不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
「──それで、気分はどうだ?」
森の中央に大きく聳え立っていた立派な屋敷はもはや見る影もなく崩れ去り、綺麗に整地されていた広大な庭も剣のように隆起した岩石があちらこちらに見えて、景観なんてものはとうに失われていた。
そんな荒れ果てた景色の中に、真っ白い服を土埃まみれにした哀れな男が一人、うつ伏せになって地面に倒れ込んでいた。
そいつは俺の言葉にぜえぜえと息を切らしながら、やっとの思いで顔を上げる。
その表情には、恨めしさだったり、悔しさだったり、とにかく負の感情がふんだんに込められていて、今にでも飛び掛かってきそうな殺気を放っている。
でも、それだけだ。
いくら殺気があったとて、権能を無力化され、死なない程度に嬲られたことでもはや指の一本すら動かすのは難しいだろう。
「僕の......権能を......なんで、だよ......」
振り絞るような一言。
唯一動くのは、ぺらぺらとよく舌が回る口だけ。
なぜ──なぜ、自らが誇る絶対的な強欲の権能の秘密を、初対面である俺に把握されていたのか。
レグルスからすれば、まるで意味が分からないに違いない。
戦闘開始直後、レグルスの花嫁全員が屋敷からまとめて姿を消した。
否、姿を消したというのは少し違うかもしれない。
──最初から、花嫁達はこの屋敷にいなかったのだ。
レグルスが俺に貸し出したのは屋敷のみで、花嫁達は最初からここにいなかった。
そして、今日、レグルスはこの屋敷に単身でやってきた。花嫁を帯同させてはいない。
だから、ここにレグルスの花嫁は一人たりともいない。
それが何を示すのか。
原作曰く『小さな王』の効果範囲は、レグルスと花嫁である妻との物理的な距離が関係しているという。
なら、花嫁の全てがレグルスから大きく遠ざかっていた場合、何が起こるか。
「権能の発動条件である妻を連れてこなかったのが、お前の敗因だ」
「そ、んな......僕は、違う......」
お前のことは哀れに思うよ。
だって、お前が大切な花嫁を自分の傍に控えさせないわけがないんだからな。
いついかなる時も妻と常に共にあるのは、夫の義務。そんな風に思ってるはずだ。
けれど、それでもお前は花嫁を連れてこなかった──ことになった。
現実は虚飾によって歪められ、嘘が真を塗りつぶしてしまったのだ。
「勝ち誇るつもりはねーよ。こっちは攻略本片手にチートキャラまで味方につけてんだ。セーブしなくても、初見で勝てる」
「なにを......っ」
「ちなみにチートキャラってのは、パンドラのことな。認めたくない現実に怒り心頭なのは結構だが、怒りの矛先を向けるのは俺じゃなくて、是非あのロリガキにしてほしい」
「......あの、女ぁッ!!」
自身の現状の元凶がパンドラにあるとようやく気付いたらしいレグルスが、怒りに顔を真っ赤にした。悔しそうに唇を噛むレグルスの瞳には、先ほどまで消えかけてきた気力の炎が再び蘇っていた。
「......ここまで一方的にやり込められてまだそんな目ができるとか、お前やっぱすげえな」
権能を無効化され、無力に等しいはずのレグルスの圧に怯んでしまう。
伊達に数百年、大罪司教の座に座っていただけある。
地面に倒れ伏しながらもなお、殺気をひしひしと感じさせられるレグルスの姿に感心していると、背後からひたひたと小さな足音が聞こえてくる。
俺の背後の存在に気付いたレグルスの瞳が一層、鋭さを増す。
「......パンドラか」
「おや。わざわざ振り向かずともわかりますか。なるほど、足音だけで気づいてくれるとは、私とあなたの愛の結びつきはまだまだ強まる余地がありそうですね」
「レグルスが顔を顰める相手なんて限られてるからな。それで、花嫁達の件だけど、どんな感じに書き換えたんだ?」
「彼女達はコルニアス司教の現在の住まいで、健気に主の帰りを待っている──といったところでしょうか」
なるほど。
花嫁を盤面から排除する手段はパンドラに一任していたが、そうなったか。
まあ、健気に主の帰りを待っている、という表現に関しては議論の余地があると思うが。
「......あのさぁ」
ハリの無い声が地面から聞こえる。
「これが立派な造反行為だってことは......もちろん理解しているんだよね?」
「おや......」
ここにきてようやくパンドラがレグルスの方に顔を向ける。
数百年来の知り合いで、エリオール大森林の襲撃や城塞都市ガークラの侵攻など、武力が必要となる魔女教の大事において、これまでパンドラが協力を要請してきたレグルス。
今は全身ボロボロの有様で地面に倒れ伏しているが、そんなレグルスに対して、パンドラは仲間に対しての心配や憐憫なんてものは欠片も抱いていないようだった。
恐ろしいことにパンドラのぱっちりとした丸い瞳には、まるで物珍しい実験動物でも見るかのような純粋な好奇心のみが含まれていた。
「ご無事なようで何よりです。コルニアス司教」
「僕を......こんな目に遭わせておきながら、よくそんな口が利けるよね......」
「......?あなたを倒したのはカガリ君ですよ。私はほんの少しお力添えしたにすぎません」
「よく言うよ......今、僕の傍に花嫁がいないのは、その卑劣な権能のせいだろ......」
虚飾の権能による事象の書き換え。
レグルスが恨めし気にパンドラを見上げる。
卑劣という点においては、お前の権能も大概だけどな、というツッコミはよしておこう。
それにしても、レグルスにしては口数が少なくて助かる。
作者には悪いけど、原作だと多弁すぎて、読むのが億劫になってぶっちゃけほぼ全部読み飛ばしてたしな。
権能の無効化後、すかさずドーナで顎にアッパーを決めてやったのが効いてるのだろう。多分、喋るたびに顎が痛んでいるはずだ。
それでも憎い相手を目の前にすれば、痛みを押してぺらぺらと喋ってしまうのは流石といったところだ。
「もう一度言うよ......君達はこれが立派な造反行為であると理解してるんだよね?いくら、立場が高いとはいえ、こんな暴挙は許されない......」
「へえ、やっぱりお前って偉いんだな」
「少し照れてしまいますね......ですが、偉いと言っても、実際に指揮権を行使して信徒の皆様方に動いてもらうようなことは少ないですよ。そういったことは司教の方々が主体となってしています」
なるほど。要するに影のドン的な存在ってことか。
こんなロリガキが裏で権力を握ってると思うと、だいぶ面白い組織だよな、魔女教って。
「......何度も言わせないでほしいなぁ。君達はこれが造反行為だと──ぐっ......!」
「さっきからゾーハンゾーハンうるせえなあ。絶体絶命の状況でここまで強気でいられる姿勢には感心するけど、もう少し自分の置かれている状況を弁えた方がいいぞ」
俺は倒れ伏すレグルスの元にしゃがみ込み、真っ白な髪を掴み上げる。
「君は本当に礼儀というものをわかっていないね......っ。新入りの立場でありながら、大罪司教という遥かに上位の存在を相手にここまで舐めた行動を取れるとはね。権能さえあれば、君のような惰弱な輩なんて一秒も経たない内に消し炭にできるんだ」
「残念ながら、お前の権能の鍵である花嫁はここにはいない。権能さえあれば、なんて仮定の話は今するべきじゃないと思うけどな」
「その花嫁を僕の元から消したのはお前だろっ......」
「なら、良い提案をしてやるよ。今ここで新しく花嫁を作ればいい。そうすればお前は権能を取り戻し、さっきの言葉どおり俺を消し炭にでも何でもできるはずだ」
「一体、何を────はぁ!?」
俺が指を差した先にいる存在を見て、レグルスが目を丸くして驚く。
「こいつを花嫁として認めたらどうだ?面食いなお前にはピッタリだろ。内面はともかく顔だけはいいからな。ついでに言うと、多分処女だ」
「な......な......」
「コルニアス司教、私にはもう心に決めた人がいるのです。申し訳ありませんが、私はあなたの妻になることはできません」
指を差された張本人──パンドラが申し訳なさそうに、レグルスに頭を下げる。
「残念ながら、振られちまったな。けど、女性を手籠めにするのが大得意なお前ならまだ勝ち筋はあるはずだ。その良く回る舌で一つ口説いてみたらどうだ?」
そんな俺の提案に、しばらくの間、口をパクパクとさせたレグルスの顔は一気に真っ赤に染まりあがる。怒りのあまり、頭に一気に血が上ったのだろう。
「──僕を......僕を僕を僕を僕を......っ!舐めるなぁッ!誰がそんな淫売女を妻にすると思う!?僕にだって選ぶ権利はある!たとえ顔が良くて処女だろうと、それ以外の要素で不適格だっ!それとも、なんだっ!?一つ二つ程度の価値基準をもとに、僕が節操なく女性を娶るような男とでも思うのか!?」
「え。うん......」
「はあああああああああっ!?」
凄い不服そうな反応してるけど、実際そうじゃん......
自分の好みの女なら、出会って五秒で娶るような男だよ、お前は。
つーか、まだ顎は痛むはずなのにさっきからよく喋るな、こいつ。
アドレナリンで痛覚が麻痺してるのだろうか。
「僕の資産を預けるに足る女性は限られているんだっ!完璧である僕に相応の外見で、なおかつ一切の穢れがない女性だ!その女は外見はともかく穢れまみれの女だ!そんな女と爛れた関係の君の気が知れないよ!」
いや、こいつと爛れた関係を結んだ覚えはないんだが......。
おい。お前もレグルスの妄言に頬を染めてないで、否定しろよ。
でも、驚いたな。
軽く煽ってやろう程度の気持ちでパンドラを花嫁にするよう提案したら、ここまで顔を真っ赤にして怒るなんてな。
作中屈指の面食い男も、パンドラだけは受け付けないらしい。
やっぱり世の中、顔が全てじゃないってことだ。
「わ、悪かったよ。冗談にしてはタチが悪すぎた。話を戻そう」
「はぁ......はぁ......わかればいいさ」
「よし。造反行為がどうのって話だったな。ペーペーの俺が大罪司教様であらせられるレグルスさんをボコボコに叩きのめしたことが、大問題ってことだけどさ」
「......無礼な言い様は一旦聞き流してあげるよ。そう、君の造反行為は到底許されることじゃない。卑劣な手法で僕を陥れて今は満足かもしれないけどね、必ず報いを受けることになるさ」
「......報いねぇ。あのさ、ちょっと言いづらいんだけど......その、な?」
レグルスの主張にどう言葉を返せばいいか、口ごもってしまう。
正直な意見を口にすれば、おそらくさっきのようにレグルスを発狂させてしまうことになる。そうなると、話が進まないし、レグルスの金切り声で耳が痛くなるわで面倒なんだよな。
なら、できる限りオブラートに伝えるとしようか。
「魔女教徒ってさ......あんまり仲間意識とかないだろ。だから、その......少しばかり内ゲバが起きたところで誰も気にしないと思うんだ」
「......?確かに彼らに仲間意識がないのは僕も認めるし、一部で仲間割れが起きたところで気にしないのは確かさ。でも、僕は大罪司教だ。そんな重要な立場ある人間が謀反を起こされたとなれば、仲間意識に欠ける彼らも流石に動くはずだ。そうなった場合、君は組織内で孤立するどころか、僕を慕う信者に襲撃を受ける可能性だってあるはずだ」
さも当然かというように、レグルスが滔々と語る。
確かにそうだ。
立場の低い者同士のいざこざがあったところで、さして問題にならないことは往々にしてあるだろうが、それが偉い立場にいる者に関するいざこざであった場合、話は別だ。
上層部で発生した問題は下部に波及し、最悪組織が分裂する危険性だって孕んでいる。
──しかし、それはあくまで一般的な組織の話だ。
それにレグルスを慕う信者──そんな者が存在しているかについても考えなければならない。
「言いづらいんだけどさ......レグルスさんって、その......」
「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなの?それともなに?ようやく自分のしでかしたことの重大性に気づいたわけ?」
「............なら、はっきり言わせてもらうけどさ。絶対怒るなよ?」
「安心しなよ。これまでのやり取りで君が無礼な物言いをする奴だってことは十分理解した。何を言われても聞き流してやるさ」
「そっか......あのな。お前ってぶっちゃけ、人望ないじゃん?」
「............は?」
レグルスが目を丸くした。
何を言われたのか瞬時に呑み込めないのか、驚いた顔のまま固まっている。
「大罪司教の中だと割と常識人のペテルギウスなら、話は違っただろうけどさ。指先って従順な部下もいたし、熱狂的なファンもいたし。多分、謀反を起こされたのがペテルギウスだった場合は、大問題に発展するのも頷けるんだよ」
「............ッ」
「だ、大丈夫か?お前の言う通り、はっきり言わせてもらったけど......」
レグルスがいつ発狂するのかにビクつく俺は、おそるおそる尋ねる。
すると、固まっていたレグルスは意外にも発狂したりはせず、顔中にびっしょりと汗を流しつつ、焦ったような顔で言葉を返してくる。
「あ、あ......いや、君の意見には反論の余地があるよ。全く何を言っているのかまるで理解ができないな。僕に人望がない?君は知っているはずだろう。僕には両手の指じゃ数え足りないほどにたくさんの妻達がいる。人望がない人間がここまで多くの妻と婚姻関係を結べるわけないよね......わかったら、人望がない、なんて言葉は今すぐ取り消すべきだ。そ、そうだ。君は嫉妬で言ってるんだろ?」
「......いや、多分──というか確実にお前のそのたくさんの妻達は全員お前のこと嫌いだと思うぞ」
「な............っ」
このままいけば、先ほどのようにレグルスは狂ったように怒りの叫びをあげることだろう。
自分が大切にしている妻達が、自分に対しても同じ気持ちを抱くに違いない。
そんな独りよがりの感情がレグルスの心の内にはあるはずだ。
だから、今の俺の言葉をレグルスが受け入れることはない。
このまま嚙み合わない言葉の応酬で、だらだらと時間を引き延ばすつもりは俺にはない。
──パンドラが事前に俺に提示していた、レグルス戦後の落としどころ。
今こそ、それをレグルスにも共有するべきだろう。
「僕はっ......」
「────仲直りしようぜ、レグルス」
一か八かの提案。到底受け入れられることはないであろう選択肢を俺はレグルスに提示した。
行間について(どのくらいが読みやすいかなど意見欲しいです)
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最初みたいな詰め詰め
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今回みたいな適度なスペース