不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
朝方に竜車で王都を発ってから、しばらくの時間が経過した頃だった。
どのくらい揺られていたか正確な時間はわからないが、日はもう沈みかけている。
竜車に乗っているのは、俺とパンドラ、それと御者のおっさんの三人だけだ。
「ほんと、兄ちゃんが羨ましいぜ。若いうちからそんな別嬪さんを捕まえるなんて大したもんだ」
「勘違いしてるようだが、こいつとはただの主従関係だ。適当なこと言わないでくれ」
竜車を引いている男がふいに零した軽口に俺はぶっきらぼうに返す。
「仲良く腕組みながら言われても説得力ねーぞ、兄ちゃん。それにだ。主のことを、『こいつ』なんて呼ぶ従者はいないと思うぜ?」
「主従の形にも色々とあるだろ。従者を奴隷のように扱う人間もいれば、こいつみたいにある程度の不作法を許してくれる奴もいる」
「そういうもんなのか?いやあ、いまいち納得はできんなあ。なら、お嬢さんに聞いてみるか。な、ほんとのところお嬢さんと隣の兄ちゃんはどんな関係なんだ?」
御者のおっさんがパンドラに水を向ける。
面倒くさい質問しやがって......。
そんな質問されたら、こいつは絶対──。
「はい。実はお察しの通り、私と彼は愛し合っています。ふふ、少し恥ずかしいですね」
案の定、パンドラは嬉々としてそう答えた。
恥ずかしそうに口に手を当てるパンドラを見た御者のおっさんのテンションはぶちあがり。
「かーッ!妬けるねえ!お二人さん......!主従には絶対に許されぬ禁断の恋!周囲からの反発に負けずに頑張ってくれよ!俺は応援してっから!」
「ええ、二人で力を合わせて頑張ります。ね、カガリさん」
う、うぜえ。
パンドラ一人だけでも厄介なのに、そこにおっさん特有の無遠慮さも加わって、最悪だ。
つか、危ないから前見ろよ、おっさん。
若者の恋愛話に興奮して、前方不注意で事故起こすとか笑えねえぞ。
──ったく。早く着かねえかな。
俺は昨日のパンドラとの会話を思い出していた。
***
「──俺に魔法を教えてくれ」
「ええ、構いませんよ」
「そ、即答か」
俺の突拍子もない頼みをパンドラはあっさりと承諾した。
それから、付け加えるように一言。
「ただ、教えるのは私ではなく、別の方になりますがよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。それは全然構わないんだが、当てはあるのか?」
「もちろんです。マナの流れに精通している、とびきり優秀な方をあなたに紹介します」
「とびきり優秀、か。一体どんな人なんだ?」
「極めて格式高い身分の持ち主です。有力貴族でも彼から魔法の指南を受ける機会を得るのは難しいでしょうね」
「有力貴族でも!?そ、そんな凄い人を俺に紹介できるのか?」
パンドラの言葉に目を丸くする。
俄かには信じがたいが、パンドラが嘘や冗談の類を口にしているようには見えなかった。
それに、こいつが俺に対し嘘をつくとは思えない。
「はい。もちろん、彼は忙しい身ですからね。本来、そう簡単には接触を図れるような方ではありません。ですが、幸いにも私と彼は旧知の仲です。どうにかお願いして、魔法指南の約束を取りつけてみせましょう」
「願ったり叶ったりだ......一つ失礼なことを聞くようで悪いが、そいつはちゃんとした人なんだよな?」
ちゃんとした人。
つまり、魔女教徒またはそれに類する者ではないのか、という疑念を込めた質問をパンドラに投げかける。
「ええ、それはもう。自分の幸せは二の次で、世界平和の為に滅私奉公する大人物です。彼が私の知り合いであるということが不安要素なのでしょうが、心配する必要は全くありません。もちろん、権能でどうこうしたということもありませんよ。私と彼は偶然長閑な森の中で運命的な出会いをし、絆を深めていったにすぎません」
郷愁を感じているのか、どこか遠くを見るようにパンドラが目を細める。
こいつが特定の誰かと親しくする、なんてまるでイメージが湧かなかったが、案外一人や二人、仲の良い人間がいたのかもしれない。
どこか温かさがあるパンドラの語り草に何となくそんな想像をしてしまった。
「ありがとな。まさかそんな凄そうな人を紹介してもらえるとは思わなかったぜ」
「あなたの幸せが私の幸せですから。あなたが望むなら、私にできることは何でもしますよ」
そう事も無げに言ったパンドラの顔は一瞬、天使と見紛うような神秘さを感じさせた。
「パ、パンドラ......ありがとう」
「いいんです」
パンドラの無償の優しさにじんわりと心が温かくなった俺は、本心からお礼を告げる。
なんだか、初めてプラスの感情をパンドラに抱いた気がする。
『虚飾の魔女』と知らされてから、警戒心を緩めることはなかったが、思えば、出会ってからのこいつが俺に対して悪意や害意といった感情を向けたことは一度たりともない。
魔女教への入信という条件があるものの、今こうして高級宿の豪華な客室に泊まれているし、チンピラに絡まれた時も殴られそうになった俺を助けてくれた。
本性を知っている身からすれば、もちろん、こいつの優しさを丸ごと全部受け入れることは難しいが、俺が大きな恩恵を受けているのは紛れもない事実だ。
「先ほど、彼は忙しい身であると話しましたが、今は確か王都から少し離れた小さな村に駐在しているはずです」
「小さな村に?身分の高い人間が一体、どうして?」
「さあ。詳しいことは知りませんが、きっとその村でしかできないことがあるのでしょう。彼は身分こそ高いですが、平等な方です。なので、王都であろうと、小さな村であろうと、使命を果たすのに場所を選びませんよ」
俺の疑問にパンドラは誇らしげに小さな胸を張って答えた。
それほど信頼のおける人間なんだろう。
でも、だからこそ考えてしまう。
「自分で言っておいて、何だけどさ。そんな凄い人に俺みたいなどこの馬の骨とも知れない奴が簡単に時間を取ってもらっていいのか?」
「言ったでしょう。彼は平等な方です。あなたの魔法を学びたいという熱意は私がしっかり伝えておきます。そうすれば、彼もきっと応えてくれるはずですよ」
***
と、まあこんな感じの流れがあって、俺達は今その大人物がいるという村に向かっている。
ちなみにパンドラが手紙を送った二日後には、返事が返ってきた。
異世界語がわからない俺は手紙の内容がわからなかったが、相手方は快く承諾してくれたとパンドラが教えてくれた。魔法を学びたいという俺の熱意にいたく感動したそうだ。
それを聞いて、なんていい人なんだ、と感動しつつ、俺の心中には一抹の不安があった。
──なんか上手くいきすぎてね?
俺に魔法を教えてくれるという相手方は、本来なら有力貴族でも指南を受けるのが難しいという。
たとえ知り合いからの紹介だとしても、顔も知らない人間の為に忙しい身分の人間がそう簡単に時間を割いてくれるものなのだろうか?
そして、もう一つ。
今から会う人間がどれだけ凄い人物なのかをパンドラに竜車の中でも散々熱弁されてきたのだが、その素性の詳細については俺は何も把握していない。
身分が高い。心優しい。徳人。自己犠牲の精神を持っている。マナの流れに精通している。
などなど、彼に関する情報は十分すぎるほど知れたが、どこで何をやっていて、具体的にどんな立場の人間かは聞けていない。
詳細なプロフィールを俺が根掘り葉掘り聞くのは、浅ましいんじゃないかと気が引けていたんだが、このモヤモヤは彼と会う前に晴らしておきたい。
俺は意を決して、聞くことにした。
「時にパンドラ」
「なんでしょうか?」
「俺達が今から会いに行くのって、魔女教徒じゃないよな?」
御者に聞こえないように、こそりとパンドラに尋ねる。
魔女教関連のワードは、世間ではタブーとされている為、声に出すときは注意が必要だ。
というか、今更すぎる質問だな。
パンドラがあまりにも持ち上げるような発言をしていた為、つい魔女教徒である可能性を無意識に消してしまっていた。
まあ、流石にそれはないと思うが。
身分が高いって言ってたし。
なにより、魔女教徒って基本的に話が通じないだろ?
人にモノを教えるとか不可能だと思うんだよな。
絶対に魔女教徒であってほしくない。そんな願望が詰まった俺の思考をパンドラの一言が──あっさりと粉砕した。
「魔女教徒ですよ」
「え?」
涼しい顔で事も無げにそう答えたパンドラの言葉に呆けた声が出てしまう。
「いや、だって......身分が高いって言ってたじゃん......」
「教団内での身分が高いという意味です」
なんだその引っかけ......。
まあ、深く聞かなかった俺が悪いんだけどさ。
「......ちなみにその人──いや、そいつの名前は?」
「ペ──あ、カガリさん。目的地が見えましたよ」
「おい待て、今『ペ』って言ったか!?まさかとは思うが、『ペ』で始まって『ス』で終わる6文字の名前じゃないよな!?」
「大正解です。もしかして、お知り合いでしたか?ロマネコンティ司教と」
「あああああああああああああ!!!俺はそんな奴知らねええええええええええええ!!!」
はっきりと浮かび上がってしまった人物像に絶叫した俺は、野を駆ける竜車から飛び降りようと試みようとするが──無理だ。怖い。でも、何もしなければ、もう視線の先に小さく見える村に竜車が到着してしまう。
こうなりゃ、御者のおっさんを説得するしかない。
「おっさん!悪いが、今すぐ王都に戻ってくれ!」
「あぁ!?目的地が目前だってのに、引き返すのか!?」
血相を変えた俺の頼みに、御者のおっさんが大きく戸惑う。
ここまで運んどいて、引き返すってのは確かに意味不明だよな。
「頼む!金ならいくらでも払う!」
パンドラが!
当のパンドラは「可愛いですね」と俺のことをのんびりとした顔で眺めているが、絶対に払わせる。
は、嵌められた......。
いや、正確には俺が勝手にパンドラの知り合いとやらが魔女教徒じゃないと勘違いした浅慮が原因なんだけど、癪だから嵌められたことにしておこう。
「頼む!後生の頼みだ!」
「悪いな、兄ちゃん。俺に村までの運送を依頼してきた嬢ちゃんに言われちまってんだ。村に到着するまで、何があっても竜車を止めるなってな」
「んなの、反故にすればいいだろ!同伴してる俺が引き返せって言ってんだから!」
「無茶苦茶言うなよ。ここまでの道中、お前さんらの話聞いてて思ったんだけどよ。兄ちゃん、従者ってのは嘘で本当はヒモなんだろ?嬢ちゃんの金で高級宿に泊まってよ。ここまでの運送代だって、嬢ちゃんが前払いしてんだぜ?たくさん貰ってる分、少しは返してやんな。貰ってばかりじゃ愛は育まれないぜ?」
御者のおっさんが決め顔でこちらを振り返る。
良い台詞だが、この場面で言われても全然響かん!
クソ、どうにかしてこのおっさんを止めなければ。
──こうなりゃヤケクソだ。
「あの村は、魔女教に占拠されてる!わかったら、さっさと引き返せ!」
「がっはっはっ!笑わせんなよ!あんな活気に溢れた村が魔女教に占拠されてるだって?冗談言うなら、もっとマシな冗談言えよっ」
活気に溢れてるって?
冗談言ってるのは、そっちだろ。
活気どころか人の姿すら見当たらねーぞ。
それとも、幻覚でも見てんのか?
──いや、違うか。
俺は先ほどから何一つ口を挟まずに静観しているパンドラを睨む。
「『見間違い』とはおそろしいですね」
「このロリ......」
俺のちっぽけな抵抗は虚しく、竜車は村に到着した。
全然進みまない上に展開が雑な気が......
あと、コメディとシリアスの塩梅をどうしようか迷う......
行間について(どのくらいが読みやすいかなど意見欲しいです)
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最初みたいな詰め詰め
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今回みたいな適度なスペース