魔人と狼は幸福を求めない   作:澱粉麺

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雷の天、エレクトラ
ほら吹きの幻想


 

 

ガーッ、ガーッ。けたたましいサイレンの音が鳴り響く。それが指し示すものは、危険物であり、それらを持ち込んでくる侵入者。

もしくは侵入者そのものが危険物である事。

どちらにせよ、本質に変わりはない。

 

「急げ!『ブレイズ』を守れ!」

 

サイレンの大音量に負けないように声を張り上げる人々が、そんな風に叫び立てる。あれを壊されて仕舞えば、我々は終いだと。

 

そうして走り回る者たちの、更に奥深く。建物の奥の奥である存在が、瞑目と共に思考を深めた。

 

(…罪、罪、罪)

 

(…ああ。やはりお前は、来てしまうんだな)

 

 

 

 

……

 

 

一つの人影が歩く。小さな人影、少女の人影。

小さな小さなそれに不釣り合いな黒いマントはその正体を少しでも隠さんとするためのもの。

その少女の周りには、誰もいない。

近づかんとする者も、隣に立ち並ぶ者も。

 

「…ちっ、なんだよ。折角こんなダサい格好になったってのに何の意味も無さそうだな」

 

そう静かにぼやきながらも、名残惜しげにその格好のまま歩き続ける。それが無駄だとわかっていてなお、その狼の毛皮のような外套をぐい、と着たままに歩く。

 

「此処が、エレクトラだ。圧倒的に発展した技術とそれから産まれた製品らそして何よりそれらを支える莫大なエネルギーがこの街の特産だ。…今まで来た都市の中でも、最もこの世界に貢献している場所だ。ここの機能を停止させたら、僕らは一躍大罪人として名を残すことになるだろうよ」

 

何かに話しかけるような様子で呟く、その少女の周りには気がつけば人が集まり始めている。

そのどれもが、銃器を手に持って。それらが示すものは一つ、積極的でもなければ忌避からくるものでもない、システマチックな駆除だ。

 

「きゃあ、こわ〜い。こんなか弱い女の子になんの用ですか、おじさまたち?」

 

「…なんて冗談通じなさそうだな。あぁ、面倒くさい」

 

一瞬、やりすぎたまでに少女然としたふりをして、直後にその自分自身に辟易したようにげぇ、と舌を出す。

そうしてから、ぴり、と全身に刺さるような殺気を感じる。円筒から向けられるそのそれを感じ取り悲鳴を上げるよりも先に、少女は叫んだ。

 

 

「来い、カリナ」

 

そんな風に。

影も形もない状態。その眼鏡の少女以外は何もいなかったはずなのだ。であるのに、聞こえてきたのは飢えた獣性のうなり。銃声の代わりに、ただ黒い影が通り過ぎた。

 

影も形もない状態。否、影だけはあったのだ。エレクトラの都、その常夜灯に照らされた少女の影が。黒い、黒いものがとぷりと、その影の中から立ち上がったところを見たのはそれを呼んだ少女のみだった。

 

ずん、ばら、と。

囲んでいた複数の刺客たちの腕か命のどちらかが断ち切られた後に、その黒い影は少女の…否、魔人の横に立つ。

そうしてから、静かに首を動かした。

 

「対処した。

…もう少し余裕がある状態で呼べ。肝が冷えた」

 

「間に合ったから問題無いだろ?

なにより守ってくれると信じていたからな」

 

「……」

 

カリナは、そうこちらに笑いかけるルーチェにどうにも違和感を感じて、目を逸らしながら首を掻く。

 

そうして周りの風景に目を向けた。

ちかちかと、夜だというのに真明るいその不自然な様子は、どうにも彼の感覚を狂わせるよう。立ち並ぶ建物は箱のようで、もしくは墓石が如く。空に輝く月よりも光が近くにあるせいで、造られたこの光だけが手に届くものである歪さは、しかしきっと便利なのだろうとも思った。

 

ここが、次なる英雄が居やる所。

星を壊しに来やる場所。

雷と機の天、エレクトラ。その場所だった。

 

 

 

……

 

 

「さ、僕から離れるなよカリナ。

とりあえず僕の視界の中にはいるように」

 

「…まあ…いいが。そうなると先までの、影の中に居たのはそれに該当しないのではないか」

 

「つべこべ言うな。そら行くぞ」

 

カリナは、眉を顰めながらも言う通りにする。そうして促されるままに彼女の手を引きながら敵陣を前に進む。その、小さな手を。そうした様子はあくまで少女的だ。

 

(どうにも、様子が変だ)

 

男はそう、頭を悩ませる。

それは彼女のこともそうだし、自分のこともそうだ。

 

まずは、彼は彼自身の不具合と違和に改めて目を向ける。

そう、まず、ここ最近の記憶がない。具体的には、自分が都市リェン・ランを抜け、英雄シズクの薫陶を受けて、それをも殺し。

…そうしてからの記憶がさっぱりと抜け落ちている。気のせいではないか、とそれこそこの横に歩く少女に言われたのだが、空の容器とその中が滴る様子を見たように、記憶があったのは確かなのだ。

 

だが、何も思い出せない。忘れているというより、抜き出されたような感覚。訳がわからないが、それでも確かにそうした喩えが成り立つ。

それだけならば良いのだが、記憶の欠落を意識する前後からどうにも身体が重い。そして、何よりの問題として。

 

 

「…やはり、まだ狼になれない」

 

そう。姿を変えることが出来ない。それは彼にとっては相当のストレスだ。通常の人間にはどうにも伝えにくい感覚ではあるが、もう半分の姿を完全に封じられるというのは、ずうと同じ服を着たまま、水浴びすらも行うような違和感と気持ち悪さがある。

 

「なんでだろうね〜、ただの不調ならいいんだけどねっ」

 

白々しく言い放つルーチェを、横目で睨む。明らかなまでに白々しく、そしてそれを隠そうともしてないのは信頼の証なのか、はたまた軽視の故なのか。どれちもが確定的でないからこそ、どちらとも取れず、故にカリナさそれへの返答を決めあぐねている。

 

「あんた…ルーチェ…」

 

「ん?なんだよその目は。まるでべたべたくっつくのはやめろ、歩きにくいとでも思ってそうな目だな」

 

「べたべたくっ……ああ、まあその通りだ。

どうなってるんだ?何か企みごとでもあるのか?」

 

だけれどそれよりも気になる、ならざるを得ないことが一つある。それは自分よりもずっと、彼女の変化の方だ。

 

「企みだなんてとんでもない!僕はただお前が心配で心配でならないだけだよう。なぁんて、言っても信じられないか?」

 

「……全く信じない、と言うわけではないんだが…そのためにすることが手を繋ぎ引っ付く、なぞあまりにも幼稚だ。あんたが今更そんなことをするとは思えない。なにか考えがあるのかと」

 

「ははは!幼稚か!お前はたまに結構毒舌だよな!歯に衣着せるってことを知らないからなんだろうけど!」

 

そうけらけらと笑いながらも、手は離さない。そうしてぐっと、目の前の存在を捉えるように掴んだままの腕に爪を立てた。

 

「幼稚でいい。原始的で馬鹿らしい行動でもこれをすることで僕は安心できるんだ。だからこれは続けさせてもらう」

 

「……」

 

そうだ、この変化がなにやら不自然で恐ろしい。

恐ろしいのは、何故だろうか。彼の記憶の中では、ルーチェはこのような状態ではなかったからだろうか。それよりももっともっと単純で。そう言い放つルーチェの顔が、どす黒く澱んでいるように見えるからだろうか。

 

 

「……あんた」

 

「今度はなんだ」

 

「あんた、何を隠している?」

 

「話せないようなこと」

 

「何故俺に話すことができない?」

 

「それも話せない」

 

ある種の、確信があった。

今、カリナに記憶がない事。そして狼になれないこと。少女の変化。そして決して語ろうとしない、なくなった記憶についての事。それらがきっと繋がっているだろうことへの、根拠のない確信。根拠こそないが、だからこそ訴える身体の芯からの声は雄弁に、それがそうであると語る。

 

「……まあ、いい。

…歩きにくいこともあるし、俺は再び『影』の中に戻…」

 

 

彼が、記憶を失っていると分かる理由の中には、この身体が可能にしている魔力の使い方がある。前までは、影に物を入れる、他の者の影を用いて足を絡める、などのシンプルな使い方のみだったが、今は自分自身を物の延長線上として扱い入れることが可能になったり、またそれそのものに触れることができるようになった。

それのきっかけとして、おそらくは何か核心を掴むような体験があったはずなのだが。

 

ずきん。

そんな思案を覚ますように腕に鋭い痛みが走った。

握られたままの腕から、血が流れる。

突き立てられた爪が突き刺さる痛み。

握って握って、離す事を許さない痛み。

 

「あぁ、あぁ、ごめん。血が、出てしまった。

ごめんな、僕がすぐ治す。治す、からさ」

 

「ねえ、行くな、どこにも行くな。僕の許可なしに僕の視界の外に行かないでくれ。頼むから、なあ」

 

 

ごろぉん。

男の行動を咎めるように落雷が空を切り裂いた。

 

下手くそに笑いながら、そう震える少女の姿を、カリナはやはり、気味が悪そうに眺めていた。

 

 

 

……

 

 

星を壊す旅は、続く。

その歯車が壊れてから、歪に直された後にも。

 

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