不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
「──随分時間がかかっちまったな」
竜車での長旅は終わりを告げ、俺達はようやくレグルスの本拠地──花嫁達が留守を預かっているであろう大屋敷に到着した。
予想はしてたが、また随分と立派な屋敷に住んでやがんな。
つっても、世界各国から危険分子として狙われている身だからか、屋敷の外装は地味で、これまた森の中に溶け込むように佇んでいたが。お前ら、ほんと森好きだな。
「カガリ君の地竜の扱いがもう少し上手ければ、もっと早くの到着になっていたかもしれませんね」
「うるせー。メイドにちょっと手解きしてもらった程度にしては上等だろ。むしろ、ここまでよくやれたと褒めるべきところだぜ、ここは」
「そうですね、偉い偉い。よく頑張りました。ご褒美をあげましょう」
そう言って、頭を撫でようと伸ばしてくる手を俺は乱暴に跳ねのける。
ああっ、と切ない声が聞こえたが無視して、歩を進める。
自分で褒めろと言っておいてなんだが、まあパンドラ相手ならこのくらい雑な対応でいいだろう。雑に扱った方が喜ぶ節がこいつにはあるわけだし。
「で、レグルスはどうした?」
「道中、ずっと魂が抜けたような状態でしたね。話しかけてみても反応はありませんでした」
「まじか、それ生きてんのか?」
「時折、食料をコルニアス司教の口元に押し込んでいたのですが、むせながらも咀嚼されていたので問題ないかと」
「そ、そうか......」
パンドラのえげつない介護については触れないでおくとして、一応レグルスに生きる意志はあるっぽいな。
獅子の心臓が機能しない今、レグルスは普通の人間と同様に食欲があるはずなので、食料の補給が必要なのだ。
何にせよ、俺がレグルスの姿を最後に確認したのは、竜車のワゴンに放り投げたのが最後だから、少し心配していたのだ。
道中、宿を取る為に付近の街に立ち寄った時も、レグルスはワゴンに引き籠っていたからな。
「コルニアス司教が心配ですか?」
興味深そうな顔でパンドラがそんなことを聞いてくる。
「友達だからな。心を病んだ友達の身を案ずるのは当然だろ」
「ふふ、心を病む原因を作ったのはどなたなのでしょうか」
「人聞きの悪いことを言うな。レグルスが心を病んでるのは元々だろ」
──悪化させたのは俺かもしれないが。
パンドラとそんな雑談をしていると、視界の先にあった屋敷の正面入り口が開いた。
ノックをする手間が省けたな。
出てきたのは、一人の女性。
流石はレグルスが厳選した嫁といったところか。とても整った顔立ちをしていた。
そして、俺はそいつのことをよく知っている。
簡単に距離感を縮められた他のメイド達とは違う──一筋縄ではいかない金髪の彼女は、初めて出会った時と同じような強い意志を持った瞳で俺を睨みつけていた。
俺はそんな彼女──金髪メイドの変わらない姿勢に笑ってしまう。
「あなたはレグルス・コルニアスの関係者ですか?」
......どう答えてやろうか。
関係者と答えようと、関係者ではないと答えようと、どちらの答えを選んでも警戒心を向けられそうだが......まあ、ここは正直に答えておこうか。その方がこいつの反応が面白そうではあるし。
俺は意識して意地の悪そうな笑顔を浮かべてから、こう言ってやる。
「ああ、もちろん関係者だ。レグルスとは仲が良くてさ。あいつは今家を空けてるだろ?実は、つい先日まで俺の屋敷に遊びにきていたからなんだ」
「......旦那様にご友人がいたとは初耳です」
一瞬だけ目を丸くしてから、金髪メイドが訝し気な視線を俺に送る。
まあ、当然の反応だよな。レグルスに友達ができるなんて、天地がひっくり返ってもありえないことだ。それを俺の交渉術が可能にしてしまったわけだが。
「あれ、もしかして疑ってる?」
「いえ、そんなことは......それで、旦那様はどちらにいるのでしょうか?」
「あいつは今、そこの竜車の中でふて寝してるよ」
「ふて寝、ですか。失礼ですが、旦那様がそのような状態にあることの原因をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「喧嘩で俺に負けたんだよ。自分の嫁を俺が狙ってると勘違いしたあいつが突っかかってきてさ。そこを必殺のドーナで顎をぱっかーんとな」
「......そうですか」
こいつ、全く信じてないな。
金髪メイドの今の時点での俺の印象は、アポなしで急に屋敷に来訪した、意味不明で命知らずな狂言を吐く嘘つき野郎ってところか。
「どうやら、今の彼の話を信じておられないご様子。ですが、彼の言っていることは本当ですよ。激昂するコルニアス司教を相手に勇敢に立ち向かい、圧倒的な勝利を収めたのです。私が保証します」
誇らしげに薄い胸を張っているところ悪いが──。
やめろ、保証するな。
お前にフォローされると、ますます怪しくなるだろうが。
......まあ、言葉だけでは信じてもらえないのは当然のことだ。
強欲の権能という無敵の力を持つレグルスを倒せる奴なんて、普通はいない。
それこそ、元々攻略法を知っていて、チートキャラを味方につけている俺のような人間でない限り。
......え?ロクなヒント無しに初見で権能を見抜いた上に、ノーデスで倒した奴がいるって?
そんな奴は知らん。
うん、そんな主人公みたいな所業を為せる化け物のことは一旦隅に置いて、まずは金髪メイドにレグルス討伐を信じてもらおう。
「ついてこい、金髪メイド。物的証拠ってやつを見せてやる」
「金髪メイドとは、もしかして私のことでしょうか」
「そりゃあそうだ。金髪でメイドなんだからな」
「金髪というのは合っていますが、メイドというのは誤りです」
「え?あー、まあ今はそうだったな。気にすんな、取り敢えず来い」
戸惑う金髪メイドの袖を掴むと、竜車の方へと強引に連れていく。
俺が本当にレグルスの友人である可能性を加味してか、あまり抵抗はしなかった。
否、もしかすれば誰かに逆らうという気概自体が失われているのかもしれないが。
それにしても......つい癖で呼んじまったが、そういえば今のこいつはメイドでも何でもないんだよな。
メイド服を着ていないし、何よりメイドとして俺と過ごした日々は虚飾に塗りつぶされ、この世から消え去っている。
──まあ、なんてことない。
虚飾に塗り潰されてしまったのなら、改めてメイドという属性を上塗りしてやればいい話だ。
メイドじゃなくなったのなら、またメイドにすればいい。
ワゴンの中を見た金髪メイドは、それはもう大きく目を見開いていた。
まるで時間が停止しているかのように、ぴたりと固まってしまっている。
それほどまでに、今のレグルスの姿は彼女にとって衝撃的だったのだ。
停止していた金髪メイドは、ぎぎぎっとゆっくりと顔をこちらに向けてきて、難しそうな顔で口をパクパクしていた。
「やっぱ信じてなかっただろ、お前」
「......申し訳ございません」
金髪メイドが丁寧なお辞儀をしてくる。
──さっきから気になっていたんだが、先ほど金髪メイドが出てきた屋敷の扉が少しだけ空いているのが見える。目を凝らしてみれば、こちらを窺う他のメイド達の姿がうっすらと見えた。
俺がレグルスを倒した、という話もちゃっかり聞いていたのだろう。
それに加えて、ワゴンを見たまま固まっている金髪メイドの姿を見て、何かあるに違いないと、興味津々のはずだ。
俺はそんな彼女達の気持ちに応えるように、こちらに来いと手招きしてやる。
すると、扉からは次々とレグルスが厳選した美女達が飛び出てくる。
どのくらいの人数をレグルスは妻として抱えていたのか、数えるのも面倒になるほどの規模だ。
確か50人くらいはいるんだっけな。
ワゴンを花嫁の大群が囲むのにそう時間はかからなかった。
そして、皆一様に先の金髪メイドのように固まっていた。
「旦那様のお帰りだろ。自室に運んでやらなくていいのか?」
俺がそう提案してやると、時が止まっていた花嫁達は慌ただしく動き始めて、数人がかりでレグルスを胴上げのような形で持ち上げると、屋敷の中へ向かっていった。
それ以外の花嫁はここにいるのが気まずいのか、いそいそと同じように屋敷の中に戻っていく。
面白かったのは、花嫁達の表情だ。
驚きの中にうっすら喜びのような感情が見えた。
横柄な態度が当たり前だったDV夫が抜け殻状態になっているのが、よほど嬉しいのだろう。
花嫁の大群が屋敷に戻り、ここに残ったのは、竜車と俺とパンドラ、そして金髪メイドだ。
「お前は行かなくていいのか?皆、行っちまったけど」
「......応接室に案内します。夫のご友人をもてなすのは、妻として当然の義務なので」
レグルスの変貌にいまだ落ち着きを抑えられないらしい金髪メイドが、ふらふらと覚束ない足取りで前を歩きはじめる。
こんな状態でも、客人をもてなそうとするあたり、ほんと面倒なくらいに責任感の強い奴だな。
急に転倒したりするんじゃないかと若干の不安を抱きつつ、俺は彼女の後についていった。
*****
「こちら、カララギ産の紅茶になります」
「コップ持つ手めちゃくちゃ震えてるけど、大丈夫か?」
「お、お気になさらず」
強がる金髪メイドが、コップをゆっくりとテーブルに置いてから、俺の向かい側の椅子に座る。
「お連れの方はよろしかったのですか?」
「ああ、あいつのことは別に気にすんな」
パンドラはと言うと、応接室の外に放り投げておいた。
あいつがいると、話がややこしくなりそうだから、一旦退場してもらうことにしたのだ。
「そ、そうですか......あ、あの......あなたとお連れの方の関係というのは......」
「考えるだけでぞっとするからやめろ。つーか、そんなことを聞くために俺を応接室に通したわけでもねえだろ。さっさと本題に入れ。何でも答えてやるから」
「......本題、ですか」
言いづらいのか、口をモゴモゴとさせながら、時折ちらりと弱弱しい視線を送ってくる。
ああ、なるほどな。
こいつは俺が怖いのか。
恐怖の対象であるレグルス・コルニアスを打倒した謎の男が自分達に危害を加えることがないか、怯えているのだ。
だからこそ、新たな脅威の可能性である俺を応接室に招き入れた。
密室に隔離することで、他の花嫁達と物理的な隔たりを作る。それが目的だろう。
もし、俺がここで暴れようとすれば、自分の命を賭して止めようとするはずだ。
そんなこと、気にする必要ないのにな。
とはいえ、抜け殻状態のレグルスを帯同し、屋敷に来訪した俺を警戒するのは当然のこと。
「......あのっ!」
「お前らに危害を加えるつもりは一切ない」
「......え?」
勇気を出して話を切り出そうとした金髪メイドの第一声を遮り、彼女が欲しているであろう答えを俺は言った。
脅威か否か、金髪メイドが知りたいのはそこだ。
「俺が望むのは、ただ一つ。この豪奢な屋敷だけだ。元々住んでた屋敷はレグルスの茶目っ気で破壊されたからな。その補填として、レグルスから屋敷を貰うことにした」
「も、貰う?」
「言っとくがこれは俺とレグルスが結んだ約束の範疇で決定したことだからな。友達ルール35。おまえの物はおれの物、おれの物もおれの物、だ」
「友達ルール......?」
「そうだ。俺とレグルスの間で結ばれた恒久的な約束。結構な数あるんだが、興味あるか?」
何となく聞いてみると──金髪メイドはこくりと首を縦に振った。
まあ、今はとにかく情報を取り入れたいところだよな。
全部で50個あって、内容はしっかり覚えてるんだが......改めてあんな長々とした約束ごとを口に出すのは疲れそうだ。
でも、夫が結んだ大事な契約を耳に入れておくのは、妻の『権利』というものだろう。
「今から言うからな。しっかり聞いとけよ。まず、友達ルール1。レグルス・コルニアスは友達に対し────」
*****
「──した場合、罰としてルグニカ-カララギ間を十往復すること......はぁ......結構疲れたけど、最後!友達ルール50!」
「奥さんは大切にすること。また、レグルスからの能動的な接触、新規の花嫁を増やすのは禁止とする。以上」
「............っ!」
あー、疲れた。
レグルスと対峙した時は、ちょっとハイになってたからスラスラ言えたが、改めて50個言うとなると結構しんどいな。
聞く側もきっと飽きていることだろう、レグルスなんて30個の時点で意気消沈してたからな。
金髪メイドもおそらく、半分も頭の中に入ってないんじゃないか──って、なんで金髪メイドさんはこんな驚いた顔してんだ?
ワゴンのレグルスを見た時と同じように、口元に手を当てたまま固まっている。
金髪メイドの突然のフリーズ状態に何も言えずにいると......って、おいおい。
今度は涙を流し始めたぞ。
声を上げるわけでもなく、ただ静かに泣いている。
俺はそんな金髪メイドの姿にどこか居心地の悪さを感じながらも、黙ってその場に一緒に留まっていた。
しばらくの時間が経過し、金髪メイドが手拭でごしごしと目元を拭うと、まだ涙の痕が残った瞳でこちらをじっと見つめた。
「......失礼しました」
「いや、いいんだ。人間、意味もなく泣きたくなることくらいある」
そう俺が言ってやると、金髪メイドは何やら不服そうな顔をしていた。
あれ?今、結構いい感じのこと言った気がしたんだけどな。
「意味もなく......ではありません。お見苦しいところをお見せしましたが、先ほどの私の涙にはちゃんと意味があります────あなたへの感謝ですよ」
感謝──という言葉にしばしの時間、困惑してしまうが、俺が最後に言った友達ルール50の内容を思い返して、ようやく納得する。
「......あー。DV夫から解放されたことに対してか」
友達ルール50は純粋にレグルスへの嫌がらせとして考えたルールだった為、全く思い当たらなかった。
「言っとくが、レグルスがお前らに危害を加えることがなくなるだけで、これからもあいつはお前らの傍に居続けるからな。問題が完全に消えたわけじゃない」
本編のように、レグルスが死んでハッピーエンド、というわけにはいかない。
ルールに縛られて、元の原型がほとんど失われたとしても、レグルスは依然としてこの世に存在している。
花嫁達の呪縛は解かれていないままだ。
──それなのに、なんでもう憑き物が取れたような顔してんだ?
それに、レグルスを懲らしめた俺が──花嫁達にとって害を為さない存在とも限らないというのに。
能天気な奴だ。俺は鼻で笑って、金髪メイドの方に詰め寄る。
「レグルスが抜け殻になった今、これからは俺がお前らを支配するって可能性には思い至らなかったようだな」
「......支配したいんですか?」
「は、はぁ?......まあ、そうだ。お前らは謂わば戦利品だ。無条件に助ける、なんてことはありえない」
想像とは違う反応に調子を狂わせてしまったものの、めげずに圧をかけようとするが──。
「そうですか」
たった一言で淡白に返しやがった......。
なんだよ、こいつのじみーな反応。
屋敷に到着した俺と対峙した時の張りつめたような様相、抜け殻状態のレグルスを見た時の驚愕っぷり、友達ルールを聞いた時の涙に頬を濡らした姿──そのどれとも異なる印象を今の金髪メイドからは感じられた。
無表情で淡白な口調の中にうっすらと浮かびあがる温かな空気感。
俺としては新たな支配者の誕生に終わることのない恐怖を覚える、的な反応を期待していたのだが......。
「そうですか、ってなんだよ!もっとこう、『こわーい』とか『......びくびく』とか可愛げのある反応ってやつをな......」
「こわーい......びくびく」
絶対やると思ったよ、ちくしょう。
ほんと調子狂わされるぜ。
本音を言うと、こいつらを支配してやろうなんて気はサラサラないんだが、ここまで恐怖心を抱かれないとなると、少しモヤモヤしてしまう。
......仕方ない。ちょっと怖がらせてやるか。
俺はニタリと笑って、嘗め回すように金髪メイドの全身に視線を巡らせる。
「密室に二人。一人は大罪司教を打ち負かすほどの強者。一人はただの少女。俺が今その気になってしまえば、お前は一切の抵抗ができないまま手籠めにされるわけだが──」
「いいですよ」
「へ?」
「何を言おうと、あなたが私達にとっての恩人であることには変わりありません。その気になっているのであれば、どうぞご自由に。それくらいで少しでも恩を返せるのであれば、いくらでも」
「.........」
むしろウェルカムと言わんばかりに、金髪メイドが大きく腕を広げた。
俺はそんな金髪メイドの柔らかそうなたわわにダイブ──することもせず、固まってしまっていた。
すると、形勢逆転と言わんばかりに金髪メイドは無表情のまま、口元だけ微笑ませて。
「こないのですか?」
「い、いや......それは......」
「へえ。なるほどなるほど」
じーっと、金髪メイドがこちらを見つめる。
「な、なんだよ......」
穴が開くほど見つめられ、当惑していると──。
「ふふっ......」
ふいに金髪メイドの無表情が崩れ、笑みを零しはじめる。
ますます訳がわからなくなる。
泣いたり笑ったり、忙しい奴だな。
「......別に笑う要素なかっただろ」
「ふふふ......そうですね。でも、あまりにも面白くて」
「なんか、すげえ屈辱的なんだが......」
「実は、友達ルールを話している時も何度か笑ってしまいそうでした。特に......ふふ、少しでも苛立った様子を周囲に見せたら、一か月トイレ掃除とか......私達があんなに怖がっていた旦那様をそんな風に扱うなんて......」
い、意外にゲラなのか?。
今までの凛とした姿しか見てこなかったから、こんな風に相好を崩す金髪メイドは新鮮だ。
「お、おい。そろそろ話に戻っていいか?金髪メイド」
「──シルフィ」
「は?」
「金髪メイドではありません。私の名前は──シルフィです」
行間について(どのくらいが読みやすいかなど意見欲しいです)
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最初みたいな詰め詰め
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今回みたいな適度なスペース