不幸にも虚飾の魔女に懐かれてしまった男   作:OZ

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別れ

 ペテルギウス先生による魔法講座は、初めは簡単な座学から始まった。

 マナやオド。魔法属性、属性への適性、その他基礎的な魔法技術等。

 原作を読んで、何となくの知識はあったが、ここまで詳細に知るのは初めてだ。

 更に驚いたのは、ペテルギウスの懇切丁寧な説明だ。

 説明を聞く中で都度生じた疑問点、不明点を尋ねると、俺が納得できるまで教えてくれる、塾講師顔負けの指導力だった。

 説明の途中で前触れなく発狂するのが玉に瑕だが、それでもペテルギウス先生の指導力には驚かされた。

 ──しかし、座学を終えた後の実践授業で俺は地獄を見ることになる。

 

 *****

 

「ドーナ!ドーナ!ドーナ!」

「いいデス!その調子デス!」

 一時間ほど経ったのだろうか。

 俺は無心でドーナを連呼していた。

 魔法の実践授業をすると言われ、連れてこられた原っぱは、そこかしこにドーナによって生じた岩石が隆起しており、もはや原っぱと称してよいかわからないレベルだ。

 この調子でいけば、一週間後には立派な岩山が聳え立っているだろう。

 緑豊かで綺麗だった草原が、時間と共に茶色く変わっていく様は物悲しい。

 まさか、魔法属性の中でも一番地味目な地属性が俺に適正だったなんていまだに信じたくない。

 ファンタジー世界における魔法の花形である火属性を引けなかった時点でショックなのに、よりにもよって『地』って。攻撃も防御もできる万能型と言えば聞こえはいいけど、如何せん地味な印象しかないんだよな。

 現に、俺は今ドナドナ叫びながら、土ボコ作ってるだけだし?

 チンピラ相手の自衛手段としては十分なんだろうけど、やっぱ男として生まれたからには、『闇の炎に抱かれて消えろ』とか厨二臭い台詞吐いて、野郎の眼前に炎をつきつけたりしたい気持ちはあるんだよな。

 まあ、地属性以外にも、一応陽属性の適性もあるらしいから、近しいことはできそうではあるが。

 ──でも、やっぱ......炎出してみたかったなあああああああ。

 心の中でそう嘆きつつ、俺はドーナを唱え続ける。

 手を止めたりすると、怠惰がどうとか、勤勉がどうとかって説教を延々と受けることになるからな。

 当初想定していた楽しい魔法授業の光景は、いまや幻想でしかなく、ただただ土ボコを産みだす苦行。

 しかし、幸いにも、この地道な魔法修業に耐えうるモチベーションが俺にはあった。

 ちらりと俺は視線を左に向ける。

 そこには、魔法を繰り出す俺とそれを至近距離で見張るペテルギウスから、少し離れた場所にいる魔女教徒の一団がいる。ペテルギウスの配下達──所謂、『指先』という奴らだ。

「頑張れーっ!」

「流石は次期大罪司教!ドーナの切れが凄まじいです!」

 このように、彼らは魔法修業に勤しむ俺のことを熱を上げて応援してくれている。

 そんな彼らだが、今はあの魔女教のトレードマークとも言える、怪しげな漆黒のローブを脱いでいる。

 なので、今の彼らは傍から見れば、どこにでもいそうな平凡な一般人、そのものだ。

 記憶が正しければ、魔女教徒は福音の啓示に即した行動を取る時以外は、市井に紛れて常人の振る舞いをしているという設定があった気がするが、確かに今の彼らの様子を見れば、納得もできる。

 で、そんな怪しげなローブを脱ぎ捨て、常人のような姿を晒している理由についてだが、単に俺が脱げと指示したからだ。

 応援してくれること自体はありがたいが、その恰好で応援されるのは不気味だからやめてくれと言ったところ、渋々ながら従ってくれた。

 そんで、そんな素直な魔女教徒の面々がローブに隠された姿を見せてくれたわけだが。

 これがなんと──美女揃い!

 半分ほど野郎が混じってるのは仕方ないとして、ここまで美女が多いのは嬉しい誤算だ。

 精神がイカれてるから、外見もそれ相応なのだろうという俺の予想は大外れだった。

 ローブを脱がせた俺の選択は正しかったみたいだ。

「ドーナ!ドーナ!ドーナ!」

「きゃーっ、かっこいい!」

「私にもドーナしてください!」

 低級魔法を連呼するだけで、この盛り上がり様。

 魔女教徒って時点で大きなマイナス査定になっちまうが、女の子からの黄色い声援を受けるのは良い気分だ。

 大罪司教になるメリットなんて一つもないと思ってたが、指先と称して、直々に厳選した可愛い一般魔女教徒達を傍に控えさせるというハーレム状態も実現できるかもしれない。

 福音書の啓示とやらはフル無視して、生活費は全部パンドラに工面してもらいつつ、のんびりとニートライフを送る。

 ──案外、ありかもしれないな。

 ペテさんのように精力的な活動をしなければ、そもそも人々に危険視どころか認知すらされず、騎士や傭兵に目をつけられることもないかもしれない。

 そんな邪念を抱きつつ、無心でドーナを唱えている中、ふいに俺を応援する黄色い声援が無くなっていることに気づく。

 流石に応援しっぱなしで疲れたのだろうか、何となくギャラリーの方を振り返ると──。

 あれ、なんか数減ってね?

 二十人近くいた魔女教徒達が半数ほどに減少している。

 それも女性のみが全員いなくなり、男性陣は全員残ったままというアンバランスな人数比だ。

 遮蔽物が少ない見通しの良い草原で、複数人が突如として忽然と姿を消すという不可思議な現象。

 そんなことが有り得るのだろうか。

 男性陣に、女性教徒の姿が消えたことに驚いている様子は全く見られない。

 まるでそこにいたのは最初から自分達だけだったかのような。

 一体、彼女達はどこに......。

「あいつかよ......」

 視界の端に薄っすらと笑みを浮かべたパンドラの姿が見えた。

 確証はないが、あの一仕事終えましたみたいな満足げな顔からして、犯人は奴に違いない。

 後で説教だな。

「どうしたのデスか!?マナの流れが乱れてマスよ!雑念を消すのデス!!」

「ああくそっ......ドーナ!ドーナ!ドーナ!」

 女性教徒が消えた悲しみに暮れる暇もなく、熱血教官ペテルギウスの叱責を受け、俺はドーナの詠唱を再開する。

 

 *****

 

「ああ、疲れた......もう千ドーナくらいはした気がする。続きは明日にしようぜ、ペテさん」

「何を言いマスか!アナタのマナ量とゲートの広さを以てすれば、『ドーナ』程度の魔法ならまだまだ連発できるはずデス!」

 終わらぬ魔法修業にうんざりしていた俺の提案を、ペテルギウスが目を三角にして否定する。

 最初は魔法使いの素質があると言われて、意気揚々とドーナを唱え始めたはいいものの、まさかここまで長時間やらされるとは思わんて。

「そうですよ。ご自身が学びたいと仰ったのですから、もう少し頑張りましょう」

「てめえ、俺のモチベーションを根こそぎ奪っておきながら、軽々しく頑張れなんて言うんじゃねえ!むさ苦しい野郎どもの野太い応援だけで頑張れるかっ。俺の可愛い女性教徒ちゃん達を返しやがれ!」

 女性教徒大量失踪事件の犯人ことパンドラに、俺は怒りをぶつける。 

 けれど、パンドラは俺の剣幕を物ともせずに涼しい顔で一言。

「カガリさん。何を仰っているのですか?初めから女性などいませんでしたよ。ロマネコンティ司教の指先は全員が男性。そうですよね?ロマネコンティ司教」

「ええ、そうデス。現段階でのワタシの指先は男性のみデス」

「......そうかよ」

 また、権能使いやがって......。

 それもこんなしょうもないことに。

 ただ、『そういうこと』になっているのなら、もはや反論する意味はない。

 確定してしまった真実を否定することは馬鹿らしい。

 たとえ、その真実が虚飾に塗れたものだとしても。

「元気を出してください。残念ながら、女性教徒は存在しませんでしたが、私がいます」

「はぁ?」

「カガリさんが見た女性教徒の方々というのは、おそらく困難な魔法修業の中で脳が見せた一種の幻覚症状です。今の憤ったカガリさんを見るに、それらの幻覚は素晴らしい体験を与えてくれたのでしょう。ふふ、少し嫉妬してしまいますね。ですが、私は幻覚に負けるつもりはありません。現実に確かに存在する、この私が溢れんばかりの愛をあなたに注ぐことを保証します。そう、私はあなたを愛しているのです。そして、それはあなたにも言えること。あなたもまた私のことを深く愛しています。大切なのは、あなたと愛し合うたった一人が傍にいるという事実。そうですよね?ロマネコンティ司教」

 長々とした台詞を流暢に喋りつくしたパンドラがペテルギウスに同意を促す。

「ええ、そうデス!愛デス!カガリ君!愛の力がアナタを魔法の境地へと導くのデス!」

 感動に大きく体を震わせたペテルギウスが首を異常な速度でぶんぶんと上下させて、大きく同意する。

 言いたいことだけ言って満足そうな顔をしているパンドラには、もはや反論など通じないだろうし、俺は口を閉ざすことに決めた。

 パンドラの「そうですよね?ロマネコンティ司教」の一言で二対一に持ち込まれるのは、クソゲーがすぎる。

 

 

*****

 

 

 魔法修業が始まって、五日目になった。

 ドーナ無限詠唱編は二日目で一旦終わりを告げ、三日目以降は応用練習に入っていった。

 まあ、応用と言っても、使用している魔法はドーナのままだ。

 ただ、一日目と二日目のようにがむしゃらに詠唱するわけではなく、魔法の出力を微調整したり、また生成する岩石の形を変えたりと、ある程度工夫を凝らす必要があったので、退屈はしなかった。

 最初の二日間で魔法の発動のコツがある程度掴むことができ、体の中を巡るマナの流れも感覚的に掴めてきていたおかげか、この応用練習で困難を感じることはなかった。

 ペテルギウスの思惑どおりなのだろうか。

 俺は着実に魔法技術の腕を伸ばせているという実感があった。

 四日目、つまり昨日はドーナ以外にも他の魔法を習得する時間も設けてくれて、一つだけだが新たに使えるようになった魔法もある。

 

 そんな調子で今日も今日とて魔法修業に望むつもりだったのだが、今、俺はペテルギウスに連れられて、とある場所にやってきていた。

「──ここは自然豊かデスね。空気が綺麗です」

「急にどうしたんだよ。あんた、そういうキャラじゃないだろ」

 普段の狂気じみた様子とは打って変わったペテルギウスの言動に突っ込みを入れる。

 急にどうしたのだろうか。

 というか、普通に喋れたのか。

 そんなことを考えながら、ペテルギウスに訝し気な視線を送っていると。

「ワタシはもう行かなくてはなりません」

 妙に真剣な顔をしたペテルギウスがそう告げる。

「福音の啓示ってやつか?」

「はい、此度の啓示は魔女教にとって極めて重要なものデス。早々に行動を起こす必要がありマス」

 淡々とペテルギウスが言った。

 魔女教徒が有する福音書。

 ロズワール曰く、エキドナが作成した叡智の書の劣化版らしいが、ペテルギウスはこの福音の啓示を嫉妬の魔女からの思し召しとして、何より重要視している。

 だからこそ、ペテルギウスは大罪司教の中で最も精力的に活動し、ルグニカだけでなく、国外にも恐怖の象徴として広くその名を知らしめている。

「なら、魔法の授業は今日でおしまいか。寂しくなるな」 

「はい。ワタシも同じ気持ちデス。アナタと過ごした五日間はとても幸せでしたよ」

「ほんとかぁ?」

 真っ当というか、こそばゆいことを言ってくるペテルギウスに俺は少し恥ずかしくなってしまい、食い気味に聞き返す。

「ええ。次期大罪司教であるアナタが魔法の腕を磨き、強くなることは魔女の利益に繋がりマス。それ即ちワタシの幸福に繋がるのデス!」

 なんだ。結局そこに辿り着くのか。

 魔女教の利益が最優先。

 ペテルギウスの変わらぬ姿勢に、苦笑いする。

「ありがとな、ペテさん。結局、この五日間で俺が習得できたのは、『ドーナ』と『アクラ』だけだったけどさ」

「上出来デス。普通、魔法というものは一朝一夕では習得できません。たった五日間で、二つの魔法を習得できたアナタの才能は素晴らしいデス。きっと魔法の素養があるのでしょう」

「ペテさんの教え方が上手かったんだろ。才能とか素養とは大袈裟すぎるぜ」

「そんなことは──まあ、そこは後々、自分自身で実感すればよいでしょう。なにせ時間はたくさんあるのデスから!自身がどれだけ魔女に愛されているか!魔法に愛されているか!今は実感が湧かないかもしれませんが、過ぎゆく時の流れがアナタに身をもって実感させることでしょう!」

「過ぎゆく時の流れじゃなくて、できればペテさんの魔法授業を受ける中で実感したいもんだな」

 俺がそう言うと、ペテルギウスが肩をぷるぷると震わせてから。

「そう......デスね。そうデスね!福音の啓示により、一時的にアナタとワタシは分断されますが、運命は再びワタシとアナタを引き合わせることでしょう!その時は、是非アナタに魔法の素養があることを実感させてあげマス!」

「ああ、その時は頼むわ」

 そう生返事をしつつ、俺はペテルギウスが口に出した『運命』という単語について考えていた。

 運命──か。

 この五日間の中で考えなかったわけじゃない。原作上で、ペテルギウス・ロマネコンティが辿る運命を。

 もしも──これから俺が歩む時間軸が、ナツキ・スバルが選んだ分岐と重なっているのなら、今目の前にいるこの男は近い未来、死ぬことになる。

 用意周到で決して注意を怠らない勤勉なペテルギウスは、幾多のループを重ねて、勝利の道筋を手繰り寄せたナツキ・スバルに敗北する。

 それは絶対に変えようのない事実。

 過程が変わったとしても、結末は絶対に変わらない。

 たとえば、俺がペテルギウスに何を口添えしようと、ナツキ・スバルは別の勝ち筋を選択するだけだ。

 そうして、物語は一つの結末に収束する。

 ──って、何を考えてんだ、俺は。

 どうして俺がペテルギウスにアドバイスするんだよ。

 そんなことはあっていいはずがない。

 こいつはリゼロ世界における『敵』だ。

 どんなに凄惨な過去があろうと──たとえ今のペテルギウスの人格がパンドラの権能によって歪んだものでも、一切の情け容赦をかけずに打倒すべき巨悪。

 たとえ、この五日間の中で多少なりとも親近感や愛着が芽生えようと、俺のペテルギウスに対する認識が大きく変わることはない。

「どうしたのデス。複雑そうな顔をしていますが......はっ!?まさか、まさかまさかまさか!ワタシとの別れを惜しんでくれているのデスか!?ああ、これこそ正に愛!!愛に!愛に愛に──」

「ペテルギウス──油断するなよ」

 自分でも想定していなかった言葉が、口をついて出た。

 そんな俺の言葉を受けたペテルギウスは、今までに見たことのないくらい真剣な顔をしていて。

「──ご忠告ありがとうございマス。ですが、ご安心ください。ワタシは決して油断などすることはありません。油断怠慢すなわち怠惰!魔女の啓示の下、ワタシは勤勉に行動し、目的を達成するまでデス」

 自信に溢れた表情のペテルギウスが、高らかにそう宣言する。

 そうだよな。

 それだけの自信を持てるだけの力をお前は確かに持っている。

 あらゆる可能性を想定し、決して油断せず、策を弄し、最も効率的な手法を常に選択する狂人。

 正攻法で、ペテルギウスに勝てる存在はこの世界には、数える程度しかいないだろう。

「じゃあな、ペテさん」

 そうして、五日間を通して行われた魔法修業は、終わりを告げた。

 『怠惰』が討伐されたという一報が俺の元に届いたのは、このしばらく後のことだった。

 





シリアス展開→主人公サイドと敵対した場合、スバルに認識された時点で詰み確
コメディ展開→単純に話が進まなそう

(´・_・`)

行間について(どのくらいが読みやすいかなど意見欲しいです)

  • 最初みたいな詰め詰め
  • 今回みたいな適度なスペース
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