魔人と狼は幸福を求めない   作:澱粉麺

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怨讐への墜落

 

 

 

「んー、今日まで食べ歩いてみたが…

やっぱりこの町、食事はいまいちだ」

 

ぐにぐにと、変な食感の餅を食べてそうぼやく少女。その向かい側ではまた仏頂面の男が同じものを口に運んでいた。

この町に滞在をして、二週間が過ぎた。

長いようで短く、短いようで長いこの時間。

色々な店や、ここに住んでいるだろう人におすすめを聞いて歩き回ってはみたのだが、相変わらずにどれもこれも美味しくはない。

 

 

「まあ、腹が貯まればなんでもいい」

 

「お、本当に美味しいものを食べたことがないな?こりゃ色々と食わせ甲斐があるってもんだ」

 

「…それは…楽しみだな。

あまり期待はしないで旅をすることにしよう」

 

そう言って、彼は片手間に本を捲る。

滞在期間中、彼はある本を読んでいた。

それは過去に有ったとされる、英雄記。眉唾であった筈のそれは、どうにも本物らしい。だからその知識を仕入れんが為、ずっと読んでいる。

 

 

「…ルーチェ。これはなんという意味だ?」

 

「んーどれどれ?…うん。噛み砕いて言うと、死に損ない、って意味かな。クク、お前と僕にピッタリの言葉を聞いてくるな」

 

「……」

 

ただしカリナは読み書きが出来なかった。だから二週間経った今においても読み進むのはまるで進捗が悪い。それこそまだ、ノヴァ・ブラウンが出てくるところまで読み進ることすら出来ていない、というのが現状だった。

 

「さ、読書もそこそこにして行こうか。まあ別にお前はそこで読んでいてもいいけど…」

 

「いや、俺も行こう」

 

「そう?急かしたようで悪いね」

 

 

そうして、ぱたんと本を閉じて。また町を歩く。ゆったりと歩くルーチェの後ろを、カリナはぐいと長い歩幅で着く。

後ろに立つとも違い、先導するとも違い、斜め前に歩き主人の様子を伺うようなその歩き方は飼い犬のそれのようだった。が、そう言うとまた怒るだろうとルーチェは含み笑いでその思いを消化することにした。

 

 

「さて、とだ。そろそろカーラディウムの光景にも飽きてきたところだし…そろそろ此処を出るための準備をしなきゃ。その為の買い物を僕はしてくる。だからカリナは最後にやりたい事を終わらせてくるといい」

 

 

「いいや。あんたに着いていく」

 

カリナは、ただむっつりとそう言う。その様子を見てルーチェは肩をすくめる。

 

「守ってくれるつもりなのはありがたいんだけどさぁ…そんなに警戒することもないだろう。連日、お守り付きじゃ僕もお前も肩が凝って仕方がないじゃないか」

 

ずっとこの様子だった。何処に行くにも着いていき、危ないことはしないようにとお守りをするかのよう。彼なりの善意とか心配だとか、そういうものであることはわかるのだが、それはそれとして少女は辟易としていた。

 

「…以前のあんたがどうだったかは知らないが、今のあんたは細身の少女だ。刺客、でなくても、ただの暴漢に襲われても危険だ」

 

「見た目に印象を引っ張られすぎだ。自衛くらいは、やりすぎなくらいにできる。というか僕を倒せる暴漢なんていたらそれこそそっちのが異常だっての」

 

「だが万が一の場合に備えるべきだ」

 

ため息を吐く。しかしまあ、行動を共にすること自体が悪いことではない。幾らでも不測の事態が起こってもおかしくない身の上である事は、まあ間違いない。

 

ならば、と諦めて。ルーチェは言った。

 

 

「…うん。じゃあ着いてきてもらおうかな。まずチークを買いに行こう。あとその後は本を買って、その後に気になっている喫茶店に行ってみよう。リップも見たいな。あとその後に靴も観に行こう!エレクトラ製の髪乾かしも気になってるし、そういえば暇つぶし用の本も欲しかったんだー。あとは服も最近のブームを見ておきたいな。あ、ついでに…」

 

「わかった。別行動にしよう」

 

そういうことになった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

(うーん…いや、違うな……)

 

この町に来てから、一番の真面目に。

少女は姿見の前で格好を整えていた。

 

彼女が、ルーチェが真剣な面向きで向き合っている事象はつまり、自分がどうやったら一番可愛く見えるか。そういうことだった。浮かれそのもののようなその行動に、だが浮つきはない。あくまで真剣に、それをやっている。

 

「……ん……」

 

ふとその最中に、ぐいと口の中に指を突っ込む姿。そうしてしばらく弄っていたかと思うと、そこから、ぽんと白い物体を出す。

乳歯が、一本抜けたのだ。

 

 

「…つつ、ハンカチハンカチ…」

 

 

 

出血している歯茎を安物の布で抑え止血を行いながら、ぼうと思いを馳せる。

残り少ない、ぐらつく小さい歯。甲高い自らの声。映る可愛すぎる自らの顔にあどけない手足。それらの生々しい幼さを感じて見るたび、自分の今の少女性を受け入れるようで吐き気がする。自分は、男であるというのに。

 

…少女の中身は、男だ。少なくとも自意識は。女性の見た目、男の中身。当然というべきか、歪んだバランスなのだ。アンバランスで、どちらかが均衡を崩せば、当然、なくあるべき様相が現れてしまう。それはまるで羊が肉を喰らうかのような違和感と悍ましさ。少女の顔に男性の貌とはそんなものだ。

 

そうして、自分自身に気色悪さを感じたその顔が、恐ろしい顔立ちになっていることに気がついて、それが気つけになる。

深呼吸を、何度もして。

こうだ。こうして、少女になりきれ。

この見た目に相応しいように。

僕はキュートでなければならないのだから。

 

ルーチェは心の中で呟く。

そうして、鏡の前で笑った。

 

(よし。まだ、僕は可愛い)

 

そうして、買い物を続行していく。内側に蠢く怨讐を、可愛い、の為にひた隠して。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

狼は、或る場所に向かう。

正味場こそ覚えてなかったがその鼻にこびり付いた汚れた奇跡の匂いが、彼を導く。正確には残り香ではあるのだが、それはどちらも変わらず。ふと、その香りに火薬の匂いが混じることに気がつく。

 

「やあ、いらっしゃいカリナくん」

 

彼はそうして、ノヴァの元に再訪した。倒れ込んで気絶している複数人の男に目を奪われた。前までのならず者やごろつきなどではない。組織化された兵士の装備、銃火器を手にしている。

 

 

「散らかっててすまない。人違いだって説明したけど聞いてくれなくてな…

少しだけ静かにしてもらうことにしたんだ」

 

「…いや、こちらこそすまないな。おそらく、その客は俺が呼び寄せたものだ。手を煩わせてしまったようだ」

 

「そうかい?随分面倒くさいやつらに追われてるんだな、君たちは」

 

ノヴァの服には幾つもの、周囲が焼け焦げた、穴が空いていた。それはつまり弾痕であり、その傷はつまり何発も銃弾を撃ち込まれたことと。それをされても、彼に傷ひとつ付いていないことを表している。

『英雄』の、面目躍如と言ったところか。

 

(…しかし、随分とまともな格好になったものだ)

 

二週間のぶりに、彼に逢ったカリナは、その変貌ぶりに些か驚いていた。

ちゃんと、人らしい格好をしている。

簡素ではあるが清潔な服装に、不潔に伸び切った髪もちゃんと切り揃え、髭もない。

 

その観察をどう思ったか、ノヴァは苦笑する。

 

「いや…星が無くなったものだから、俺の、皆に忘れられたいって願いも失効したみたいでね。前みたいな暮らしは出来なくなっちまったんだ。ならせっかくだから、教えて貰った遺言通り、ちょっと身体を大切にしようと思って」

 

「……別に。俺はあんたと世間話をしたくて来たわけではない。理由がどうあれ、一度誇りを捨て去ったあんたのことは俺は嫌いだ」

 

「あはは…手厳しいな。だけどそれでも、ここに来てくれたのは俺は嬉しいよ」

 

「…俺がここに来た用事は一つだ。

ある質問をしたい」

 

「質問、か?

いいよ、答えられるものならなんでも」

 

 

ほんの少し、間が入る。話をするために、椅子に座る時間が入った為だ。机を間に、二人の巨漢が座って。

そうして、言葉が呪詛のように吐き出される。

 

 

〈侵食〉(イロウシェン)という男を知っているか」

 

 

ぴ、ん。空気が、ひりついた。

誰かが少しでも声を上げた瞬間、水銀のように動いた牙がそのまま首を掻っ切りそうな程に。

 

「…なるほど。

それが、君の復讐の相手かい」

 

沈黙。

それは、求める返答ではないから。

 

「だが力になれなくてすまない。聞いたことがない名だ。似たような名は聞いたことがあるが、男の名前となると、とんと…」

 

「似たような名とは」

 

 

なるほど、きっと、この質問を英雄の一人であるノヴァにするのには理由があるのだろう。何かの要因が、彼の復讐への英雄譚の関与を感じさせたらしい。ノヴァはそれを感じ取り、深く椅子に座り直す。

 

「昔の話だよ。俺の友達のうちの一人が、行使する力の内の一つをそう名付けていた。

つまり人の名前じゃなくて、技とか、能力の名前だ。だから人名ではないけど……」

 

「名は」

 

 

最低限すぎる言葉だが、質問の意味は、分かる。その能力を用いていた、お前の友人は。『英雄』の名前はなんだ、という意味だ。

 

 

「…リーフィ。そいつの名前はリーフィ・グリーンだ。今は、女王をやってるらしい。いつか逢うことがあったら挨拶しておいてくれ」

 

「………ああ、そうしておいてやる」

 

ここで、ようやく空気は少し緩んだ。

それを感じ取ってノヴァもまた、一息をつき、そうして椅子の背もたれに体重をかけた。

 

「なあ。これは質問なんだが…

君は、復讐をやめることはできないかな」

 

「…つまらん冗談だ。

それとも友人たちの代わりに命乞いか」

 

「一応、本気のつもりだよ。命乞いでもない。

俺は、心の底から君たちに、カリナくんに感謝している。だから幸福になって欲しいんだ。…そして復讐の先に、それは絶対に無いから」

 

「俺は幸福など求めない。

怨讐を止めねば手に入らないというなら、俺は手の内のそれを血沼に沈めて穢してやる」

 

会話は、終わりだと言うように。

カリナが席を立った。そうして去ろうとする背中に一言、独り言のようにノヴァが呟く。

 

「…以前、君は優しいと言ったことがあったな。訂正しよう。きみは、厳しいんだな」

 

「急に、なんだ」

 

「周りの全てに、そして自分自身に厳しい。だから、君は笑顔を振りまかない。だから君は周りの存在にも牙を向ける。だから…」

 

 

「……だから一度、誇りを捨てた自分自身が許せないんだね」

 

ぴくり。狼が、こめかみを動かした。表情の薄い彼のその動きはつまり動揺を表しており、動揺とはつまり痛痒を表す。

 

 

「気に触れたなら、すまない」

 

「………確かに触れた。だが、事実だ」

 

一瞬、歩みを止めて。そういえばと床にのびたままの、カリナたちを狙ってきていた刺客をよいしょと担ぎ、外に放り投げていく。

無言で、何も言うことは無かった。

 

「それではな。邪魔をした。

……もう、会うこともないだろう」

 

「俺はまた会いたいよ。

…君がどう思ってるかは別として。星を破壊してくれた君たちは俺にとって恩人だ。

また、いつでも顔を見せてくれ」

 

「………」

 

 

ばたん。

英雄のにこやかな笑みを、粗雑な扉が遮った。

 

ノヴァは、唯一の心残りのように残してあった、輪を作った縄を、その手で引きちぎった。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「さて、準備も終えたことだ。

思い残すことは、無いかい?」

 

「……一つ、ある」

 

「ほう。それは」

 

「…『容量に限界はある』『だから無駄な物は買いすぎるな』。そう言った俺の言葉が、全くもってあんたに聞いてもらえて無かったことだ!」

 

「あーはははは」

 

曖昧な笑みで誤魔化すルーチェの脳天を叩こうにも、カリナの両腕は荷物で埋まってしまっている。結局、こんな大量のものを持ち込んでは旅など出来やしないと、大半のものはそこの場で使い捨ててしまうことになった。

そうして、ようやく。

ようやく、カリナはその姿を黒狼に変幻させた。その背中に少女を乗せて。

 

薄明の時刻だった。

町の外れで、彼らは再び影を伸ばす。

 

 

『さあ、次に向かう方向は何処だ』

 

「ここから一番近いのは…

んー、どっちかな?ま、どうせ道のりは長いんだ。進んでから考えよう!さあ出発!」

 

『……なんともまあ、適当だな』

 

「順番なんて適当でいいんだよ。

だって、どれにせよ、なんにせよ…」

 

 

「全部、ぜぇんぶ。叩き壊すんだもの」

 

 

一瞬、その声が少女の身に余る怨讐を窺わせた。だが振り向いた時には、彼女の顔はいつも通りに、過剰なまでに無謬を装うものだった。

 

しかしそれを、確かに感じた時に。

黒狼は、頬を歪めて笑ったのだ。

 

それは歪な同種意識。

穢らわしい仲間意識。

ああ、良かった。

あんたもおれと同じだ。

 

 

『…振り落とされるなよ、ルーチェ!』

 

「また大袈裟な…きゃっ!?」

 

 

急激な加速、加速。

町が遠ざかっていく。

 

さらば。地と炭の町カーラディウム。

 

食事は美味しくなく、治安も悪く、さしたる名産も無いこの町を、ほんの少しでも名残惜しんだのは。最後の最後、まだ英雄殺しをしてないままだったから。彼らが戻り、踏み止まれる一線がこの町の時点だったから、なのかもしれない。

 

 

(…………)

 

 

駆ける、駆けていく。

光を背に、彼らは闇に駆けていく。

迷うことなく、奥に駆けていく。

 

 

 

 

……

 

 

残る星は、あと七個。

 

 





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