不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男 作:OZ
御者が慣れた手つきで手綱を引くと、地竜が村の前で立ち止まった。
客車からはわかりづらいが、何となく地竜が殺気立っているように見える。
本能的に、この村に漂う異様な空気を察知しているのかもしれない。
なら、村に着く前に引き返してほしかったものだが、御者の手綱には逆らえなかったのだろう。
当の御者はと言うと、パンドラの権能にまんまと踊らされて、ここが活気溢れる村だと勘違いをしているらしい。
御者台から降りたおっさんは「相変わらずここは賑わってんなぁ」と興味深そうに村を眺めている。
俺も御者のおっさんの後に続き、客車を降りる。
──活気なんて微塵たりとも、溢れていない。
人の気配がないのもそうだが、何よりこの村はだいぶ前に廃村と化したようだ。
それも何かに襲撃されたかのような爪痕がそこかしこに残っている。
誰かしらが片付けたのか、はたまた魔獣に貪り食われたかは定かではないが、死体などは一切残っておらず、掠れた血のような赤黒い模様が家の屋根やら扉やらにこびりついている。
幸い匂いはそこまで酷くはないが、どちらにせよ目の前に広がる『死んだ』村は俺に形容しがたい不快感を与えていた。
パンドラは俺の隣に立ち、先ほどから沈黙を貫いている。
しばらくしてから、「きましたね」と一言だけ零すと、竜車の周りが一瞬にして十人ほどの人影に囲まれる。
うわ、なんか見たことある奴らがきやがった......。
特徴的な黒い装束を纏っているのと、この村にペテルギウスが駐在していることを併せて考えると、こいつらは魔女教徒で間違いないだろう。
まあ、ボスがいるなら、子分もいるってのは当然のことか。
「────」
「歓迎はしてくれてるみたいだな」
教徒達は何も語らなかったが、すっと道を空けてくれた。
けれど、歓迎しているのは、あくまで俺とパンドラだけらしく──。
「な、なあ......なんか様子がおかしくないか、お前さん達......」
おっさんの視界に何が映っているかはわからないが、物言わぬ教徒達に囲まれ、流石に違和感を感じたようだ。
戸惑うおっさんに教徒達は何のリアクションも返さず、じっと不気味な視線を送り続けている。
このまま、放っておけば、何が起こるかは想像に難くない。
「その人には、何もするなよ。さっさと帰してやれ」
「────」
「いや、何言ってるか全然わからん。いいから、早く散れ」
しっしっ、と手で払うジェスチャーを送ると、教徒達は俺に対し頭を下げ、村の方へと戻っていった。
「あんたも早く帰れ。ここに残ると、ロクな未来が待ってないぞ」
「あ、ああ......状況が読めんが、生きた心地がしなかったよ。に、兄ちゃんは大丈夫なのか?この村に着く直前、王都に引き返したがってたが......」
「本音を言うと、帰りたいんだがな。でも、着いちまったもんはしょうがない。俺のことはいいから、おっさん一人で帰っとけ」
「そうか......気をつけてな」
「そっちこそ。途中で野宿したりせずに真っすぐ王都に戻れよ」
そう伝えると、おっさんは逃げるようにこの村から引き返していった。
遠ざかっていく竜車をしばらくの間見送った後、俺は村の中への足を踏み入れた。
「よかったのですか?あの方を王都へ戻してしまって」
隣を歩くパンドラがそんなことを尋ねてくる。
「『殺さなくて』よかったのかって聞いてんだよな。当たり前だ」
「──カガリさんは面倒ごとを嫌っていますよね。あの方をそのまま返してしまうのは、その考えと矛盾しているように思えます。あの方が王都でこの村の異変を騎士団に報告すれば、当然騎士達はこの村に──」
「殺しても同じだろ。おっさんが帰ってこないのを不審に思った身内が捜索願を出した結果、少ない手がかりを辿って騎士団がここに攻め入るかもしれない」
「......そうかもしれませんね。どんな選択肢を取ろうと、結果は変わらないようです」
「いや、初めからおっさんに変な圧を与えずに帰してやればよかっただけだろ」
「......なるほど。これは一本取られました」
俺の言葉に得心したらしいパンドラが朗らかに笑う。
一本取られたも何も、至極当然のことを言っただけなんだがな。
「はぁ......ほんと気が滅入るぜ」
「どうしてですか?王都を出発する前のカガリさんは、これから魔法を学べることに大層喜びを感じていたはずです。なにか気がかりでもあるのですか?」
人の心境も知らず、パンドラが不思議そうな顔で聞いてくる。
悪意が全くなさそうなのが、タチが悪い。
こいつ的には、魔法を学びたいという俺の言葉に耳を傾け、魔法を教えるのに適切な人間を紹介したにすぎないのだ。
「聞かなかった俺が悪いのは重々承知なんだけどさ......まさか、大罪司教を紹介されるとは思わないだろ」
「私の配慮が足りませんでしたね。信徒になったばかりのカガリさんからすれば、緊張もしますよね。なにせ大罪司教は信徒からすれば、彼らは雲の上の存在、憧れですから」
「いやいや、そういう話じゃなくてだな。俺は別にあいつらに対して、憧れなんて感情は一ミリたりとも持ってない。むしろ、逆だ。あんな頭のイカれた連中に会いたくないんだよ」
筋違いなことを言うパンドラに、容赦なく本音をぶつける。
「まあ、そう言わずに。今からお会いするロマネコンティ司教との出会いはあなたにとって、魔法を学ぶことと同じくらい大きな利益に繋がりますよ」
「大きな利益?」
大罪司教との出会い=大きな利益。
全く成り立ちそうにない等式に首を傾げてしまう。
不利益ならいくらでも挙げることができそうだが、利益なんてあるはずがない。
一体どんな利益があると、嘯きやがるのか。
「カガリさんは次期大罪司教ですからね。将来的に立場を同じくするであろう方々と親睦を深めるのは良い経験になるはずです。先達から得られるものは多いですよ」
「おい、なに勝手に人を次期大罪司教呼びしてんだ、ロリガキ。信徒になることは渋々ながら認めてやったが、大罪司教になるとは言ってねーからな」
「残念ながら、カガリさんの意志は関係ありません。あなたが放つ魔女の残り香に魅せられて、自然と信徒達があなたを大罪司教の座へと押し上げることでしょう。大丈夫です。今は気が乗らなくても──い、いたいです。急に何を......」
「うるせー!てめえ、やっぱ俺と大罪司教を引き合わせて、外堀を埋めるのが目的だなっ!?自衛の為に魔法を学びたいという俺の真摯な心意気を利用しやがって!」
「利用だなんて、人聞きが悪いです。私はあなたの為を思って......こ、これ、いたいです」
「古来より悪ガキの躾には、このグリグリ攻撃が効くんだよ!ほら、グーリグリ!」
遂に我慢の限界がきた俺は両手を固く握りしめ、パンドラの頭を挟みこむようにグリグリとこめかみに拳を押し当てた。
あまりの威力の高さに、今のご時世、子供への躾として危険だと評されるこの技だが、パンドラ相手なら思う存分使っていいはずだ。
「......っ............!」」
クク......さしものパンドラも痛みに体を震わせてやがる。
俯いてるから、表情はわからないが、きっと苦痛に歪んでいる......はずだ!
「ふ、ふふ......そんなに激しくされると、困ってしまいます......」
「なっ、だいぶ力を込めてるのに、効いてないだと!?」
最初こそ痛がる素振りを見せていたパンドラだったが、数秒経てば、このとおり、痛がるどころか気持ちよさそうに頬を赤くしてやがる。
クソ......罰が罰にならないどころか、快楽に自動変換される変態め!
その変換機能がぶっ壊れるまで、本気でグリグリしてやる!
「おら、痛いって言えよ!そろそろ、その蕩けた顔を苦痛に歪ませやがれ!」
「だ、駄目ですよ...信徒の皆様が見ています......宿に戻ったら、思う存分私のことは好きにしていいですから......もう少し我慢してください...っ」
な、なんか違う。
更に威力を高めたことでパンドラのリアクションを変えることはできたものの、俺の想像とは違うもっと危うい感じになっている気がする。
パンドラの台詞も相まって、何かのプレイみたいだ。
「────」
「────」
「────」
ほんとに見てんのかよ......。
気づけば、魔女教徒達がずらりと横一列に並び、俺達の攻防戦を観察していた。
おい、左から二番のそこのお前。窮屈そうに下半身をもぞもぞさせるな。
ったく。この教団、変態しかいないのかよ。
「クソっ......俺は結局お前には勝てないのか......?」
「私の......負けです......カガリさんにめちゃくちゃにされてしまいました」
「言葉選びどうにかしてくれ......もうやめだ」
「えっ......」
なんだその顔。
さっきまで、あれだけ制止の言葉をかけてきたパンドラが名残惜しそうな顔できゅっと袖口を掴んでくる。
俺はそれを無視して、パンドラを突き放すように解放した。
信徒達が無言で見守ってくるきまずい状況の中、俺達の戦いは、両者が敗北を認めるという煮え切らない結果に終わった。
なんだったんだ、この時間。
無為な時間を過ごしてしまったことに後悔していると、ふいに静かな廃村に大きな拍手が鳴り響く。
嫌な予感を感じながら、音の方向に顔を向けると────。
「な────」
「素晴らしい!素晴らしいデス!良いものを見せていただきました!福音書に記されぬ不確定な存在でありながら、此度の運命はワタシを更なる愛の境地と導いたのデス!」
「はは......」
「おや?おやおやおやおや?何故に続きをなさらないのデス?もっと、もっともっともっとアナタの愛の形を表現するのデス!苦悩しながら、アナタから与えられる苦痛に快楽を得る幼き少女──そして、そんな少女を容赦なく甚振るアナタ!......とても良い顔をしていましたよ」
「............」
文字通り、俺は言葉を失っていた。
急に姿を現し、ハイテンションで一人喋り続けるこの変人──否、怪人に俺は絶句した。
苔のように濁った緑色の髪、死人のような青白い肌。
そしてなにより、この特徴的な語り口。
この男が、魔女教大罪司教『怠惰』ペテルギウス・ロマネコンティであることは明白だった。
「無視は寂しいデスねえ!!......もしかして、ワタシはアナタ方の邪魔をしてしまったのでしょうか?アナタの奏でる愛の音に惹きつけられ、ついこのような出過ぎた真似をしてしまったワタシをお許しください」
そう言って、ペテルギウスがこちらに対し深く頭を下げた。
ものの数秒で自身の狂人っぷりを証明していながら、この唐突な恭しい態度。
どう反応すればよいか困った俺は、パンドラの方に向き直って、一言。
「来て早々なんだが、もう帰っていいか?」
*****
「先ほどの冗談には、さしものワタシも驚かされましたよ」
「いや、冗談じゃないんだけどな......」
やれやれと、肩をすくめるペテルギウスにマジトーンで返す。
本当はまじで帰ろうとしたんだけどな。
俺が去ろうとするのを大号泣で引き留めてくるペテルギウスが怖すぎて、つい折れてしまった。
こちらに友好的な姿勢を見せていると言っても、所詮は魔女教徒。
自分の意に添わぬ行動を起こされて、癇癪を起されたら堪ったもんじゃない。
そんな恐怖心から村からの脱出を諦めた俺は、今こうして村の中央に建っていた大きな家の中でペテルギウスと対面している。
「さて、本題に移りましょうか。アナタがワタシに送った手紙、しかと拝見させていただきましたデス」
「正確には、隣にいるパン──」
「しー、です」
言い終える前に、パンドラの小さな指が続きの言葉を阻止してくる。
なるほど。自分がパンドラであるってのは、秘密ってわけか。
手ずから徹底的に精神をぶっ壊して廃人にした被害者の前に、加害者である自分がのうのうと顔を見せるのは、さしものパンドラも気が引けたのだろうか。
──いや、こいつのことだ。別に目的があるのだろう。申し訳ない、なんて思ってるはずないか。
「──正確には、隣にいるこいつが書いた手紙だ。俺が書いたわけじゃない」
「ふむ、手紙をしたためたのは、アナタではなく、アナタの愛人なのデスね」
「愛人じゃねーよ。ぶっ殺すぞ」
「デス!?」
「あ、悪い、冗談だ。でも、勘違いしないでほしい。こいつはただの──ああ、妹みたいだもんだ。事情があって、今は俺が養ってやってる」
やっべ。反射的にぶっ殺すって言っちまった。
下手に怒らせる真似だけは絶対に避けようと心の中で誓ったってのに。
でも、ペテルギウスに怒ってるような雰囲気は感じられないし、ギリギリセーフか?
次から言葉遣いには最大限、気をつけよう。
「なるほど。兄妹デスか。敬虔な魔女教徒であるルーナさんとは古い付き合いデスが、兄君がいたとは初耳です。アナタのような途轍もない素質を持つお方を把握できていなかったワタシの怠惰をお許しください」
「まあ、気にすんなって。これから知ってくれればいいからさ」
「な、なななななんと......懐の広い方なのデスか!ルーナさん、素晴らしい兄君をお持ちですね」
「ええ。素晴らしい恋人を持てて、私は幸せです」
感動に体を大きく仰け反らせるペテルギウスと、誇らしげに胸を張るパンドラ。
会話が全く成立していないのは面倒だから、もう突っ込まないようにしよう。
つーか、ルーナって誰だよ。
何個顔があんだよ、こいつ。
「ああ、また話が逸れてしまいましたね。手紙をしたためたのがルーナさんということは承知しましたが......ワタシから魔法を学びたいというのが、アナタであることは間違いありませんね?」
「そうなるな」
「わかりました......では、認識合わせは完了デスね。さて、本日より早速ワタシが魔法の何たるかをアナタに教示するわけですが、その前に重要なことが一つありマス」
「重要なこと?」
俺が聞くと、ペテルギウスは神妙な面持ちで深く頷く。
「お互いの名前の呼び方デス。手紙で既にアナタの名前は聞き及んでいます。そうデスね......カガリ君と呼びましょうか。よろしいでしょうか?」
「ああ、それでいい。じゃあ、俺の方はあんたのことをペテ公──いや、ペテさんと呼ぶことにしよう」
「ほう!素晴らしいデス!所謂愛称デスね!人から愛称で呼ばれることなどありませんでしたから、なんだかむず痒い気分デス!」
「そ、そうか。改めてよろしくな、ペテさん」
一瞬、愛称で呼ばれて喜ぶペテルギウスをちょっとだけ可愛いと思ってしまった自分を殴りたい。
戸惑いつつも、俺はペテルギウスと握手を交わした。
──正直、ペテルギウスと会うとわかった時は心の中でビビり散らかしてたが、意外と話が通じる奴で安心した。少なくとも、パンドラに比べれば、十分にコミュニケーションが図りやすい気がする。
「では、共に行くのデス!カガリ君!魔法探求の道へ!」
陽気なテンションで外に赴くペテルギウスに俺も続いた。
次回、ペテルギウスとのドキドキ魔法教室編へ続く......
行間について(どのくらいが読みやすいかなど意見欲しいです)
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最初みたいな詰め詰め
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今回みたいな適度なスペース