魔人と狼は幸福を求めない   作:澱粉麺

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疾く散れと、毒花は言った

 

 

(…なに?口を開いたかと思えば…

そんな馬鹿らしいことを)

 

 

声だ。

相棒の、声がする。

 

 

(英雄の中で、最強は誰か?当然、リーダーであるスノウ・ホワイトだったさ!…と、言いたいところだが)

 

(ガキみたいな質問をするなよ、カリナ。お前でもわかってるはずだ。強さっていうのは状況と環境、周囲の状態に依る不確定な要素であって、子どもが求めるような絶対的な指数じゃない)

 

(英雄たちには、それぞれに適応する魔力があった。

シズクには水。貫突力と鎮める力。

エアルフには風。浮遊力と流れる力。

…スノウには、氷。凝固力と凍結の力。

ドグは…あいつだけは例外かな。あいつだけは何か魔力以外の力を竜の魔力だとか言い張ってたから)

 

(ともかく。だから尚のこと、その力に合うシチュエーションや、力を発揮しやすい環境にもよるから強さの上下もするもんだ。だから強さ議論なんて、『場合による』で終わり。ほら、いいから歩いた歩いた)

 

(……はーあ、わかってるよ。それでも、って言いたいんだろ?お前がガキみたいに思うように、よーいドンで始めたのなら誰が強いか、ってこと)

 

(ふーむ、そうだなあ。強いて言うなら…)

 

 

(ノヴァだな。キレた時のあいつは、ヤバいぞ)

 

 

…リナ…

 

どす。傷口を抉るように、指先がカリナの脇腹に突き刺さる。ねじり、捩るそれは激痛をもたらし、それ故に狼は正気を取り戻す。

 

 

「……ッ!ぐう…ッ!」

 

「カリナ。しっかりなさい。

今意識を失えば死にますよ」

 

「…がっ、げほっ…!…礼を言う」

 

「…!ほう…」

 

微睡みと、追憶の奥からの相棒の声から引き戻してきたのはそんなねとりとした不快な声と激痛であり、礼などまるで言いたいような心境ではなかったが、しかし自分を助けてくれたのは確かだ。

 

「いいえ、礼には及びませんよ。私は、私のやりたいようにしているだけですから」

 

「…なので、今からする事も、貴方の為というよりかは。私がやりたいからやっていることです」

 

青嵐は、そう言われて何の事かと訝しむカリナを、担いだ状態からそっと優しく床に降ろす。狼の感覚と嗅覚からなんとか察するにその場所は地下牢から出て、そこから出口に向かう城の道の最中。降ろされた時の絨毯の心地いい感触がそれを確信させた。

 

青い嵐は見た。

その城の道、出口に繋がる道の横から現れた、ただならぬ力を持った人影を。鉄仮面を顔に被り、それ以外は軽装の服そのままである女剣士は、来ることは分かっていたというように、細剣をこちらに突きつける様子を。

 

 

「……脱走者。処分、する」

 

ティータという、名。

女王に仕えるその身である。

 

これは、これは。素晴らしい逸品だ。

剣そのものよりかは、抜き身の剣そのもののような、その剣士を見てそう剣を抜いた。

そしてまた、懐からもう一つ。

くたびれた槍の先を、そのまま短剣に加工した荒削りなダガーをもう片方の手に逆手に持つ。

 

 

短長剣二刀と、細剣がお互い見合った。

 

ひゅ。細剣の突きが空気を割く音。

ダガーが逸らして尚首筋を狙うそれを横回転のままに避けて、勢いのままに頭の上からの蹴り。それを避けながら、一連の動きのままの突き。

 

だがそれをすり抜けるような接近。刺突の動きは急激な接近には対応出来ないようになっている。ティータの腕を切り落とさんとする短剣、同時に長剣で首を狙う。

 

青嵐の二刀はつまり見掛け倒しではない。そのしなやかな動きからそうした致命的な二択を迫り続ける為のもの。腕を選ぶか。首を選ぶか。

どちらを奪われるか、選びなさい、と。

 

だからこそそれへの対応は、第三の選択肢。身を沈めその二つともの斬撃を下に避け、そしてそのまま曲げた脚を弾ませて鉄面による、頭突き。鉄という硬質な物体がぶつかるという単純な暴力は、それ故に効果的。

 

互いが互いに身を引く。片方は口を通ってきた鼻血を吐き出して呼吸を確保する為。片方は次の一撃で仕留めん、と、また息を整えるため。

 

 

さあ、死合いはここからだろう、と剣を向かい合うようにする両方。だが、しかし。

青嵐の表情は、露骨に興味を失っていた。それこそティータが、一眼でわかり眉を顰めるほど。

 

 

「…なんのつもりだ。

今頃、自分の敗北を悟ったか」

 

「勝ちも負けも、私はどうでも良い。望むのはこの心の奥底のもの満足させてくれるかどうか。そしてあなたは、どうにもそれを満たしてくれなさそうだ」

 

「何をほざいてる」

 

「剣先のぶれ。ひょっとして、あなた…

『私の仕える方のやる事は、間違っている』などと思っているのではないのですか?」

 

虚。

間、というにも致命的なそれが一瞬空いて、から。

 

 

「違うッ!リーフィ様は何も間違えないッ!

私は、そんな事を思わないッ!侮辱を…」

 

「隙が、生まれた」

 

青嵐は、動かなかった。その動きを見逃すほど、女剣士は弱くはない。だがティータのその隙は、視野の狭さを生んだ。青嵐以外の動きに、気付けないほどに。

致命傷と呼ばれるようなものを、幾つも幾つも負ったそれが動くということを予測しろと言うことにこそ無理があるかもしれない。だが、それは動いたのだ。

 

 

『…グるるるるッ!』

 

「ぐ、ああッ!?」

 

 

死角から、全身がずたぼろに、ぼろ雑巾のように成り果てた狼が襲い掛かる。首を食いちぎる、ほどの余力は無く。だがしかし、戦いを続行できるほどの力は残さない。

 

「が…貴様…貴様ァ…ッ!

私に一度ならず、二度も…許さん…」

 

 

「カリナ、行きましょうか」

 

『……』

 

「…ふんっ」

 

『……ぐ……』

 

「ふむ。悲鳴すら上げれなくなってきましたか。いよいよまずいですね。さすがに急がねば」

 

 

「…待て、待てッ!私を、見ろ!

クソッ、許さんぞ野蛮人ども!

この借りは必ず返してやる!次に…」

 

 

ごおん。

ティータの、その這いながらの言葉を嘲るかのように妨害してきたのは、そんな大きな地響き。

地震。そうであり、そうでない。近くからにあるその震源地からの衝撃はとてつもなく。そして恐ろしいものだった。何が恐ろしいか、と言えばただ一つ。

 

その地響きが、地震が。

人為的なものである、ということ。

 

「…これは、拙い…!」

 

 

青嵐は、動かなくなった狼の大きな身体を肩に担ぎ上げるように持ち上げてから急いでその場から逃げる。

そうだ、逃げた。

何故ならば、このままでいれば彼らはこの場の崩落に巻き込まれる。このままだと、この城は、崩れ落ちる。

 

たった、二人の戦いのそのせいで。

たった二人の、英雄たちのせいで。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

ぜっ、ぜっ。

動きにも慣れた青嵐がこのように息を切らすことは、到底ない事。それくらいのスピードで、あの場から離れたのだ。また力を失くした狼がそうなるほどに重い、ということもある。

 

「こ、ここまで、来れば…脱出は成功で、しょうかね。まったく、私にここまで、させるなぞ。罪な人だ、カリナ、あなたは…」

 

 

ふう、とようやく降ろし息を吐く青嵐。

そうしてまた、ようやく背後を振り向く余裕が出来た。王城からは、遠く離れることが出来た。

それでもまだ、聞こえてくる地響きの音。

それでもまだ視認できるその異常。

 

「あれは…くく、さすがに身震いをしますね」

 

 

青嵐は、つうと冷や汗を垂らした。

戦いが好きだ。虐殺も好きだ。されるのが好きだ。だが、英雄と言われるものどもの、神話に巻き込まれること。天災に巻き込まれることは、戦いとは言い難い。それに対しては、好きも嫌いも無い。ただ恐怖だけはある。

 

 

 

『………ォォォォォォオ!!』

 

『…ッキャッキャッキャッ!』

 

どす黒く狂気に染め上げられた巨体が動くたびに、地面の形が変わる。手に持つ砲塔が地を抉り、振るわれる度に光線が放たれて空の光をも抉り散らかしていく。

地を壊す悪魔の咆哮。

 

それに相対するは、葉脈が血管のように脈打つ禍々しい翼を広げ、杖を振るう姿。荊棘が巨大な触手のようにのたうち全ての養分を吸い取り枯らしながら襲い掛かる。

正気が失われた天使の笑い声。

 

 

怖い、怖い、と身を翻した先。

 

「…ッ!」

 

青嵐は反射的に剣を抜いた。

背中の方向からする地響き。崩れ去った城の方とは逆の前方から。背中にあるものたちと同じような寒気を感じたからだ。

背筋に、氷柱が突き刺されるような。

 

 

「…僕一人では、どうにもお前を安全に助ける算段が付かなくってな。だから、確実性を期させて貰った。僕の相棒を助けるために」

 

滔々と、少女の声。

ひんやりと、冷気が流れてくる。

まやかしの狼から降りて歩いてくるその姿は、以前に青嵐が刺客として見た時とまるで同じまま。

 

 

「ノヴァに連絡をし、お前に暗示を与える事で救助をさせたとこまでは良かったんだけどな。

ひとまず、一つ質問させてくれ」

 

少女の声で滔々と、少女にはない冷徹さで。英雄の、成れの果ては眼鏡の奥の翠眼を昏く澱ませた。

 

「それ。お前がやったのか?」

 

ルーチェは、ただぼろぼろの狼を指で指してそう言っただけだった。ただのそれだけが。先の、英雄どもの殺し合いの咆哮たちと同等なほどに。

 

 

「…もし、そうだ、と言ったらどうするのですか?」

 

しゅいん。

雄弁なその口の代わりに。

ただ、彼女は腰に挿してある針剣を抜いた。

 

 

 

 

……

 

 

 

ずぱり、ごとん。

 

切り取られた、何かが転がり落ちる音。

その音でカリナは幸いにも微睡から目を覚ました。

 

 

近くに、生き物の気配が一つしかない。

青嵐の、異様な気配も何処かに行った。

何処に行ってしまったのだろうか?

 

そんな事を気にする暇もないほどに。もう一つの、その気配はこっちに近寄ってきて。まずは、息を呑む音が聞こえた。

そして、そっと、狼のままのけむくじゃらの頬を手に取られる。

 

「ああ、あぁ…!目、やられたのか…

それに、こんな酷い傷…っ」

 

小さな手が、そのまま顔を通り過ぎて、そっと身体を抱きしめた。全身に強く強く力を込めて、小さな身体が狼を包む。

 

「待ってろ、すぐ治してやる…!」

 

次第に全身に付いた傷が、癒えていく。どの傷も骨や神経が露出するほどに深い傷だったこともあり、完治とまでは行かない。そして、目の傷もまた完全には癒えない。具体的には、視力はまだ、戻らない。

 

「……っふう。今の治療では、これが限界だ。本当はきれいさっぱり治してやりたかったんだけどな。ごめんな…」

 

ぎゅっと、再び抱きしめるその手。身体。

全身を使っての抱擁は、優しく、慈しみがあった。

 

「お前が、こんなに傷を負うなんて…

僕のせいだ。僕が君から離れなければ」

 

いっそ泣き出しそうなほどの後悔の声。

これが本当に、知る少女なのかと思うほど。

 

 

「…本当にいつでも、いつも、一番優しい子だったんだ。だからきっと何かの間違いだって、思ってたんだ…彼女がそんな事をするはずがない。きっと、話せばわかるだろう、って」

 

寝ている子に話しかけるような、優しい声。

だがその声は、次の瞬間に一変する。

 

「だがもう迷いはない」

 

「リーフィ・グリーン。奴の星を粉々に砕いてやる。奴のその、幸福の園を、大切なものごと全て壊してやる」

 

「僕の大切な相棒を。お前を、ここまで痛めつけた者の幸福など、僕は求めない」

 

おぞましく、背筋を伝う恐怖。

おそろしく、憎悪しか感じない声。

先までの慈悲を全て捨て去ったように。

いいや、それも違く。

まるで慈悲や優しさが。

向けられる対象が、ただ一つのなにかに定まってしまったように。それ以外には、注がないと決まったように。

 

狼は、咄嗟に人の姿に戻る。そして、その手で自分にしなだれかかる少女を少しだけ強めの力で引き離した。

不気味に、違和感を感じて。

 

「……あんた…」

 

「うん!どうした、カリナ?

よかったぁ…動けるくらいにはなったんだな!」

 

 

目を潰され、見えない世界。

だからこそ、その他で世界を感じ取る。

そしてだから、こそ。

五感で感じる声と姿は、彼の相棒を指し示す

であるのに。

 

その優しさ、こちらに向ける爛漫さ。こちらにだけ顔を向ける、慈愛。そして醸し出す、女性のような香り。

それがとてもとても、彼の知るものでは、ない。

だからそれが、異常で、気味が悪くて。

カリナは、ぞっとしない心地で、言った。

 

 

「…あんたは、誰だ?」

 

一瞬の、息を呑む間。

そうしてから、ゆっくりと声が紡がれた。

 

 

「つれないことを、言うじゃないか」

 

「僕は、僕だ。『ルーチェ』だよ。

スノウ・ホワイトでもなければ英雄でもない。

ただのお前の、相棒だ」

 

 

「ねえ?お前がそう、求めてくれたんじゃないか」

 

 

ひたり、と熱のこもった頬を、カリナの胸に当ててもたれかかる。そうして彼女はきっと、甘えたような顔をしたのだろう。

狼は、たった、その瞬間だけ。自分の目が潰れていることに、感謝した。

 

ああ、ただ、ただ。物陰に隠れるようにして、それを覗いていたものだけ。風の力で動き回る機械の羽虫が、満足そうに蠢いていた。

 





咲くは毒花
目も潰すほど
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