転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた   作:如月隼

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第51話 動乱の兆し(後編)

 

 神歴1012年、3月30日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。

 

 午後9時57分――商業地区、中央メインストリート。

 

 光り輝くブロンドに、真珠のような美麗なまなこ。どれも使い古された月並みな表現だが――それらを総合すると、さらに月並みな表現を最後に使うはめになってしまう。つまりは『絶世の美女』であると。

 

 ルナは惚けたような面持ちで、目の前に現れた女をただただ見つめていた。

 

「大丈夫? 穏やかなる回復(カーム・キュア)を重ね掛けしたから、傷はもう全快してると思うけど……まだどこか痛む?」

 

「……え?」

 

 真珠の瞳が、気遣うような色を宿してこちらの両目をのぞき込む。ルナはハッと我を取り戻すと、慌てて上半身を跳ね起こした。

 

 そのまま、ドギマギと答える。

 

「へ、平気です! ありがとうございました! え、えと……」

 

「シェラ。シエラザード・シエスク。聖堂騎士団の、六番隊の隊長を務めてるわ。任務を終えて、一昨日、神都に戻ってきたの。あなたのことは総長から聞いて知ってる。ブレナ・ブレイクの仲間で、今はリアの一番弟子。ルナって呼んでもかまわない?」

 

 訊かれて、ルナは即答した。

 

「は、はい。大丈夫です。ルナ呼び、むしろ嬉しいです。シエラザードさん――」

 

「シェラでいいわ。さん、はつけてもつけなくてもどっちでもいい。こう言うと、でも大抵のコはつけるけどね」

 

 いたずらっぽく笑って、シェラ

 

 おそらくは二十代半ばくらいの年齢だろうが――それは、幼い少女のような無邪気な笑みだった。

 

 ルナはゆっくりと立ち上がると、改めて彼女の姿を子細に見た。

 

 目線の高さは、百六十センチの自分とそれほど変わらない。二、三センチ大きいくらいだろう。スタイルは、でも抜群だった。服の上からでも、理想的なそれであると分かる。女性らしい身体つきでありながら、けれども戦士としての色は強烈に放っている。それは、奇跡の体型だった。

 

「それじゃあ、第三の塔(サード・タワー)まで送っていくわね。リアの部屋で一緒に寝泊まりしてるんだよね? 宿屋じゃなくて」

 

「はい、リアさんの部屋でお世話になっています。でも、大丈夫です。シェラさんのおかげで傷は全快したので、一人でも――」

 

 戻れる。

 

 そう言おうとしたところで、だが中途で遮られる。

 

 シェラは「ダメよ」と短く放つと、鋭い目つきで後方を見やり、

 

「一人だと、またあの『変態』のターゲットにされるかもしれないし」

 

「…………」

 

 変態。

 

 言われたミカエルの表情が、鬼のそれへと変化する。否、変化していたのはだいぶ前からだったか。

 

 シェラが現れた直後、その瞬間に鬼の形相へと切り替わった。それからずっとその表情のままである。

 

 その後も、ずっと。

 

 シェラに連れられ、ルナがその場を離れるまでずっと。

 

 離れたあとも、おそらくはしばらくのあいだずっと。

 

 言い知れぬ不安感が、氷点下の風となってルナの心を吹き抜ける。

 

 

      ◇ ◆ ◇

 

 

 同日、午後10時23分――第三の塔(サード・タワー)出入り口前。

 

「遅いと思ったら、シェラさんと一緒だったんだ」

 

 入り口の前で、リアがトッドを連れて待っていた。

 

 九時前までには戻ると言ったのに、それを一時間半近くもオーバーしてしまえばそうなって当然である。

 

 ルナはすぐさま謝罪の口をひらいたが――ひらいたその口から謝罪の言葉が生まれ落ちるその前に、シェラのそれに先を取られた。

 

「うん、たまたまそこで会ってね。リアのお弟子さんってことで、軽く挨拶しておこうって思ったらけっこう話弾んじゃって。軽くじゃなくなっちゃった。ごめん、心配かけちゃったね」

 

「別に、心配なんてしてないけど……」

 

 そう言って、若干と照れくさそうにリアが両目を背ける。

 

 ルナはシェラと顔を見合わせ、笑った。

 

 ミカエルとの一件は、リアには黙っておいてとシェラに口止めされた。

 

 リアの性格上、知れば間違いなくミカエルの元へと向かう。そこで一騒動起こることも確実で、そうなると事が大きくなってしまう。あまりそうなって欲しくはないとシェラは望んでいるのだ。

 

 無論、ルナに不満はなかった。元より、リアに(いらぬ心配をかけたくなかったので)話すつもりはなかったのである。二人の見解は一致していた。

 

 ルナはドデカプリンの入った袋をリアの前へと差し出すと、

 

「すみません、心配をおかけしました。でも、ドデカプリンの購入には成功しました。トッドくん、ドデカプリン買ってきましたよ」

 

「プリン! ドデカプリン!!」

 

 満面の笑みを浮かべて、トッドが右太ももに抱きついてくる。

 

 ルナは彼の頭を優しく撫でると、改めて、リアのほうへと顔を向けた。

 

 視線が、合う。

 

 と、リアは薄く笑って、

 

「まあでも、何もなかったんならよかったよ」

 

「はい」

 

 ルナも同様に、薄く笑ってそれに応じる。

 

 隣を見ると、なぜかシェラが両目に星を宿してトッドを見やっていた。

 

「ほら、トッド。シェラお姉ちゃんに挨拶して」

 

 気づいたリアが、トッドの背中を押しつつ言う。

 

 受けたトッドは、リアのそばで恥ずかしそうにクネクネと身体を揺らしながら、

 

「……こんばんわ」

 

「あぁー! うそーっ!? なにこれ超可愛いーっ! なにこれなにこれなんなのこれ!!」

 

「……え?」

 

 ルナはポカンと固まった。

 

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 真隣に立つ絶世の美女が、一瞬で、その辺にいるただの若い女と化す。近寄りがたいとすら感じさせた圧倒的なオーラは、文字どおり秒で見る影もなくなった。ルナはポカンとするほかなかった。

 

「ねえねえ、リア! トッドくん、わたしにちょうだい!」

 

「やだ」

 

「じゃあ、一千万ゴーロで売って!」

 

「売らない」

 

「二千万ゴーロ!」

 

「…………」

 

 リアが、やれやれと嘆息する。

 

 そこでようやくと我を取り戻したのか――シェラはあきらめたように、細く長い息を吐くと、両目から興奮の色をかき消し、

 

「ま、しょうがないか。トッドくんもリアに懐いてるみたいだし――無理やり引き離すのは可哀想だもんね。リアも可哀想」

 

「あたしは、別に……」

 

 言いかけ、だが中途で口をつぐむ。否定の言葉は最後まで落ちなかった。リアの中で、それだけトッドの存在が大きくなっているのだとルナは理解した。

 

 シェラも同じように感じたのだろう――彼女は、微笑ましい光景を目の当たりにしたかのような顔で微笑むと、

 

「はいはい、そういうことにしておくわ。それはそうと、リアも初めて会ったときはこのくらいちっちゃかったよね。懐かしいなー」

 

「ここまで小さくはないよ。十歳くらいにはなってたし」

 

「えーっ、そうだったっけ? まあ、リアは小柄だったからね。子供の頃はセーナより小さかった。こんなに大きく育つなんて感慨深いよ。今、身長何センチ?」

 

「百五十五」

 

「じゃあ、七年間で五十センチ近く伸びた計算になるね」

 

「その計算、豪快に間違ってるんだけど。三十センチくらいしか伸びてないから。今のレプよりちょっと小さいくらいの身長は当時からあった」

 

 それは確かに豪快に間違えている。見た目によらず、シェラは意外とテキトーな性格なのかもしれない。

 

 とまれ。

 

「とりあえず、続きは中で話しませんか? 少し冷えてきましたし、トッドくんに早くドデカプリンを食べさせてあげたいです」

 

 ルナはそう言って、二人を塔の中へとうながした。

 

 言葉どおり、トッドに早くプリンを食べさせてあげたかったのである。彼の動きやその表情を見ていれば、我慢の限界が近いのは明白だった。

 

「そうだね。中に入ろうか。シェラさん、寄ってくでしょ?」

 

 トッドの手を引き、振り向いたリアが「当然そうするよね?」といった口ぶりで訊く。

 

 が、シェラからの返答は思いがけずノーだった。

 

「ああ……ごめん、このあと用事あるんだ。エルと一杯やる約束してて。また今度寄らせてもらうね」

 

「えっ、今からですか?」

 

「ルナ、大人の夜はこれからなのよ。九時半なんて、まだ宵の口にもなってない」

 

「宵の口、終わろうとしてる時間だと思うけど……。まあ、二人にとっては宵の口なんだろうけど」

 

「そうそ、わたしたちにとっては宵の口。お愉しみは、これからなんだから」

 

 最後にそう言って。

 

 シェラは、暗い夜のとばりの中へと消えていった。

 

 その後ろ姿を見送るルナの心に、不穏の雨が降り注ぐ……。

 

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