不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
「──ください。起きてください、カガリくん」
「......なんだよ、朝っぱらから。もう少し寝かせといてくれ」
起床を催促してくるメイドに、俺は不快感を隠さない声で反発する。
「カガリくんは寝坊助さんですね。駄目ですよ。早くしないと、朝ごはんが冷めてしまいます」
「......生憎、俺は冷めたご飯も美味しく頂けるタイプなんだ。冷めたカレーも、冷めたラーメンも余裕だ。猫舌だから、むしろ出来立てが苦手なくらいなんだよ」
「もう、カガリくんはしょうがない人です。せっかくレムがカガリくんの為に愛情を込めて作ったのに......」
ベッドの脇に立っているであろうメイドが困ったようにため息をついた。
......うーん。起き抜けで頭が回っていないんだが、俺のことを『カガリくん』と呼ぶメイドなんていただろうか。
大抵は旦那様かご主人様呼びのはずだ。ああ、シルフィは最近になって『カガリ様』と呼び始めたっけな。
しかし、俺のことを『カガリくん』と呼ぶのは、あの忌まわしきロリっ子と今は亡きペテルギウスを除いて、他にいない。
それに......聞き間違いかもしれないが、このメイド、自分のことを『レム』って呼ばなかったか?
まさかな。
『レム』はメイザース領のロズワール邸で雇われているメイドなのだから、こんなところにいるはずもない。
それに、現在の時間軸を考えると、レムは今頃、『暴食の権能』によって眠り姫状態となっているはずだ。目が覚めた状態で俺の前に現れるはずもない。
だとすれば、これはきっと夢だ。
頭のおかしい連中に囲まれて、精神を病みに病みまくった俺が脳内に作り出した哀れな妄想。
......どうでもいい。レムだかラムだかロムだか知らないが、今はただ惰眠を貪り続けたいのだ。
「むぅ......いくらカガリくんでも怒りますよ。えいっ」
ぷんすかと可愛らしい声をあげたレム?が、瞬く間に布団を剥ぎ取った。
「うわっ!?寒いって!おい......って、まじでレムだな......」
思わず上半身を起こすと、じとーっとした目でこちらを睨むレムの姿があった。
雪のように真っ白い肌にアクアブルーの綺麗な髪と瞳。
そして、胸部から飛び出た魅力的な双丘に目を吸い寄せられてしまう。
夢にしては、リアルすぎる。
おそろしいな、俺の妄想力......。
「はい、カガリくんのレムです。どうしたんですか?とても驚いた顔をしています」
目をぱちくりとさせてから、屈みこんだレムがずいっと体を寄せてくる。
おおおおっ......近い近い!おっぱいが迫ってくる!?
ドクドクと心臓が早鐘を打ち始める。
興奮を鎮めようと、胸を両手で覆ってみるが、溢れんばかりの激情は留まることを知らず、肥大化していく一方だ。
そこで......ふいに、俺は1つの可能性に思い至る。
もしかしてこれ、夢じゃなくて、現実なんじゃないか?
いやいや、ありえない。ありえるわけがない。
俺はこの世界に来てから、一度だってレムに会っていないし、何より......。
「レム......お前は暴食に......」
記憶と名前を喰われた。そう言おうとした時だった。
切り裂くような鋭い声が、俺の耳に響く。
「──暴食なのは、カガリのほうよ。カガリの止まることの知らない食欲が災いしてメイザース領は食糧危機に陥っているのよ。死になさい」
「ラ、ラム!?い、いや......食糧危機とか知らないが......それに、俺って、どちらかと言えば小食な方なんだけど......」
「この期に及んで言い訳とは、救えない男ね。死になさい」
レムが現れたかと思えば、今度はラムだって......?
一体、どうなってるんだよ......。
ああ、でも、やっぱりリアルなんだよなぁ......ラムがちゃんと貧乳なところとかさぁ。
「レム。この男......レムに下卑た視線を向けているわ......」
「姉様。カガリくんは姉様に卑猥な視線を向けています......」
きゅっと互いに指を絡ませたレムラム姉妹が逃げるようにベッドから距離を取った。
「おい、待ってくれ。誤解だ。俺は別に下心があって、乳比べをしていたわけじゃない。ここが夢なのか現実なのか。それをはっきりさせるためにだな......まず、俺の認知が正常に働いているかとかそういったことを......」
釈明を試みるも、2人は顔を青ざめさせて、寝室から足早に逃げていった。
......張り合いがないな。シルフィなら、ハイライトを失った目で無感情にアームハンマーを繰り出してくるってのに。
呆れた俺は、再びベッドに身を埋める。
これが夢だろうと現実だろうと、眠いものは眠い。
睡眠を妨げるメイドもいなくなったことだし、二度寝と洒落こむとするか。
そうして、ゆっくりと瞼を閉じようとした時だった。
「カガリ様~。朝だよー」
「......今度は誰だよ。ああ、ペトラか」
頭の上で結ばれた大きな赤いリボンの存在を見て、すぐに彼女がペトラ・レイテであることがわかった。
なるほど......確かにこれは金の卵。
将来、美少女へと成長する可能性をひしひしと感じる。
「ペトラかって、なにその反応......わたしがせっかく起こしにきてあげたのに、嬉しくないの?」
「いや、嬉しいよ。朝からペトラと会えて、超嬉しい」
「えへへ~、わたしも朝からカガリ様と会えてとっても嬉しいよっ」
少し恥ずかし気なペトラの太陽の笑顔がこちらを明るく照らす。
......眩しいな。
人懐っこい性格と愛らしい仕草、極めつけは整った美少女フェイス。
将来、美人になることが約束されている顔をしている。
アーラム村の男児達をこぞって、ペトラの虜になっているのも頷ける。
正しく、光のロリータ──光ロリだ。
ちなみに対義語は、闇ロリ。
身近なところで言えば、パンドラとかいう、ませたガチンチョが該当する。
「ね、わたしも一緒にお布団入っちゃ駄目かな?」
小首を傾げながら、恥ずかしそうにペトラが提案してくる。
そんな可愛らしい一面を見せてくるペトラに、俺は強い意志で言葉を返す。
「悪いな、ペトラ。この布団は1人用なんだ」
「むぅ......わたし1人くらい余裕で入れると思うんだけど!」
「うわっ......おいっ、無理やり入ってくるなって!」
きっぱりと断ってやったものの、ペトラは強引にベッドへの侵入を試みてくる。
クソッ......小さい体を活かしてちょこちょこと進入路を探すペトラの動きについていけない......!
ここは『ドーナ』でベッドの周囲に完全防壁を張るか......って、俺は幼女に対して何をマジになってんだよ......。
「ほっ、ほっ......い、いまっ!やった!入れたっ!」
1分にも満たない短い攻防を経て、ペトラは無事にベッドへの侵入を成功させた。
あのレグルス・コルニアスにも大勝利した俺がまさか、こんなちっこいメイドに負けるとはな......。世界はまだ広いみたいだ。
「うん、これで一緒に寝れるね?」
「いや、ペトラは俺を起こしにきたんだろ。一緒に寝てどうする......」
幸せそうにきゅっと布団に包まるペトラに呆れた目線を送っていると、ガチャリ......部屋の扉がゆっくりと開いた。
「こ、これは一体......どういう状況ですの......」
「あっ、フレデリカ姉様!」
「フ、フレデリカだって!?」
金色の長髪に、特徴的なギザ歯......そして、おっぱい。
間違いなく、フレデリカ・バウマンだ。
そして、そんな彼女は若干青ざめた表情で口を手で覆っていた。
「な、何をしていますの?カガリ様を起こしにいくと言っていたでしょう」
「わっ、わたし、サボってなんていません!カガリ様がわたしを布団の中に引きずり込んだんです!それから、すごく気持ちよくなっちゃって......」
「引きずり込む?き、気持ちよく......?それは一体......まさか、カガリ様......」
ペトラの不穏な言葉を耳にし、フレデリカの金髪がぶあっと逆立てた。
メキメキとこわーい音が鳴っているのは、獣化が始まっているということだろうか。
......つか、このチビメイド。とんでもない嘘吐きやがって......。布団の中には自分で入ってきたんだろうが。
「フレデリカ、落ち着け。俺はペトラを引きずり込んだりなんかしていない。むしろ、必死になって──」
「言い訳無用。すぐに、屋敷の皆様を呼んできますわ」
「おい、待てよ!話をっ──」
取りつく島もなく、フレデリカは勢いよく部屋を飛び出た。
少しくらいは聞いてくれてもいいだろ......つか、なんか大事になってないか?
「ペトラ。お前、なんつー嘘をついてくれたんだ。お前のせいでフレデリカは俺をロリコンと勘違いして......嘘だろ。火種だけ残して、寝やがったよ......しかも、凄い力で俺に引っ付いて離れてくれないんだが......」
この状況、どうするべきか......。
さっき、フレデリカは屋敷の人間を呼んでくると言っていた。
現状、屋敷にいることが確認できているのは、レムとラム、フレデリカだが......。
「姉様、とうとうカガリくんは決して超えてはいかない線を踏み越えてしまったようです」
「レム、あの男は同年代のラム達を視姦するだけでは物足らず、遂には一回りも二回りも幼い女の子に手を出したようね」
「何となく、お前らが来ると思ったぜ。だが、最初に1つ言わせてくれ。これは誤解だ」
「誤解?今の状況に何の誤解があると言うの?フレデリカの言うとおり、性欲に負けた哀れな男は少女と同衾。死になさい」
「ごめんなさい、カガリくん。レムもこれは擁護できません......」
微塵たりとも期待はしちゃいなかったが、やはりこの姉妹は敵に回ったようだ。
クソ......誰か、1人でも俺の味方になってくれそうな奴......誰かいねえのか!?
心の中でそう叫ぶと、姉妹に続き、もう1人の屋敷の住人がこの場に現れた。
名前を呼ばれずとも、一発でわかった。
大柄な体に道化のような化粧と衣装。
ロズワール・L・メイザースだ。
「おーぉやおや。こーぉれは一体、どういう状況かーぁな」
「ロズワール!聞いてくれ!俺は──」
「ご足労感謝いたします、ロズワール様。この男には、現在、複数の疑いがかかっています。まず、1つに未成年者略取。この有様を見てわかるとおり──」
俺の言葉を遮ったラムが、淡々と罪状を述べていく。
それを横目にレムがしくしくと涙を流していた。
なんだ、この状況......。あと、姉妹とロズワールを呼んできたであろうフレデリカはどこ行ったんだよ。
「以上です。ラムの意見としては、この男を即刻、刑に処すべきかと」
「そうだーぁね。そもそも、君。だーぁれなの」
「そこからかよっ......て、おいおい......刑に処すってまじなの?おーい、ロズワールさん?なんか、右手からおっきい火の球が出てるんだけど?」
「『アル・ゴーア』!」
「ぎゃあああああああああああああああああーーーーーーーーーっっ!!!」
断末魔と共に、俺は自分の体が灼熱に焼かれ、灰と化していくのを感じた。
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「───があああああああああっ......って......ゆ、夢......なのか............?」
「随分、うなされていましたよ」
「お、お前......パンドラか......」
「はい。カガリくんのパンドラです」
そう言って、嬉しそうにパンドラが微笑んだ。
いつの間にか隣に座っていたパンドラは、ぎゅっと俺の手を握りしめていた。
悪夢にうなされる俺を、こいつなりに心配してくれていたのだろうか。
......いや、こいつにそんな人並みの優しさがあるはずないか。
「まじで焼け死んだと思ったぜ......クソが......ロズワールの野郎......」
「ロズワール?覚えのある名前ですね。彼がどうかしましたか?」
「『アル・ゴーア』で焼き殺されたんだよ。まぁ、夢の中の話なんだけどな」
「......さて、どうしましょうか」
「は?何をだよ」
「いえ、こちらの話です。カガリくんはお気になさらず」
相変わらず意味がわからない奴だ。
まぁ、こいつに意味のある言葉を求めることはもう諦めているけど。
「それで......今、どういう状況だ?悪夢から覚めたのはいいが、明らかにここは俺の自室じゃない。どこだよ、ここ」
じろりとパンドラを睨みつけると、彼女は静かに一言だけ返した。
「プリステラ直行の竜車の中です。前々からプリステラに行きましょうと、2人で計画していたじゃないですか」
パンドラの言葉に、俺は絶句していた。
──悪夢はまだ終わらないらしい。
お久しぶりです。
また、日が空くかもしれません。