どくん。
「あの後、神様とやらに出逢ったんだ」
そう言った時の周りの怪訝な目は忘れられない。
それでも自信満々に語る僕を、まったくの嘘をついていると思う者はいなかった。
これまでの旅の信頼と、友情を担保に出しているようで心は痛んだ。それでもこれを止める気には、ならなかった。それが皆の為になると信じていたから。
それが、自分よりも大切な皆のためになると。
そんな言い訳をしきっていたから。
「やはりそうだ。僕たちは…僕らは便宜的に自らを人、として扱っているが、きっと違う。
元々『人』であったのは、それこそこの世界を作り上げた者たちなんだろう」
「『世界の中心』、歯車、ラスマキア…
それらは世界の成り立ちじゃあなく、俺たちより過去にいた存在たちの遺産だと言いたいのか?すごい仮説だなスノウ」
「そう、世界の中心。それから僕は確信を抱いたんだ。元々はこの世界はこんな形ではなかった。『世界の中心』なんてからくりは必要がなかった。それでも今あるのは、過去にあった者たちの存在からだ。これが当然に存在する世界の、更に更に昔がある。
僕らはつまり、人であるという思い込みがあるだけでその実、文献に残っているままの人ではない。魔力という言葉も、本来は正しくないんだ。これは自然に有る力を代表し、世界に表明してる。僕らは『精霊』に近い存在なんだろう……」
「…だから、なれる。僕らは、存在しない物体になり得るんだ。精霊という存在から、更に上の存在に上がることが出来る」
ウィンはただ、何も言わずにうんうん、と横で頷くのみだった。それの真実性は、どうでもいいとばかりに。ただ、それでも僕への協力はしてくれていた。
「くく、まるであの時の、俺たちがまだ二人で旅してた時みたいじゃないか」
「…なんだよ急に。キモいこと言うな。
まあ、そうだな。少し懐かしい気持ちになる」
初めて旅の仲間になった、彼としばらく二人だけだった時の追憶。そんなものに二人で浸りながらも、計画は順調に進んでいた。進んで、しまっていた。
どくん、どくん。
「これで、不死性の定着は完了したか?」
「ああ、多分。とりあえず俺の身体で試してみたけど外傷は致命傷のものでも即座に治っていった。…が、実際それで死んでも大丈夫かってのはわからないな」
「実際に死んで確かめろってわけにもいかないしな…だがとりあえずは上等だ。これで僕らは不死になれる。この『星』の力で、老いることも無ければ死ぬこともない。完全な存在に……」
がたん。背後からの、音。絶対に部屋の中に入れないように厳重に施錠していたから、あり得るはずのない来訪者。動揺しなかったかと言われると嘘になる。
それでもその来訪者の、冷や汗をかき、震え、信じがたいものを、ことを聞いた様相を見てむしろ冷静になった。
「…今の話は、本当か……
本当かって聞いてんだよッ!答えろ!」
シズクは、ここ最近ずっと篭っている僕らを心配していたのだと言う。だから、何かに没頭する僕らを、気づかれないように追跡していた。だからこの事実をまず初めに知ることになった。
「盗み聞きなんてしなくても答えたのに」
「……嘘だと、言ってくれ…嘘だよな?そんな、そんなつまんねえ事するわけねえ。お前がこんな、生きる意味を否定するような事をするわけねえ!そうだろ!なァ!」
いいや本当だ。
僕たちは全員で、神になるんだ。
そう答えた。何故、嘘だと言って欲しかったのか?それすらわからないまま。
僕らは皆でそういう存在になる。僕らが皆そうなれたなら、きっと幸せじゃあないかと。
答えた途端にシズクはがくりと肩を落とした。
暫くの後、「そうか」とだけ答え、そして懐にあった星を思い切り、地面に投げ捨てた。
ああ、あんなにプレゼントなんて柄かよ、と笑っていたのに、ちゃんと持っていてくれたんだな。
「僕は間違っていない。
僕は、僕たちみんなで幸せになるんだ」
「ならオレはもうその『みんな』の中に入ってねえんだな」
じゃあな、スノウ。もう二度と会うことも無い。
そう言い残して、彼女は出て行った。
これが彼女との最後の会話だった。
「まあ、どうしたのシズク!?すごい顔色よ!?
様子を見るからこっちいらっしゃい?」
「…いい。大丈夫だ。リーフィ、触らなくていい」
「でも…」
「頼む。今は放ってくれ。後生だ…」
外からかすかに聞こえてきた二人の話し声をぼうっと聞いていた。リーフィもこっちに来てたのか。と、そんな呑気な事を思っていたはずだ。
二人は、仲が良かった。
シズク本人は否定していたが、心根の優しい者同士、通じるものがあったんだろう。
それらを聞いて、どこか、力が抜けた気持ちでゆっくり座り込んだ。
どくん。どくん。
「そんなこと、誰が望んだ?」
それを機に、皆が不死になったこと。
『星』が願いを叶えられること。そして、僕ら全員で、全てを超えた存在になろうとしたこと。
全員に明かして話した。
そうして言われたのが、そんな言葉だった。
誰が望んだ。
誰が言っていただろう。シズクではない。彼女はもう、すでにどこにも居なかった。
きっと初めは受け入れられないということは予見していた。でも、誰か一人は、誰か一人くらいはそれを喜んでくれると思っていた。
だけど、それを聞いて喜色を浮かべるやつは誰もいなかった。ドグすら、困ったように頬を掻くだけだった。否定こそしない。お前の判断なら。
そうした態度は、否定よりも心に来た。
「……僕は間違ってるのか?」
「俺にはなんとも。だけどまあ、間違ってるか、合っているかなんて今わかることじゃないだろう。
続けた先、どういった未来になるかで決まることだ」
「…そうだな。僕たちはいつもそうだった」
「おう、その意気だ。止まってるお前なんてらしくないぞ?スノウ」
ウィンだけは、ただそう言って寄り添った。だからその瞬間にも心折れることなく続けられたのだと思う。
…誰が望んだか?誰が、望んだかって?
「…僕だよ」
「僕が、そう望んだんだよ!僕はそんな世界を望んだんだ。そうだ、僕だよ!僕が願うのはたった一つだよ!皆がずっと生き続けてくれる事!
僕だけじゃない、僕だけ置いてかれなんてしない、みんながずっと居てくれることだよッ!」
…星を持ったものは、例外なく不死となった。
気がついていた。自分自身が、核を取り除いて壊した瞬間から不死になっていたこと。持った時から。
少なくとも、老いでは死なない。
死ぬことができない。
ならばこの先にどうなる?
それを考えた瞬間に怖気が走ったんだ。
いずれ、僕はこの世界で一人になる。
たった一人に成り果てる。忘却され、死別し、存在が摩耗してそれでも生きることになる。
息の仕方も忘れるくらいに、ぞっと恐れた。
恐怖を、目的と義務で塗りつぶした。
野心という存在しない黒色で塗り潰そうとした。
ぐい、とそんな肩を後ろに引っ張ったのは。
「アン?」
「……スノウ……」
シルヴィア・アン。僕を呼び止めたのは、君だった。
君はただ何も言わず、僕を平手で打った。
痛い、まあ痛い、一撃だった。
何の反応もできず、呆然としてる頬に、もう一丁。
「いってえッ!」
ようやくその痛みに反応ができて、反応した時にはもう一回往復の平手打ちがやってきた。
合計3回のビンタを食らって、ようやくその彼女の手を掴んで止めることが出来た。
「痛かった?」
「いてえよ!そりゃ痛いよ!なに、なんだよ急に!
…まさかアン。君もか。君も僕の前から去るつもりか。これはその餞別か?」
じっ、と。目を見つめられた。
彼女はいつもそうだった。その銀色の、透き通った目でじっと見てくる。それに見通されるといつも何か、隠し事なんてできないような気持ちになるのだ。
「うん。よかった。ようやく話を聞いてくれそう」
何を、と答えようとする。そして、ああ、と思う。さっきまでの僕は、気つけのビンタでもしないとまるで話が通じないように見えてたのか。
「私はあなたを止める」
「なぜだ。なんで僕を止める?君も不死なんて望んでなんかいないって?僕のただの暴走でしかないって?暴走でもいい!僕はこれがみんなの為になるって信じている!この『星』は、僕たちの…!」
「あ、ううん。そこらはどうでもいい」
「どうっ…じゃあなんでさ!」
「私の、ただのわがまま。今のあなたはとても苦しそうだから、止める。それだけだよスノウ」
苦しい。そう、言われてどきりと息を止める。そうだ、苦しくて、たまらない。苦しくて、息のやりかたもわからないんだ。それをなんとかする為に、僕は。
「…どうやって、止めるんだ?
もう、どうやって止まったらいいんだ?
わからないよ、僕には、それがもうわからない」
「こうして」
シルヴィアがしたのは、ただの抱擁だった。
少しだけ僕よりも背が大きかった彼女は、頭をそっと首の横に沿わせて、ただゆっくり、ゆっくりハグをした。ぎゅうう。強く強く。痛くは、なく。
「ぎゅーっ、と。
こうしたら、止まれるはず。でしょ」
馬鹿なことを言うな、そういう、歩みを止めるとかの即物的な意味じゃないんだよ、とかいう言葉は不思議と一言も口から出なくって。
代わりに出てきたのは、嗚咽だった。
子どもみたいに、ただ涙と嗚咽だけが溢れる。
もう止まれないと思っていた。
自分が不死になった時。
『星』をみんなに騙して渡した時。
シズクに失望された時。
皆にあの目を向けられた時。
もう止まれないと思った。もう、進むしかない歩みを、君はこんなに簡単に止めてしまった。
「大丈夫。大丈夫。今から謝りにいこう。シズクとも仲直りできるよ。みんなとゆっくり、話そう。
…あなた一人じゃない。私たちはあなたといるか」
どずっ。
「…ら……」
「……は?……ごぼっ…」
…この破滅への道行きは、そうして止まって引き返すことが出来たはずだった。だけれどその未来はその光と共に消えた。
僕の身体を貫いた刃は、光り輝く、謎の存在からのもの。それの存在の如何はどうでもいい。ただただ、大事なことは僕と、それよりも共に貫かれた人のこと。
「……アン…?」
引き抜かれた刃には、血は付いていない。
ただただ、傷としての痛みと実感は流れる血と、目の前に倒れ伏せるシルヴィアの姿が突きつけてきた。
「が…ごぼっ!」
目の前の悲劇に怒るより、凶刃に倒れた愛する人への悲しみよりも先に、身体の異常に気がつく。
(…傷が治らない…!?)
そうだ、あんな刃程度ならば、僕もアンにもまともに効かないはずだ。そして傷ができたにしても、『星』のもたらす不死性により、すぐ治る。はずなのだ。
「…ぐっ……」
なのに、そうはならない。何故だ。
答えは一つだけしかない。
「…う゛あ゛あ゛あ゛あッ!」
目減りしていく、命。
この死を、不死を覆せるのは、同じ力だけ。
誰だ。誰かが、僕の死を望んだ。
一体、誰が。『星』を持った誰かが僕らを殺すことを望んだ。故に、こんなものが目の前にある。
これが何かはわからない。
「なっ、どうし…シルヴィア!?スノウ!おまえ一体何を…!」
「!ノヴァ!ちょうどいい所に!リーフィを呼んでくれ!今すぐだ、頼むッ!アンが死ぬッ!」
「なんだあいつ…まさかあれが件の神とやらか!?いやそんなことよりスノウ、お前どうするんだ!」
「あいつを遠ざける!いいから頼む、アンを、アンを連れて行ってくれ!お願いだ!」
そこから先の記憶は曖昧だ。
『そいつ』が狙っていたのがシルヴィアなのか、僕なのかはわからなかった。ただどちらにせよその時はまだ動ける僕を狙っているようだった。だから、ただ無我夢中でそう叫んでから、場を離れた。
それだけは、覚えている。
僕の死を願った者がいる。星に、星の願いに。そう願うほどに僕の死を願ったものがいた。ぐるぐると思考を囚われてまともなことは出来ていなかった。
その、謎の『そいつ』と相打ちになり、致命傷を負っても。それだけが心に残っていた。
(……僕は、いい……)
(アンは、シルヴィアだけは。どうか……)
薄れゆく意識の中でただ、そう願った。
僕の『星』はもうとっくに願いを履行している。だからこれはただ、ただの祈りだった。
その祈りが成就するかも、わからない。
僕は取り返しがつかないことをしていた。だから、こうなっても仕方なかったのかもしれない。
だから頼む。君だけは。みんなだけは。
それ以外も、僕の幸福も、もうなにも求めないから。
そう祈って、目を閉じたんだ。
…
……
どくん。
ああ。
一度途切れた意識が、暗泥から目覚めることはあってはならなかった。
ああ。
二度と、目覚めるべきではなかった。
目覚めることそのものが、罰だった。
どくん。
心臓の音が、水に響く。
響いた音が、身体中に響く。
ここは何処だ。僕は何処にいる。
寒い。寒い、寒くてたまらない。
溺れている。息ができない。鼓動の音だけが響く。
違う、これは自分の心音じゃない。
どくん。
光が見える。頭から、外界に触れ始める。瞬間に自らの周りを纏っている液体が何か理解した。
これは、羊水だ。
どくん。
動けもしない、息も難しい。眩しくて目が潰れそうな中、赤ん坊を取り上げる姿が見えた。
僕を、取り上げる正気の失った女の顔が見えた。
自らの、狂った母親の顔を見た。
僕は僕の愛した女性の顔を、君を、君に抱えられたその腕の中で見た。
シルヴィア・アン。
変わり果てた、その腕の中で。
おんぎゃああ。
おんぎゃああ。
産声は、おぞましい現実へ吐き出された。
地獄へ産まれ直す