不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男   作:OZ

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屋敷とメイド

「森の中にある洋館って風情があるよな」

「はい。こんな素敵な場所で新婚生活を送れると思うと、胸が躍りますね」

 切り開かれた森の中に聳え立つ屋敷を見上げ、俺達は感嘆の声を漏らす。

 王都から竜車で二日間かかってようやく辿り着いた、新たな住処。

 距離が遠い為、食糧調達が困難じゃないかという懸念があったが、そこは地竜の扱いに長けたメイドが竜車を使って、上手くやってくれるらしい。

 最近のメイドは地竜も操れる逞しい人間が多いのかと感心したが、レムも普通にこなしていたし、もしかするとそういうものなのかもしれない。

 つか、厩舎も備え付けられてる屋敷って、凄いな。

 厩舎って呼び方が適切かどうかはわからんが。

 それにしても、立派な屋敷だ。

 ロズワール邸に比べれば、いくらか見劣りするのだろうが、それでもこの屋敷は上流貴族が住んでいそうな意匠に凝った外観となっている。

 確認せずとも、内装も相応の作りであることは容易に想像できる。

「入るか」

 パンドラに声をかけ、アンティーク調のオシャレな扉に手をかけ、玄関に足を踏み入れる。

 その瞬間──目の前の光景に背筋がぞっとする。

「......ッ。び、ビビったぁ」

 扉の先にいたのは、十数人の女性。

 メイド服を着用していることから、彼女達がパンドラが手配したという女性だということがわかる。

 大勢のメイドに開口一番、出迎えされたことにも驚いたものの、俺が一番驚いたのは彼女達の生気の感じられない死んだような瞳。

「おかえりなさいませ。旦那様、奥様」

 彼女達の異様な様相に呆然としていると、示し合わせたかのように、同時に出迎えの言葉を告げるメイド達。

 って、おい。何だよ、旦那様と奥様って。

 事前に仕込みやがったな、こいつ。

 隣のパンドラを横目で睨むが、「やはり、そういった関係に見えてしまいますか」ともじもじと照れており、俺の眼光などモノともしていないご様子。

「出迎えご苦労。でも、一つだけ訂正させてくれ。俺のことを旦那様呼びするのは良いとして、この隣にいる奴は断じて奥様じゃないからな」

 旦那様と奥様という認識で固まらないように、事前に訂正するが、メイド達は一切表情を変えることなく、その中の一人──金色の髪を長く伸ばしたメイドが淡々と言った。

「では、お二人の関係はどのようなもので?」

「え?まあ、あれだ。親分と子分みたいな感じだ」

「わかりました。では、あなたのことは子分さんと呼ぶことにします」

「ちょっと待て。どう見ても俺が親分だろ」

「そうなのですか?」

 不思議そうに首を傾げる金髪メイド。

 そして、更に追撃するように一言。

「言葉にするのは難しいですが、奥様の方がオーラがあるというか、何か底知れないものを感じます」

「俺にはオーラがないってか?」

「いえ、ほんのちょっとだけありますよ。ですから、そう気を落とさずに」

 全くフォローになってない言葉を送りながら、無表情だった金髪メイドが少し憐れんだような瞳を向けてくる。

 な、なんかメイドにしてはやたらと堂々としてんな、こいつ......。

 それに一見無害な少女に見えるパンドラを見て、オーラがあるなんて感想が出てくるとは、中々感覚が鋭い奴だ。

「まあ、いいか。なあ、早速で悪いんだが、屋敷の中を簡単に案内してもらえるか?」

「............」

 そう俺が頼むと、しーん......無表情のメイド達は誰一人として動こうとしない。

 全員が全員、他の誰かが動くことを待っているようだ。

 なにこの、まるでやる気のないメイド達......。

 俺の想像してたメイドさんと違うんだけど......。

 沈黙が続いたところで、先ほどの金髪メイドがはぁ、とため息をついて前へ出る。

「僭越ながら、私がご案内させていただきます。では、まずあちらから」

 俺達を先導してくれるらしい金髪メイドが不服そうに、屋敷への奥に進んでいった。

 俺とパンドラは彼女の案内に従って、歩き始める。

「......」

 視界の端には、相も変わらず無表情を貫く、その他大勢のメイド達。

 彼女達は軽くお辞儀をしてから、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと散開していった。

 どうやらメイド達の俺に対する心象は良くないらしい。

 屋敷に入った時点で彼女達が死んだ目をしていたことから、もしかしたら事前に彼女達は俺に関する情報を得ていて、それがあのような無愛想な態度を取られることに繋がっているのかもしれない。

 もしくは──。

 俺はパンドラを見る。

 すぐに視線に気づいたパンドラは俺の意図を一瞬で察したのか。

「私は何もしていませんよ。あなたとそう契約を結びましたから」

「まあ、確かにそうなんだが......」

 同意しつつも、パンドラの言葉を信用することはしない。

 ただ、虚飾の権能でインチキしたという可能性はこの際考えても仕方ないから、やめておこう。

 パンドラが何もしていないことを前提に、メイド達の態度の原因について考えてみる。

 ──メイド達は実はペテルギウスの大ファンで、入信して早々奴と付きっきりの魔法特訓をした俺に嫉妬心を抱いている、とか?

 いや、それはないだろう。

 浮かび上がった可能性をすぐに否定する。

 ペテルギウスに好意を寄せる物好きなんて、ただ一人を除いているはずがない。

 あとは......そもそもメイドをすることに乗り気じゃないとか。

 パンドラはメイドを手配したと言ったが、どういった手段で手配したかは定かではないし、もしかしたら大切な何かを引き換えに無理やりメイドを強制させられてるって線もある。

 メイド服なんて本当は着たくないのに、嫌々着せられて、更には面識のないどこの馬の骨とも知れない主に仕えなければならない屈辱。

 うーん、シチュエーション的には結構エロくて好きだが、違うような気がする。

 ああでもない、こうでもないと考えを巡らせつつ、先導する金髪メイドの背中についていっていると。

「別に旦那様のことを嫌っているわけではありませんから、悪しからず」

 振り向きもせず、金髪メイドが告げる。

「この屋敷に現れたのが、誰であっても変わりありません」

「なるほど。あいつらが無愛想なのは、他に原因があるってことか」

「はい──あ、ですが、屋敷に現れたのが、かの有名な『剣聖』ラインハルトのような美丈夫でしたら、話は違ったかもしれません。私を含めた全員が頬を真っ赤に染めて、彼の前に即座に跪いていたかも」

「なら、俺の場合もメイド達が跪いてないとおかしくないか?」

「ご自身が美丈夫だと?面白い冗談ですね」

「いや、確かに冗談ではあるんだけどな......」

 金髪メイドの歯に衣着せぬ物言いに苦笑してしまう。

 しかし、なんだか新鮮な気分だ。

 俺のやること為すことを全肯定する魔女が常に傍に控えていたため、こうして批判的な態度を取ってくる人物と会話するのは少し楽しい。

「顔がにやけていますよ、カガリ君」

「え......もしかして旦那様は罵られて快感を覚えるタイプなんですか?」

 先ほどからこちらに視線を向けることがなかった金髪メイドがようやく後ろを振り返るが、その表情は若干引き気味だ。

「ちげーよ!......にしても、お前、結構言うやつだよな。物怖じしないっつーか。もし、俺が怒って、お前はクビだっ、とか言い出したらどうするよ」

「受け入れますよ。クビどころか死を命じられても従います。旦那様自らが処刑なさるのも構いませんし、首を吊れと言われても問題ありません」

 淡々と金髪メイドがとんでもない発言を口走っていく。

「それはあれか?メイドジョークか?」

「いえ、紛れもない本音です。さて、ここが旦那様のお部屋になります。本日は長旅お疲れさまでした。ゆっくりとお休みください」

「おい、ちょっと待て。お前は──」

「私、いつ死んでも構いませんので。どうぞご随意に」

 一方的に言うと、金髪メイドは強引に俺達を部屋に押し込み、ドアを閉めた。

 なんてやつだ......。

 メイドらしからぬ彼女の振る舞いに唖然としていると。

「乱暴な方ですね。契約がなければ、即刻消しとば──これから仲良くなれればいいですけど」

「今、消し飛ばすって言いかけなかった?」

「いえ、聞き間違いでしょう」

 すんとした顔で平然と惚けるパンドラ。

 お前も負けず劣らず大概だぜと思いつつ、俺はパンドラを部屋の外に放り捨てた。

 

 *****

 

 

「よう、今日は天気がいいな」

「.........」

 屋敷の廊下で掃き掃除をするメイドに声をかけてみるが、返事は一切返ってこない。

 返ってくるのは、パンドラの「今日は一日中曇りですよ」という言葉のみ。

 まるで何も聞こえなかったかのように、黙々と掃除を続ける彼女の表情には欠片も感情が籠っていなかった。

 屋敷での暮らしが始まってから、七日ほど。

 こうしてメイドとの距離を縮めようと試みているのだが、一向に彼女達の反応は変わらない。

 日常会話すらままならないのは、流石に困った。

 パンドラとの契約に自由恋愛の認可を盛り込んだものの、それ以前の問題に直面してしまっている。

 せめて気兼ねなく日常会話ができるような友人程度の関係になれればよいのだが、この調子だと一生赤の他人のまま関係が停滞してしまうだろう。

 話し相手がパンドラしかいないのは、王都の宿暮らしと同じだ。

 なんとかして、この状況を打開しなければ。

 そう決心した俺は考えに考え抜いた結果、ある秘策を思いつく。

「一発芸やります」

 先ほど俺を無視したメイドに一言宣言する。

 当然、反応は返ってこない。

 無視って辛いな。

 けど、もう無視はさせないぜ。

 声をかけてもこちらを振り向きすらしないメイドの正面に移動する。

 できる限り自然な動きでメイドは俺に背を向けようとするが、もう遅い。

「──脳が震えてる時のペテルギウスの真似」

「......!?」

 まさかここで大罪司教の名前が出るとは思わなかったのか、無視を貫いていたメイドが目を見開く。

「あぁ......脳が......震える。震える震える震えるるるるるるるるっっっふぅ!!」

 目をかっ開き、思い切り白目を剥き、ペテルギウスの十八番、脳が震える芸を披露してやる。

 あの五日間では、魔法の習得と共に、ペテルギウスの発狂っぷりもしっかりと学ばせてもらったからな。

 全く自慢にならないのは理解しているが、相当完成度が高いのではないかと思う。

 そんな俺の迫真の演技にメイドはというと。

「.........ふ......ふふっ」

 俺に背を向けて、必死に笑いを堪えているようだった。

 滑らなかったことに安堵し、俺は口の端を大きく吊り上げる。

 肩をぶるぶると震わせる彼女が面白かった俺は、その様を全力でいびってやることにした。

「あっ、ペテルギウスの真似で笑っちゃった!故人とはいえ、とんでもなく偉い立場の人の言動で笑うなんて、不敬なメイドだなっ。ああ......そんなアナタの不敬な態度に脳が......ふるっ......えるっ!」

「......それ............やめてっ......ふふふ」

 耐えきれなかったメイドは箒を投げ捨てて、その場から逃げ出した。

 ──勝った。

 いや、何をもって勝利を定義するのかはわからないが、とにかく頑なな無視の姿勢を切り崩すことに成功した。

 十数人いる内の一人に過ぎないが、これは大きな一歩だ。

 この調子で無関心という名のガチガチに固めた守りの防壁を一人一人打ち破ってやろう。

 決意した俺は、次の標的を探しに屋敷内を巡ることに決めた。

 パンドラは、「面白いことになりそうですね。一旦私は身を引きます」とかわけのわからん台詞を吐いて、どこかに消えた。

 

 *****

 

「はあ、満足満足」

 無視するメイドにちょっかいを出すという試みを始めてから、五日ほど経過した。

 成果は上々。

 最初のメイドだけでなく、他のメイドにも、ペテルギウス芸は容易に通じてくれた。

 正直、発狂して奇声を上げるだけで大して面白くないんじゃね、と思い始めていたが、なぜだかメイド達には大ウケだった。

 よほど娯楽に飢えているのだろうか。

 どちらにせよ、簡単に笑ってくれて、こちらとしては大助かりだった。

 特に受けたのは、『飼い主に捨てられ、道端で凍えているペテルギウスの真似』と『発狂しすぎて顎が外れてしまったペテルギウスの真似』だ。

 同じネタを連発されても飽きるだろうと、時間をかけてネタを考えた甲斐があった。

 最近じゃあ、普通に会話もしてくれるようになったしな。

 それでも、メイド達の表情には、何かに怯えるような不安が見えていたが。

 そして、ただ一人、俺の芸に屈しない存在がいた。

 初日に屋敷を案内してくれた、あの金髪メイドだ。

 あいつだけは何があっても笑顔一つ見せず、何なら他のメイドを懐柔するにつれ、険しい表情を見せるようになった。

 余計なことをするなと、彼女が放つ圧が告げているように思えた。

「旦那様、少しよろしいでしょうか」

 噂をすればなんとやら。

 背後から聞こえた声の主を確認すれば、そこに立っていたのはやはり金髪メイド。

 そして、射抜くような視線と共に、一言。

「彼女達に希望を見せるのは、やめてください」

 はっきりとした怒りが籠った声でそう告げた。

 

 

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