転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた   作:如月隼

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第3話 世界創造(後編)

 

「放せよ、ナミ!」

 

「嫌だっ! これはアタシのだ! そっちこそ放せ、ナギィ!」

 

「…………」

 

 ああ、本当にこれで良かったんだろうか……?

 

 これは、成功したんだろうか……?

 

 右肩から天使の翼を生やした男児と、左肩から同じように天使の翼を生やした女児が、目の前でオモチャの取り合いをしている。

 

 二人ともすごぶる仲が悪い。俺は眉根を押さえて、近くのチロに視線を投げた。

 

 そのまま、ジトリと両目を細めて訊く。

 

「なあ、なんでこいつら赤ん坊で生まれてきたんだ?」

 

「なんでって、普通は赤ん坊で生まれてくるじゃん。おっさんで生まれてきたらビックリすると思うけど。この答えを返すの三百三十回目だけど」

 

「……ああ、そうか。俺はこの五年で三百回以上、この質問をしてたのか。病んでるな……」

 

 いや病みもする。

 

 原初の生命体、ナギとナミ(イザナギとイザナミから取った。深い意味はない)は赤ん坊の状態で誕生した。

 

 これはハッキリ言って想定外だった。大人の状態で誕生し、すぐに下界に送れるものだとばかり思っていたからだ。

 

 まさかある程度大きくなるまで、この場所で育てる必要が生じるとは想像だにしていなかった。

 

「うわーん!! 父さまーっ!! ナギがアタシのことぶったーっ!! 怒ってよーっ!!」

 

「おまえがオレのオモチャ取ったからだろ! 父上、こいつをぶってください!!」

 

「……ああ」

 

 こつん。

 

 こつん。

 

 ため息ついでに、俺は二人の頭をそれぞれ一発ずづ軽く小突いた。

 

「うわーん!! 父さまにぶたれたーっ! アタシ、悪いことしてないのにーっ!」

 

「ふざけんなよ! おまえのせいでオレまでぶたれただろ!? バカナミ!!」

 

「……ハァ」

 

 二度目のため息が、知らず口からズシリと落ちる。

 

 この五年間で、ダブルを三千本以上作った。

 

 Sランク七本。Aランク七十本。Bランク五百本。Cランク千本。Dランク二千本。

 

 マジックボールに至っては、もう数えることすら放棄したくなるレベルの数を製造した。おそらく二万個以上は作っただろう。

 

 それはもちろん、世界を形作るうえで必須の行程だったが、想定していた順序と完全に逆になってしまった。

 

 ナギとナミを下界に送り、ある程度の年月が過ぎてから、マジックボールやダブルを投下する(宝箱とかに入れて)予定だったのだ。

 

 これらは新しく誕生する人類用に作った武器なので、それを使える者や使う対象(魔物やモンスターなど)がそこに存在していなければ何の意味もないのである。

 

 だが、それらはいち早く完成してしまった。

 

 下界に生物があふれるだいぶ前に。

 

 完全に想定外の外だった。

 

「もっとゆっくり作れば良かったのに」

 

 チロが、そんなことを言ってくる。

 

 俺は半眼で答えた。

 

「ほかにすることなかったんだからしょうがないだろ。作ってて、けっこう楽しかったし。それになにより――」

 

「あーっ、それはアタシのお菓子だーっ! ナギのはさっき自分で食べただろ!」

 

「そんなの忘れたね! さっさと食べないのが悪いんだ! これはオレのもん!」

 

「横暴だーっ! 無茶苦茶だーっ! 父さまぁーっ!!」

 

「……ハァ」

 

 三度目のため息は、意識的に落とした。落とさざるを得ない心境だった。

 

 俺はさっきと同じように両目を細めてチロを見やると、

 

「なあ、チロ。こいつら、いつになったら下に降ろせるんだ?」

 

「あと五年は無理だろうね。一応、二人は人間ベースの生命体だから、生き物を生み出せるようになるまで最低十年はかかるよ。もう少し、大きくなるまで育ててあげないと。人間とかほかの生物のように交尾して産み落とすわけじゃないけどね」

 

「……憂鬱な五年になりそうだな。そのあいだ、ほかになんかしとくこととかある……?」

 

「産地特有の作物を設定するとか、この病気はこの薬草で治るとか――そういった細かい部分を詰めていったら? 年に一度しか毒の霧が晴れない沼地とか、砂漠のド真ん中にポッカリと空いた謎の大穴とか、そういった派手な大枠だけじゃ世界に味は出ないよ」

 

「……ああ、そうだな。その辺、ざっくりとしすぎだったか。頭使うし、めんどくさいからってことで設定丸パクリしてたけど、そういった部分でも少しは独自性を出さないとな」

 

 加えて、それらの特徴をこと細かく記憶する必要もある。ヴェサーニアのことは、ヴェサーニアに住む誰よりも詳しくなくてはならない。庭先に咲いた花の名を隣家の人間に教えてもらうようでは神失格だ。

 

「うん、時間はたっぷりあるから、二人でこのヴェサーニアをもっともっと魅力のある世界にしていこうよ。オイラ最近、地味に世界づくりのこの感覚が癖になってきたんだー」

 

 チロが、まんざらでもなさそうに言う。

 

 俺は軽く鼻で息を落とすと、唯一無二の『相棒』に向けて二日ぶりの笑みを浮かべたみせた。

 

 そのまま、気持ちを切り替えるように言う。

 

「そうだな。せっかくゼロから世界を作る権利を得たんだ。時間も腐るほどあるし――頭がパンクするまで考えて、最高の世界を作んなくちゃな。ヴェサーニアに産み落とされた連中が楽しく幸せに暮らせるように」

 

 争いがなく、貧困もない。格差も少なく、そうして平和と平等のもとにみんなが笑って暮らせる穏やかで優しい世界。そんな世界をしっかり作ろう。

 

 理想郷(ユートピア)の実現を目指して――。

 

 

      ◇ ◆ ◇

 

 

「やだやだーっ! 父さまとチロとずっとここにいるーっ!!」

 

「わがまま言うなよ、ナミ。父上を困らせるな。オレたちの役目は――」

 

「役目なんて知らないーっ! 下界になんて降りたくないーっ!!」

 

 困った。

 

 この反応は想定外だった。

 

 あれから五年が経ち、ナギとナミは十歳になった。

 

 俺は満を持して、二人に下界へ降りるよう命じた。

 

 が、ここでまさかの事態が起きる。ナミが、このままここにいたいと駄々をコネ出したのだ。

 

 下界に降りて、新たな生命体を作り出すのが彼女たちの役目。そういうふうに作ったはずだった。だから、こんな反応をされるなんて思いも寄らなかった。

 

 俺は、困り顔でチロを見やった。

 

「役目の拒否はありえないはずなんだけど……。うーん、情が移っちゃったのかなぁー」

 

「情が移ったって……。いや確かに、俺もちょっと情移っちゃってるけど……」

 

 別れがつらくならないように、一定の距離感を持って接していたつもりだが――まあでも、さすがに同じ屋根の下で十年も暮らせば情は移る。

 

 割り切っていた俺でさえ、淋しいという感情がわいてしまっているのだ。強烈無比な使命を植えつけられた状態で生まれてきたとはいえ、ある日突然、育った家を出て行けと言われたら、こういう反応になって当たり前なのかもしれない。が、だからといって、ここに残すわけにはいかないのだが。

 

 と。

 

「あと二、三年、育ててみる? なんか、オイラも二人に情がわいちゃったし」

 

 チロが、無責任にそんなことを言ってくる。

 

 俺は断固として彼の提案を突っぱねた。

 

「いやダメだ。そんなことしたら、余計に情がわいちまうだろ。もう別れられなくなるぞ? このタイミングを逃したら、たぶんもう二人とは離れられない」

 

 自信を持ってそれは言える。延ばせば延ばすほど別れはつらくなる。

 

 俺は心を鬼にして、泣きじゃくるナミに言った。

 

「おまえの役目は下界に降りて、新たな生命体を造り出すことだ。そのために、おまえは俺によって生み出された。おまえにもそれは分かってるはずだ」

 

「うぅ……分かってるけど、父さまたちと離れたくないよーっ」

 

「ダメだ。俺の命令は絶対だ。おまえは今からナギと一緒に下界に降りる。そして自らに課せられた使命を果たすんだ。分かったら、涙を拭いて前に進め」

 

 そう言って、俺はナミの背中をポンと押した。

 

 彼女はそのまま、二、三歩前に進むと、やがて淋しそうな顔をしてこちらを振り向き、

 

「……父さま、チロ、いつかアタシたちに会いにきてくれる……?」

 

「……ああ、行くよ。必ず行く。いつか必ず、俺はおまえたちに会いに下界に降りる」

 

「オイラも、トーマと一緒に二人に会いに行くよ」

 

「……ホントに?」

 

「ああ、約束だ。だからナミ、おまえもおまえの役目を立派に果たせ」

 

「うん、分かった! アタシ、役目を立派に果たす! だから父さま、ぜったいぜったい会いに来てね!」

 

 俺は無言で頷いた。

 

 納得したらしいナミが、そうして大仰に両手を振りながら視界の外へと離れていく。

 

 俺は、残ったナギに視線を向けた。

 

「ナギ、おまえにも会いに行くよ。だから――」

 

「分かってます。オレはナミとは違う。次に会ったときに、父上に良い報告ができるよう、父上の期待以上の成果をあげてみせます。だから――」

 

 と、そこでわざとらしく一拍ためると、ナギはニッコリ笑って続きの言葉を放った。

 

「だから、必ず会いに来てくださいね。オレ、ずっとずっと楽しみに待ってますから」

 

「……ああ」

 

 短く応えて、ナギの後ろ姿を見送る。彼はナミと違って、一度も振り返らずに勢いよく走り去っていった。

 

 俺は、深く長い息を静かになった室内にゆっくりと落とした。

 

「淋しくなっちゃったね」

 

「…………」

 

「トーマ、子離れする親の気持ちが少し分かったんじゃない?」

 

「……どうかな」

 

 分からない。

 

 分かったのかどうか、が分からない。

 

 便宜上、子供のように育てはしたが、心の中では距離を置いていた。いずれ別れなければならない存在だと理解していたから、深く踏み込むことはしなかった。

 

 しなかった、はずなのだが……。

 

「トーマ、目に汗が入ってるよ」

 

「……またおまえと二人っきりになっちまったからな。そりゃ、目から汗もわき出るよ」

 

 騒々しかった十年があっという間に過ぎ去り、静かな年月が再び流れ始める。

 

 

      ◇ ◆ ◇

 

 

 あれから、千年が過ぎた。

 

 といっても、起きて活動していた時間は十年にも満たない。

 

 世界を作りこみ、細かな調整を終えたあとは、チロと共に永い眠りについていたのである。

 

 エネルの一パーセントを使って作った強制睡眠装置。最長で千年間、生きたまま睡眠状態を続けられる便利グッズだ(果たしてこれを睡眠と呼んでいいのかどうかは分からないが、とりあえずミイラにならずに覚醒することはできた)。

 

 で、現在(いま)である。

 

 目覚めたのは、三日前。

 

 下界に降りる準備はもう、万端だった。

 

「いよいよだね。準備はいい?」

 

「ああ、身体の準備も心の準備も万端だ」

 

 チロに答えて、屋敷を出る。

 

 三歩歩いたところで、だが俺はそれに気づいて足を止めた。

 

「あれ、おまえちょっとイメージ変わった?」

 

「今、気づいたの!? 朝起きたときから姿変えてたんだけど……」

 

 チロの姿が、いつもと違う。いつもの巻グソ形態ではなかった。

 

「ドラゴンパピー。手のひらサイズの仔ドラゴンだよ。世界観に合ってるでしょ?」

 

「……まあ、それならたぶん違和感なく受け入れられるだろうな」

 

「うん、前の姿だと目立っちゃうかもしれないからね。その都度、言い訳したり誤魔化したりするの面倒だし。これからのオイラはこの形態がデフォだから、トーマも慣れてね」

 

「大丈夫、もう慣れた」

 

「……早いね。てゆーか、最初から全然興味なかったもんね、オイラの変態に……」

 

 チロが淋しそうにつぶやく。俺は軽く首を左右に振った。

 

「いやおまえのその姿にはたいして興味ないけど、おまえが姿を自在に変えられるって事実にはけっこう驚いたよ。人間にもなれんの?」

 

「なれるよ。でもこのサイズでいた期間が長かったから、これより著しく大きな生物だと身体の動かし方に慣れるまでけっこう時間かかるかも。空飛べなくて不便だし、率先してなりたくはないね」

 

「自然って意味では、人間の姿が一番自然だと思うけどな。まあけど、姿を世界観に合わせるって発想はなかったわ。俺も、名前くらいはファンタジーっぽいのに変えとくか」

 

「カタカナな感じに?」

 

「カタカナな感じに。三文字くらいが呼びやすくていいかな」

 

「ファミリーネームもつけたほうが自然だと思うよ」

 

「ああ、そうだな。まあ、移動しながらゆっくり考えるよ」

 

「最初の一人に会うまでには、でも決めとかないとね」

 

 言われて、頷く。

 

 無論、そのときまでには決めるつもりだ。

 

 最初の人間と出会う、その瞬間までには――。

 

「その瞬間は、ドキドキだろうな」

 

「オイラはワクワクだね。下界に降りるだけでも、オイラワクワクだよ」

 

 下界に降りる。

 

 自分が造った世界に、自身の足で降り立つ。

 

 なんとも言えない高揚が、鳥肌となって心と体を駆け巡った。

 

「ようやく第二の人生のスタートだ」

 

 空を見上げて、誰にともなく言う。

 

 否、それは明確に自分に向けて放った言葉だった。

 

「俺は俺の作った世界で、新たな物語をスタートさせる。前世と違って、平和と平等が約束された優しい世界。そいつが諸手を挙げて、主の到着を待っている。最高の気分だ」

 

 心が躍る最初の一歩。

 

 まだ見ぬヴェサーニアの大地が、幸福の口を大きく開けて、ただゆったりと佇んでいる。

 

 

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