不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
「全くさ。久しぶりに姿を現したかと思えば、再会して早々に頼み事をしてくるとか図々しいにもほどがあるよね。器が広い僕だから引き受けてやるものの、そうやって人の優しさにつけこむのは本当にどうかしてるよ。第一、自分の立場を盾に権力を振りかざすとか、人倫に悖る最低の行いだ。僕の権利を著しく侵害している!」
誰に話しかけるわけでもなく、延々と独り言を呟く男──レグルス・コルニアスは怒りに顔を歪ませていた。
また、いつもの癇癪か──と私は呆れた。
しかし、表情には決して出さない。
無感情に、じっと彼の傍に控えるのが私の仕事だからだ。
ため息なんてつけば、一秒も経たずに私の体が肉塊と化すのは目に見えている。
実際、彼の機嫌を損ねるような態度、言動を取った『花嫁』がそうして散っていったのを何度も見てきた。
故郷を滅ぼされ、家族を皆殺しにされ、奴隷同然の人生を強いられている私には、もう人生に悔いはない。
ただ、せめて死に方くらいは安らかでいたいとそう思っていた。
だから、安易に彼の怒りを買うようなことは絶対にしないと決めていた。
「はぁ......どうして僕の大切な花嫁と屋敷を貸し出さなきゃいけないんだか。屋敷という僕の数少ない資産を平然と奪おうとする横柄で悪辣な態度も気に食わないけど、まさか花嫁達までも望むとか、いくらなんでも強欲だよね。不愉快だけど、一応は古い馴染みにあたるあの女は、僕が愛妻家であることをよく知っているはずだ。にも拘わらず、どこの馬の骨とも知れない男にメイドとして数人寄こせって?頭のネジが数本外れてることは知ってたけど、まさかここまでとはね。温厚な僕も流石に呆れてるよ」
「............」
花嫁を貸し出す?
長々とした彼の愚痴の中に、聞き逃せない言葉が含まれていた。
話の内容からして、どうやらこの男は誰かからの頼みごとを引き受けたらしい。
その時点で驚きなのに、よりにもよって、その頼みごとというのが、花嫁の貸し出しときた。
表面上は妻を大切にしていると嘯くこの男が、そんな要求を呑むはずがない──なのに、引き受けてやると、彼は先ほど、口を尖らせながらもはっきり言った。
驚愕に私はつい表情を崩してしまいそうになる。
この男に指図できる人間がこの世に存在したのか。
「さてと、184番」
必死に平静を保ち、無表情を維持する私を、ひとしきり愚痴を吐き出した彼が鋭い目つきで睨んだ。
「今の僕の言葉、聞いてたよね」
「──はい」
「よかった。夫の言葉を一言一句聞き逃すなんて、妻としてあるまじき行いだと僕は思うんだよね。その点、君は妻として最低限の水準には達せているみたいで安心したよ。ああ、悪いね。話をするんだった。そう、最近魔女教に入信した男が何故だか、あの忌々しい淫売魔女に気に入られるという不幸に見舞われたらしくてね。その不幸な男は新参者のくせに屋敷とメイドが欲しいだなんて欲望を抱いてるらしいんだ。まあ、それだけだったらいいんだけどさ。自分の価値に見合わない欲を持つのは愚かではあるけど、本人の勝手だ。だけど、僕が許せないのは、あの淫売がその新参者の欲望を叶えようと、この僕に対して、屋敷と花嫁を貸し出せなんて言い出したことだ。全く、自分の人の良さが心底嫌になるよ。僕は争いが嫌いだから、今回は引き受けてやることにしたんだ。断ったことをきっかけに関係に亀裂が生じて、結果として諍いが起こるような事態を僕は望んでないからね」
心の中で私はため息をつく。
要は頼まれごとをして、それを引き受けることにしたこと。
それだけの内容をこの男はこうも長々と冗長に語る。
まあ、それはいいのだが、少し不思議なのは、その長々とした言葉の中に恐れのような感情が見えることだ。
就寝と入浴以外の時間は四六時中、この男の傍に控えている私は、長い時間の中でこの男の感情を細かに読み取れるようになっていた。
そのおかげで、今まで殺されずに済んできたのだ。
間違いない。
彼は確かに恐れを抱いている。
そもそも、この男に頼みごとをする人間などが存在すること自体がおかしい。
普通に考えれば、命知らずにもほどがある。
一体この男に頼みごとをしたという相手は誰なのだろうか。
彼と同列である大罪司教か、もしくはそれより上位の存在か。
「仕方ないけど、屋敷と花嫁を数人貸し出してやることにしたよ。184番、君には彼女達と共に屋敷に向かってもらいたい。花嫁達の監視という重要な役目を君に任せよう」
「監視......ですか」
不穏な言葉に私は身構えてしまう。
「ああ。夫として、妻の素行を見守ることができないのは問題だ。けれど、僕も忙しい身だ。だから、一時的にだけど、君が僕の代わりを務めるんだ。貸し出し期間が終わった後、その間の彼女達の素行に関する報告をしてくれ。僕の目につかないところで問題を起こしていた場合は、夫として妻を叱る必要があるからね」
「──わかりました。すみません、質問があるのですが」
「......なにかな」
不快そうにレグルスが唇を尖らせる。
口を挟んだことに怒りを感じているのだろう。
だけど、この程度のことで彼は私を殺したりはしない。
これまで散っていった花嫁達の犠牲で、ある程度の線引きは把握できている。
「問題というのは具体的にどのようなものなのでしょう。どんなに些細なことでも、旦那様の意に沿わない行動を断固として私は許すことができません。その為、彼女達に妻としての正しい在り方を説くための判断基準がほしいのです」
「うん、良い心がけだ。君に妻達の監視を頼んで正解だったよ。判断基準は明確に決まっているから、安心してほしい。簡単なことだ。『浮気』をしない。たったそれだけのことだよ」
私の目論見通り、機嫌をよくしたレグルスが朗らかな笑顔を作り、そう告げる。
「淫売魔女に魅入られた新参者が勘違いするような行動を取らせなければいい。今まで通り笑顔はもちろん禁止。必要以上に新参者に接するのも禁止だ。メイドとしての必要最低限の仕事だけしてればいい。ああ、そうだね。そいつのことは無視するよう言い聞かせておいてよ。既婚者でありながら、他の男と会話するなんて、夫である僕に対する裏切り行為だと思うんだよね。まあ、最初の挨拶くらいはしてもいいけどさ。それ以降は何があろうと関わらせるな」
残忍な性格に相応の冷酷な瞳でレグルスが言い放った。
それだけで思わず死を実感してしまうほどの恐怖感が全身を覆ったが、まっすぐとレグルスの顔を見て、一言。
「承知しました。責任を持って、私が監視します」
「それでいい」
私が皆を監視する。
私が皆を──守る。
*****
予定時刻どおりにその男はやってきた。
隣には、恐ろしいほどに外見が整った少女が一人。
男の片腕に抱き着き、恋人のように、すりすりと体を密着させていた。
そんな彼女のうっとりとした様子に反して、男の方は不快そうな顔を隠そうともしない。
レグルスの口ぶりから察するに、男の方が魔女教の新参者、女の方が淫──魔女、ということでよいのだろうか。
魔女と聞けば、まず一番に『嫉妬の魔女』を想像するのがこの世界に生きる人間の共通認識だが、自分の目の前にいる彼女は当然『嫉妬の魔女』ではない。
既に過去の存在ということもあるが、『嫉妬の魔女』の特徴として有名である、銀色の髪も紫紺の瞳も彼女は有していない。
雪のように白く、それでいて煌々とした輝く白金色の髪は銀色とは似て非なるもので、瞳の色も全く違う。
青空のように美しく、澄んだ瞳は思わず呼吸を忘れてしまいそうになるほど美しい。
そんな美の極地にいるような、『嫉妬の魔女』ではない魔女が見初めたというこの男。
本当にただの新参者なのだろうか?
淡い藍染めのチュニックと、ゆったりとした薄灰色のズボンで構成され平凡な恰好。
黒髪黒目というこの世界では珍しい身体的要素を除けば、どこにでもいそうなただの平民のように見える。
ぼさっとしたくせ毛と気怠そうなたれ目は少し気になるが、それらを総合しても平凡そのものだ。
妻達の目を引くような、美丈夫がきたらどうしようかと危惧していたが、杞憂だったらしい。
失礼な話だが、この男なら、誰かが『浮気』をする心配はしなくてもよさそうだ。
──そう思っていたのに。
「最近、結構楽しくてさー」
「わかる!昨日とか笑いすぎて、顔痛くなっちゃった」
「あいつといた頃はずっと無表情でいなきゃいけなかったからねー」
「早くカガリ君、起きてこないかなー。いつも起きるのおそすぎ」
「ちょ、君呼びは流石に駄目じゃない?」
「えー、でも本人が様付けされると距離感じて、嫌だって言ってたしぃ。君呼びは女友達感があって、青春を感じるんだってさ」
「でた、意味不明発言。でも、あいつとは別ベクトルの意味不明さだからいいわー」
数人の花嫁達が、箒をほっぽり出して、廊下で談笑していた。
話題は、数日前、私達の主人となったあの男。
こういった光景を見るのは、もはや珍しくない。
あの男が、積極的に花嫁に絡みだしてから、この屋敷の状況は一変した。
それも悪いほうに。
彼女達には、あれだけきつく言っておいたはずなのに。
私が『監視者』であることも当然伝えてある。
レグルスの意志に反する行動を取れば、私は躊躇せず、報告することも伝えた。
なのに、今の彼女達は、レグルスの禁ずる『浮気』を堂々と行っている。
私は表情を固くし、花嫁達に詰め寄る。
「いい加減にしてください。『浮気』をしないと、彼がこの屋敷にやってくる前に皆で誓ったはずでしょう。なのに、あなた達は平然と──」
「別にいいじゃん!あいつが見てるわけでもないんだし」
私の言葉を遮り、花嫁の一人が不満げに言う。
「私という『監視者』がいるのをお忘れですか?あの方がこの場にいなかろうと、私が代わりの眼となってあなた達の動向を監視しています」
「そんなの黙ってくれればいいじゃん。ちゃんといい子にしてましたよってさ」
「そうそう!あいつの言うことなんて聞かなくていいじゃん。だって、あなたもあいつのこと嫌いでしょ?」
「......それは」
嫌いに決まっている。
けれど、これはそういう話じゃない。
感情を抜きにした、私が皆を守る為の使命なのだ。
今の浮足だった皆がそのままレグルスの元に戻ったら、確実に花嫁達の変わり様に疑念を抱く。
そうなれば、危険だ。
仮に私が花嫁達の行為を報告しなかったとしても、レグルスの中に芽生えた疑念は殺意に変貌し、最悪、ここにいる全員が皆殺しにされる可能性だってあるのだ。
「好き嫌いは関係ありません。これは私達が平穏に過ごすためなんです。今は楽しいでしょうが、後で必ず後悔することになります。だから、あの男には──」
「ほんとお堅いんだから。あなたが言いたいこともわかるけど。でもさ、今が楽しいのって素晴らしいことだと思わない?いつかはあいつの所に戻らなきゃいけないとしても、束の間の休息を楽しみたいんだよ」
「......っ」
感情の籠った真剣な瞳に射抜かれ、私は即座に言い返すことができなかった。
花嫁達はレグルスの言いつけを忘れ、能天気にただただ頭を空にして、現状を楽しんでいるわけではなかった。
脳裏にレグルスの影がちらつきながらも、鎖に繋がれた彼女達は期限付きの悦楽と理解しつつ、何とかこの生活を楽しもうとしている。
──それでも、私は彼女達を否定しなければならない。
けれど、私の声が彼女達に届くことはないだろう。
感情で動いていたのならまだしも、理性を持って現状を楽しもうと努力する彼女達を諭すことはできない。
ならば、どうするか。
彼女達に、無責任な悦楽を与えたあの男と直接対峙するほかない。
レグルスが恐怖を抱く女に見初められた男。
確実にただ者ではない。
震える体を無視して、私は彼の元へと向かった。
*****
「彼女達に希望を見せるのは、やめてください」
怒りの籠った声音でそう告げられる。
初日を除くと、一度も口をきいてもらえなかったので、良い感情は持たれてないことは知っていたが、ここまで怒り心頭だったとはな。
「希望?何の話だ?」
「この数日間、無責任な行動を取り続けている自覚はありますか?」
「おいおい。パンドラしかりペテルギウスしかり、まともに会話のキャッチボールができる奴は魔女教に存在しないのかよ。質問に質問で返すなって親に教わらなかったか?」
「私は魔女教徒ではありません。あなた達と違って」
「奇遇だな。実は俺も魔女教徒じゃないんだ」
そう返すと、金髪メイドは露骨に不快そうな顔を見せた。
お前と一緒にするな、とでも言いたげだ。
「そんな顔するなよ。これから上手くやっていくためにも仲良くしようぜ」
「これから?その『これから』をあなたが今まさに壊そうとしているのですよ」
「曖昧な表現が好きなお年頃ってのはわかったから、そろそろ本題に入れ。伝えたいことがあるなら、はっきり言えよ」
俺が語気を強めて、そう促す。
「この調子であなたが屋敷のメイドと親交を深めれば、私達は命を落とすことになります。だから、もう私達に関わらないでください」
「......は、はっきり言ってくれたのはいいが、まるで意味がわからねえ......」
俺と仲良くする=死、て。
そんな都市伝説みたいな存在になった覚えはないが、金髪メイドの表情は真剣そのものだ。
狂言には見えないし、だとすると、俺と仲良くすることが死に繋がる、そんな因果がどこかに存在するのだろうか。
「場合によっては、私達と同様にあなたも命を落とす可能性もあります」
「俺もかよっ!......ったく、何なんだよ。お前らと俺が命を落とす?一体どういう理屈だよ」
自分達の死をちらつかせるだけに留まらず、まさか俺にまで死の危険が迫っていることを告げられるとは。
金髪メイドに尋ねると、何故だか彼女は体を震わせながら、ゆっくりと言った。
「私達の本当の主──夫に殺されるからです」
「夫......?」
「はい。この屋敷にいるメイド達は皆、彼の妻です」
「メイドって全員合わせて、15人いたと思うんだけど」
「その15人全員が彼の妻なのです」
「へ、へえ......そりゃあ随分とお盛んなんだな。で、お前らの夫は、どうして俺達が仲良くすると殺しにかかってくるんだ?」
嫌な予感──というかオチがもう見え始めていた俺は金髪メイドに尋ねる。
「『浮気』だからです。夫がいる身でありながら、他の男と仲睦まじく接する。それは妻としてあるまじき行為であり、彼の権利の侵害です」
「待て待て!権利の侵害とか言うな!もうそれ、半分ネタバレしてるみたいなもんだぞっ」
「......?」
「一旦落ち着け。お前らの夫が嫉妬心が異常に強いってのはわかったから。話はこれで終わりだ。メイド連中にはしばらくは関わらない。ということでじゃあな。今から早急に会わなきゃいけない奴ができた」
あんのロリガキ。純真な俺をまたも騙しやがって!
面白いことになりそうですね、ってこういうことかよ。
平然と人を地雷原に突入させるようなこと真似しやがって。
怒りを沸き立たせ、金髪メイドに背を向けると。
「新参者であろうと、魔女教徒なら誰でも知っているはずです。私達の夫は魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアス。くれぐれも、軽率な行いは控えるよう」
「その名前を聞きたくないから、無理やり話切り上げたってのに意味ねえじゃねーか。クソっ......最悪だ」
恨み言を吐いた俺は、逃げるように金髪メイドの元を去った。
行間について(どのくらいが読みやすいかなど意見欲しいです)
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最初みたいな詰め詰め
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今回みたいな適度なスペース