不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男   作:OZ

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強欲の来訪

「全く手のかかる妻達だよ。でも、妻達が僕との一時的な別離に強い寂寥感を覚えているなら、夫としてはすぐにでも駆けつけないわけにはいかないよね。そう、僕は夫としての責務を心得ているんだ。片時も僕の元を離れたくない彼女達の気持ちを汲んで、寄り添える人間なんだ」

 やはり、どこぞの馬の骨とも知れない男に妻達を預けるべきではなかったと、レグルスは後悔していた。

 久しぶりに姿を見せたあの女の願いを、どうして自分は易々と聞き入れてしまったのだろうか。

 たとえ教団内でそれなりに立場が高い人間だとしても、大切な『私財』である妻とメイドを引き渡してやる義理などなかったのだ。

 自分の人柄の良さが少し嫌になる。

 あの時の自分は、一人の人間として権利を主張するべきだったのだ。

 そうしなかった結果、あの女のような欲深い人間にすり寄られ、一時的とは言え『私財』を手放す羽目になった。

「そんなあの女の横暴さが、結果として夫婦の仲を確かめることに繋がったわけだけど。ああ、だからと言ってあの女に感謝はしないよ。だって、確認なんてせずとも、僕達の夫婦としての信頼はもはや疑う余地のないものだ。目に見える形で事実確認をしても、だから何って話だ。ねえ、もちろん君達もそう思うよね?」

 竜車の中で自分と同席している三人の妻に水を向ける。

 うん、良い表情だ。

 感情の抜けた人形のように座席に座る妻の姿を見て、レグルスは満足げに笑う。

 変に表情を作って、生まれ持った美しさを歪ませない妻達の姿勢は素晴らしい。

 婚約を結んだ当初見せていた、不必要な感情の揺れ動きは嘘みたいになくなっている。

 これも日々の教育の賜物だ。

 夫として、妻に正しい在り方を教えることは大切だからね。

 レグルスは満足げにうんうんと、ひとり頷く。

「はい、私もそう思います」

 気持ちは同じだったみたいで、妻達がレグルスの言葉に賛同する。

 良かった。

 そう、確認する必要はないのだ。

 だから、今屋敷にいる15人の妻達に関しても、心配はしていない。

 離れていても心は通じ合っているし、あの女からも妻達が大層不安がっていると聞いているしね。

 早く解放してあげて、元の幸せな夫婦生活に戻してあげないといけない。

「ねえ、もっと竜車を飛ばしなよ。まだつかないの?」

 御者台に座る妻を急かす。

 慣れない手つきで地竜を駆る彼女の手つきは危なっかしい。

 花嫁修業が足りていない証拠だ。

 夫として責務を自分が果たしているように、妻も妻としての責務を果たすべきだというのに、なんて体たらくだ。

「申し訳ありません、旦那様。森の中は少々足場が悪く。もう少しで到着したしますので、もうしばらくお待ちください」

「はぁ……あのさぁ、足場のせいにしてるけど、それって地竜を上手く扱えない君の怠慢なんじゃないの?」

 言い訳がましく、自らの努力不足を言い繕う妻の姿勢にレグルスは少し苛立ちを感じる。

 素直に自分の実力不足を反省すれば良いものの、環境に責任を転嫁する。

 そんな在り方は人として、どうかしている。

 不出来な上な妻を嘆かわしく感じたレグルスは深くため息をついた。

 そんなレグルスの所作に御者台の妻はびくりと体を反応させてから、肩を震わせながら恐る恐るといった様子で。

「……申し訳ありません。今後は一層の研鑽を積み、努力を怠らないよう心がけます」

「──うん、それでいい。最初からそう言っておけばよかったんだ。僕は狭量な男じゃない。妻の一度の失敗をとやかく言うような器の小さい男とは違うんだ。いいね、176番」

 一瞬、176番を不必要だと判じかけたものの、レグルスは思い直した。

 拙い実力ながらも、彼女は妻達の中では竜車を駆ることができる数少ない存在だ。

 努力不足は許しがたいことだが、他の妻達のほとんどは、満足に地竜を駆ることすらできない。

 そう考えると、176番はその点においては有用だと言える。

 嫁入り前はどこかの村娘だったのだろうか。

 自分と結ばれる以前の176番の半生には微塵の関心もないが、若い女性の身で泥臭い地竜の扱いに慣れていることを考えると、おそらく華のない灰色の人生を送っていたに違いない。

 そんな過酷な状況から救ってやったのだから、176番は大層自分に感謝していることだろう。

 だから、不出来なりに夫に尽くしてやろうという気概は十分にあると信じていいはずだ。

 なら、妻としての不適合の烙印を押す前に、少しは機会をやるべきだろう。

 そう、レグルスは結論づけた。

「寛大なご配慮痛み入ります。ありがとうございます」

 妻の感謝を聞いたレグルスは満足したように、革張りのソファに身を沈めた。

 

 *****

 

 

「ご到着が遅くなり、申し訳ありません」

 176番の謝罪と同時に、屋敷の前で竜車が止まる。

 レグルスが乗っていた竜車に続くように、続々と別の竜車が到着する。

 妻達は夫と離れることに拒絶感があるようなので、当然今日は妻を全員同伴させた。

 竜車から降りたレグルスはピタリと体を硬直させる。

「……これは一体どういう了見だ」

 信じられない光景にレグルスは目を丸くして、苛立ちを露わにする。

 屋敷の前には──誰もいない。

 なぜ、一人たりとも姿を現さないのか。

 自分が来ることは事前に、あの女から知らされているはずだ。

 正確な時刻は伝えていないものの、今日中に来ることがわかっていれば、いつ夫が到着してもいいように屋敷の前で待機しているのが、妻として当然のはず。

 礼を失する最低の行い──妻としてなっていない。

 信頼していた妻に裏切られたようで、苦痛を含んだ顔でレグルスは歯噛みした。

 でも、それ以上に許せないことがあった。

 屋敷の前には誰もいない。

 けれど、扉の前に、まるで自分に見せつけるように木製の看板が堂々と立っていた。

『ナンジョウ家結婚披露宴会場』

 そんなふざけた言葉が乱雑に書き殴られていた。

 看板の位置を考えると、披露宴会場というのは、すなわち今自分の前に聳え立っている屋敷のことだろう。

 ナンジョウ──あの女から聞いていた新参者は確かそんな名前だった気がした。

 だとすると、この看板は新参者の仕業だろうか。

 そして、結婚披露宴という言葉。

 誰と──結婚するつもりだ。

「────っ」

 まさか。

 恐ろしい考えがレグルスの頭のよぎる。

 この屋敷にいる女性は、虚飾の魔女と、自分の妻達だけのはず。

 話を聞く限り、魔女は情けなくも新参者に心を奪われている様子だった。

 なら、普通に考えれば、この結婚披露宴は新参者と魔女による式典のはず。

 ──そうでなくてはならない。

 もし──もしも、そうでなかったら。

 今、ここで屋敷を吹き飛ばしてやろうか。

 あれだけ、自分は強く言いつけたはずだ。

 『浮気』をするなと。

 184番を信頼し、自分の代わりに妻達の監視を務めるように言った。

 僕の命令を破ったのか。

 妻達の『浮気』を放置し、自らの役目を放棄した。

 否、もしかすると184番こそが『浮気』を働いた張本人なのかもしれない。

 ──いや、そんなのはどうだっていい。

 連帯責任だ。

 誰が裏切ったにせよ、他の妻の不貞を看過した妻にも責任は伴う。

「ここで待ってろ」

 妻達を待機させ、屋敷の扉へとレグルスは荒々しい足取りで歩を進める。

 巻き込んではいけない。

 事と次第によっては、この屋敷は倒壊することになるのだから。

「こんな挑戦的な態度を取ってきたんだ。せめて、そのナンジョウとかいう新参者には覚悟してもらおうか」

 軽々とレグルスは扉を蹴り飛ばす。

 この屋敷は敷地は広いものの、大人数が集まれる部屋はそこまで多くない。

 だとすると、結婚披露宴とやらを行うとすれば、あそこに違いない。

 レグルスの頭に浮かんだのは、屋敷で一番広い大広間だった。

 夜、妻達をまとめて押し込めておく為に用意した空間だ。

「──なっ」

 しかし、レグルスの予測を外れ、そこに妻達の姿はなかった。

 代わりに、また看板が立っていた。

『残念!正解は屋敷の裏手にある大庭園でした!お馬鹿なレグルス君には少し難しかったかな?』

 瞬間、看板が跡形もなく、粉々になる。

 どうやら、新参者は相当死にたいらしい。

 青筋を立てたレグルスは、もはや扉を使うことすらせず、壁を破壊しながら、庭園へと進む。

 ギシギシと屋敷全体が軋む音がしているが、関係ない。

 ここまで自分を愚弄した男が一時的とは言え生活を送っていた屋敷に未練はない。

「殺す!殺す!殺してやる!この僕をっ……魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアスをっ……この世で最も完成された僕を愚弄したんだ!あの女の寵愛を受けていようと関係ない!確実に殺してやるっ!」

 怒りのままにレグルスは怨嗟の言葉を吐く。

 そして、外の景色が見えた時、そこには目的の人物がいた。

「君か……」

 その男は、木椅子に腰かけていた。

 背後には、久しく顔を見る15人の妻達が横並びになって控えている。

 まるで主従のような立ち位置にレグルスは不快感を覚える。

「遅かったな。もしかして大広間の方に行っちゃった?やっぱ、そうだよなぁ。案内板を立てておいて正解だったぜ。俺の親切心に感謝しろよ、レグルス」

 殺意を向けられているのにも関わらず、木椅子にふんぞり返る男は馴れ馴れしく、偉そうな口調で声をかけてくる。

 初対面であるというのに、名乗りもしない、そんないけ好かない態度を取る男にレグルスは更に睨みを利かせる。

「──君がナンジョウか。この僕に対して、随分と舐めた態度を取ってくれたみたいだ。自分がこれからどんな運命を辿るか、当然理解はできているんだろうね」

 新参者であろうが、大罪司教である自分のことは当然知っているはずだ。

 そして、大罪司教を愚弄すれば、どんな目に遭うかも。

 それをわかっていながらの行動。

 しかし、レグルスは大して驚きはしなかった。

 魔女教徒のほとんどは頭のネジがとんでおり、時折人として考えられないような思いがけない行動を取ることも珍しくない。

 数少ない常識人である自分には到底理解できないが、そういうものだと割り切ることにしている。

 この男も、同じ類の人間だろう。

「運命?ああ、それはもう幸せな運命を辿るんだろうぜ。15人の美女を同時に娶れるなんて、男として最高の気分だ。お前ならわかってくれるよな?粗チン野郎」

「──今、僕のことをなんと呼んだ?」

 思わず聞き返してしまった

 どんな運命を辿るか──その問いに対する答えを聞いて、すぐに殺すつもりだった。

 けれど、この男が付け足すように最後に発した言葉を何故だか、聞き流すことはできなかった。

 粗チン野郎──意味はわからないが、そこはかとなく自分のことを馬鹿にするような呼び方だということは、この男のニヤケ面から推察できる。

 理解できないまま殺すのは、自分の心に煮え切らない嫌な気持ちを残すだろう。

 そんなレグルスの問いに、男は呆けた面をして。

「あれ、なんか間違ったこと言ったか?俺みたいな新参者に数日妻を預けただけで寝取られちまった男は、粗チン野郎に決まってると思ったんだがな……あー、なるほど。意味が理解できなかったのか。あのな、粗チン野郎って言うのはな……」

 男の発言を固唾を飲んで、レグルスは待つ。

「──言葉どおり、粗末なチ〇コって意味だよ。聞いたぜ、お前の元妻達から。お前、まだ一度も誰とも致してないんだってな。まあ、そりゃあそうだよな。完璧な自分に唯一存在する欠点──どうしようもない恥部を妻に晒すのはプライドが許さない。そうだろ?妻達も言ってたぜ、レグルスは性行為すらまともに行えない甲斐性なし性欲なし勃起不全野郎ってな」

「…………殺す」

「……へ?」

 欠点だと?

 僕は性行為なんて気持ち悪い行為に意味を見出していないだけだ。

 それなのに、この男は勝手な解釈をして、僕を愚弄した。

 ──絶対に許さない。最大限恐怖を味わわせて、殺してやる。

 その為にまずは──。

 レグルスは右の手のひらを屋敷の壁に添える。

 ほんの少しだけ力を込める。

 ピシピシと何かに亀裂が入る音が生じ、音は徐々に規模を増していく。

「───っ!?」

 男が恐怖に息を呑んだのが、見えた。

 そう、恐怖するんだ。

 そして、後悔しろ。自分の愚かな選択を。

 レグルスがニヤリと口の端を上げた次の瞬間、大きく聳え立っていた屋敷が大きな音を立てて、崩壊していく。

 さきほど壁を突き破ってきたせいで、既に重心が歪んでいた屋敷は一分も経たない内に、瓦礫の山へと変貌した。

「お、お、お……」

「ふん、恐怖に声も出ないかい?僕を舐めたツケ、しっかりと払ってもらうよ」

「お、お、俺の屋敷があああああああああああああ!!!!」

「僕の屋敷だっ!」

 こうして、屋敷の崩壊をゴングに、『強欲』レグルス・コルニアスと『新参者』ナンジョウ・カガリの決戦が幕を開けた。 

 

 

行間について(どのくらいが読みやすいかなど意見欲しいです)

  • 最初みたいな詰め詰め
  • 今回みたいな適度なスペース
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