不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男   作:OZ

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プリステラは嫌だ

 それはある晴れた日のことだった。

 レグルスとの一件がもう遠い昔のように感じ始め、新たな屋敷にも馴染んできた俺に、パンドラがとある提案をしてきた。

「プリステラに旅行に行きませんか?」

「絶対に嫌だ」

 当然、答えはNOだ。

 にべもなく断ってやると、パンドラは不思議そうに小首を傾げた。

「どうしてでしょうか?」

「どうしても何もないが......強いて言うなら、俺の生存本能がプリステラだけには絶対に行くなと告げてるからだ」

「何を仰っているのかわかりませんが、プリステラは素敵な場所ですよ。ルグニカ王国の五大都市にも数えられており、水門都市として有名な美しい景観が魅力的な──」

「悪いが、旅行に興味はない。生粋のインドア少年なもんでな」

「......この間、メイドの皆様方を連れて、カララギを訪れた際は随分と楽しそうでしたが?」

「それは......カララギが特別だからだ。ワフー文化が肌に合ってるというか、まあとにかくプリステラは行かん」

「ふむ......」

 頑なな俺にパンドラが困ったような顔を見せた。

 どうやって俺を説得しようかと思索してるんだろうが、残念ながらどうやっても説得することは叶わない。

 どれだけ金を積まれても、どれだけ魅力的な提案をされても、俺が首を縦に振ることは決してない。パンドラの提案という時点で怪しさ満点なのに、よりにもよってプリステラ旅行だ?

 プリステラ──その単語を耳にするだけで嫌な汗が出てくる。

 せっかく夢にまで見た美少女メイドとのハーレムイチャイチャライフを送れてるっていうのに、そんな溢れんばかりの幸福を手放して、わざわざ死地に飛び込む馬鹿がどこにいる。

 もはや時間の感覚すら忘れて屋敷での至福の時間に全力で身を投じている俺には今の時期がリゼロ原作でどのあたりなのかはわからなかったし、なんなら興味も薄れていたが、パンドラがプリステラ旅行なんておぞましいものを提案しやがったことでおおよその見当はついた。

 つまりは、物語が動き出す頃。

 物語が動き出すってことは、当然我らが主人公であらせられるナツキスバルさんその人の行動が大きく関わっているわけであって。

 おそらく、エミリア陣営は今頃、数々の苦難を経て、聖域の解放を遂げ、同時にロズワールとのあれやこれやも解決して、陣営として更に一歩前進している頃なのだろう。

 そして、その後の展開は知ってのとおり。

 王選候補者のアナスタシアにお誘いで、畜生精霊パックの依り代となる魔晶石を求めて、プリステラを訪れるはずだ。そこには、残りの王選候補者のプリシラ、クルシュ、フェルトも陣営共々揃い踏みで────果てには、色欲、暴食、憤怒の大罪司教も福音書の導きによって参集しているはずだ。

 本来なら、レグルスも花嫁達を引き連れて、個別に向かってるはずだが、色々あって今は俺達と一緒にいるので、プリステラでの陣営との戦いに参戦することはないだろう。

 とにかく、今の時期のプリステラってのは、そんなおっかないネームドキャラに溢れた、地雷だらけの危険地帯──もしくは、近々そうなるはずの場所だ。

「......プリステラには、有名な旅館があることをご存知ですか?先ほど申し上げていたワフー文化に溢れた旅館で、その独特な形態から世界各国から──」

「断る」

 ワフー文化に溢れた旅館?

 そんなのますます駄目だ。

 そこって、主人公サイドの人間達が宿泊してた場所じゃねーか。

 プリステラに旅行に行くだけでも恐ろしいっていうのに、よりにもよって宿泊場所がモンスターハウスなんて馬鹿げている。

「......リリアナ・マスカレードという美しい歌声を持つ歌姫が──」

「どれだけ魅力を語ろうが、無駄だからな。そんなにプリステラに行きたいなら、一人で行け。一人が寂しいならレグルスでも連れてけ。今なら特別に聖金貨100枚で貸してやる」

「私はあなたとプリステラに行きたいのです。普段我儘を言わない妻からのささやかなお願いです。聞き入れてはもらませんか?」

「行かないし、お前は妻じゃない」

「そんな......」

 眉根を下げ、さめざめとパンドラが涙を流す。

 実際はそこまで悲しんでいないだろうに、咄嗟にそんなハイレベルな泣き演技ができるのは大したものだ。

 パンドラと面識がない人間がみれば、思わず騙されてしまうことだろう。

 本性を知ってる俺からすれば、茶番でしかないが。

「......お前には迷惑をかけられてばっかだが、役に立ってる部分も......まあ、一ミリくらいはある」

「では、プリステラに......?」

 俺の言葉に希望を見出したのか、ぱぁっと表情を綻ばせるパンドラ。

 感情の切り替えが早すぎるだろ。

 そして、一瞬こいつの笑顔をちょっとだけ可愛いと思ってしまった自分を全力で殴りたい。

「それは無理だ。ただ、プリステラに行くこと以外で、他に何か望みがあるなら検討してやる」

 視線を少し逸らしつつ、そう提案してやると、意外そうにパンドラが大きな目を丸くした。

「......カガリ君の中でプリステラへの拒否感が異常に強いのは置いておくとして......少し意外ですね。あなたがそんなことを言うなんて......少し考える時間をもらっても?」

「ああ。思いついた時に言ってくれればいい。さっきも言ったとおり、検討してやるよ」

「ありがとうございます」

「ああ。じゃあ、俺は昼寝してくるから」

「良い夢を」

「お前もな」

 そう淡白な感じにパンドラに別れを告げて、俺はゆったりとした足取りで自室に向かう。

 こっちの屋敷に移住してから、毎日昼寝三昧の生活だ。

 俺はすっかり新たな自室に備え付けられたベッドの虜にされてしまっていた。

 なんだよ、あの低反発なマットレスは。

 魔法という要素を抜けば、皆大好き中世ヨーロッパくらいの文化レベルのリゼロ世界にあんな代物があってよいのかと驚く。現代日本でも、あそこまで寝心地が良いベッドはそうないだろう。

 太刀打ちできるとしたら、ヨ〇ボーくらいなものだろう。まあ、あれはベッドじゃないが。

「今日も誰かいんのかな」

 昼寝しにくると、高確率でメイドの誰かしらが既にベッドを占領しているのが玉に疵だが、まあ、あいつらも屋敷の清掃やらレグルスの経過観察やらで疲れているのだろうということで咎めたりはしていない。

 ただ、既に俺が眠っているにも関わらず、平然と布団の中に侵入してくるのだけはまじでやめてほしい。心臓に悪すぎる。特にシルフィ、お前のことだ。もっと自重しやがれ。

 ──さて、先ほどパンドラに何故あんなことを言ったのか、だが。

 理由としては、単純であいつのガス抜きの為だ。

 温情とか優しさとかそういうものじゃない。

 レグルスの件といい、パンドラは自分の欲望の為なら割と平気で強硬手段を取ってくる奴だ。

 たとえ俺がプリステラ旅行を断っても、何らかの手段で俺をプリステラに連れていこうとするはずだ。

 だから、ただ言葉で抵抗するのではなく、代案を用意してやることにした。

 これからプリステラで起こるであろう、リゼロの一大イベントはパンドラにとって、さも魅力的に映っているはずだ。当然、そこに魔女教の特異点──らしい俺をぶち込みたいのだろうことは容易に推測できる。

 だからこそ、パンドラはあそこまで食い下がってきたのだ。

 ただ、俺にも譲れない部分はある。

 プリステラだけはマジで駄目だ。リゼロ原作で、あれほどのネームドキャラが集結する場面はそうそうない。

 ましてや、プリステラで起こるのは、陣営VS魔女教の大戦争だ。

 規模で言えば、帝国編が上回るが、やはりラインハルトがいるのといないのとでは、話が変わってくる。

 パンドラは俺を守ると主張しているが、ラインハルトが相手だと、話はわからなくなってくるのだ。

 それとやはり、一番はナツキスバルの存在。

 どっかの世界線で俺がヘマをやらかして、スバルに敵認定される。そうなれば、詰みだ。

 そうならない為には、スバルの目の前に絶対に姿を現さないことが絶対条件となる。

 だから、代案を受け入れて、パンドラの溜飲を下げて、上手くプリステラ行きを回避したいと思っているのだが......まあ、パンドラ次第だ。あいつの気分次第で俺の生命が脅かされていると思うと、文字通り生きた心地がしない。

「はぁ......憂鬱だ。憂鬱すぎて、憂鬱の魔人に──」

 くだらない独り言を言いつつ、自室の扉を開けると。

「今日もお前かよ。何日連続だ?」

「五日連続です」

「数えてんじゃねえよ。昼寝ばっかしやがって、グータラメイド」

「ちなみに旦那様も十日間連続の昼寝なので、人のことは言えないかと」 

 ベッドを占領していた人物──シルフィはいけしゃあしゃあとそんな反論を繰り出してくる。

 こいつ、レグルスの件が終わってすぐの頃は驚くほど俺に従順な素直なメイドだったのに、日を跨ぐごとにどんどん遠慮がなくなってるのは何故なんだ。今だって、ベッドから体を起こすことなく、仰向けの状態で俺と話してるし......。

「俺はまあ、屋敷を管理する主としての心労だったりプレッシャーがあるから、こうして適度に昼寝休憩を挟むことが必要なんだよ」

「釣りと昼寝とメイド達との雑談を楽しんでいる姿しか拝見したことがありませんでしたが、実は陰ながら屋敷を管理していただいていたのですね。旦那様、いつもお疲れ様です」

「真顔でとんでもない皮肉ぶつけてくるなよ......てか、その旦那様って呼び方はやめろ」

「......?あなたには奥様がいるはずでは?てっきり私はあのお方が奥様だと思っていましたが。自らあなたの妻を名乗られていたので」

 不思議そうな顔でシルフィが聞いてくる。

「あれは自称してるだけだ」

「......内縁の妻?」

「違う」

 シルフィの言葉をばっさりと切り捨てる。

 あんなのが妻であってたまるかよ。

 クソ、あいつメイドに自分が妻だって吹聴してやがんな。

 どうりでメイド達が俺に対して、一線を引いてるわけだ。親しさの中に若干のよそよそしさが感じられたのはそのせいだったか。

 あのキングボンビーめ。早く誰かに擦り付けられないものだろうか。

「他のメイド達に伝えとけ。あいつはただのパトロン──つまり、支援者だ。俺が働かずにぬくぬくとこの屋敷で暮らすためのな。断じて、妻なんかじゃない」

「堂々とヒモであることを公言する旦那様のお姿に感激の心を隠せません」

「なら、もっと相応の表情をした方がいいぞ。あと、旦那様はやめろって」

「では、なんとお呼びすれば?」

 仰向けの状態からようやく上半身を起こしたシルフィが眠そうに言う。

「ご主人様一択だな。メイドと言えば、ご主人様って相場は決まってるもんだ」

「なるほど......ご主人様ですか。ふむ、なるほどなるほど」

 何が「なるほど」なのかまるでわからないが、シルフィはぶつぶつと呟きながら、頭を揺らしている。

 そして、ご主人様置き去りでしばらく考え込んだのち。

「......ご主人様はしっくりきませんね」

「なんでだよっ!?」

 シルフィが下した結論に思わず、鋭い突っ込みを入れる。

「いえ、よくわかりませんがご主人様はちょっと......すみません。できる限り、旦那様の意に沿いたいとは思っているのですが......ご主人様呼びは旦那様の個人的な欲求が根源となっていそうで受け入れられません......」

 本当に申し訳なさそうな顔をしたシルフィにそう断られる。

 にしても、言葉選びが直球すぎるだろ......こいつ、本当に俺の従者なのか?

 まあ、受け入れられないものは仕方がないか。

 俺はそう納得し、シルフィに他の様々な呼び名を提案していく。

 

「マスター」

「ちょっと胸がむずむずします」

 

「師匠」

「弟子入りした覚えはありません」

 

「ボス」

「響きが可愛くないです」

 

「主殿」

「欲求が......」

 

「キャプテン」

「言いにくいです」

 

「司教様」

「嫌です」

 

「総司令」

「意味が分かりません」

 

 こうしてシルフィの容赦のない却下が突き付けられていく中、遂に終わりがやってきた。

 

「き、決まんねえ......なら、次はもう直球に名前呼びでも......」

「......カガリ様、ですか」

「ああ、そうそう。これも例に漏れず却下か?」

 この問答も疲れてきたし、もう旦那様でいいかもしれない。

 いや、むしろシルフィは断固として旦那様呼びを貫きたいのだと思い始めていたが。

「気に入りました。これからはカガリ様とお呼びします」

「......まじかよ」

 永遠に続くと思われた問答は、あまりにもあっさりと終わりを告げた。

 そして、シルフィも何やらすっきりとした表情で部屋から退室していった。

 全く、何だっていうんだ。

「......まあ、何にせよようやくこれでベッドで寝れる。だいぶ話し込んじまったなぁ」

 先ほどまでシルフィが沈んでいたベッドに身を投じる。

 名前呼び......か。

 ご主人様呼びを諦めたわけじゃないが、年の近い女の子から名前で呼ばれるのが心地いいのは、どこの世界にいても変わらないもんだな。

 くだらない感想を頭の中に浮かべながら、俺は意識がぼんやりと霞んでいくのを感じた。

 

 




お久しぶりです。
だいぶ感覚が空いてしまいました。
また、空くかもしれません。
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