転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた   作:如月隼

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第45話 ルナとセーナ

 

 神歴1012年3月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。

 

 午後5時37分――商業地区、中央メインストリート。

 

 セーナ・セスは、ながら歩きをしていた。

 

 ()()()()()()()である。

 

 隣では、帝都から来たというブレナの連れ――ルーナリア・ゼインが期待に胸を膨らませたような表情を浮かべている。

 

 セーナは短く息を吐くと、若干と上方向に向けていた視線を水平に戻し、

 

「名物って言われてもなぁ……。ここ観光地じゃないし……ルナちゃんが期待してるようなモノとか、たぶんないよ。ちなみにどんなの好きなの?」

 

「イカの塩辛とか大好きです」

 

「いやおっさんか!」

 

 おっさんだ。

 

 好物が完全におっさんのそれだ。

 

 想定外の返答に、セーナは心中で頭を抱えた。

 

 考えに考え抜いた末、無難に甘いモノでも、と出した結論が一瞬間で危うい立場へと追いやられる。

 

「……もしかして、甘いモノとか苦手だったりする? 甘いモノ、めっちゃ好きそうな顔してるけど……」

 

 後半部分はルナには聞こえないような小声で――セーナは、声の大きさを器用に使い分けた。

 

「いえ、苦手ではないです。でも、しょっぱい系のほうが好きです。アリスさんが甘党なので、たまに一緒に食べたりはしますけど――基本は辛党です」

 

「若い女のコなのに珍しいな。でも、辛党かぁ……。困ったなぁ……」

 

 困った。

 

 マジで困った。

 

 辛党好みの店はまったく知らない。どう考えても、これはディルス案件だ。もしくはエル姉さんか――と、そこまで考えたところで、不意にルナの口から思ってもいなかった言葉が放たれた。

 

「セーナさんはリアさんよりもひとつ年上なんですよね? ということは――」

 

「……それ、誰が言った?」

 

 中途で遮り。

 

 セーナは、声のトーンを抑えて言った。

 

 受けたルナが、不思議そうに大きな両目をパチクリさせる。

 

「?? いえ、リアさんが『セーナ姉』って言っていたので、年上なのかと。違うんですか?」

 

 違わない。

 

 問題は、()()()()()()

 

 一拍。

 

 セーナはそこで、大きく一度、深呼吸をすると――。

 

 その流れのまま、ルナの顔面に勢いよく人差し指を突きつけ、

 

「違わないわよ! そこは違わない! 違うの、ひとつって箇所! アタシはリアより()()()年上だ! 先月二十日(はつか)二十歳(はたち)になった、正真正銘大人の女だ!!」

 

「……え」

 

 ルナの動きが、そこでピタリと止まる。

 

 やがて、だが彼女は仰天したように両目を見開き、

 

「セーナさん、二十代なんですか!? 全然まったく見えないです!! 十八でも驚きなのに、二十歳(はたち)は驚き通り越して衝撃です!! こんなの逆サバ読みじゃないですか!?」

 

「逆サバ読みってなんだそれ!」

 

 初めて聞くワードだ。

 

 初めて聞くワードだが、でもなんとなく意味は分かった。かなりのパワーワードである。

 

 セーナは三度、深呼吸を繰り返した。

 

 たかぶった感情を、それでなんとか鎮める。

 

 と、若干と落ち着きを取り戻した彼女は、警告するように両目を細めて、

 

「……あんたは褒めたつもりかもしれないけど、今の全然うれしくないからね。アタシは年下に見られることが一番――」

 

「いえ、別に褒めてないです。良い意味でも悪い意味でもないです。そのままの意味です」

 

 そのままの意味だった。

 

 良い意味で言われたわけでも全然なかった。セーナは両目をさらに細めた。

 

「……あんた、けっこう舐めた性格してるわね」

 

 正直者は嫌いじゃないが、いくらなんでも正直すぎる。

 

 セーナは歩く速度をわずかに上げた。限界近くまで細めた両目は、だが彼女に向けたままである。ほとんどもう、睨む一歩手前であった。

 

 と。

 

「あ、セーナさん」

 

「今度はなに? さっきも言ったけど、アタシは――」

 

 がごんっ!!

 

「あぎゃッ!」

 

 衝撃。

 

 セーナは、半回転して地面に倒れた。

 

 冗談みたいに、芸術的(アート)な倒れっぷりだった。

 

「いったぁ……。ちょ、なに? 吊り看板? なんでこんな低い位置まで看板下がってんの? 一瞬、角がおでこに刺さったぁ……。頭、ジンジンするぅ……」

 

 涙目になって、ひたいをさする。セーナは地面に倒れた状態のまま、事の元凶を鋭い目つきで見上げた。

 

 乾物屋の吊り看板が、ガコリとズレた状態で絶妙な高さに垂れ下がっていた。

 

「すみません。前に看板が、って注意しようとしたんですけど……間に合いませんでした」

 

「いやテンションおかしくない!? 注意するなら、もっと緊迫感持って言いなさいよ! 『前、看板っ!』 とか! なんでそんな普段と変わんないトーンで切り出すのよ!」

 

 立ち上がりつつ、ルナに向かって二度目の指を突きつける。

 

 やっぱりこのコはズレている。この吊り看板と同じくらいズレている。本人がそのズレをまったく自覚していないのも厄介である。まあ、悪いコではないのは一見して分かるが(目を見れば分かる。目つきは全然違うが――リアとよく似た目をしている。こういう目をしている人間に悪人はいない。その精度には、セーナは絶対の自信を持っていた)。

 

 とまれ。

 

 セーナはそこで鉛の息を吐いて、気持ちをいったんリセットすると、思い出したようにポツリと落とした。

 

「……お店、ここでもいい? 地味にけっこう有名だったの思い出した。名物ってほどではないかもだけど――乾物とか、好きだったりする?」

 

「乾きモノ、大好きです。サキイカ一袋で、オレンジジュース三杯いけます」

 

「……いやだからおっさんか」

 

 まあ、でもドストライクだったのなら僥倖である。

 

 セーナは、安堵の息を吐いた。

 

 そのまま、黄昏色に染まった夕焼け空を見上げる。

 

 そこには、穏やかでいつもと変わらぬ平穏な色が広がっていた。

 

 でも、このとき彼女はまだ知らない。

 

 この平穏が、よもや嵐の前の静けさだったとは到底知る由もなかったのである。

 

 

      ◇ ◆ ◇

 

 

 同日、午後5時50分――ラーム神殿、聖王の間。

 

「よく来てくれた。来てくれるものと、信じていたよ。()()()()()()()()

 

 濁りのない、どこまでも透き通った声が荘厳な聖堂内に響き渡る。

 

 ブレナは無言のまま、ゆっくりと視線をその方向へと差し向けた。

 

 聖王ナギ。

 

 左右に聖堂騎士団の両翼を従え、片翼の『馬鹿息子』が威風堂々と立っていた。

 

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