魔人と狼は幸福を求めない   作:澱粉麺

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遅れまして申し訳ありません。
入院とか色々してました…


剣々咬合

 

 

 

カリナと青嵐の戦いを見ていた観客は後に語る。

『訳がわからなかった』と。

それは度を越した戦いへの一周回った賛辞の言葉などではない。常人ではその戦いの始終を捉えることはできなかったということだ。

 

その動きが、その咬合は、まともな者が理解できるものではなかった。だからそれを理解できるのは、戦いに狂っている者。まともではなく、狂った者たちだけ。幸福にも、戦う二人は、どちらもそれだった。

 

 

ぎん、かっ、しゃりり、きぃん。

 

突きに合わせる突き、引いて更に突き、避けて返しの剣を柄で受けての拳。肩で力を流し受けつつ近づき剣。引いてから横なぎ一槍。避けつつ踏み込み、地擦りの斬撃……全てが繋がり舞のように、互いの全てが相手をかすめつつ、そして有効打は無い状態。鈴のような音だけが響く。互いが互いの顔を見る。一瞬も攻撃を忘れないまま。

 

 

(……ちっ、まずいな)

 

剣で槍を相手取るには、おおよそ対手の三倍の技量が必要、という言葉がある。それはあながち間違いではない。剣の主な攻撃法である突きと横縦の薙ぎを、槍は更に遠くの射程から行うことができる、という単純にして絶対的な優位がそうせしめている。

 

カリナが手にする黒狼槍は短槍で、取り回しを良くする為に柄を短くしてある、ということはある。が、槍は槍。青嵐の握るものは剣だ。

だからつまりそれほどの相性差があれど、「互角に戦わされてる」という事実は少なくともある。狼はそれを歯痒く感じながら、受け止めていた。

 

(悔しいが…技ではこいつには敵わなそうだ)

 

刃嵐の中で、半ば冷静に考えるのはこの殺合というものに慣れているから。きっとそれは、青嵐も同じなのだろう。互いの手は忙しなく動きつつ、眼は冷静さを欠いていない。

 

 

(…ならば、それ以外で倒すとしよう)

 

既に、日は落ちていた。だが闘士たちの手元を照らすため、そして何よりそれを見物する者のために、煌々と炎灯が焚かれていた。その風向きで、影が足元にまで伸びるほどに。

 

刹那、影が青嵐の足を呑み込む。ぐぽり、と泥に浸かるような、もしくは穴が足を削ぎ取るような。

 

「!?」

 

青嵐はその重心が崩れる感覚を即座に察して、引き抜き体勢を整えようとする。つまり、整えようとするほどに体勢が崩れていた、ということ。

それを獣が見逃す筈はない。

 

黒狼槍が首筋を裂いた。決して、浅い傷ではない。だが出血を、その異常な筋力で止める。

そうしてから、にぢり、と笑う。

 

 

「卑怯などとは言わないだろう」

 

「ええ…!大歓迎です!」

 

 

カリナが認識していたこと。技では、圧倒的に敵わないということ。それは事実だ。が、逆にそうでありながら、ここまで互角に戦えていたのは、つまりそういうことだ。別の要素が、それを覆い隠すほどに絶大に差を付けているということ。

 

獣そのものの、暴力が青嵐を襲う。

技を競う、よりずっと暴力的な、たがを外した攻撃。先までの槍が『薙ぎ』ならば、今の横振りは『撲り』だ。

 

それを剣で凌ぎながら、足取りでの回避に変わっていく。その攻撃を受けるたびに、首の傷から出血をする。

 

とん、と距離を取ろうとしてから。は、と影を避ける。実際がどうあれど、影に足を踏み入れることはもう出来ない。行動の制限。どこに逃げるかの予測。

影の沼は相手の心を絡め取る。

選択肢を噛み殺した狼の戦いは狡猾だ。

 

 

「くくッ!」

 

剣を、突く。

その刃を、そらすように槍先が上に弾いた。

そしてそのまま、回転をさせるように。

 

 

ぐるり。ぱきぃん。

 

 

「……あ゛…」

 

それは加減をしたわけではない。それは互いが刃をこそ最も警戒してる故の一撃。

そして、少しでも戦いに慣れたものならわかること。槍の石突きなどの硬いものが、あの当て方をされたならば。絶対に、立ちあがれない。

 

青嵐が、膝から崩れ落ちる。眼から光が消える。そしてそれをし終える前に、カリナはその刃を心臓に向けて、突いた。

 

 

「ひぃっ!」

「きゃあっ!」

 

あまりにも一方的に見えて、そして容赦のない殺害に観客からはそんな悲鳴があがった。

 

だが、その悲鳴に意味はない。

なぜなら。

 

ぎぃ、ん。

柔肌を貫く湿った音の代わりに鉄の音が響いたからだ。そして、力づくで押し除ける鍔迫り合いの音も。

 

 

「……なに?」

 

カリナが顔を顰めた。

そうだ、ありえないのだ。あの攻撃で顎から鼻までは砕けるだろう。そうでなくとも、立ち上がれないほどの震盪がある。戦いに、武に慣れてるものほど確信的だ。

 

だが目の前の光景はその常識とは異なる。

 

 

「く、くく…やりますねぇ…本当に、本当に悔しいですが。今の私では、貴方には敵わないようです」

 

平然と喋る、青嵐。

砕けたはずの顎は既に元の形をしている。

先に裂いたはずの首の傷も塞がっている。

 

 

「ええ、悔しい、本当に悔しい…

誠に遺憾ではありますが、ですが私とてこのままカードを出し切らず負ける事は嫌なので…!」

 

 

ごう。

紺色の髪が、更に明るく光る。

内側の力に燃え盛るように、身体を龍が走るように。全身にみなぎる龍の力のまま、歯軋りをしていた。

 

 

「…今は借り物の力に頼ることにしましょう」

 

 

ばきぃん!

大仰な音と共に、鋼が折れた音。

カリナの手にした槍の先が弾け飛んだ。

 

 

 

……

 

 

 

「……なッ!?」

 

帽子を目深に被っていた…結局観戦しにきているじゃないかと、ばれないようにしている観客席の…ルーチェはその光景を見て帽子を投げ捨てる。最早そんなことを気にしている場合ではない。

 

 

「馬鹿な、何故あいつから『八つ星』の力が発せられてる!?あいつはドグじゃあない!星の存在も遠くに感じている!なのに…

…まさか…いや、そうとしか考えられない!」

 

「あいつ、ドグ!『ドグ・シアン』!奴は後継者を作ったんだ!自らの修羅を継がせられる奴に、自分の力を、星と共に譲渡したのかッ!」

 

 

英雄の力は、青嵐の中を巡る力になって無名の狂人を暴れ回る。そしてその剣は、黒狼を圧倒していく。

先までは、その身体能力と感覚で上回っていた二人の実力差は、龍の力と共に逆転していた。

 

ずぱっ、どしゃっ。

鋼の音では無い。風と服のみを切るような乾いた音でもない。生々しい湿った音が響く。

 

技も、動きも、力も。上回られたカリナにはつまり、それを超えることのできる要素は無いのだから。

 

 

「……借り物の力程度に頼っている以上、あなたに訳知り顔で、『降参をしろ』などとは言いません。言う、資格もない。ですが、貴方はきっと、降参で命を拾うくらいならばそのまま死を選ぶでしょう。

それくらい、自らの命には頓着はしていない」

 

「…がはっ、くっ…すぅっ」

 

「…故にカリナ、貴方をここで殺します」

 

 

 

 

「手を出すな、ルーチェェェッ!!」

 

 

天を裂くほどの、大音声。それは剣を突きつけ、そのまま引いて突こうとした青嵐も一瞬動きを止めるほどだ。そして観客席の、杖を前に突き出していたルーチェもまた、びくりと動きを止めた。

 

 

「そうだな…俺は、俺自身の命が大切な訳ではない。だからお前の言うことも間違いではない」

 

「…あなたを慮る者を止めても、ですか」

 

「いいや、勝ちはもらっていくという意味だ。そうしなけりゃ、ならない理由がある」

 

 

突きつけていたまま止まっていた剣。

それを、狼が素手でぎちりと掴んだ。

当然指は切れて、夥しい出血をする。

だが、動かない。

 

「ほう。その理由と…はっ!」

 

剣を振るう。

咄嗟に指を離して距離を取る。瞬間に剣を振り下ろす。剣は地面すら裂いてそのままカリナを真っ二つにした。

 

ぱぁん。

 

 

「ああッ!」

 

観客席から神経質そうな少女の悲鳴が響いた。

だが、それを包むように。少女の後ろには、纏うように黒い男が立っていた。裂かれたのは黒い服のみだ。

 

 

「…!?カリナ、お前…!」

 

「結局、あんたは俺のことを見にきていたんだな」

 

「そんなこと話してる場合か!どうやって、ここまで来たかは分からないが逃げるぞ!一度撤退をして…」

 

「いいや」

 

 

すう、と息を吸う。

そして下手くそな笑みをする。

 

「あんたは俺に勝てるはずだ、と信頼をしたんだ。俺に、その信頼をした。俺だけでな。

してくれたんだ。ならば……」

 

「ならば俺はその信頼に応えねばならない!」

 

 

ぱぁん。

破裂音。先もした音だった。

刹那に、青嵐は欲情の声を上げる。

 

 

「……なるほど。

なるほど、なるほど、なるほど!

なんてことだまだ魅せてくれるなんて!」

 

 

ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん。

連続した破裂音。

そして闘技場に、カリナの姿はない。

破裂音の代わりに、黒い風が走るだけだ。

 

破裂音がする寸前。

ある壁が、床が、円状に歪み壊れる。

それから答えが導き出される。

 

 

「くく。嵐、などと。のぼせていた私が馬鹿馬鹿しいですね。その名前は貴方にこそ相応しい」

 

 

英雄の力賜りしもの。

その眼だけが、カリナを捉えた。

 

脚『のみ』が、狼と化したもの。

その異形だけが許される高速の移動。

獣のバネと、ヒトの伝達速度だけが可能にした移動は人が視認し得る速度をゆうに超えていた。

 

龍の力を得た青嵐だけがそれを、辛うじて捉えた。目ですら辛うじて、ということは。

この一撃は一撃必倒のものであるということ。

 

 

(撹乱、これも撹乱、撹乱…)

 

 

一撃。

そう、青嵐は分かっていた。

一撃に、かけてくるだろうこと。そしてこの飛翔が死に向かってるものだということも。

狼の脚は、巨大なヒトの重みをずっと支えられるものではない。ましてやこんな過負荷をかける動きは。

一度、瞬躍、瞬躍するたびにその身体は…

 

 

「ここッ!」

 

 

ぐわら、ごきぃん。

 

瞬躍の終着点。

速度の限界と、斜め後ろ三十五度の最高の角度からの槍の柄の攻撃。それをする為の死への飛翔。

それを青嵐は見抜いた。

 

槍柄と剣が共に砕けた。

 

そこまでは、予想の通りだったのだ。

だが青嵐の誤算は唯一。戦いに勝つ者とは自らを変化させられる者ということ。そしてこの狼には、まだ変化が残っていたということだ。

 

(……嗚呼…)

 

 

砕けて煌めく刃の破片の奥。

鈍色に光を放つ牙が目をひいた。捕食に特化した美しさに、青嵐は、動きを止めてしまった。

 

(…美しい…)

 

 

『───グォおがるるるるッ!!』

 

 

 

ぶちぶちぶちぶちぶち。

闘技場から響いていいはずがない音だ。

 

なぜなら、ここは闘士たちが鎬を削る場。

 

『獣が、喉笛を噛みちぎる音』など。

本来は流れるはずがないからだ。

 

 

『…ハァーッ、ハァーッ……』

 

 

胴体が、人間。

顔が、おぞましい半狼。

そして四肢まで、けだもの。

 

怪物。

全ての人間がそう思う醜悪なものが、青嵐と呼ばれていた者の喉笛を食いちぎっていた。

 

 

「……ひ」

 

「ぎゃあああああああッ!!」

 

 

彼らの試合を、訳が分からず眺めていた者たちも、ただその目の前の異常に叫ぶ。怪物が入り込んでいる。怪物が人を食い殺している。そしてその異常は狂乱を生み、狂乱はそのまま敵意になってカリナに向けられる。

 

 

「まずいな、今度こそ逃げるぞ」

 

 

杖の振るった力で、ぐいとかつがれる感触。カリナはそれで、ようやく失っていた気を取り戻した。

 

 

「……あ、あ。

おれが、あしに、なる…」

 

「言ってる場合かバカ!僕が運ぶから動くんじゃないぞ、ただでさえ薄ら重いんだからなお前は」

 

 

さあ、と魔術で姿を消して。

狂乱の中、何かしらの力でカリナは運ばれていく。なんとか人の姿にはなるが、その脚は特に、ぐねぐねにらなめくじのようになっていて内部の構造は分かろうとなどしたくはないようだった。

 

 

「まったく、全部おじゃんじゃないか!そんな無駄な努力しなくても、青嵐が力を得た後継者である、と分かったんだから!一度引いて二人で戦って生け取りにしてドグの場所を吐かせればよかったし、ていうかそうしないと本来の目標である『星』破壊はできないし!」

 

「……ぐ、う……すま、ん…」

 

「……まあ、万が一先にドグに会った場合、青嵐が乱入してきてどうしようもなくなる可能性もあった。だからここで倒すのは一概に悪いとは言えないけどね」

 

「……だ、が」

 

「もう黙っておきな。そのまま治療しながら歩くから、少しでも体力温存しておけ」

 

「…」

 

「…気絶したか?

ふん、そりゃそうだ、こんな大怪我してりゃ」

 

 

 

完璧に気を失っていることを、確認して。そうしてからルーチェは自らを包んだときの、先の瞬間のこの男を思い出した。

そして、少し照れくさそうに言う。

 

 

「…がんばったな。

なかなか格好良かったぞ。カリナ」

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

すっかり、真夜だ。

月が恐ろしいほど黄色く足元を照らす。

 

 

人が、少ない。静寂の空間。

 

ひとまずは都を抜けようと歩いていたこと。この都に来た時と全く同じ道を歩いていた時だった。カリナを治しながら、歩いていて。

 

ルーチェは異常を感じ取った。

 

 

「……カリナ。ここで暫く休んでおきな。少し目を瞑ってるといい。なあに、すぐだ」

 

 

そう、まだ意識が朦朧としてる相棒に声をかける。道端に置いた彼を、追うものはいない。

そう、それが異常なのだ。

いくらなんでも、人が少なすぎる。

誰一人、生き物の気配がしないほど。

 

 

そこにいる、一つの人影。

それこそが異常だ。

 

 

そこにいたのは、老婆だ。

いつかに見たことがある、老婆。

 

 

「こんばんは、おじょうさん」

 

「いい、夜ですね」

 

 

そうだ。この都に来た時と全くおなじ。

あの時に出会った老婆だった。

あの時と全く同じに、恭しい礼をした。

 

 

「……ああ。

久しぶり…でもないか。

だが、あの時には気付かなかったからな。

改めて、礼を尽くさせてくれ」

 

 

ず、と、返礼をする。

憎悪と怒りを隠し切れないように。

 

 

 

「久しぶりだな、ドグ。さあ──」

 

「お前の星を、壊させておくれ」

 

 






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