魔人と狼は幸福を求めない   作:澱粉麺

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腐敗

 

 

「…ん」

 

ぼおっと、まどろみの中にいた。あくびと共に伸びをして、しばらくまだ立ち上がる気にはならないと草原に身体を委ねる。呑気をしたような顔がその実、内側にある焦燥から逃げるような惰眠であったことを、彼女以外は知らない。

 

「この旅も、そろそろ終わるな」

 

その柔らかい心の部分に、ちょっと水を与えるように話しかけてくるのはいつも彼だった。彼は、よっ、とリーフィの横に座って笑いかける。

 

「そうね〜…うふふ、みんなに聞いて回ってるの〜?それ?」

 

「ああ。僕はこの旅の終わりが不安で仕方がないからさ!頼れる僕の仲間と話していれば、そんな不安も吹き飛ぶかなって。だから協力してくれよ、リーフィも」

 

「うん、喜んで」

 

リーフィは、そうして微笑み笑った。

彼はいつもそうして、陽の光を照らす雪のように、その行く先を明るくしてみんなを引っ張っていく。

 

「私はね〜、この旅が終わったらちいさな国を作りたいと思ってるの」

 

「国?意外だな、リーフィはもっとこう…森の中で静かにゆっくり過ごしたいわ〜とか言うものかと思ってたよ」

 

「それも、そうなんだけどぉ…

……この旅の中で、私たちはたくさんの人を助けてきたつもりよぉ。私も、みんなも、みんなで。でもその分、たくさんの人を助けられなかった」

 

彼は、そのまま返事をせずに静かに聞く。静雪のように、ただ音を吸うように。ただ横たえていた身体だけ立ち上げて、リーフィの眼をじっと見た。

 

「…取りこぼすことがない世界なんてものは、理想と夢物語でしかないとわかってるつもりなの。これでも、意外と長く生きてるんだから。

でも、それでも…私は、そうして掌からこぼれ落ちた人たちも、安心して眠れる場所を作りたい。取りこぼされた、と言われる人たちもそうならないようになる。そんな楽園を作りたい」

 

そこまで、ゆっくりと、しかし確たる信念のある様子で話したことを聞いてから、彼はそっと口を開いた。

 

「そうだな…僕も、君のそれは理想でしかないと思う。そんな無茶な事が出来るかどうかもわからない。それに、相当の苦痛を伴うだろう。勧めはできないな」

 

「……」

 

「でも、『理想』っていう言葉は、実現できない絵空事を嗤う代名詞じゃない。そう思ってる」

 

「……!」

 

「勧めはしないけど、それを選んだ君を尊敬するし、応援するよ、優しい女王さま。いつか理想の楽園が出来たら…僕もその国にお邪魔しようかな」

 

「うん!いつまでも、待ってるわ!スノウ!」

 

 

 

……それは、それは昔の話。

英雄たちが、魂を腐らせる、その前の話。

 

 

 

……

 

 

胎内から、貫通し抜き取られた星。それは願いを形にしたものだからか、傲慢に光り輝いて、それでいて卑俗に見えた。心臓のように蠢き、脈動するそのそれを狼は、腕を英雄の腹部から抜き取ろうとした。それで、終わりだと。

 

だが、抜けない。

死の間際のまどろみから目を覚ました女帝、リーフィがそれを両の腕で握り潰さんまでの力で引きとどめていたからだ。

 

「よくも゛っ、よくもやってくれたわねぇぇッ!獣臭い手で、私の星に触りやがって!」

 

目の端から血を流しながら激昂し豹変した英雄に驚く暇はない。何故ならばそれよりも、握られた腕にぞわぞわと荊と蔓が這い寄りうぞめいて、カリナを取り込もうとすることに手一杯だったからだ。

 

「ぐ、おおおおおッ!」

 

「あははははッ!すぐには殺さないわよッ!このまま傷を再現するでも押し潰すでもない、あんたのその腕ごと、私の星も、一緒に養分にして取り込んであげるッ!」

 

引っこ抜く、噛み裂く、引っ掻く、槍を振う。どれもこれも行おうとして、どれも出来ない。

ただ、数トンはある石に死なないまま押しつぶされているかのように、力を入れても全く身体が動かない。

 

(投げることどころか、手放す事すらできん!クソッ、もう少し、もう少しだというのに!)

 

カリナは手のひらを動かして『星』を手放すことすら、全ての動きを封じられていた。だから、だからその後ろにいるルーチェが、どのような顔をしていたのか。まったく、わからなかった。

 

 

「…リーフィ。お前は勘違いをしている。僕らは勝つ手段を探す電撃戦に来たわけではない」

 

その声を静かにあげ始めたのは、この目の前の何を見ての感情だったかも、どういう意図かもわからなかった。

 

「ここに来たのはな。お前を殺すためというのは少し違う。交渉。いいや、それも少し違う。僕らはお前に脅迫をしにきたんだ」

 

しかし、ただ少なくともわかること。その声は氷のように冷徹で熱が篭っておらず、介在する感情がなかった。

 

「今すぐにカリナの束縛を解け。そして、星を手放して僕に手渡せ。さもなければお前は最も大事なものを失うことになるだろう」

 

「へえ?下僕の命乞いにしちゃあ、下の下ね。じゃあ教えてみてよ。この状態から、どうやって、私の『星』を壊すというの?ねぇ、ねぇ、ねぇぇぇ!」

 

 

ルーチェは、ただそれを聞いて哀しげな顔をした。

お前の一番大事なもの。それを、即座に『星』と答えたその、英雄の成れの果てに向けて。

 

 

「…君の最も大事なものは…

…星なんかじゃ、なかった筈だ」

 

 

魔人がぼそりと呟く。

その声は、狂気に満ちた女王の動きを刹那、止めた。

 

(私の、一番だいじなもの?……?)

(……なん、だったっけ)

 

「……交渉は決裂か」

 

その刹那を逃さずに。

ルーチェの緑色の目が、魔力の使用に白色に煌めいた。

 

 

「なら、残念だ」

 

ぐしゃ。

一種類の音が、全ての場所で同時に鳴った。

そして。

 

 

(ああ、そうか。私のいちばん大事だったのは……)

 

「……ぎゃ」

 

「い、や、あああ゛あああああッ!」

 

 

びくん、びくんと激しい痙攣をして、女帝が眼を剥き暴れ回る。その植物の操作すら放棄して、のたうちまわり、吐瀉をしながら震えまわる。

 

狼が一人、何が何だかわからないまま、それでも固定されていた腕を引き抜き、星をルーチェに投げつける。少女はそれを受け止めて静かに『八つ星』を壊す準備を始めた。

 

彼女がやったことは、非常に単純なことだ。

リーフィは、その全身に、全国民を溶かして一体化した繭と繋がる管を繋げていた。そしてそれと一つになろうとしていた。その感覚は共有されようとしていた。

 

その、繭を。

その全てに刃を突き立てて皆殺した。

それだけだった。

それだけ、というには言うは易く、行うは難し、その準備と力の捻出に今に至るまで時間は要したのだが。

 

 

ともかく数千の死痛が彼女の体内を巡っている。

なるほど、確かに八つ星の特異性により肉体は死なないだろう。だがそんなものよりも先に、精神が死ぬ。そしてぐったりと何も動かなくなったリーフィを尻目に。静かに、星を睨む。

 

 

亀裂が入る星からは、激痛と共に流れ込んでくる。

過去に会った想いの残滓が。

変わり果てた、リーフィ・グリーンの記憶が。

 

 

 

……

 

 

──星に願いたかったのはただ一つ。みんなに幸せになってほしい。ただそれだけ。

 

国を作るのは、願いにしてしまえば意味がない。だからそんな抽象的な願いをした。だけれどそんなあやふやな願いじゃ答えようがないみたいで、星は結局、動くことは無かった。まあ、それならそれでいい、と。私は自力でこの国を作ろうとやる気になった。

もう、スノウに来てもらう約束は二度と履行できない。それでも、だからこそあっちにいる彼に恥じないように。この理想論を。

 

美しく、幸せになりなさい。大きく、国も大きく。これが皆の幸福のために幸せならば、そうあるべきだ。この世で取りこぼされる者たちは、私が思っていたより、思っていたよりもずっと多い。そして救える人の数は思っていたよりずっとずっと、少ない。その為には、もっと国ごと大きくならなければならない。皆を受け入れられるように。それらが幸せになるために。

 

全てが手遅れになってからしか手を差し伸べられないことだって沢山だった。ごめんね。ごめんなさい。ごめんなさい。私がもっと早ければ。もっと私が守ってあげられれば。ごめんなさい、ごめんなさい。何度だって口にした。

 

それでも、この楽園でついてきてくれる子たちがいた。ティータ、ニィル、ホルト、ラジ。みんな、みんな、ちゃんとは救えなかった。それでも、私を母のように慕って、騎士として私を守ると言ってくれた。

だから私は迷わなかった。皆の幸福のために。楽園が楽園のままであるために。私は一度も迷わなかった。

 

 

私の兵士たちが

シズクの住む都のマル・ナクを

皆殺しに虐殺して帰ってくるまでは

 

 

──あ、あ。

ころした兵士たち、わたしの家族たちは、喜んで私にほうこくをしてきた。喜んでもらえるだろうと、わたしのために略奪をしてきた。鏖殺してきた。よろこんだかおで、血にまみれた強奪品を差し出してきた。

私はそれに何を言ったのか覚えていない。

 

あ、あああ。

なんで。どうして私のともだちの国を、そんな。そんなことに。私はそんなことしろなんて言ってない、ないのに。あっ。うっ、あっ

 

う、ええええ。

部屋の中。泣いて、泣いて、崩れ落ちた。

わたしは、わたしの子が、ころした。

私の親友のシズクの、大切なものを壊した。

ぜんぶぜんぶ、こわした。

 

 

──あーあ。ひどいことをするんだな、リーフィ。お前がやらせたんだろ?

 

その声を久しく聞いたことの驚き。旧知の声がなんの予兆も無く流れてきた喜びよりもなによりも、その内容に私は飛び退いた。

過去に共に旅をした親友、ウィンの声。それは宙を飛び回る羽虫のような機械から放たれていた。

 

──ちっ、ちがっ、ちがっ…!わた、私はこんな、こんなことしたく、させるつもりじゃっ、なくて…ほんと、ほんとうなのっ…わたしは…!

 

──つもりかどうかは関係ないよ。大切なのは実際やったかやってないか。さあ復讐をしてくるぞ。そうだろう?君が、もしこれをされたらどうする。大切な者を根こそぎ殺されたら、君だってそうするだろ。

 

 

ああ、シズク。あなたはいつか、私を、私たちを殺しに来る?私は、私だったらそうしてしまう。そう思ってしまったから、そのウィンの言葉を否定できなかった。

 

怖い、怖くてたまらない。わたしが友達だと思っていた人がわたしを殺しに来たら、わたしは杖を向けれない。そうすればシズクを止められる人はいない。そうなったのは誰のせい?わたしが悪い。わたしが悪いのだ。わたしが悪い、わたしのせいだ。

報復で、みんな、しぬ。

しぬ?いやだ、みんなに死んでほしくない。

ひどいことをしたとわかっていても。それでも。

 

 

──だけれど、君が死んだらこの楽園はどうなってしまう?君は、いいのかい?正当性があるとはいえ、自分の大切な子たちが殺されてしまって。

 

…羽虫が、そう嘯いた。

耳元で、入り込むように囁いた。

その言葉は壊れ切った脳の隙間に入りこんだ。

 

迷ってはいけない。

悩んではいけない。

自分を信じる子たちを導かなければ。それでも、この楽園をそのままにする為に。

人を殺した子も守るためには、それ以上の人を私も殺さないといけない。向かってきた英雄も殺さないとならない。親友も、誰だろうと殺さなければならない。そうでもしなければ私は私の信じた道を歩めない。

 

今の私には、そんなことはできない。

私にはそんな、残酷なことたちはできない。

「ならば願いは、何に叶えて貰えばいい?」

ゆっくり、ゆっくり。

ウィンがそう教えてくれた。

 

目の先にあるのは、あの時からずっとしまってあったはずの、『八つ星』。あの時より、ずっと、ずっと輝いているように見えた。

 

──星よ、星よ、お願い。

私を、皆を幸せにできる女王にして。

私を…無慈悲な女王にして。

 

──誰だろうと、殺せる女王に。

私を、みんなを、最期まで幸せに導ける女王に。

 

 

 

 

……

 

 

「……!」

 

この記憶を読んで、ルーチェはぎしりと顔を歪めた。それは彼女が変わり果てた要因となる陰惨な過去にでもなければ、シズクの失意の正体を知ったからでもない。

その追想の中に出てきた、声の存在にだった。

 

ウィン・J・エアルフ。

こいつは、この男は確かに昔から変な男ではあった。だが、間違っても邪悪な男ではなかったはずだ。だが、今見た映像は、追想は。これはまるで。

 

「カリナ!急いでここを出るぞ!

一つ、確かめないといけないことがッ…!」

 

「ルーチェェェェッ!!!」

 

血相を変えたルーチェ。そして、それに向けて血相を変えて走り込んでくるカリナ。

その理由はそれぞれ異なる。少女は見た映像の中にあった事実に。そして狼は、その少女の背後にあるものに。

 

そう、確かに、ルーチェは繭を殺しその死を幾千与えて、苦痛もその数を与えた。それが彼女を戦闘不能にしたことに間違いはなく、勝利に繋がったことも間違いはない。そして星を砕いたことにより、カリナが貫いた傷が致命傷になりもうすぐに女帝が死ぬことも。

 

「……くも……」

 

だが一つの誤算は、彼女がそんな死痛でどうにかならないほどに、既に狂ってしまっていたこと。そして、憎悪と憤怒は人を動かす原動力になってしまうこと。それが、死を超えた身体であろうとも。

 

 

「よくもみんなを、みんなを殺した。ころしたあ!!あああああゆるさない、ゆるさなゆるさないゆるさない!ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないいいいい!!!」

 

そこにはもう、技はない。技術も魔力のかけらもなく、ただ純粋に殺意だけを煮詰めた攻撃。ただ、ただ、二人を取り囲むのは棘。それと、種子。

ある植物の種や種子は、そのそれを恐ろしい勢いで、遠くまで飛ばす。それは本来遠くに自らの遺伝子を伝える為の、言わば生きる為の行動だ。

だが今はその力を、殺すためだけに使用する。

 

そしてそれを止める術はもう、無い。

 

(………まずい…)

 

ルーチェは幻術を、もう使えない。

カリナにはもうそのタネがバレてしまったため、それを真実だと思い込む人間がこの場にはもういないからだ。

そして氷の魔力も今は使えない。

至極簡単なように行った繭の殺害は、その幾千を同時に行うためにどれほどの力を使い果たしたことか。

 

つまり、ルーチェは、今に限り。

ただの少女だ。

 

風を裂く、飛来音。

 

(ッ!)

 

…目を瞑った彼女に、覚悟した痛みは無かった。そして代わりにあったのは、彼女を包み込む毛皮の感触。

 

 

「…え」

 

 

 

……

 

 

 

『…良かった。まに、あったな』

 

「……おい、カリナ。なにを、なにをしてる。離せ、早く逃げないと…」

 

『…なあルーチェ。懺悔を、させてくれ』

 

「は…?懺悔?」

 

『俺はずっとあんたが嫌いだった。あんたに命を救われたという負目が、あんたについていく理由。そして復讐だけがそれをする理由だった。……そう、だったんだ』

 

どす、どすどす、どす。少女を包むその身体に、伝わる衝撃が加速度的に早まっていく。倍に、さらにその倍に、倍に。飛来する音と突き刺さり身体を穿つ音が増えていく。

 

「はあ?いいから、早く離せよ。離せったら!何やってんだ、もう僕はお前を治せないんだぞ?そんな無茶したら…!」

 

どす、どす、ぐじゅり。音が変わる。

致命的な線を超えた音。ルーチェは狼の拘束から暴れて放たれようとする。しかし、今の彼女は、ただの少女でしかない。

だんだんと、呼吸と鼓動が早くなっていく。

 

『それだけだった、はずなのにな。俺は気がつけば、あんたに惹かれていった。あんたと一緒にいるのが、楽しかった。俺は…』

 

「どうでもいい!どうでもいいから、やめろ!離せよ!離せ!僕を守ってるつもりかよ!そんなん無くたって僕は大丈夫だ!大丈夫だから!なあ!!」

 

狼は、動かない。

その凄まじいだろう苦痛にみじろぎもしない。

そして少女の要請にも、なにも動かない。

 

「ねえ、やめっ、やめてよ!

離してくれ!そんな風に語るなんて…!」

 

そうだ。こんな風に心情を語るなんて。

まるで、まるで。

 

『……俺は…復讐など、どうでもよくなっていたんだ。認めたくなかった。直視したくなかった。だがそれを終えて、逸らしきれなくなった』

 

「……あ……やめ…離、し……」

 

焦り、怒り、焦燥。少女のそれらが青ざめと絶望に変わっていく。その狼の毛皮から、それでも貫通して見えるくらいの大傷と、血の量に。

 

『俺はあんたと一緒に旅をしていられればもう、それで良いなんて、思い始めてしまったんだ』

 

「…あ、ああ……カ、カリ…」

 

『……そうだ。これは最期の懺悔だ。これは、これだけは、復讐で繋がった、あんたに、隠さなきゃ、いけないって…思って、た……』

 

 

飛来音が止む。死の雨が降り終わった。

 

狼は、目を閉じる。

その心には、守り切った幸せだけが、ある。

 

 

「ごめん、ルーチェ。俺はもう…」

 

 

──これ以上の幸福を求めない。

 

 

 

 

……

 

 

花の香りが漂う楽園、ミーグメィルは、こうして処刑場と成り果てた。

 

一つは、哀れな女帝の首を落とし。そして一つはそれを落とさんとした愚か者の首を落とす。後者の死は、そしてまたともがらの心をも壊して。

 

 

 

 

……

 

 

自らの目の前で死んだ相棒。

それを見て、腐敗した心はただ悲鳴を上げることすらできずに頭をかかえて、全く動かないまま。

少女は崩れ落ちたそれから吐き出された血を全身に浴びて、そしてそれが渇き切るまで茫然としていた。

 

 

「あーあ。死んじゃったね、カリナくん」

 

かつん、かつんと近づいてくる靴の音。それは今までの、羽虫じみた機器から放たれるホログラムと電子音声の響きではない音声。

 

「かわいそうに。君のせいだよ、『ルーチェ』ちゃん。君が連れ回して、非力なせいで彼は死んでしまった。

こんな、穴ボコだらけになって」

 

「………」

 

 

少女は、頭を抱えたまま、びくともしない。

その男が顔を覗き込んでも、瞬きすらしない。

地面だけを見つめて、動かない。

 

「ねえ、ルーチェちゃん。

このまま、二人の物語が終わるなんて可哀想だよねぇ。このまま、死別で終わり、なんて勿体無いよねぇ」

 

 

「だからさ。一つ、俺が助けてあげよっか」

 

 

ウィンは、そうしてにっこりと笑う。そう言った時にのみ、少女が反応してこちらを向いたからだ。

 

 

「俺が、彼を甦らせてあげる。

だけど代わりに…」

 

一つ、言うことを聞いてもらおうかな。

 

 

 

……

 

 

そうだ。これが、ターニングポイントだった。二人の半端な関係性が、終わる瞬間の。そしてこの旅の、目的と手段が、入れ替わる瞬間のターニングポイント。つまりは、それだ。

魔人は、その幸福のために。

自らの使命と身体を悪魔に売り払うことを決めた。

 

嗤う男を、ルーチェは光の消えた目で見つめていた。この取らなければいけない手が、悪辣で、血に染まっているものだと、わかっていても。

 

 

それでも、彼女の死んだ相棒のためにならと握った。

 

 

 

 

……

 

 

 

「……あ、ああああ…ごめん…

ごめんなさい、みんな…ごめんね、ごめんねぇ…」

 

 

精神も身体も全ての均衡を失い、うわごとを言いながら、後はただ死を待つだけの女王の姿。

そして、それに近づく、一つの人影があった。

 

「…いいんだ。もう君を、縛るものはない。だから、精一杯懺悔するといい。それが俺たちに唯一できることだ」

 

その女王にたぶらかされ、身体が骨と肉の歪なオブジェになって、なお。英雄ノヴァ・ブラウンは死んでいなかった。そうして歩いてきて、静かにリーフィの横に座った。

 

「…結局、俺には何も出来なかった。

本当に、情けのない話だ。でも、だから、さ」

 

「せめて最期は、君と一緒に逝こう、リーフィ。

それくらいだけは、せめて、させてくれ」

 

「…なさい…ごめんね、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

後悔と狂気に満ち、爪が全て剥がれるまでに自らを掻きむしった女王の…否、全てを失った、ただのリーフィの手を、最後に優しく静かに握った。

最後まで、なにかに謝り続ける姿をそっと見ていた。

 

そうして。

二人の英雄は、今度こそ、動かなくなった。

 

 





ミーグメィル編、完
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