魔人と狼は幸福を求めない   作:澱粉麺

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セプテンバー・レイン

 

 

「ハァッ、はぁっ…!」

 

 

見慣れない寝床、見慣れない天井。それにまず気づくことは無いほど錯乱した状態で、少女は目を覚ました。

少女、と一言で呼ぶにはその代名詞は情報が不足している。その中身は、少女とは程遠い存在であり、そして尚外見は華奢な少女だ。

 

それの名前はルーチェ。

銀色の髪を錯乱のまま掻き乱し、自らの実在を確かめるように自らの皮膚を、首を、腕を触って握りしめて抱きしめた。

 

「はっ、はっ、ぜっ…、ひゅっ…!」

 

その錯乱に自覚的で、それを抑えようと出来ていることはつまり、その中にある人物の面目躍如ではあろう。しかしそれでいて、抑えきることが出来ない理由はつまり、外見との齟齬。

そして、心的外傷によるせい。

 

がたがたがたがた、暫く震え続けて、ようやくもってそれを無くす。なんとか、正常を保つことができたのは魘されていながらも近くにあった、温もりのおかげだったのかもしれない。

 

「はっ、はぁーっ、ふぅーっ…」

 

 

ようやく、呼吸が落ち着いて、周りを見つめる余裕が生まれる。ふと、左腕に付いている見慣れない器具と、空いている穴からする微痛に顔を顰めた。それを乱雑に無理矢理千切り取ろう…としてから、それで血管や神経を傷つけては困ると、丁寧に引き抜いた。

 

周りには誰もいない。

何の気配もない。

そもそもここは何処だろう?

全く、見覚えのない場所。

 

「カリナは僕を見捨てたのだろうか?」

そんな懸念を、まず、する。

 

いいや、そんな筈はない、と首を振るう。そうして目を瞑り、起き抜けのリハビリがてらに一つの力を行使した。温度を追うという、それだけのもの。しかし体温がどこに向ったかということを判断するのには使える。

 

ああ、やはりそれまで近くにいたらしい。

ならばそれを追ってみよう。まだ力の入らない身体でふらふらとそれを追い始めた。発熱は軽くあるようだが、だからこそ、合流せねば、と。

 

その姿を、普段のルーチェが見ようものなら嘲っただろう。

『どちらが犬だかわかったもんじゃない』と。

 

 

 

 

……

 

 

 

少女の目覚める、少し、前の事。

 

カリナはぱちりと目だけを開けて、壁に寄りかかった状態で周囲を確認する。様子の変化は無い。そしてずんぐりと目の前に横たわるルーチェの様子を確認した。

 

(……)

 

まだ目覚めてはいないものの、だがその、昨日よりかは安らかな寝顔にほっと、落ち着いて。カリナは静かに息をついた。

きっと、今日の中には目覚めるだろう。

確証こそないが、そんな気がした。

 

ぐっ、と一回り小さく見える手を握ってから、シズクの姿が無いことに疑問に思って外に出た。

 

相変わらずに外はひどい雨が降っている。

狼はしかしこの雨に感謝していた。

このこれが視界と何もかもを誤魔化してくれて、追手を巻けたお陰で今、彼の相棒は無事で済んだのだから。

 

 

雨の外に、少し眉を顰めてから出る。

やはりどうにも濡れる感覚は苦手だ。

しかし鼻にも耳にも届かずとも、この先にあの英雄がいると分かっていたので、そうせざるを得ない。ずぶ濡れになりつつも雨を突き進む。

 

向かう先は、見覚えのある場所。

初めての日、彼女に会った場所。

 

ざああ──。

あの日あの時のように、シズクは一人で雨を浴びていた。その涙の代わりをするかのように、ただ立ち尽くしてその雨だけを眺めていた。

 

 

(何故、解らなかった)

 

何故、あの時は気づかなかったのだろう。

これは、この姿は。

ああしている姿が何をしているか。

 

あれは、悼みだ。

 

 

「変わった祈り方だな」

 

「…はん、悪趣味だな。それともあちこち嗅ぎ回るのが趣味か?どちらにせよ、褒められたもんじゃねぇな」

 

「嗅ぎ回ってはいないさ。

それをするには、あんたの気配も匂いもなさすぎる。

…邪魔をしたならすまないな、続けてくれ」

 

英雄は、その態度にため息をついた。

この犬はどうにも、話すことや会話こそ下手ではないのだが、その上でわざとか、生まれ持ったものなのかは知らないが、図々しい。図太くて、他者の気持ちを読んだ上で自分が譲ろうとしない。

 

「続けるもなにもねェだろう。

手前はオレが何をしてると思ったんだ?」

 

「悼んでいるんだろう」

 

「………は。

…それの、真似事さ」

 

「これには真似事も何もないだろう。悼みは心の形にあるもので、正しさはないものだ」

 

そうして彼はシズクの横に行き、跪いてから指の先を軽く噛み、その血を額に当ててから印を書く。そういう準備をしてから目を瞑って祈り始めた。これが、彼の祈りだとわかって。

シズクは、勝手に相乗りをするな、とは思いつつ。

だがそれは口にはしなかった。

 

 

「…ふうん?それも随分変わった祈りだな?」

 

「故郷に伝わるものだ。

…今は俺、一人だけのものになってしまったものだ」

 

「ハ、そうかい」

 

 

それを聞いて、シズクは得心をしたように、口を歪めて笑った。からからと、楽しそうな笑いではない。自嘲じみた、嘲る笑い。なんで、手前を助けたか。なんで手前の言う通りにあの子を助けてやったのか。それの理由がわかったぜ、と、吐き捨てるように。

 

「なぁんだ。

てめェもオレも、同じか。

同じ、一人だけ取り残されたカタワか」

 

「……」

 

 

一人だけ取り残されたものたち。

そんな風に言われて瞬間的に、怒りかけて。そして怒っても何処を否定できるだろうかと思い直して、ただ頬を噛んだ。

何より本当にただ、その通りなのだから。

 

そしてその上で、聞きたいことがあった。

 

 

「あなたも、取り残されたのか」

 

「…あァ」

 

「何に?英雄の、仲間たちに?」

 

「……」

 

否定を表す沈黙。昨日までなら、これ以上の詮索はやめろ、と釘を刺すだろう瞬間。しかしどうにもその日のシズクは叙情的で。

そしてカリナに思いの外、気を許していた。

 

 

「……前にも似たようなことを言ったか。

不死身なんてのは、まぁ暇なものでよ。刺激的で何してても楽しかった、あいつらとの旅も終わったからなおのこと、なおのことよ。頭を撃ち抜いても死ねやしねェ、飲まず食わずでも苦しいだけ。なら自分の血を啜って肉を食っても変わらなく生きちまう」

 

「生き物は生きることで日々を楽しんでる。だからその生きることが無条件で出来るのが苦痛で暇で暇で、まあ仕方なかったんだよ」

 

「だからオレは、願った。

何でも願いを叶えられるマホウの道具サマに」

 

「!それは…」

 

 

『八つ星』。

カリナたちが破壊を目的にしている、そのそれら。それの言及に身を乗り出した狼をどう思ったか、シズクは静かに笑ってからまた話し出す。

 

 

「『なんでもいいから、暇潰しを寄越せ』。

願いはわかりやすくそれさ。そしたら…」

 

「そう、したら?」

 

「そうしたら、まあびっくりよ。オレの元に難民やら、故郷を焼かれた餓鬼だの、そんなんがうじゃうじゃ集まってきやがる。

そんでそいつらが喚くんだ。

『飯をくれ』、『助けてくれ』ってェ風に」

 

 

心底げんなりしたように、英雄はそこで息をついた。

 

 

「…さては、この『星』はボンクラだな?気づいた時にゃ遅かったがなぁ。まあつまり、そうしてこの集落は出来ちまったんだよ。他のバカども…クク、英雄サマ、たちと違ってオレは一国なんて持つつもりはなかったのにな」

 

 

懐かしむように、雨を見つめる。

雨足は未だに全く、弱まる気配を見せない。

むしろこれからが、酷くなると言うように。

 

 

「……真似事を、色々したもんだ。医者の真似事、料理人の真似事に農夫の真似事、為政者の真似事から花売りの真似。…ああ、花売りってのは文字通りだ。そういう意味じゃねェぞ」

 

「ハ、似合わねェだろ?オレだってそう思うよ。だがガキが喚いて喚いてしょうがなくてな、一緒にやってくれなきゃ嫌だって駄々こねて仕方なかったんだ。仕方ねえからって、真似たんだ」

 

「…それは、どうなったんだ?」

 

「わりかし売れたわ、舐めんな。報酬は花の冠ひとつ。クソの役にもたたねぇものを頭に被せられてな。全くもって無駄だったと、辟易した」

 

 

その口調と内容は、苛々した人間の、それ。

しかしその表情と語り方はそれの真逆だ。

懐かしみと、それ以上にある……

 

 

「…ハ。笑えるだろ?不死不死身の化け物がな。シズクさんなら、大丈夫、だなんて言ってくれる奴らに慕われて、そうして過ごしていく真似事。……これがな。思ったより悪かねぇんだ。

暇つぶしに、凄く、ちょうどよかった」

 

「……なぜ」

 

この、何故、という言葉はカリナから出たもの。何故そんな行動をしたのかなんていう、野暮なものではない。何故悪くないのか、なんてそんなとぼけた質問でもない。もっと立ち入った質問で。

そして、だからこそ口には出来なかった。

 

『何故、ならば今ここは廃墟なんだ?』

 

 

「滅ぼされたんだよ。『花の園』の女王にな」

 

答えは明確で、故に救いが無かった。

 

花の、園。

花の園・ミーグメィル。

そしてそこを統治する女王は、リーフィ。

リーフィ・グリーン。

彼女たち、8人の英雄の一人だったものだ。

そして8人の英雄は、友人だったはずだ。

 

 

「………なぜ…」

 

「さあなぁ、オレにもわからねえよぅ。

…オレが、一番わからねえよ」

 

「違う!何故だ!何故それがわかった上であんたはここに居る!何故何もせずにここに居るんだ!?どうしてあんたは、何もせず此処にいる!?」

 

「……」

 

「あんたは分かっているんだ!自らの命の意味をくれた存在を、誰が奪ったか、誰が侵食したのか!それが、わかっているのに何故!」

 

「…そうだなぁ。わかった上で、行かねぇ。

オレはそれを選んだ」

 

「…ッ!」

 

がし、り。

胸ぐらを掴み、叫ぶカリナの視線をただ逸らすわけでもなく、ましてや立ち向かうでもなく、ぼうと奥を眺めるように流す英雄の姿に、狼は何も言えず、ぎりと歯を食いしばった。

 

 

「あんたには、あんたなりの考えがあるんだろう。それもわかる。だが、だがッ!敢えて聞く!そうすることで、その者たちは弔われるのか!?それであんたは…あんたはどうするんだッ!

あんたの、個としての誇りはどこにあるッ!?」

 

いつか、他の英雄にも言った言葉。

あの時はただ純粋な怒りと共にあった言葉はしかし、今となってはなにかもっと、じめついた感情とともにあった。それは、得てしまった知識による贅肉のようなものなのかもしれない。

 

シズクは、ただ、力無く嗤った。

 

 

「…さあな。何処かに流れていっちまったんだ。だからオレには雨が降るのさ。ぬるぅい雨がな…」

 

 

カリナはもう、それに何も言えなかった。

ただ、二人を雨が濡らす。

ただじっと、悼むことすらできないまま。

 

 

 

 

……

 

 

 

はっ、はっ。

何故か、息を殺してルーチェは建物の陰から様子を見ていた。病み上がりの身体には非常に負担のかかる、行動ではあったが。

建物の陰、耳を澄ませて彼らの話を聞いていた。

 

 

盗み聞き。なぜ、盗んで聞く必要があったのか。自分でもわからなかったが、その姿を表すことに抵抗があった。

カリナ。

そして、その横にいるのはシズク。

ルーチェもよく知る、英雄の一人。

 

ばくん、ばくん。

 

(……なんだ、なんで僕はこんなに動揺してる)

 

何故、彼らはあんなに仲が良さそうに話している?何故、あそこまで距離が近しい。何かの会話で、感情を露わにしているところも見た。ああまで感情を吐露できる存在に、お互いがなっているということ。

 

僕が寝ている間に、あの二人の間には一体何があった。裏切った?まさか、そんなはずはない。カリナにそれをするような邪念はきっとないはずだから。

 

ばく、どくん、どくん。

 

(いいや、どうでもいい。

そんなことは、どうでも)

 

もっと、もっと。

渦巻く想いがあった。

もっともっとどうしようもなく、渦巻く怨念が。

ごうと燃えるように、逆巻く気持ちが。

 

 

(カリナ。

お前は僕以外に、そんな顔を向けるんだな?)

 

 

無愛想なお前だ。碌な会話もできず、碌に表情筋も動かさなかったろう。だけど、僕に向けてはよく喋っていた。いいじゃないか、と思っていた。

 

なのにシズクに向けて、ジョークを言うんだな。

とぼけたような顔をして。

シズクの横にすんなりと立つんだな?

跪いて、何を祈っていたんだ?無防備に。

その文化を見せるのはそんな簡単にするのか。

おお、そこまで真剣に怒るのか。

ただの憤怒じゃないよな。その貌を見るに。

 

 

どれも僕にだけ見せる顔じゃないのかお前は。

 

 

どくん。

 

 

…彼女、自身。

自分でもよくわからない感情のうねりを制御できなかったのはつまり、外側との齟齬だろう。そしてそれに呑まれてしまったのは。

どうしようもなく、もっと衝動的なもの。

 

歯を砕くような、歯軋りの音が響いた。建物の陰から覗く少女の顔。その端正な顔に、真っ黒な影が落ちてくれたのはむしろ、ありがたいことだったのかもしれない。

 

「……カリナ…」

 

 

呪詛のように。ただ名前だけ、呟いた。

 

 

 

 

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