不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
パンドラのやつは気づいていなかっただろうけどな。
仮面と認識阻害のローブの入手を目的にプリステラの街を巡るさなか、俺はただ呑気に街の景色を楽しんでいたわけではない。
プリステラからの脱出の糸口がないか、常に目を光らせていたのだ。
その中で俺は打ってつけの脱出手段を見つけてしまった。
そう━━プリステラを駆ける乗合竜車だ。
水の都ということもあり、水竜ばかりが注目されがちだが、実は地竜もそこそこ走っている。
そして、この乗合竜車。実は街中を駆けるだけでなく、ルグニカやカララギ間を走行するものもある。
これを発見した時点で俺は勝ちを確信していた。
パンドラは俺をプリステラに連れてこれた時点で満足していたみたいだがな……まさか、俺が『デートしてやる』なんて口約束を結ぶ裏で巧妙な脱出計画を企てているなんて夢にも思わなかっただろう。
今は何故だか姿を消しているが、宿に戻り、無人の部屋を目の当たりにしたあいつはひどく狼狽することだろう。
お前が悪いんだぜ?パンドラ。
大きな隙を与えてくれたおかげで容易に脱出計画が進みそうだ。
今までアイツには、たくさん煮湯を飲まされてきたんだ。
優秀な魔法の講師と偽ってペテルギウスを当てがってきたり、嫁のNTRを匂わせてレグルスをけしかけてきたりしたからな。
今回もどうせ、カペラやシリウス、暴食三兄弟などの狂人共を俺にぶつけて愉しもうと考えていたんだろう。冗談じゃない。
権能を失えば雑魚で弱男のレグルスと、一番頭がイカれてるように見えて、一番話が通じるペテルギウス。
特定の条件下においては、俺はこの2人と上手くやれる自信があるが……カペラ達とは意思の疎通を図ることすら困難だろう。
━━まぁ、もう会うことのない奴らのことを考えても仕方がない。
「そろそろ見えてくる頃か……」
乗合竜車の停留所は街の中にいくつか点在しているが、俺が向かったのは宿から一番近い場所。
夜の街を散歩中の爺さんに簡単な周辺地図を書いてもらったおかげで、一直線に目的地の停留所へと進むことができた。
「次の角を曲がれば、停留所の標柱があるんだよな」
爺さんの話だと、地の刻━━つまりは午後6時から12時の間に6本の乗合竜車が定期運行するらしい。
まぁ、つまりは1時間に1本ってことだな。
「はぁ……相変わらずわかりにくい時間表現だぜ」
火の刻だの風の刻だの、時間の概念が大雑把なんだよな。
この世界には魔刻結晶っていう時計みたいな役割を持つ結晶が存在するものの、1日を4分割にした大まかな時間区分と微かな色の変化でしか時間を読み取ることができないのだ。
……しかし、この不便さは逆にチャンスかもしれないな。
元の世界では当たり前のモノとして普及している、『時計』という革新的な道具をこの世界に産み落とせば、俺は一気に億万長者になれるんじゃねえか?
いいや、時計だけじゃない。元の世界から、このリゼロ世界に流用できそうな道具は他にも沢山あるだろう。
一般的なろう主人公が如く、現代知識無双で華々しい人生を送ることができるかもしれない。
問題があるとすれば、俺が元の世界においては一介の学生に過ぎず、時計なんて精密機器の作成方法なんざ知らんという点があるが……まぁ、そこは時間と努力次第か?
幸いなことに、うちには不眠不休で労働が可能なレグルスがいるし、それなりに優秀なメイド達も大勢いるから、マンパワーとしてはかなりのものがある。
開発資金はパンドラに調達させるとして、あとは頭脳担当の俺の設計力が懸念点だが、挑戦してみる価値はあるだろう。
まぁ、たとえ実現できなくとも、アイデアを提供するだけでもこの世界における大きな貢献になるはずだ。そうなれば、お金もざっくざっく。
「はは、屋敷に帰るのがすげえ楽しみになってきたな」
待ってろよ、レグルス。日がな一日虚空を見つめているお前に、労働という生き甲斐を与えてやるからな。
帰宅後の楽しみにほくそ笑んでいると、角を曲がった先で標柱が──あ?ねえんだけど......。
貰った地図を確認するが、場所は間違っていない。
書き間違えたのだろうか。
俺は再び爺さんの元に戻ることにした。爺さんと別れてからまだあまり時間は経っていないから、すぐに追いつけるはずだ。
そうして俺は駆け足で来た道を戻っていくと、爺さんの後ろ姿を確認する。
「おい、爺さん。この地図、間違ってたぞ?」
「ううん?地図じゃと......?」
「ああ、そうだよ。あんたがご丁寧に書いてくれた地図だ」
蓋を開けてみれば、誤った地図だったが。
それから数秒の間を空けて、爺さんの口からとんでもない言葉が飛び出した。
「──わしゃあ、地図なんぞ書いとらんぞ」
「はぁ?爺さん、あんたボケちまったのか?さっき会って、書いたばっかじゃねえか」
「失礼な男じゃのお。そも、お前さんは誰なのじゃ。わしの知り合いにそんな奇天烈な仮面をつけてる男なんぞおらんわ」
「奇天烈?わかってねえなぁ。まぁ、爺さんのセンスには期待してねえよ。若者の感性的には超かっけぇらしいぜ?」
そう言ってやると爺さんはムッとした表情を作って、俺を睨みつけた。
「だいたいのぉ......わしがお前さんに何の地図を書いてやると言うのか」
「乗合竜車の停留所だよ。この地図に目印が書いてあるだろ?ここに停留所の標柱が立ってるって話だったはずだ」
「ほほほ、ボケとるのはどっちじゃろうなぁ?プリステラには乗合竜車など無いわい」
「はーあぁ!?あるから聞いたんだろ。それで、あんたはその場所を知ってるから、地図に書いた。それが事実だろ。てことはボケてるのはどっちだろうなぁ、クソジジイ!」
「なんじゃと!?阿呆みたいな仮面をつけおって!阿呆みたいな面を隠す為の仮面なのじゃろうが、かえって阿呆に見えるぞ、この阿呆仮面!」
「アホアホ言うんじゃねえ!ゲシュタルト崩壊すんだろうが!」
こうして俺と爺さんの口論は徐々に白熱していき、パトロール中の衛兵に見つかるまで、暴言の応酬が続いた。
......ちっ、無駄な時間を過ごしたぜ。
あの爺さん、衛兵と引き離されるギリギリまで俺に暴言吐いてきやがった。
──それにしてもだが、最悪な事態になった。
衛兵にも乗合竜車の場所を聞いてみたのだが、プリステラにそんなものは存在しないらしい。
ルグニカやカララギを行き来できないのはプリステラの観光業的に不便なのでは無いかと指摘してみると、困った顔をされた。
俺は爺さんだけじゃなく、衛兵もボケていたんじゃないかという希望的観測のもと、様々な場所を巡り乗合竜車について聞き込みをしたが、結果はみんな同じだった。
水の都、プリステラには乗合竜車が存在しない。
それが町民共通の認識であり、不変の事実であった。
俺は確かに、パンドラとプリステラの街を巡る中で乗合竜車の存在を確認した。
なんなら、ついさっき口論を繰り広げた爺さん本人の口からもしっかり言質を取ったのだ。
だが、爺さんは──すっかりそのことを忘れていた。
それに......明らかにおかしいだろ。
観光名所として盛んなはずのプリステラに、送迎用の竜車がないってのは。
衛兵は俺に指摘されてようやく違和感を感じたようだったが......ああ、クソ。
──明らかに改変されている。
このプリステラに確かに存在したはずのモノが町民の記憶から抹消され、俺だけが世界の常識に取り残されたかのような違和感。普通ならもっと困惑するところだろうが......俺は、思ったよりも冷静さを保てている。
それはきっと、この現象に心当たりがあるからだ。
俺は転生したばかりの頃、ある人物から伝えられた言葉を思い出していた。
『カガリさんには......ふふ、私の権能は通じないみたいですし』
『虚飾』の魔女、パンドラ。
頬を朱に染めて、心底愛おしそうな顔で口元を緩ませるパンドラの顔がくっきりと脳内に浮かび上がる。
パンドラ曰く、どういう理屈かはわからないが、『虚飾』の権能は俺に通じないらしい。
ならば、今の状況もきっとそうなのだろう。
パンドラによって歪められた、書き換えられた現実の──元々の輪郭を俺の脳は認識し、捉えている。
プリステラを脱出なんて、甘い考えだったのかもしれない。今は姿を消している魔女を頭の中に思い浮かべ、俺は強く歯噛みする。
「......何としても俺を逃がすつもりはないってことかよ」
姿を消しているのは、俺がプリステラから脱出する手段を権能によって潰すためか?
なら、次案として考えていた商用竜車の荷台に乗せてもらう方法も潰されていそうだな。
──仕方ない。
竜車が使えないのはかなり痛いが、この身一つでもプリステラから出るんだ。
そうしないと、明日には魔女教がプリステラを閉鎖し、脱出不可能になってしまう。
パンドラも、大罪司教も、魔女教徒も、王選候補者達も──いずれも俺の敵となる可能性がある。
誰も信頼できない状況だ。
「とにかく正門に向かうとするか......おっと、忘れていた」
俺はローブのフードを頭にかける。
7つ道具の1つ、『闇夜の外套』。
太陽が沈み、世界に闇が訪れた時に効果を発揮する優れもの。
暗所でちょっとだけ、周囲から姿が見えにくくなるという特徴を持っている。
認識阻害のローブほど便利なものではないが、闇夜における隠密行動では絶大的な効果を発揮すること間違いなしだ。(魔法器店の店員談)
「そして、もう1つ。マナ探知機。ドラゴンボールで言うところのスカウターで──」
「──あっははァ、いいねぇ。お兄さん。それ、僕たちにも見せておくれよぉ......」
「......ッ!?」
ふいに耳元で囁かれ、俺は慌ててその場から飛びのく。
そんな俺の動揺する様を面白そうに笑う──子供がいた。
チャイナ服のような特徴的な衣装に身を包む、焦げ茶色の髪色をした小汚いガキ。
靴を履いていないズタボロの素足に、大きく歪んだ口元。
──嫌な予感しかしなかった。
俺の想像どおりだとしたら、コイツはおそらく......。
ここは穏便に応対して、さっさとこの場を離れる必要があるな。
「......おい、クソガキ。こんな夜更けに外出するもんじゃないぜ。ママが心配するんじゃねえか?」
「僕たちを心配してくれるなんて、お兄さんは見かけによらず優しいねぇ......ママが心配って言うけどさぁ......俺たちはママに頼まれてこんな夜更けに出歩いて......お兄さんみたいな怪しい姿をした人に話かけてるのさ」
「だとしたら、お前のママは毒親だな。いいか、クソガキ。お前は虐待を受けている。わかったら、今すぐこの街の児童相談所に駆け込むんだ。じゃあな」
そう言って、ガキの元から去ろうとするが──ガシっと力強く腕を掴まれてしまう。
......この野郎、子供の力じゃねえな。
「いい気概だぁ、お兄さん。本当は怖くて恐ろしくてどうしようもないくせに、必死に強がって僕たちをいなそうとしてるんだね、あっはははァ」
心底愉快そうに笑うガキの口からは、今にも俺を噛みちぎってきそうな、所々鋭く欠けた凶器のような歯が見えた。
「......随分と嬉しそうに笑うじゃねえか」
「ああ、そりゃあそうさ。嬉しいな、嬉しいね、嬉しいさ、嬉しいとも、嬉しすぎるから、嬉しいと思えるから、嬉しいと感じられるからこそ!暴飲!暴食ッ!待ち焦がれたものほど、腹を空かしておけばおくほど! 最初の一口がたまらなくうまくなるってもんさ!」
......だよな。一目見て、察していたぜ。
そして、極めつけはこの特徴的な決め台詞。
コイツは......コイツの正体は──。
「僕たちは魔女教大罪司教、『暴食』担当、ロイ・アルファルド」
ロイのビジュアル、実は結構好きです。