不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
ナツキスバルの出現。
激しい動悸を伴う動揺とともに、俺の脳内に一つの疑問が浮かび上がった。
──俺と会うのは、何回目なんだ?
俺にとっては初対面だが、スバルにとっては━━。
とにかく今は頭を回転させろ。思考を巡らせろ。
そもそもスバルはどうして、この場所に現れた。
偶然と考えるのは、楽観的すぎる。
思考するべきは、最悪の可能性。
たとえば──スバルは俺がここにいることを理解していて、最善のルートを選択するために現れた。
なら、それはもう詰みなんじゃないか?
別の世界線で何かをやらかして、目をつけられることになって......俺を潰しにきたとか。
──いや、原作の流れであれば、この時点でスバルは一度も死んでいないんじゃないか?
スバルが死ぬのは、『水の羽衣亭』に宿泊した次の日。
つまり、明日だ。大広場で演説をしていたシリウス・ロマネコンティの権能によって殺される。
そして、その際のセーブポイントは死ぬ瞬間の少し前。リリアナやプリシラと対面していた時のはずだ。
だからと言って、この時点のスバルが死に戻りしていないと結論づけるのは、早計だ。
本来、プリステラにいるはずのなかった俺とパンドラの存在により、世界線が変動している可能性がある。
バタフライエフェクト──蝶の羽ばたきのようなほんの小さな行動が、連鎖を生み、結果として大きく未来を動かしてしまう現象。
スバルが死に戻りをしていないという確証はない。
「おい、大丈夫かよ......あんた。急に黙っちまったけど」
「スバルが変なことを言うから、困惑しているのかしら」
心配そうな顔でスバルとベアトリスがこちらに近づいてくる。
......このまま黙り込むと怪しまれちまうな。
ここは、一旦スバルが死に戻りをしていない前提で、可能な限り怪しまれない言動で応対するしかない。
「......いや、ドラクエって何だろうと考えていたんだ。いくら考えても、思い当たるモノはなかったが」
「ほら見たことかしら」
ベアトリスが呆れたようにため息を零すと、スバルが苦笑いを作った。
「悪い。あんたがガーフィールに話したことが、あんまりにも俺が知ってる設定と被ってたもんで」
「あァ?大将も知ってんかよ。神父が呪いを解くって話をよォ」
スバルが言うと、ガーフィールが興味ありげに牙を鳴らした。
「たりめーだ。神父ってのは金銭と引き換えに呪いを解いてくれるもんだ」
「金取るのかよッ!えげつッねェなァ!!」
「神父も仕事でやってるからな。いざ、呪いを治してもらおうと教会を訪れると、金を要求されるんだ」
「......なるほどな。『儲け話の陰にデリデリデあり』ッてェことかよ」
腑に落ちたようにガーフィールがこくこくと頷く。
......なんか盛り上がっているし、今のうちに帰るか。
「じゃあ、俺はこれで──」
「待て待て!あんたにはまだ話がある!」
こっそりとこの場を去ろうとすると、目ざとく気づいたスバルが俺を引き留めた。
「話......だと......?」
「......ああ。大事な話だ。あんたが抱えている重大な問題に関してな」
つい先ほどのガーフィールとの陽気なやり取りが嘘かのように、スバルの表情は嫌に真剣だった。
当然、俺の心持ちは穏やかではない。
俺が抱えている重大な問題。
やはり、スバルは俺のことを既に知っているのか?
別の世界線でスバルは知り得たというのだろうか?俺が魔女教の関係者だってことを……。
だとすれば、俺がここでするべきことは……弁明か?
俺は一度だって魔女教徒━━ましてや大罪司教なんて立場になったことを認めた覚えはないが、魔女教関係者であることは……もはや否定することのできない事実だろう。
━━今までのこと全部、正直に話したら許してくれるだろうか?
情状酌量の余地はあると信じたい。
何故なら、俺とスバルの境遇は非常に似ているものだからだ。
現代日本で退屈ながらも平穏な日常を送っていたさなか、突如としてこの世界に転移させられた俺達。
スタートは同じだ。ただ、そこからが違った。
かたやチンピラ共に絡まれていたところをエミリアに助けられ、エミリアルートに突入したスバル。
かたやパンドラに絡まれて、なし崩し的に魔女教ルートに突入した俺。
言うなれば、俺達は鏡合わせの存在なのだ。
ただ、俺は当初の想定以上に魔女教サイドに傾いてしまっている感じはする。
働かずに楽をして生きるために金と食事を提供してくれるパンドラの言うことをある程度は聞いてやっているし、魔法を学ぶために嫉妬の大罪司教のペテルギウス・ロマネコンティに師事したこともある。
あとはペテルギウスと同じ大罪司教であるレグルス・コルニアスとの小競り合いの結果、勝利を収め、戦利品としてやつの大屋敷を手に入れた。
そして、ついでに行き場を失ったレグルスの元嫁を専属メイドとして雇ったりもした。
まぁ、ざっとこんなもんか?
いや、ここまで魔女教関係者と接点を持っておいて許してくださいは、流石に無理筋すぎるな……。
ならここは、パンドラに洗脳されていたとか嘘をついて━━。
「おーい、仮面さん。また黙っちまったけど、どうしたんだ?あんたが抱えている呪いってやつについて話したいんだが」
「おっと……すまない。ただの考え事だ━━って、呪い?」
待てよ、呪いだって?
スバルは俺を詰めようとしているわけじゃないのか?
紛らわしい言い方しやがって。早とちりしちまったじゃねえか。
「そうだよ。あんたがつけてる仮面には呪いがかかってるんだろ」
「あ、ああ。確かにそうだが……」
実際には、ガーフィールから仮面を剥がれることを防ぐための方便に過ぎないのだが。
……待て。なんかまずい方向に話が進もうとしてないか?
「そこでだ!今、俺の隣には、少し眠くなってきたのか可愛く瞼をこすっているベア子こと大精霊ベアトリス様がおられる!そして、このベア子、なんと可愛いだけじゃなく呪い━━いや、正確には呪術が込められた術式の解析なんかもできちまう!」
「できちまうのよ」
声高々に叫ぶスバルと、誇らしげに小さい胸を張るベアトリス。
「そ、そうか。そりゃあすげえな……しかし、残念ながら今は持ち合わせが少ない。だから、別の機会に━━」
「待て待て!金は取らねえって。これは謂わば慈善事業。エミリアたんの優しさを世に知らしめるための活動だ。呪いに喘ぐ民を無償で救う。これは俺達にも利がある行為なんだぜ!」
「さっすが大将ッだぜ!」
「おにーさん、かっこいい!せいぎのみかたー!」
うわー、かっけー。まじ惚れそう。
ニカっと目を細めて笑いかけてくるスバルにガーフィールとミミが尊敬の眼差しを送っているが、反して俺の内心は冷ややかなものだった。
余計なおせっかい焼こうとしやがって……。
こちとら呪いなんざかかってねーんだよ!
まずいぜ……ベアトリスに解析されちまったら、呪いが嘘だってことがばれちまうじゃねえか。
「じゃあ、頼むぜ、ベア子先生!」
「なのよ!」
「待て待て待て!やらなくていいって!」
「なんでだよっ!呪いが解けるってのに、止める理由なんてねえだろ!」
俺を逃すまいと腕をがっしりと掴んでくるスバル。
こ、こいつ力強えな……抵抗しようにもまともな抵抗にならねえ……。
「そ、それは……お、俺は望んで呪われた仮面をつけてるんだ!本来、体を蝕むはずの呪いを力に変えるんだ、かっこいいだろ!」
「呪いを力に……か、かッけェぜ!!大将よォ、ここはコイツの覚悟を尊重すべきじゃあねえかァ?」
「ガーフィール。術式の効果次第では、最悪命を落とすことだってあるんだ……。発動条件を満たす前にベア子に術式を破壊してもらうべき━━」
「終わったのよ」
「……は?」
「だから、術式の解析が終わったのよ」
呪いを解くか解かないかを議論していると、ベアトリスがこともなげに言葉を放った。
今、術式の解析が終わったって言ったのか?
いやいや、そもそも呪術なんて刻まれてないんだから、解析も何もないだろう……。
困惑する俺をよそに、ベアトリスが解析結果を語り始める。
「この術式だけど、厳重すぎるほどに幾重にも張り巡らせてあるおかげで、破壊は困難かしら」
ベアトリスでも困難となると、つまりは原作3章でウルガルムに噛まれまくったスバルと同じような状態ってわけか……。
呪いの術式は確かに俺の仮面に施されていたと。
嘘がめくれなくてよかったー……じゃねえ!!
え!?まじで呪われてんの!?
「え、えーと……ベアトリス、様?ちなみにその呪いの術式ってやつはいつ発動するんだ?あとは、効果も教えてくれ」
「ついさっき、呪いを力に変えるとか宣っていたかしら」
「そ、そうだけどさ!力に変えるなら、どんな呪いであるかもしっかりと知っておきたいだろ!」
「はぁ……この術式の発動条件は特殊かしら。仮面の装着者から吸収したマナが一定以上に達すれば、発動する。この調子だと明日か明後日には発動するかしら」
「まじかよ……いや、待て。この術式はマナを吸収するのか?」
「違う。吸収しているのは仮面自体かしら。そして、これはおそらくミーティアなのよ。仮面がマナを吸収し、施された術式が一定以上のマナの貯蔵を検知した時、呪術は発動する。存在自体が希少なミーティアの中でも、これは極めて特殊な性質を持っているかしら」
あの露天商のおっさん……何が幸運の仮面だよ。
俺に仮面を売りつける時に語ったエピソードは全部嘘っぱちか?
「でも、安心するのよ。術式自体は対象者に死をもたらすような効果はないかしら。貯蓄されたマナを装着者に返還する。それが術式の効果。ただ、仮面にはお前以前の装着者から吸収した膨大なマナが含まれているかしら」
「それ、やばくねえか?一度に大量のマナが俺の身体に流れ込んでくるってことだろ?なら、マナの供給過多でゲートがぶっ壊れて死ぬんじゃねえか?」
「この魔法器がミーティアであるなら、その心配はいらないのよ。おそらくこの仮面は、マナの貯蔵庫であるとともに循環器の役割を担っているはず。装着者のマナ許容量に応じて、適切な循環が働くはずなのよ。使用者を殺すミーティアなんて、そんな不完全なものがあるはずないかしら」
推測の域を出ないものの、ベアトリスは自信ありげに言った。
それはきっと、ミーティアという魔法器がコイツの母親━━400年前のエキドナが遺したものだからだろう。スバルの手により、『その人』への執心から解き離れたといっても、やはりエキドナという存在はベアトリスの中で大きいままらしい。
「……なるほどな。よくわかったぜ、ベアトリス様。術式を破壊できないって聞いてヒヤッとしたが、そこまで事態は深刻じゃないらしい」
本当に呪いが━━術式が刻まれていたこと自体は意外だったが、危険性がないのであれば、もはや問題はない。
それにようやくこれでスバルやガーフィールが俺に絡む動機は消えたわけだ。
「この仮面だが、気が向いたら貸してやる。また、会うことがあればな」
「ああ、約束だぜ」
「おー!」
まずは、ガーフィールとミミに一言。
次にスバルとベアトリスに向き直る。
「ありがとな。呪いの効果を知れて安心したよ。まぁ、そもそもこれが呪いと言うべきかは微妙なところだけどな」
「いいってもんよ。これを機に、ルグニカの王選候補者エミリアをご贔屓に!」
元気よくスバルがサムズアップした。
返答として俺もサムズアップを返してから、スバル達に背を向けて歩き始める。
自室についた瞬間、俺は大きく息を吐いた。
それから、敷かれていた布団に直球ダイブ。
あいつらと話している最中、まるで生きた心地がしなかった。
実はスバルは別の世界線で俺のことを知っていて、その上で俺が敵か味方かを見定めているんじゃないだろうかとか、そういった疑心暗鬼な考えが脳内をぐるぐると渦巻いていた。
━━今もその疑念が消えたわけじゃない。
ただ、スバルが俺のことを知っていたとして、現時点でどうこうする気がないことだけはわかった。
完全に安心することはできないが、スバルと会ってしまったことをそう悲観しすぎることはない。
だって、俺は今夜中にはプリステラを発つのだから。
この後、スバルにはてんやわんやな展開が待ち受けていて、プリステラでの一件が終わった次は賢者の塔に向かうはずだ。
なので、以前のように屋敷でメイド達と平穏な日常を過ごしていれば、スバル達と再びあいまみえることはないのだ。
パンドラの存在が唯一の懸念点だが、なぜだかあいつは姿を消したままだし、プリステラには無事に帰れるだろう。
さて、行動を起こすなら早いほうがいい。
本当は宿内が寝静まった後に脱出する予定だったが、パンドラがいないのであれば、関係ない。
さっさと乗合竜車に乗って、帰ろう。
そう決意し、俺はプリステラの街へと繰り出すのだった。
ところどころ心理描写がガバいのはゆるして……。
いや、カガリくんが考え足らずのおっちょこちょいってことにしとくか(作者のクズ)