ、ゲートを通じた魂に刻み込む契約ってやつか。

「ええ、私達が移り住む屋敷に配備されるメイドが女性でなければならないという契約です。そして、私がメイド達に一切手を出さないという契約です」

 いまだかつて、これほどくだらない内容の契約があっただろうか。

 けれど、契約は契約。

 内容がどうであろうと、結んだ契約を反故にすることはさしものパンドラもなかったことにはできない──と信じたい。

 まあ、もし反故にされたらされたで、今後パンドラと結ぶ契約には一切意味がないという証左になるから、その意味でもこの契約を飲んでやってもいいかもしれない。

 ──が、まだ足りない。

 念には念を。

 もう少し強気にいかせてもらう。

「メイドとの自由恋愛を許可しろ。後は俺の身の安全を保障しろ」

「......堂々と浮気宣言をするとは、驚きましたね。ですが、それは私に魅力がないのが悪いのでしょう。最近は夜の相手も中々してくれませんし」

「最近どころか一度もしたことねーよ。それで、どうなんだ?」

「──許可しましょう。メイド達に現を抜かしても、最後の最後には私の元に戻ってきてくれると信じていますから。それに、契約を結ばなくてもあなたの身は私が必ず守りますよ」

 言葉だけ聞けば健気な態度を見せるパンドラが、俺の強気な要望を許可する。

 まさか、許可してもらえるとは思わなかった。

 けれど、同時に怖くなる。

 本来であれば、確実に拒否されるであろう要望に応えた末の屋敷生活が俺の先行きにどんな事象を招くのか。

 メイドとのイチャイチャハーレムライフと引き換えに失うものはなにか。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず......屋敷に入らずんばメイドを得ず。

 ここはひとつ、思い切って危険域にダイブしてみてもいいのかもしれない。

 この宿での暮らしは気に入ってはいるものの、贅沢な考えだが、いつまでも変わらない暮らしに飽きてきていたし、なおかつ一つのベッドをパンドラと共有するという危険にも辟易していたところだ。

 立派な屋敷というのだから、メイドが使用する分も考えると、かなりの部屋数はあるはずだ。

 一つの部屋を死守して、徹底的にパンドラを締め出すということも可能かもしれない。

「わかった。その契約飲んでやるよ。ちなみにメイドは俺と同じ年頃で頼む。まあ、この際魔女教徒なのは受け入れよう。それでいいか?」

「はい。そのように手配しましょう。それでは、契約成立ですね」

「ああ、ちょっと待て。契約に違反した時の罰則を忘れてた。この契約が守られる限りはお前が満足するまで屋敷での暮らしを続けてやるが、もし破った場合は、お前は一生俺の言いなりになれ」

 そう言い放つ。

 出会ってからそれなりに時間が経ってるが、俺はパンドラを全く信用していない。

 こいつの気が急に変わって、寝首を掻かれるという最悪の想定も一応はしている。

 そんな起こり得る危険を防ぐために、この機にこいつに首輪をかけられる可能性を残しておくことにした。

「それは──つい契約を反故にしたくなるような罰則ですね。抵抗したくても、魂の契約がそれを許さない。一体、私はどのようにしてあなたに滅茶苦茶にされてしまうのでしょう」

 脅したつもりが、パンドラはむしろ大歓迎といった感じだ。

 しかも、多分これハッタリとかじゃなくて、本気で言ってそうなのが嫌だ。

「──わかりました。私は一生、カガリ君の言いなりになることを誓います」

「お前はいちいちボケないと死ぬ病気なのか?」

「失礼しました。先ほど私とあなたの間で交わした契約をもとに簡易的な儀式を行います」

 そう言うと、パンドラは指先に虹色の光を灯し、自分の胸に突き立てる。

 すると、光は火花のように弾け、一瞬だけ、パンドラの全身に光が灯る。

 次に俺の胸にも同じように指が当てられ、虹色の光が弾ける。

 そう言えば、原作でもこんな描写あったな。アニメではカットされてたけど。

 これで、先ほどの契約は無事に成立したらしい。

 さて、どうなるやら。

 もうとっくに冷めてしまったスープを飲み干し、俺は天井を仰いだ。

 

 

 

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