「…よし、先に進もう」
「ああ、次の行き先は何処なんだ?
ここから近いのは…ええと」
…どちらかがどう言ったわけでもなく、勤めて、何もなかったように以前のままにと話そうとしていた。それ自体がすでに不自然であることにも、双方気付いてはいるのだが。
「う、ん。またどっちにも近いって状態だからね。どちらにも向かえるように行こうか」
『…了解した、まあ、なんだ。
ゆっくり行くことにしよう』
「ああ、そうだな。無理してもよくないしな」
しかし、「いつも」を。通常通りを心掛ければ心掛けるほど、それは一体どんなものだったかわからなくなるものだ。そうして旅を駆け始めた先は。
「……」
『……』
無言。お互い共に、無言だった。二人はまた以前のように、英雄を斃した後次の目的地に向けて行き始めて、しかしその間、どこか気まずげな雰囲気が漂っていた。どうしてそうなったか、なぜそうなる必要があるかと言われれば、お互いがどちらも答えを持っている状態。
「あの」
『なあ』
どちらかがこのままは良くないだろうと思った。そしてどちらもが同じタイミングで声を上げた。そしてどちらもが、黙った。
「……」
「…先に言えよ」
『いや…いい』
「なんだ、言いたいことがあるんだろ?」
『それはあんたもだろ」
「いや、僕は後ででいい。だからほら」
『………』
「…ええい!なんなんだよッ!」
見た目の少女の年相応に、地団駄を踏む。乗られている狼はその足踏みに不愉快そうに身を捩った。ルーチェはそれにも気を悪くしたようですっかり不機嫌な顔で狼を見つめる。
そして、また沈黙。
ただただ、狼のカリナが風を切る音が響く。
風切り音。無言。
そして。
『あーいけない、いけない!いけないよそのテンション!その雰囲気!君たちはもっと仲良くないとだめだよ〜!』
不愉快な、電子音。
それが緩やかな全身をしてた彼らの虚をついた。
音がした先を二人で見る。その先には。
『お!いい感じいい感じ!二人ともアホ面でこっちを見る感じ、似た者同士のお似合いって感じでね。うんうん、そういう感じで行こう。そうだ、折角ならそのままの状態でお互いにセイピースぐあっ』
小煩い羽虫、にも見えるそれをカリナが牙で噛んで、そのまま地面に吐き叩き捨てる。そしてそのまま四足の足で踏みしだいた。
羽虫にしては大きい。と、いうより固すぎる。ましてやこの電子音は、生物のものであるはずがない。
『なんだこれは』
「さあ?見なかったことにして進もう」
『うああ待て待て待ってくれ!あ、でも私が共通の敵になって君たちが仲良くなるのなら悪くないかもしれない。いや違うなこれ無視されそうだな!それは困る』
壊す事は簡単だし、ましてや同行者であるルーチェはもうさっさと壊してしまえ、と言葉以外の全てでカリナに訴えかける。
しかし、だからこその軽い反抗心故か、もしくはここで壊すよりかは何者か聞き出した方がいいという合理性故か狼はそれを噛み砕きはしなかった。
少し話を聞こうと、狼は人の姿に変わる。
あいも変わらず、幽鬼のような黒い姿だ。
「お前はなんだ?」
『よくぞ聞いてくれた、と言いたいが…
多分それはそこの子が一番知ってるよ』
「……僕の知り合いでこんなことをしてくるのは。ましてやこんな粘着質な話し方とアプローチをしてくるのは一人だけだ」
うんざりとしたような顔、そしてまた憎しみが浮かんだ顔で、ルーチェは歯を剥き出しにして、その思い当たった名前を言う。
英雄のうちの、一人の名前。
「ウィン・ J
その名前が表すように女々しくって、うざったい男だ」
『え、そんな風に思われてたのかい。
初めて知ったしすごくショックなんだけど』
ウィン・J・エアルフ。
ぴり、と初めて狼に警戒が現れる。
だがそこで、違和感にも気付く。この、小さな機械の羽虫の正体がわかっているはずなのに、少女は何もしない。そして、ましてやこっちに接触してきている『英雄』が、こっちを見て何もしようとしていない。
今の状況の、異常さに、警戒こそ緩めず。
『いやー、どうも初めまして、カリナくん。
そして久しぶりだね、スノウ』
「…!」
「……ふん、何が久しぶり、だ。お前は何処かから僕らを覗いていたんだろう。そしてだからこそ、このタイミングで接触してきた」
『あはは、やっぱりバレるよな〜。でも誤解をしないで欲しいのはね、一部始終をずっと見ていたってわけじゃないよ、本当。水浴びの時とか用を足す時はちゃんと音だけにしてた』
「やっぱり壊せカリナ」
「ああ」
『ジョーク!ジョーク!!』
狼は反応したようで、その実、生返事だった。
先のやり取り。ルーチェは、スノウと呼ばれた。そして、それを否定しなかった。多くの情報がそれを示唆していたことから、薄々勘付いてはいたことだった。が、しかしその事実が目の前で確定することは、やはりと言うべきか衝撃的だった。
少女の『中身』。
それは八英雄の一人、スノウ・ホワイト。
その人である、ということ。
「……」
「…カリナ」
「!…すまない、呆けていた」
「あ、いや…っ
……そうだな。ぼうっとするな」
何かを言おうとして、そのまま黙る。
ルーチェは、そうして自分の髪をくるりと触った。
『フム、何はともあれこの雰囲気はだめだなぁ…喧嘩の後のイチャつきは気持ちがいいって言うが、このまま関係が修復出来ないものになってしまったらたまったもんじゃない』
機械の羽虫は、そうひとりごちながら宙を不快に飛び回る。先のカリナの攻撃で羽根はもぎ取れてるのだが、しかし何を動力にしているのか自由自在に動く姿は、中々に反自然的で不気味だ。
『お二人さん。
ひとまず私の今日の目標を伝えておこうかな。
私の目的は、敵対じゃない』
「…信じるべきではないが…」
だが事実はそれを表している。
始終を、この小さな機械で見ていたというのなら、つい少し前までの少女の昏睡も見ていたはずだ。そして殺害や敵対が目的ならば、この小さな姿であっても少女を殺す手段はいくらでもあった。寝息を立てる口を塞いでの窒息、喉を抑える圧迫、眼窩への打撲での脳挫傷。それをしなかったのは、つまりそういう事だろう。
『今日の私の目的はね。招待、だ』
「招待?」
『ああ、君たちを是非、招きたい!
顔を合わせて、ちょっとお話をしたいんだ!』
「………」
「…こういう奴なんだよ。な?気持ちが悪いだろ」
少女が、そう呟いた。
気持ち悪い、というより不気味だ。
何の目的だ。本当に話である筈はない。
そして始終を見てた筈なら、この男は英雄たちを殺す姿を見ていた筈なのだ。それを招待するということの、意図がわからない。
自分が絶対に死なないと確信している慢心。
そして、戦友たちであった者らの殺害犯を前に、まるで、まったく、全然。敵意を感じない事が、どうにも不気味だった。
「相談をしても?」
『どうぞどうぞ』
そう機体が話すと、羽虫めいたそれは一度地にごとりと落ちた。雨を受け止めてぬかるんだ地面に半分ずぶり、と埋まったまま。
「……どうするんだ?ルーチェ。
俺は、無視をすべきだと思うが…」
「いや、どうせ僕らの目的は全ての英雄が持つ星を砕く事。だから後回しにするにせよ今行くにせよ、ウィンのとこに行くのは変わらないんだ。ならばいっそ、今行ってもいいんじゃない?」
「それは、そうだが……」
ここから風の祠、つまりはウィンのいる場所に行くまではそう遠くない。むしろ、どの目的地からも近いと云うべきだ。
そしてルーチェの言うことも、あながち間違いではないのだろう。それも、わかっている。
だが、何故だろうか。
カリナの胸は、ぞわぞわと粟立っていた。
理由と理屈は何一つない。
ただの、勘だ。だから、こそ。
その感覚故に首肯が出来なかった。
それを見て。
ルーチェが、悲しげに鼻を鳴らした。
「…お前は、先に行きたい場所があるんだろ」
「…?」
「花と幸福の園、ミーグメィル。
女王、リーフィ・グリーンの支配する国。
「…そしてシズクの集落の人々を皆殺しにした張本人」
「…!」
「お前はそこを目指していた。どちらにも近い道を選んでいたのは、僕もどっちでもいいからと思っていたからだが…」
なるほど、確かにそうだ。恩義、愛着が全く無いわけではなかった。だからその彼女のどうこう、という感情はゼロではない。
だからこそ、言い淀んだ。
そしてそれは、少女に誤解された。胸の奥のざわめき、不安からエアルフの所へ行くことを渋っているのではなく、『ルーチェよりも優先するものがあるから、渋っているのだ』と。
「カリナ。一つ提案がある。
二人で一度、別行動をしようじゃないか。
そうすれば時間の短縮にもなるだろう?」
「!駄目だ、危険だ!エアルフを信用出来たものではない!あんたがもしそれで命を危うくしたら…!」
「したら?しても、お前に損なんてないだろ。お前は、口煩い奴から解き放たれるだけ。お前のそれまでと何も変わらない」
「そんな…こと…!」
「大丈夫だ、エアルフは…まあ、殺したりそういうのをしてくるタイプではない。そして僕も奴は殺せない理由がある。
だから、命のやり取りはない筈だ。だから…」
「一度、僕たちは別れよう」
「……」
カリナは、最後まで首を横に振り続けた。
だが、少女も全く譲ろうとせず。
最終的に、折れたのは狼だった。
苦しむような顔で、頷きもせず。
そういう、ことになった。そしてそれが、ターニングポイントだったかもしれない。この二人の半端な関係性の、終わる瞬間の。
…
……
『いいのかいスノウ?というか私は折角なら二人でこっちに来てもらいたかったしもてなしたかったんだけど』
「………万が一」
『うん?』
「万が一、お前が罠を張っているとしたら。あいつはお前の陰湿な罠にかかるだろう。お前とあいつの相性は、最悪レベルで悪い。あいつはずーっと手玉に取られ続けるはずだ」
『ふーむ』
「そんな事にはさせない。させるものか。
だから別の場に行ってもらう。
お前とあいつとの交戦を避けるためにな」
『ははっ、めっちゃ信用されてないね!
いや当然かー、結構結構!
というか、なんだかお節介だったかな〜』
『なあんだ。
君たち、どっちもが凄くどっちもを想ってるままだ』
「……」
再起動したその機羽虫を、がんと杖で殴る少女。荷物を久しくその背に背負って、歩く態勢を整えている。
悠然と準備をするルーチェの横で、瞑目するかのように進まない準備を続けて、まだ人姿のままであるのはカリナだ。
「……カリナ」
「…」
「…その、なんだ。僕はだな」
「ルーチェ」
「……なんで被せてくるんだ。わざと?」
「言うか、どうか、迷ったんだが。
やはり言っておきたい。だから、言う」
座ったまま、姿勢を変えるカリナ。
そのあぐらから、膝立ちに変えて。
それでも少女の目と目が合うような背丈だが。
「すまない、あの時は言い過ぎた。
だから俺を許してくれ」
「え…」
「…そして、俺は…俺は、頭が悪いから。気持ちや思いを言葉には出来ない。言の葉にしてまとめることも。
だから、ただ思ってるまま、あんたに伝える」
そうして、カリナは少女の手を取った。
乱雑にではない、優しく、絹に触るように。
この無骨な男がこんな事をするとは思えないほど。
「あんたは、俺にとっては『ルーチェ』だ。
俺には、それだけだ。相棒」
そして男は、その手の中に優しく包んでいる手の甲にそっと口付けをした。相棒という言葉に反するかのように。
それに反して、忠誠を誓うように。
否、忠誠、よりもっと別な。
「それではな。
また逢おう。何かあったらすぐに駆け付ける」
カリナはただ、それだけを言って。
本当に、それだけで去って行った。
笑いかけたりも補足も無く、ただ言い逃げるように、いつもの無愛想のままで狼に変幻し、そのまま走って行ってしまった。
「…なんだよそれ」
その後ろ姿を、ルーチェは呆然と見ていた。
そうしてから、ぐっと顔を歪めた。
「…お前が謝ることは何もないだろうが。馬鹿!」
そうだ。
あの時、明らかに、冷静で無かったのは自分だった。腹の奥底から湧いてくる溶岩のような感情にただ、振り回されてから自分の愚かさを悔いた。何故僕はあんなに怒っていた。なんであんなことを言った。それを謝ることもまた、どうしようもなく湧く下らない感情で出来なかった。
「…それを先に言わなきゃいけないのは僕だったのに。どうしてお前は、そんなに、そんなに…!」
口付けをされた、手の甲をもう片方の手でそっと握る。
そうだ、なぜだろう。以前から、おかしい。
雨の降り頻っていたあの日から。
(どうにも、この身体がおかしいんだ)
手を合わせたままで、胸に置く。とく、とく、とく。小さく早い鼓動は、『スノウ』にはありえず、おかしいことだった。
ルーチェは。
また、狼が走り去った道をぐっと睨んだ。