「ブレイズ。随分と感じが変わったんだな?ただ折角のイメチェンも、引きこもったんじゃ意味ないじゃないか」
(罪、罪、罪。お前も、よほどひどい姿だ。俺に眼が残っていなくてよかった)
「ふん。お前よりはマシだよ。その馬鹿みたいなゴツゴツした電池もどきなのと違って、この見た目は、最高に可愛い少女なんだから」
(…そうだな。お前にとっては、最も可愛いだろう。
俺もそれを心から祝福できたのならよかったが)
アンバー・ブレイズ。過去にはそう呼ばれた英雄の姿は、とても意思疎通が行えそうなものではない。このルーチェの脳内に直接響く声はその実、彼女、もしくは彼の都合のいい妄想であるのかもしれないと思った。そうではないことを祈った。
(スノウ)
「僕はルーチェだ」
(ならばルーチェ。これはだめだ。ここで俺は消えてはならない。お前に星を破壊されてはならない。俺を破壊してはならない。俺にはやり残したことがある)
「ハッ。珍しいな、直球の命乞いだ。今まで殺してきたみんなはそんなことを言わなかったからな。久しぶりに、気持ちよく殺れそうだよ」
(そうだ。命乞いだ。俺はまだ消えられない。
俺は、お前を、お前たちを…)
(…お前たちを地獄に陥れた者に、必ず罰を執行する)
「……!」
魔人は手を止める。着々と、目の前にある元、英雄だった遺物を壊していたそれは血とも油とも言えない液体に塗れている。
(…お前たちは、皆不幸になった。そしてそれは、英雄たちのよくある末路などというものではない。偶然などでもない)
(悪意だ。意志を持ってお前たちは不幸になった。不幸に、させられた。俺は、それが許せなかった。俺の親友たちの不幸が、何かの偶発ではない行動ありきのものであるならば、その罪を絶対に赦すことはできない)
ルーチェの手は、止まったまま。ぴたりと動かなくなったその姿を見てか見ないでか、アンバー・ブレイズは、もしくはそうと呼ばれたデバイスは静かに言葉を続ける。
(ようやくだ。ようやく手がかりを見つけた。ようやく、足取りを掴んだ。その者の脳の電気信号さえ読み取れば顔と名が分かる。確証が取れる。実証がある行動に移れる。その為に刺客を送り続けた。もう少しだ。もう少しなんだ。黒幕の、記憶さえ読み取れれば)
「…なるほど」
ルーチェは、少しの安堵と納得が入り混じったため息を吐く。まず安堵の因として、自分が知らなかった情報を言っているあたりこの声は自分の都合のいい妄想ではなさそうだということ。
そして、納得。
自分は何処でブレイズに、罪を知覚されたのだろうと思っていた。痕跡を残さなかったかと言われるとその実逆で、彼が、『彼』として意識が覚醒するまでは杜撰で、やむにやまれない殺害をおこなった。
だから不思議だったのだ。なぜあの、杜撰だった時には、あの時には見つかりもせず糾罪もされなかったというのに、八ツ星を砕く計画を進め、自らの痕跡を残さぬようカリナを使役する時になってから刺客を送られ始めたのか?という点が。
ようやく、合点がいった。
「お前が刺客を送っていた相手は僕にじゃない、カリナにだったのか…」
(カリナ、カリナ。そうか。そのままの名か。
あれは黒幕の顔を見て、唯一生き延びた。
彼の脳の記憶を読み取れば、全てが確証に至る)
(……そうだ。その実、俺が知りたくない事実であっても。確証付けば、断罪を出来る。執行をする。そう揺らがないようにせねばならない、のだ。このような身体になったのは、ただそれだけの…)
「ちなみに」
機械は、機械らしくもなく躊躇の感情を見せていたが、それでもルーチェはそんなことはどうでもいいのだと、ぱんぱん、と手を叩いた。
「その記憶が読まれてしまったらそいつはどうなる?」
(?電気信号を読み取る為に身体に雷を流す。
死は免れ得ないだろう。だがそうであっても)
「そうか」
が、ぶちぃ。
止まっていた手が水銀のように閃いた。
デバイスの中央部を容赦なく氷の針が幾重にも幾重にも貫き、そしてその奥にある輝きを無理矢理に千切り取った。
(が…がgaガGaががガga)
「聞いておいてよかったよ。心置きなくお前を壊せる」
中にあった、ぎらぎらとまばゆく輝く宝石を弄ぶ。
アンバー・ブレイズはその中枢部にあった、心臓であった八ツ星をもぎ取られて動きを無くし、呆気なく、その動作を停止した。
「……ごめんな。ブレイズ」
「僕は、もう知っているんだよ。
僕たちを不幸にしてきた奴も、そうした事実も」
ばきぃん。星が砕かれる。
「…それでも僕は、星を全て砕くことを誓ったんだ。あの日、僕がルーチェとして産まれてしまった日に」
砕かれた、ブレイズの星。
そしてその追想が、ルーチェに流れ込む。
頭の割れるような激痛と共に。
…
……
── ああ。一つの旅が終わった。そして俺が生きる理由も。俺は何をしようか。スノウが寄越した命は、何に使うべきなのだろう。
─ただ、死刑を執行するための『機械』として産まれ、扱われた存在。俺をそうした祖父から、解き放ってくれたのはスノウたちだった。俺が、俺であることを覚ませてくれたのはスノウだった。
だから俺は、彼と、彼らと共にいることを生涯の目的にした。そしてそれは終わった。だけど機械に戻ることはしたくはない。これは、この人としての彼らがくれたものだから。ひとまず、人として生きよう。
──ひとまず、また旅でもしようか。なあに、何かしている内にきっと見つかるはずだ。罪を認めぬ人らに、罰を与えるのも悪くない。
きっとそう。そうのはず…
退屈な旅路。
リーフィのように国を作るのは、彼の性に合っていなかった。
ドグのように、心の底から邁進できる趣味というものもなかった。
ノヴァのように、塞ぎ込みただ山を掘り出すことに没頭するのも柄ではない。
シズクのように、厭世をするには世を捨てきれなかった。
そして、ウィンのように行方をくらますこともできなかった。
自らを半端者だと自覚していたブレイズは自分が、思っていたよりさらにずっと、あの仲間たちと共にした冒険に救われていたことを知った。
だから失って初めて、彼は未練たらしく、かつて友たちであった英雄たちの足跡をゆっくりと追い始めたのだ。
そんな、退屈な旅路をしていた。
長く、とまではいかなく。それでも短くはなく。
その旅の最中に知ったことがいくつもあった。
花の園の女王が狂っていったこと。なんの心変わりか、シズク・カラスバが築いていた小さな村が、それでも壊滅したこと。ノヴァが塞ぎ込んだ理由。
──……おかしい。
最初はただの直感だった。
皆がこんなに、不幸になるはずがない。なっていいわけがない。盲信とも言えない、ただの思い込みからくる違和感。おかしい。何かがおかしいと。その違和感が結果的には的中してしまっていたのは、彼にとっての幸か、不幸だったか。
全ての彼らの不幸が紐付いている。ノヴァが苦しんだ虚構の耳打ち。ドグへの老いを加速させる病。シズクが全てを失ったこと。そして、リーフィの気が狂ったこと。どれもがまるで無関係のようで、その裏には繋がりがあった。そのどれもが、何かが理由で、確固たる悪意をもって行われている。
──この死は、皆の不幸は誰かに仕組まれている。
『星』ではない。神が、ではない。そんな、上の存在などではない!もっともっと、邪悪で身近な存在だ。誰かが、誰がこの不幸を仕組んでいる!
それ以降、彼はそれを突き止めるためだけに奔走を始めた。自分の、今生きている意味はなにかと問うていた。きっと答えはこれなのだと。
自らの仲間たちを、友たちを、陥れた者を探す。まだ処刑人としての自分が残っているのはこれだけのためだと。その陥れたものに、罰を下す。
──『星』の願いは駆動しない。星の力の影響を受けないように遮断されている。つまり、これを行ったものは星の存在を知っている…!
おくびにも出さない、痕跡をも残さない黒幕の姿。それを突き止めるために人の体を無くした。人体を捨ててまで、この世界全ての電気と一体化して、その情報を全て収集できるようにした。それでも見つからない。手がかり一つも。まるで風が吹くように。
…雷の天、エレクトラ。そんな街を作る気も毛頭なかった。だが、電気をこの世界に普及させるためにはつまり、そんなふうに、電気を使う製品や明かりをそのまま世界に普及させる必要があった。遠大で、気長な計画。そうすることで、世界中に電気を張り巡らせる。
張り巡った全てに自らの意識を伝播させる。そうして情報を、1秒に8億単位で更新してフィードバックし続ける。全ては、全てを突き止めるため。遠大な計画は、命を放棄して肉体を放棄するまでして漸く成就した。
──見つけた。
正確には手がかりは見つけていない。だが逆に、彼が手掛かりを見つけられていないということは、どちらかだ。
彼の意図をわかって、ブレイズの意思データを通さないようにしているか、電気を用いた物を全く用いてない、集落の人間たち。よほどの辺鄙な場所に住んでいる者か。それだけで相当に絞れる。
そして風の便りに、後者のそれに、陰惨な事件が起きたと知った。カリナ族という、半人半狼の種族だとも知れた。
そして、そこにいた唯一の生き残りを。
──ようやく。
──ようやく、わかる。
…きっと、その答えは心のどこか奥の所ではわかっていたのだろう。唯一、どうあろうとも情報を知ることが出来ない仲間がいた。たった一人、杳として姿を見せない者がいた。
そいつだけは、何も、失っていなかった。
──見つけた。見つけたぞ。
これでようやく、皆を。みんなの、仇を!
もっと、早く解る事が出来たはずだった。なぜ、最後まで疑わなかったのか。それは、彼自身の細く、馬鹿らしいほど薄っぺらなよすが。
日々を共に過ごした自分たちが、仲間たちが、こんなことをするものかという、処刑人には相応しくない感傷。
だから、最後に阻んでくるその存在も、知覚できなかった。しようとして、しなかった。自らを殺そうとする存在を。
──…なぜだ。…なぜ、君が阻む。スノウ!
…
……
「…なぜ、か」
「……僕も、わかっているんだ。
これが間違っていることだなんて…」
壊れ果てた『ブレイズ』を憐れむように見下す。
手のひらの中にある宝石を嚥下する。
そうしてから、ルーチェは静かに歩く。
ただ、静かに外に。逢いにいくべく。
「僕はそれでも君に逢いたいだけなんだ」
…
……
「てめえええええッ!」
「うひゃあ、こわ」
カリナが激情の爆発と共に飛び出した。
しかし視界が映すものは、飛び出したその時に固定されて動かないまま。ただそのまま上に上がっていく。
それはつまり、彼の身体が固まりそのまま受け身すら取れずに無様に横になったということだ。
「……ッ!?」
「まったく、単細胞だと苦労するね。覚えてないのかぁい?その身体は、俺が用意したものだよ?穴ぼこだらけになった身体から、意識だけ移させたのはこの俺だ。そんな身体に、セーフティをかけてないわけがないだろ」
「一言だろうと喋るな、耳が腐る!」
「ん?ああ、いや。覚えてるわけないか。だって君あん時ちゃんと死んでたんだもんね。俺の顔も、ルーチェに頼まれて身体を変えたこともそりゃ覚えてないわ。たはー、他の人のことバカに出来ないや。ごめんごめん」
何を言っているかわからない。
それには二つの理由があり、一つはただ単にその言われた内容を処理する為の情報が彼には足りていない事、そしてもう一つには完全に怒りで沸騰しきった彼の脳には言葉を受け入れる余裕すらなかった事。
だが、そんな脳に、ルーチェの名だけ入り込んだ。そして、段階的にその話された内容を飲み込み始めた。
内容は変わらずわからない。だが、重要なのは。
「……なぜ、ルーチェの名が出てくる?
なぜ、おまえがルーチェを知っている?」
「ナ、カ、ヨ、シ」
たった四文字の返答。ただそれで、再び沸点を超えて唸り声を上げるカリナ。しかしてその身体は微塵も動かない。
身体にセーフティをかけた。身体が用意されたもの。だんだんと、先に聞いた言葉がリフレインしてくる。
(ばかな…)
ならばこの身体はなんだ。この生はなんだ。狼になれないのは、そもそもの身体が異なるから当然の帰結だったのか。ならば狼になれない理由を知っていた彼女はどういうことだ。それを知って黙っていたのは、どういうことだ。どういうことだ。どういうことだ!
「どういうことだッ!ルーチェェェ!!
少しでもいい、今の言われたことを弁解しろッ!」
びくり、と隠れていた魔人が身体を震わす。英雄を壊し、星を砕き、その後合流しようとした彼女はこの場面に出会し、ただやれることもなく怯えて隠れていた。
獣の嗅覚は、今のカリナにはない。であるのに感じ取れた故は、執念にも近いだろう。彼女のためなら、復讐をも捨ててもいいと思っていたほどの、強い強い執念。
「ルーチェ、あんた、あんた裏切ったのか…
否、裏切っていたのかっ、俺を騙したのかッ!?」
「ちが…違うんだ、話を…」
「俺はッ!」
おどおどと話し出したそれを止めるのはカリナのその大音声。そしてそこで止まったのは、その以降に出る言葉を一息で言う為。
「俺は、復讐すら、いっそあんたの旅のためならば無くてもいいと思っていた。それを捨て去ってもいいという感情があった!それがあったのは認めよう!だが…」
「…だが、仕組んでいるのが貴様らだとするならば話は別だ!貴様らが、この俺の仇だというのならば、全ては別だッ!この俺の憎悪を、復讐すらおちょくる為の行動だと言うのならば俺は、俺はッ!」
「うるさいな。少し黙ってろ」
先までの軽薄な様子を翻したように、ウィンは冷酷に言い放ちカリナの頭部を踏み潰した。そしてその次の瞬間には、その無表情に再びそういう笑み。
「君の汚ねえ声でルーチェの声が聞こえないじゃないか」
がぎり。瞬間、音がした。それはウィンが足蹴にしていた頭部が鳴らした音。歯噛み。そういう言葉が示すそれとは、少し異なる意味での歯を噛む音。ストンプで折れた牙を、口の中で弄る音だ。
「!」
口の力のみで、その牙を吹き、飛ばす。その牙は、ウィンの眼を直撃した。ぼたりと赤い血が流れていく。
「そのまま動くなよ、すぐに俺の声なんて聞かなくて済むようにしてやる」
刹那、ルーチェは倒れたままのカリナにむけて、慌てて杖を振るった。すると彼は急激に瞼を閉じて、そうして寝息をたてはじめる。
そして魔人は静かにその横になったカリナの前に立って、静かに、静かにカリナを庇った。震えも隠さず、ただ非力に。
ああ、許すよ。
そうは言わなかったが、ウィンは顔と、恭しい仕草でそれを表す。ニヤけた顔を隠さずに。
「絶対、身体が動かなくなってもお話ができた方が楽しいだろうなぁ〜と思って口だけ動かせるようにしてたんだけど…すごい執念だ。さすがに少し…」
「…少し、恐ろしいか」
「いいや?少しおもろいね」
眼から口元に垂れた、元は水晶体だった液体と血の混じった液体をぺろりと舐めてから、ウィンはその場を後にする。
そうして、街の中枢とエネルギー原となっていた『ブレイズ』を破壊されたことがようやく明るみになり、混迷の極みにある、雷の天、エレクトラを鼻で笑った。
ルーチェはまたエレクトラを一瞥して。否、その視線の先にある、友だった機械の残骸を想って。そうしてから、名残惜しげに彼女もまたその場を後にした。倒れたままの、カリナを担ぎながら。
(……罪、罪、か)
魔人は嗤う。自嘲する。
(困ったな、本当に。全く持って言う通りだ。
ひどい、姿だ。僕は)
それは見た目ではない。
生き様、生き方、生き汚なさ。そういうことが。
まったくもって、彼の言う通りだ。
かくして、後に滅ぶであろうエレクトラの街に残るはただ一つ。
ただ、静寂のみ。
…
……
残る星は、あと三個。