「さぁ、て」
それぞれが、それぞれ衣服を纏うとともに、心傷を覆い隠して、気がつけば夜が更けていく。そんな外の暗さとは対照的にカリナ、ルーチェ両名の目は爛々と開き光っている。
「どうする?この後は」
「二手に別れて…」
「ダメだ。それだけは僕が許さん。横にいろ」
「…まあ、従うが」
カリナはそうして身体の下に敷いたままの刺客の肩をごぎり、と外した。短い悲鳴と共に銃器を持っていたその腕がだらんと力なく垂れ下がる。
案の定、というべきか。むしろこれは予想と作戦通りと言うべきか、彼らが休んでいた宿の周りを刺客が包囲しており、その中でも功を焦ったものをひとまず撃退、人質にして今に至るというわけだ。
「言われた通りに殺さず捕らえはしたが…これから先はどうする?」
「あのなあ。僕がノープランで敵陣の真ん中でぐうたらと休み惚けると思っていたのか?補足される、されてることは前提なんだからそれを利用する為のこれは計画通りなんだよ」
想定外に、感情を露わにはしてしまったが、とぼそりと呟く姿を見て見ぬふりをしながら、カリナは少女の行動を見守る。
するとルーチェは気絶したままの刺客に杖を翳す。そしてそのままの動きで自らたちにも光を振り掛ける。すると光は静かに彼らを纏った。
「これで僕らは、極端に見えづらくなった。
そして代わりに、このザコは僕に見えるようになった。今からこいつは何故か追いかけられて、必死に逃げるだろうよ。ククク」
色々と、言いたいことはある。言わなければいけないことだろうとも思う。だけれど今は何を聞いてもきっと同じ答えが返ってくるだろう。
言えない。意地悪をしているわけではない。
理由があって、言えないのだ、と。だからカリナは、代わりに目の前の光景への感想だけを口にした。
「相変わらず、あんたの魔術はなんでもありだな。本当にどうなっているんだ」
その発言に一瞬、止まって。
少し瞑目をしたと思えば。
「言えない。秘密、だ」
そう返す。男は、なんだ、結局これにも同じ答えが返ってくるのかと辟易をした。だが今はその辟易も表にしている場合ではない。それよりも、伝えなければならないこともある。
「だが…言わせてもらうがあんたの作戦は不完全だ」
「ほう?お前が僕にケチをつけるか。どれ、聞かせてみろ。聞くだけ聞いてやる」
「その惑わしの魔術をかけたのは、この刺客一人にだけ。俺たちが二人組であるということはとうに知られている。こいつを動かしたとて、片方がいなくて不審がられるのは変わらない。
隠密をするには、意味がないことだ」
「…あぁ、確かに。ならもう一人捕まえてくるか」
「……本当にどうしたんだ、あんた。あんたらしくない。今包囲され、こっちの出方を伺われてる状態でもう一人を連れてくるなんて正面突破より難しいなんてわかるだろう。冷静になれルーチェ、ここでは」
「わかってる、わかってるわかってる!そうだよ、そいつと一緒にお前が外に出ること!僕とお前が別行動してお前に撹乱をしてもらうのが良いことなんてわかってるよ!
わかってるんだよ、でも…」
「…以前も言ったが」
カリナはそこまで言うと言葉を切って。
代わりにそっと少女の手を取った。差し出がましくなさすぎず、それでいて心を伝えるように。
「俺はあんたの前から消えんよ。
そのつもりも無ければ、そうならん」
その言葉を聞いた途端の、魔人の表情の変化と言ったらなんと言おうか。それはまるで、一度裏切られた少女がよくもまあそんな薄ぺらいことを言えたな、と憤慨するような。そしてそれでいて、まだ信じたいと思ってしまっている子供ゆえの未熟さのような。
「嘘つき。消えようとした癖に」
「……何を…俺はそんな…」
「…く、くくく。そうだな。そうだろうよ。消えようなんてはしてないんだろうが、さぁ…」
埒があかない。話が結局、全てはぐらかされるようなのだ。自分の話が全て、自分の知らない学術の話に逸らされて勝手にその話で場を占められてしまうかのような、要領の得なさ。
ああ、と、限界が来て。男は、もう今の彼女とは話しても無駄だと諦めてしまった。
「……分かってる。僕らの、この旅の第一目標は『星』の破壊。僕は冷静じゃあない。お前と離れたくない、僕と離れたお前がいるというだけで不安で不安定になるという、幼稚な感情が知能を引っ張ってる…」
「ならば…」
「絶対に死ぬなよ。絶対に戻れよ。
それだけが条件だ」
「ああ、わかった、わかった」
何度も、何度もそう言って念押ししてくる彼女の姿を、最初こそ自らの身の安全を願ってくれるほど親睦を深められたかと素直に嬉しかったものだったが、だんだんと疎ましくすら感じるようになってきていた。
(………)
やはり、異常が過ぎる。これが終わったら、ちゃんと話を問いただそうと思った。たとえ隠されたとしても、それは聞かなければならないことな気がしたから。
…
……
隠密は、薄気味悪いほどうまく行っている。
外ばかりが騒がしく、この大仰なタワーの根元である建物の中に人影は少ない。ただただサイレンが鳴り響き、無人の警備兵器もまた警告音を鳴り響かせてはいるが、その程度のおんぼろなら、この魔人の、ルーチェの相手ではない。
「急げ!『ブレイズ』を守れ!すぐに隠すんだ!」
そう、けたたましいサイレンと共にあくせくと走り抜ける横を平然と歩き通る。数少ない人間だったが、気がついてもないなら手を出す必要すらない。
ゆっくり、ゆっくり歩いていく。途中であった、門番がわりのレーザー網も出力の部分を氷の針で貫き壊せば問題はない。
(…罪、罪、罪。)
脳内に音が響く。声ではない、電子音に近い。
友人の声に、極めて似通った電子音。
「よう、ブレイズ。久しぶりだな」
(…ああ。やはりお前は来てしまうんだな)
魔人はそう笑って、その「友人」の前に立った。
その、大きな大きな、デバイスの前に。
…
……
何やら、思い出す。戦いの最中は無意味に、無意味な考えが脳に浮かんでくるものだ。無我に近しい心境で動くからこそ、特に追想のように。
そこで思い浮かぶ。やたらと、思い出す。
あの時のこと。彼が全てを失った時のこと。朴訥として、退屈で、自由だった村の暮らしを全て壊された時のこと。
『侵食』を名乗る者による皆殺し。イロウシェンと名乗る者が行った、悍ましい鏖殺。何故だろうか。
心中で、あの燃え上がるような憎悪は落ち着きつつあった。身体まで焼けつきつつあった怒りは、風化をし始めてしまっていた。そしてそれを、厭に感じていない自分もいた。
それは、本当に陳腐で、これが復讐譚ならばきっと読んでいた者はくだらないと投げ捨ててしまうような内容。
彼は新たに大切なものを見つけ、復讐の心を収めつつあったのだ。
だけれど、やたらとあの復讐の原景が脳を刺激する。あの時の記憶だけがまだ風に吹かれて消えてはいけないと言わんばかりに燃え盛る。身体がまるで警告をするように、復讐の相手と怨みを思い出させる。
「……はっ!」
どくん、と心臓の一際大きな高鳴りはカリナを正気づかせる。寝床から起き上がる、いつもの意識の浮上のように追想から現実に意識が戻る。気がつけば自然と動いていた身体は自分を追いかけてきた刺客を一人残らずのしていて、残りは向こうのルーチェの姿にさせられている方の追っ手だけだ。
折角なら、そちらも仕留めれば相棒の助けになるだろうか。そう思って、ぐっと脚に力を、込めようとした。
その、瞬間のことだった。
「やあやあ、馬鹿らしくって良い光景だぁね!結局ルーチェちゃんは君の元から離れていったわけだ」
甲高い声が、聞こえてきた。
少女の声。しかし、聞き慣れた相棒の声ではない。
「…誰だ?お前は…」
その、少女のそれであるというのに、敵愾心と警戒を隠しもしなかったのはこの状況で少女の声が聞こえてくるということそのものへの異常故。そしてなにより、ひたすらに、癇に障る声だった。理由としてはそちらの方が多くを占めるほどに。
「あれ?顔忘れちゃった感じ?傷つくなぁ〜。…あいや違うか、確か記憶消したんだったわ、ルーチェとの約束で。…ん?いや違うな?そもそも私はカリナくんとは直接会ってないわ」
「何を…」
「じゃあ、元、狼くんにとっては…」
少女が、歩いて消えていく。
そして代わりに、先まで立っていた場所につむじ風が吹き荒れる。こう、と小さな竜巻のように。
その、中央にいたのは。
「こっちの、『俺』なら見覚えがあるかなぁ?」
心臓が、止まるような感触。
それは驚愕と、極度のそれよりも大きな感情。
憤死という、怒りのあまりに血管が、臓器が内側で破裂して死ぬ者が過去には居たという。その感触は、それの直前の現象だ。
「お前…お前は…」
─あははっ!凄いなぁ、本当に狼になれるんだ!
あーあ、獣臭くって気持ち悪っ。
─…ああ、これ。妹ちゃん?へー。
助けて…ぶふっ、ほしいって?じゃあ、はい。
「お前、は…ッ!」
─わからないかなぁ。お手。お手しなよワンちゃん。その武器も、プライドも捨てたら助けてやるよ。
─…っ、あはははは!本当にした!あははは、本当にこんなんで助けてもらえると思ったの?馬鹿だねぇ〜!
─俺の名前は
よーく覚えておいてね?わんちゃあん。
「お前はァァァッ!!」
「まあまあ、一度、落ち着いて」
…そうしてカリナは、あの日の復讐の怨讐がくゆらす炎に再び焼かれる。その熱源が、目の前にあるのだから。背筋が粟立ち逆立つ中。
ウィン・J・エアルフはにっこりと座って。
「話でもしよっかぁ」
そう、嘯いた。