不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男   作:OZ

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魔女

「あなたは必ず敬虔な魔女教徒になってくれるでしょう」

 パンドラが妖しく笑う。

 その不敵な態度に一瞬気後れしてしまいそうになるのをぐっと堪え、俺はベッドの上にどかりと胡坐をかいた。

「必ずとは大きくでたな。お前がさっき言ったとおり、俺は入信に前向きじゃなかった。入信を決意したのも、金銭との交換条件に過ぎない」

「理解しております。ですが、それは始まりに過ぎません」

「将来に期待ってことか」

「ええ、そのとおりです」

 さも当然かのように、パンドラは頷いた。

 こいつの目には、敬虔な魔女教徒として成長している俺の将来像が見えているらしい。

 嫌な期待だ。

「将来に期待できるほどのもんを持ち合わせてるとは思えないがな。あんな気狂い共と肩を並べられる自信は全くないぜ」

「気狂いとは失礼な方ですね。信者の皆さんは全員が高潔な精神を持ちあわせた、素晴らしき人格の持ち主ですよ。それと、あなたには将来を期待できるほどのものが確かにありますよ」

「へえ、なら今ここで言ってみろよ」

「匂い、ですね」

「......体臭には、結構気を遣ってんだけどな」

 見当違いな返答を自覚しながら、俺はパンドラの言葉に嫌な汗をかいていた。

 嫌な予感はしていた。

 王都の街並みは人通りが多い。

 そんな中、パンドラは俺に話しかけてきた。

 人当たりが良さそうだから?

 話を聞いてくれそうだから?

 人生に思い悩んでいそうだから?

 いずれも違う。

 こいつが俺に接触した理由はたった一つ──。

「──魔女の残り香。それもかなりの濃度です」

「はっ。だと思ったぜ」

 ナツキスバルがその身に纏う魔女の残り香によって、レムに殺され、ペテルギウスに見初められたように、俺もまた、パンドラという災いを招いてしまったということだ。

 最悪だ。

 これで一気にリゼロ世界の難易度がぶちあがってしまった。

 絶望に頭を抱えたくなる俺に反して、パンドラはとても愉快そうに足をプラプラと前後させていた。

「これは喜ばしいことです。あなたなら、現在空席となっている『傲慢』の大罪司教の座につくこともできるでしょう。尤も、やる気があればの話ですけど」

「あるわけねーだろ。大罪司教になるくらいなら、お前の付き人になって、毎日お前の足をペロペロ舐めてた方がマシだっ」

 この世界に、子供が将来なりたくない職業ランキング的なものが存在していたら、間違いなく魔女教大罪司教がトップのはずだ。上司も部下も同僚も全員仲良く揃って気が狂っていて、職場環境は最悪。給料は存在せず、欲しいなら奪えという野性的なシステム。

 しかも、大罪司教として名が知られれば、それは実質的な指名手配同然だ。

 なりたいと思えるはずがない。 

「ふふ。すぐには了承してもらえないことはわかっています。なので、まずは私の付き人として、毎日私の足を舌を使って綺麗にしてもらいましょうか」

「さっきのは冗談だ、冗談。誰がそんなほっそい足舐めるか」

「代価として、綺麗にするたびに金貨5枚を進呈しましょう」

「任せろ。汚れ一つ残さず、綺麗にしてやる」

 そう言うと、パンドラは可笑しそうに口に当てて、クスクスと笑った。

 ......こうやって普通に笑ってるとこだけ見ると、ただの可愛い女の子なんだがなぁ。

 天使みたいな顔で悪魔みたいな所業を積み重ねているのだから、タチが悪い。

「さて、あなたには輝かしい未来が待っているとわかったことですし、次の話に参りましょう」

「なんだよ、まだ何かあんのかよ」

「ええ、あなたのことについてです。私はあなたにとても興味を持っているのです」

「興味だぁ?性癖でも教えればいいのか?」

 表面ではおどけつつ、パンドラの不穏な言葉に息を呑む。

 『虚飾』の魔女に興味を持たれるなんて、堪まったもんじゃない。

「あなたの正体、それが知りたいのです」

「正体なんて大仰な言い方するなよ。見てのとおり、俺はこれといった特徴のないどこにでもいる普通の男だ」

 少なくとも、この世界ではそうだ。

 エルフや獣人が街を歩き、深い森の奥には魔獣達が跋扈する。

 そんな世界において、俺は極めて無力でちっぽけな存在であるはずだ。

「そんな悲しいことを仰らないでください。この世界に生きとし生けるものは全て美しく──」

「南条篝、18歳。エロゲと少年漫画をこよなく愛する好青年だ。諸事情あって、今は異郷の地ルグニカで自分探しの旅をしている途中だ。これでいいか?」

 パンドラの話が長くなりそうだったので、無理やり打ち切ってやった。

 だって、こいつ言ってることとやってることが違いすぎるんだよ。

 どんなに綺麗な言葉を並べられたって、過去の所業と照らし合わせれば、妄言同然の薄ら寒い台詞に聞こえてしまう。

「話は最後まで聞いてほしくはありましたが......自己紹介ありがとうございます。えろげやしょうねんまんがについてはわかりませんが、あなたがナンジョウ・カガリという名前であることは承知しました。ファーストネームはナンジョウですか?」

「カガリだ。お前ら風に言うと、カガリ・ナンジョウの方が適切かもしれんな」

「なるほど。では、カガリさん。これからよろしくお願いしますね」

 パンドラがぺこりと小さな頭を下げる。

 俺はそれに対し、苦い顔をあからさまに表に出して。

「こっちはできればよろしくしたくないんだけどな。つか、いきなり名前呼びかよ」

「これから私達は親密な関係を築いていくのですから、名前呼びで距離を縮めたいと考えるのは自然なことではないでしょうか?」

「はは、冗談よせよ......」

 二人の共通認識みたいな感じで話してくれちゃってるが、俺はお前と親密になる気はサラサラないぜ?

 つっても、こいつの中で勝手にそう結論づけてるっぽいから、俺が口を挟んだところでどうにもならなそうなのが、悲しいところだ。

「なら、俺の方はどう呼べばいい?つっても、さっきまで普通に呼び捨てにしちまってたが」

「パンドラ、と気兼ねなく呼んでいただいて結構ですよ」

「いいのか?魔女教徒1年生の新参者の俺がお偉いさんの名前を敬称抜きで呼んだら、角が立つだろ。他の信者に絞められたりすんのは勘弁だ」

「信徒の皆さんは人格者ばかりなので大丈夫ですよ。愛と希望に溢れた教団ですから」

 嘘つけ。

 殺意と狂気に溢れた教団の間違いだろ。

 心の中で毒づいていると、パンドラが興味深そうにこちらをじっと見ているのに気づく。

「どうした。俺の顔になにかついてるのか?」

「いえ、そういうわけではありません。ただ、あなたは面白い存在だと」

「曖昧な表現だな。どうしてそう思ったんだ?」

「あなたのその堂々とした態度。『魔女』を名乗る相手に全く物怖じすることなく、平然と会話できているのが不思議で仕方ありません。古株の信徒ですら、私と話すのはいまだに緊張したような素振りを見せるのです。青ざめたり、発狂したり、反応は様々ですが、少しは慣れてほしいものです」

 それはもはや緊張どころの問題じゃねーだろ。

 落ち込んだように伏し目がちになるパンドラに呆れてしまう。

 でも、確かエキドナも同じようなことを茶会で言っていた気がする。

 なんでも、彼女を目の前にした人間は吐くのだとか。

 強大なマナのせいなのか、もしくは魔女という存在自体のせいかのかはわからないが、それが普通の人間のリアクションなのかもしれない。

 けれど、実際、俺はこうして会話出来ている。

「誰とでも分け隔てなく接するのが俺の信条だ。それがたとえ『魔女』だろうとな」

「──『嫉妬の魔女』だとしても?」

「分け隔てなくとは言ったが、暴力的なヤツは基本的にNGだ。『嫉妬の魔女』なんて暴力の極致にいるような存在だろ」

「ふふ、やはり面白いですね。『嫉妬の魔女』という言葉に嫌悪一つ感じていない様子。普通の人間ならば、名前を聞くだけで、顔をしかめるものです」

 パンドラがますます、煌々と目を輝かせる。

 そういえばそうだったな。

 『嫉妬の魔女』は、某海外小説で言うところの『名前を言ってはいけないあの人』的な扱いを受けているのだった。

 その事実を考慮すると、確かに俺のリアクションは不自然だ。

 しかし、『嫉妬の魔女』がこの世界において、過去にどれほどの悪逆非道の限りを尽くしていようと、俺にとっては創作物の設定の一つに過ぎない。

 だから、いまいち実感が湧かないのだろう。

 ただ、そのことをパンドラに説明しようにも、首を傾げられるのがオチだ。

「さっき、お前が言ったとおりだ。俺は物怖じしない性格なんだ」

「『魔女』に対して抱く恐怖という感情は根源的なものなのですよ?ですが、そういうことにしておきましょうか」

「そうしとけ。で、お前が俺を面白い存在だと思う根拠はそれだけか?」

「まだありますよ。その根拠のおかげで、私は......ふふ」

「な、なんだよ......」

 心なしかパンドラの頬がほんのりと赤く染まっていた。

 ──ベッドの縁に腰かけていたパンドラがするりと、毛布の上に移動する。

 それから四つん這いになって、ゆっくりとこちらに迫ってくる。

「......ッ」

「あんなことは初めてだったのです......」

「具体的に言ってもらわないと、わかんねーな......」

「初めてを奪われたのです」

「ますますわからなくなったんだが......」

 距離は徐々に縮まっていく。

 後退しようにも、どんどん部屋の壁際に追い詰められている。

「あなたに怖がられないよう平静を装っていましたが、もう我慢はできません」

「ちょ...怖いから、一旦落ち着けって!」

「物怖じしない性格なのでしょう?それなら、私も多少なりとも自分を出してもよいと思うのです」

 パンドラは小柄だ。

 俺が少し力を込めれば、迫ってくる彼女を押し返すのは簡単なはずだ。

 今すぐベッドの上から飛びのき、この部屋から逃げる手段もある。

 他にも、この状況を打破する方法などいくらでもある。

 でも、体が──動かない。

 『魔女』への恐怖は、根源的なものだとパンドラは言った。

 なら、もしかして、これがそうなのか?

 本能的に、俺はパンドラは恐れ、抵抗できないでいるというのか。

「『虚飾の権能』が通じなかったことなんて、一度もないのです。この世界のあらゆる事象に干渉できるはずなのに......あなただけです」

 パンドラの小さな手が俺の肩に触れる。

 そのまま驚くほどにか弱い彼女の力に、やすやすと押し倒されてしまう。

 否、俺が自ら、倒れたのかもしれない。

 まるで、敗北を悟った動物が相手への服従を示す為に腹を見せるように。

 視界に映っているのは、恍惚とした『魔女』の表情。

 心底、愛おしいモノを見るような瞳をしたパンドラがゆっくりと唇を動かす。

「『神龍』ボルカニカも、『大賢者』フリューゲルも、『剣聖』レイドも、その子孫である『剣聖』ラインハルトも......誰も私に、触れることはできません。そのはずでした」

「......俺は違うと?」

 絞り出すように言った。

 すると、嬉しそうにパンドラが目を細めた。

 それから、自分の手のひらを俺の手のひらに重ねると、ぎゅっと指を絡ませてくる。

「ええ。こうして手と手が繋がる中、あなたが本気で力を込めれば、私の手などいとも簡単に壊れてしまいます。それがたまらなく幸せなんです」

「ドMが......」

「どのように取られても構いません。一つ確かなのは、今私があなたに感じている感情は──」

 さらりとパンドラの白金色の髪が、顔にかかる。

「──愛、なのです」

「......」

 今に至るまで、俺はこの世界をどこか現実ではない何かとして捉えていたのかもしれない。五感で感じる情報は全てがリアルだったが、所詮は創作物の世界。

 そう考えていた。

 だけど、パンドラが俺に向ける感情はそんな俺の思い違いを吹き飛ばすほどに鮮烈で、重くのしかかってきた。

「......パンドラ」

「なんでしょうか」

「俺を一体どうするつもりだ」

 こいつに俺を傷つける意図がないことはわかっている。

 けれど、理解できていても、脳内でガンガンと頭痛のように響き渡る危険信号は一向に鳴りやまない。

「言ったでしょう。あなたを監視すると」

「......聞きたくないが、具体的には?」

「いつも、あなたと共にあります。朝起きてから、夜寝床につくまで、ずっと一緒です」

「......」

 現実から目を逸らすように、自分の体にのしかかる体重を感じながら、俺はすっと両目を閉じた。

 

 

 

 

本作におけるパンドラの性格(参考程度です。。。)

  • あくまでも魔女
  • 多少の人間味がほしい
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