不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
「──そうして、ティグラシ―大橋を渡った先にプリステラの正門が見えます。そこで入都監査を終えると、ようやく私達は水の都への一歩を踏み出せるのです。カガリくんは、プリステラに着いたら、まず何がしたいですか?」
「帰りたい」
「ふふ、カガリくんは本当に冗談がお好きですね」
そっと口に手を当てて、パンドラが上品に笑う。
......冗談じゃなく、マジなんだけどな。
客車の中で目を覚ましてから、何度も屋敷に帰りたいと訴えているのだが、一向にパンドラは聞き入れてくれない。
「ただ、そんな冗談をつい口に出したくなるくらいに、カガリくんが屋敷を恋しく思う気持ちはわかります」
「......じゃあ、今すぐ屋敷に──」
「屋敷の一室で誰にも邪魔されない2人きりの時間を過ごし、愛を囁き合いたい。私も気持ちは同じです。そんな一時を愛しています。ですが、たまには外の世界に赴き、夫婦の思い出作りに興じるのも良いかと」
一瞬、パンドラの言葉の希望を見出しかけたものの、再び俺は心の中で落胆する。
これはもう、何を言っても無駄っぽいな......。完全に1人の世界に入ってやがる。
「カガリくんの意に沿って、宿泊予定の旅館は当然、2人部屋です。ああ......もしかして、隣の部屋に人がいて、いつもの調子が出ないかもしれないことを懸念されていますか?」
「いや、そもそも部屋を分けてほしいんだが」
「......なるほど。あえて部屋を分けておきたいと。夜が更ける頃、ひっそりと私の部屋に踏み入り、獣のように私を......失礼しました、これ以上を口にするのは無粋でしたね」
「いかないからな?」
「すみません。私の方からいくべきでしたね。カガリくんの嗜好を理解できていなかった自分が恥ずかしくなります」
......まるで話が通じない。なんだ、コイツ。
出来の悪いチャットボットかよ。
制御不能のパンドラに辟易とするも、彼女は恍惚とした表情で延々とプリステラへの思いを熱く語っていた。
まだ到着もしてないってのに......遠足に向かうバスの中ではしゃぐ小学生みたいなテンションだ。
女性人気の高いらしい有名な『でーとすぽっと』に行きたいとか、水竜が牽く小舟に乗ってみたいとか、前々からプリステラへの情報収集はしていたようだ。それほどまでにプリステラ旅行を楽しみにしていたらしい。
あまりにも幸せそうなパンドラの表情に、つい毒気を抜かれてしまいそうになる。
もしも、パンドラが『虚飾の魔女』じゃなく、出会い方が違ったなら、俺も純粋な気持ちでパンドラの話に耳を傾けられたのかもしれない。
「あと、これは絶対に忘れてはなりませんね。『傲慢』の大罪司教の就任式典。プリステラには、式典を執り行うに相応しい、豪奢な教会があると聞き及んでいます。式典が終わると、次は待ちに待った結婚式が──」
「おい、ちょっと待てっ!?」
聞き捨てならない言葉に、のしかかるように、パンドラの方に体を傾ける。
急に身を寄せてきた俺に、パンドラは目を丸くしていて、ぽっと頬を赤らめている。
「カ、カガリくん。そういうことは結婚式を終えてからに......もう少しだけ、我慢しましょう?」
「違うっ。『傲慢』の大罪司教の就任式典ってなんだよ!」
「......?言葉どおりですよ。『傲慢』の大罪司教に就任するカガリくんを魔女教徒総出で祝う式典のことです。もちろん、他の大罪司教の皆様にもご出席いただきます。前にお伝えしましたよね?」
さも当然かのような表情でこてんと首を傾げるパンドラ。
なんだよ、その地獄みたいな式典は......。この世の終わりかよ。
あと、そんな式典があるなんて、一ミリたりとも聞いた覚えはない。
「......悪いが、その式典は欠席させてくれ」
「ダメですよ。カガリくんは主役なんですから。もしかして、緊張しているのですか?カガリくんは本当に可愛いですね。登壇する際は、私が隣で手を握ってあげますので、大丈夫です」
「まったく大丈夫じゃないんだが......」
何の支えにもならないパンドラの優しげな言葉に俺は頭を抱えた。
大罪司教が来るってことは、シリウスにカペラに暴食兄妹が来るわけだろ?
レグルスは......屋敷に引き籠ってるから欠席だろうか。
なんかムカつくな。俺がプリステラにドナドナされて絶望する中、呑気に屋敷で呆けているレグルスの姿を想像すると。
もし、無事に屋敷に帰れたら、一発ぶん殴ってやる。
「なりたくないんだよ、『傲慢』の大罪司教なんて。『傲慢』の称号は......そうだな、代わりにレグルスにでもやれよ。最近、あいつ暇そうだし」
「それは難しいですね。彼は既に『強欲』の大罪司教です。それに『傲慢』の器には相応しくありません」
「......俺なら、相応しいって?」
「ええ。強い魔女の残り香に加えて、『怠惰』に師事し、『強欲』を打倒した実績を鑑みれば、十分に『傲慢』足り得る資格は持ち合わせています」
薄い胸をはったパンドラがまるで自分のことのように誇らしげに言った。
勘弁してくれよ......それっぽい実績があろうと、俺があいつら大罪司教と同列に扱われるなんてあっていいはずがない。
言うなれば、狼の群れの中に、羊が1匹紛れ込むようなものだ。
そう、俺は本来羊なのだ。
原作知識を活かして、うまーいことどこかしらの陣営に取り入って、まるで未来が見えているかのような奇策を展開する軍師キャラこそ、俺の立ち位置に相応しいはずなのだ。
もっと言うなら、リゼロ世界の美少女達をあの手この手で口説き落として、胡蝶之夢ルートを目指すこともできた。
......なのに、パンドラと出会っちまったせいで。
まぁ、金に目が眩んでしまった俺も悪いんだけどさ......。
「『傲慢』になんて絶対にならないし、式典にも出ないからな?代わりにプリステラでデートはしてやる。それで満足しろ」
ぶっきらぼうにそう言うと、パンドラは目を輝かせながら、両手の平を胸の中心で合わせた。
「......!やはり、カガリくんも私とでーとすることを心待ちにしていたのですね。嬉しいです。ああ、最初はどこにいきましょうか......プリステラの綺麗な街並みを2人で手を繋いで歩いて──」
再び、妄想の世界に没入しはじめるパンドラ。
式典に絶対に出ないという俺の意志がパンドラに伝わったかは微妙なところだが......まぁ、後で念押ししておくとしよう。
さて......プリステラに着くまでに考えておかなければならないことがある。
まず、現時点でのリゼロ世界の時間軸についてだ。
前提として、楽観的な考えはこの際、よそう。
先ほど、就任式典には大罪司教全員が出席すると、パンドラは言った。
つまり、開催場所のプリステラに大罪司教が大集合するということだ。
プリステラの住民および観光客にとっては、大迷惑にもほどがあるだろう。
そして、全く同じシチュエーションが、原作にはあった。
そう、皆大好きリゼロ第5章『歴史を刻む星々』だ。
全陣営と魔女教主戦力が一同に会するという、リゼロ屈指の一大イベント。
おそらく、というか確実に今がその時期だ。
レグルスは屋敷に引き籠ってるから、そこだけ原作と違うが、それ以外の大罪司教の面々は福音書の導きによって、プリステラへと降り立つ......いや、もう既に潜伏しているかもしれない。
同時に、王選候補者および陣営メンバー達も続々と集結する。
その中には当然、候補者の1人であるエミリアの騎士、ナツキスバルも含まれる。
俺の一番の目標は、スバルと出会わないこと。万が一、出会ってしまってしまったとしても、絶対に敵対行動を取らないことだ。
せっかくリゼロ世界に来たんだから、主人公に会ってみたいなんて呆けた考えは捨てるべきだ。
無限の選択肢を持っているスバルと違って、俺はたった1つの選択肢を慎重に、大切に選ばなければならない。
少しでも選択を誤れば、ゲームオーバー。
今こうしてパンドラによって拉致されてしまった時点でバッドエンドルートへと着々と進んでいるのかもしれないが、まだ間に合うはずだ。
さっきはパンドラに対してデートしてやるなんて言ったが、隙を見て、プリステラから脱出することも視野に入れている。
この執念深い魔女がそう簡単に俺を逃がしてくれるとは思えないが、だからと言って諦めるわけにもいかない。
────絶対に生き残ってやる。
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その頃──。
古ぼけた木椅子に腰を下ろし、滔々と流れる透き通った川をぼうっと眺める男がいた。
男の顔には、生気がなかった。生者か死者かの判別が難しいほどに、男の顔は青白く、瞳には一切の光が灯っていなかった。
このところ、ずっと男はこうしていた。
文字通り、ずっと。
食事とも睡眠とも無縁の男は、流れる川を眺めることくらいしかすることがなかったのだ。
ここ最近、誰かと言葉を交わした記憶はない。
しかし、そんな男の前に、ふいに1人の少女が現れた。
少女のことは知っていた。
それも当然、少女は以前、男の『妻』だったからだ。
元妻は言った。
「──カガリ様の身が危ないです。大至急、プリステラに向かいます。レグルス・コルニアス。あなたも同行してください」
いつも感想ありがとうございます。
モチベに繋がります。すごく。