不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
路地裏での一件の後、俺達はそそくさとその場を後にし、一直線に宿へと帰宅した。
宿までの道中は心臓がバクバクと音を立てっぱなしだった。
興味本位で路地裏で休憩をしようだなんて提案をした俺が悪いにせよ、あんな事態になるとは思わなかったのだ。
あの場では努めて平静を装っていたものの、暴漢の一人に殴りかかられた時は、正直死を覚悟した。
もし、パンドラがいなければ、俺はあそこでゲームオーバーだっただろう。
尤も、俺一人が路地にいたとして、あいつらが絡んできたかはわからないが。
あの時の下卑た表情を見る限り、狙いはパンドラだったみたいだし。
不幸にも俺達に絡んでしまったあの暴漢二人組の結末がどうなったかは知らないが、ロクな結末でないことだけは確かだ。路地を出る直前、背後から聞こえた慟哭がその証拠だろう。
パンドラの権能により、あいつらは同士討ちをする羽目になった。
『綺麗な薔薇には棘がある』。
自分で言っといてなんだが、その意味を強く痛感している。
今、シーツの上でぺたんと膝を崩して座ってるパンドラは一見、何の力も無さそうなか弱い存在に思えるが、内面に隠された異常性、そして何より『虚飾の権能』が彼女を化け物然としている。
改めて、俺は思う。
こいつは絶対に敵に回しちゃいけない存在だ。
今のところ、パンドラは俺に対し強い興味を示しており、不気味なまでの好意を抱いているみたいだが、その感情がいつまでも持続するとは限らない。
あくまでも魔女。
身勝手な理由でいつ牙を剥いてきてもおかしくない存在。
警戒は必要だ。
たとえ、『虚飾の権能』が俺に作用せずとも、モブ魔女教徒をけしかければ、それだけでパンドラは俺の命を終わらせることができる。だからこそ、楽観視はできない。
ただ、パンドラが傍にいることによるメリットも多少は存在する。
例えば、さっきのようなタチの悪い輩に遭遇した時、パンドラは俺にとっての防波堤の役割をしてくれる。
少なくとも、俺に好意を抱いている限りは、あらゆる外敵から身を守ってくれるだろう。
それは、数ある異世界作品の中でもトップクラスに過酷とも言えるリゼロ世界において、大きな意味を持つ。
そう、パンドラはただのキングボンビーではないのだ。
パンドラと出会った時点で総資産マイナス一兆円くらいの損害を受けたのは確かだが、悲観的になりすぎるのもよくない。
過酷な人生を後方で優しく見守り、困難に遭遇した時は助けてくれる守護神──そんな風にポジティブに解釈してみるのもいいかもしれない。
パンドラが言うには、俺の体には高濃度の魔女の匂いがこびりついているらしい。
魔女の匂いってやつは厄介なもので、リゼロ原作においては、魔女の匂いを起因として、数々のトラブルがスバルに襲いかかった。
魔獣に襲われたり、鬼メイドに殺されたりとロクなことがない。
しかし、パンドラがいることでそれらの問題は解決する。
一家に一人のパンドラで、防犯対策は完璧!
平和な異世界生活を楽しもう!
「カガリさん、先ほどから随分と難しい顔をされています。なにか思い悩むことでもあるのでしょうか?」
「ああ、お前という存在をどうすれば肯定的に捉えられるのかに悩んでいてな」
「なるほど。恋の悩みですね」
「お前のその肯定的すぎる解釈力を少しでいいから分けてくれ」
「ふふ、そのような言い方をされると、少し照れてしまいますね」
「今照れる要素あったか?」
悲報。同居人と会話が通じない。
この先、こんな噛み合わない会話が毎日続くと思うと、気が滅入る。
もう、この際、こいつのことは防犯機能が備わったバグ多めのペッ〇ーくんとでも思った方がよいのだろうか。
「はぁ......それにしても、さっきのはいくらなんでもやりすぎだ」
「さっきのこと?」
心当たりがありませんね、みたいな面してるが流石に無理があると思うぞ。
「路地でのことだ。お前、権能使ってえげつないことしただろ」
「はて......なるほど、彼らのことですか」
少し考えてから、パンドラがようやく俺の言葉を理解したようだ。
とぼけてたわけじゃないのか。
俺にとって衝撃的だった出来事はパンドラにとっては、すぐに記憶から薄れてしまう程度の些末な出来事だったらしい。
「ああ。助けてもらっておいて文句を言うのは気が引けるが、あそこまでやる必要はなかった。あの場を切り抜けられればそれで良かったんだ」
「カガリさんはお優しいですね。自身に危害を加えようとした人間を思いやるとは、素晴らしい精神をお持ちのようです」
「いや、そういうことじゃなくてだな。路地裏の出来事だろうと死人が出れば、騒ぎになるだろ。そうなった時、その場に居合わせた俺達に疑いの目が向く可能性がある」
「なるほど。そういう考えでしたか」
「失望したか?危害を加えようとしてきた人間を思いやるような高尚な精神性が俺に備わってなくて」
失望して、こいつが自ら離れてくれるなら、楽なんだけどな。
残念ながら、そうはならないだろう。
予想通り、パンドラは一切表情を崩さず、むしろそういう姿勢は歓迎と言わんばかりに目を細めて笑った。
「彼らは許されざる罪を犯そうとしたのです。慈悲をかけるべき人間ではありません。かつての仲間との命の奪い合いで、人生の幕を引くという最期は尊いものに違いませんが、それで罪が清算されることは残念ながらありません」
そう言ったパンドラの表情は笑顔こそ作っているが、底冷えするような黒い感情が渦巻いているように見えた。
それから、ゆっくりとベッドの上から降りると、木椅子に腰かけた俺の膝に跨るように乗ってきて、小さな両手をそっと頬に添えて、うっとりとした顔で言った。
「それに、私があなたに失望することなんてありえません。あなたがどんな思想を抱いていても、私は全て受け入れます」
「──なら、もし俺がお前を殺したいって言ったら、お前はそれを受け入れるのか?」
命知らずな質問だと自分でも思う。
けれど、聞かずにはいられなかった。
大仰すぎる言い草をするパンドラの真意を確かめたいと強く思ってしまったのだ。
誰だって自分の命は惜しい。
魔女と言っても、一人の人間であることに変わりない。
殺されることを容易に受け入れるはずがない──そんな風に考えたのは、あまりにも浅はかだったかもしれない。
俺の質問にパンドラは、怒りも、悲しみも、戸惑いも、微塵も負の感情を抱くことなく、むしろ出会ってから一番幸せそうな表情をしていた。
見る見るうちに涙が瞳に溜まり、瞬く間に大粒の雫となって真っ白い頬を滴り落ちた。
頬を赤くし、恋焦がれる少女の顔をしたパンドラは、俺の手を取り、すっと自分の首に沿わせた。
「──ええ、受け入れます。あなたの手がこうして、私の首に触れ、ほんの少し力を込めれば、私の命は簡単に終わりを告げます。どうぞ、お好きになさってください」
「......ッ。本気で言ってんのかよ。魔女教の目的が成就されるのを見届けないまま、死んでいいってのか」
「そんなことは些事に過ぎません。魔女教の悲願は確かに大切ですが、人は結局自分が一番可愛いのです。真の理想が目の前にあるならば、そちらに手を伸ばしたくなるのは本能というものです」
本気だ。
冗談でも強がりでも何でもない。
パンドラは、ここで俺に殺されることに何の抵抗感も抱いていない。
むしろ、至上の幸福として受け入れるのだろう。
──冗談じゃない。
こんな頭のおかしい奴の言いなりになってたまるか。
「......茶番は終わりだ。さっさと膝の上から降りろ。その恰好で下着もなしに跨られると、色々とまずいだろ」
「つれないですね。殺されることも、あなたの言う『まずい』ことになることも、私は歓迎ですよ?」
「俺は断固として拒否する」
いつまでも降りようとしないパンドラを抱え上げ、雑にその軽い体をベッドに放り投げた。
「わ」と少し驚いた声を出してベッドの上でバウンドしたパンドラだったが、むくりと起き上がったその表情はどこか幸せそうだった。
乱暴に扱われることに幸せを感じるとか、いくらなんでもタチが悪い。
エミリアが殺され、『終焉の獣』と化したパックがペテルギウスに対して、死が罰にすらならない的なことを言って嫌悪を示してたが、こいつはレベルがワンランク一つ上だ。
なんせ罰どころかご褒美になるんだからな。
なら、逆に優しくするって手も──いや、駄目だ。
多分、こいつは優しくしたらしたで、愛がどうとか言って喜ぶに決まってる。
そうなると、もうこいつを遠ざけることは不可能なのか?
厳しくしても、優しくしても、喜ぶとか無理ゲーが過ぎるだろ。
パンドラの対処について考えるのが面倒になった俺は本題に戻ることにした。
「さっきの話に戻るが、お前のやり方は過剰だ。俺としては、トラブルに遭遇した時は、できるだけ平和的な解決を望みたい」
「やはり私達は心が通じ合っているようです。私も無駄な犠牲は好みません」
「......面倒だから突っ込まないが、今後ああいった事態が起きた時は、俺が対処しようと思ってる」
「カガリさんが?」
「ああ、俺にやらせてくれ」
パンドラのやり方は過剰。それはつまり、目立つってことだ。
今回は相手がチンピラだったから、さして大きな問題には発展しないかもしれないが、これがもし騎士あるいは貴族だったら、話は大きく変わってくる。
路地裏と同じシチュエーションと仮定すると、騎士同士が突如殺し合いを始める、なんて奇妙な出来事が発生することになる。
パンドラの権能で都合の良いように事象の書き換えを行い、痕跡を完全に消したとしても、勘の良い奴は不審に思うかもしれない。
その勘の良い奴ってのが、ラインハルトだったりしたら、それはもう最悪だ。
リゼロ世界において、ぶっちぎりで最強とも言えるラインハルトを敵に回すとなれば、それはもうゲームオーバーと同義だ。
まあ、そんな状況になるようなヘマをパンドラがするとは考えにくいが、リスクは最小限に減らしたいというのが俺の考えである。
「......それは承諾しかねます。カガリさんの意見を尊重したいのは山々ですが、大切な人が傷つく姿を看過することは私にはとてもできません」
珍しく難しい顔をしたパンドラが、申し訳なさそうに俺の主張を拒否する。
やっぱり、そう簡単にはいかないよな。
俺がチンピラに肩を軽く叩かれただけで、静かな怒りを噴出させていたくらいだ。
なら、もう少しアプローチを変えてみるしかないか。
木椅子から立ち上がった俺はパンドラのいるベッドに足を踏み入れ、どすんと腰を下ろす。
それから、パンドラの肩に両手を置いて。
「守られっぱなしってのは、やっぱり男として情けないと思うんだ」
「私は気にしませんよ。むしろ、安全な場所で傷つかないでほしいというのが私の望みです」
「お前のその優しさはほんとに嬉しいよ。けどな、俺はこうも思うんだ」
じっとパンドラに目を合わせる。
「俺もお前を守りたい。安全な場所で傷つかないでほしいってのは、俺もお前に対して思ってることなんだぜ」
「......ッ!?」
「本当にやばい時はお前の力を借りることになっちまうが、そうじゃない時はお前を守れる俺でいたいんだ......俺にお前を守らせてくれ」
「そ、それは......愛、ですね」
歯の浮くようなセリフに驚いた素振りを見せたパンドラはもじもじとしながら、視線を逸らしている。
こいつ、本当に演技が上手いよな。
こういうのって普通はもっとわざとらしく見えるもんだが、今のパンドラは本気で動揺しているみたいだ。
まあ、本性を知ってる人間だったら、容易に看破できるんだけどな。
でも、演技だろうと、最終的に納得してくれんなら、なんでもいい。
「で、どうなんだ?お前は大人しく俺に守られてくれるのか?」
「え、ええ。わかりました......ですが、カガリさんは外敵に対処できるだけの力を持っているのですか?それができなければ、やはり承諾しかねます」
当然の疑問だ。
弱い奴に守る、だなんて言われても滑稽だろう。
実際、こいつは表面上はときめいたフリをしていても、心の中では、俺の大言壮語を嘲笑しているかもしれない。
「正直言って、俺にそれだけの力はない。けどな、力が無いならつければいいだけの話だ」
「それは一体......」
「──俺に魔法を教えてくれ」
64話でちょろっと登場したパンドラちゃんの「嫌われてしまいましたね」の表情が良すぎて一週間経っても頭から消えてくれない。
本作におけるパンドラの性格(参考程度です。。。)
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あくまでも魔女
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多少の人間味がほしい