転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた   作:如月隼

65 / 80
第65話 神は神の都合のみで動く

 

 神歴1012年4月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。

 

 午後8時01分――ラーム神殿、礼拝堂。

 

「ブレナ・ブレイク……!」

 

 驚いたような、ナミの声が耳に響く。

 

 ブレナは委細構わず、ただゆっくりと目的の場所へと歩を進めた。

 

 やがて、倒れているナミの目の前までたどり着く。

 

 ナギの口がひらいたのは、それとほぼ同時のタイミングだった。

 

「早かったですね、父上。ご苦労様です。慰労会でもひらきたいところですが、ただ今は御覧のとおり――」

 

「古代の治癒(エンシェントヒール)」

 

「――――っ!?」

 

 ナギの両目が、驚愕に見開かれる。

 

 彼にとっては、想定外の出来事だったのだろう。

 

 自(・)分(・)が(・)ナ(・)ミ(・)を(・)回(・)復(・)さ(・)せ(・)る(・)と(・)は(・)、露ほども思っていなかったという表情だ。

 

 だが、当のブレナにとっては自然極まる行動だった。

 

 もっとも、回復された側のナミにも、この行動は予期せぬものだったらしいが。

 

「……なんのつもりだ、ブレナ?」

 

 最強の回復魔法によって、ものの数秒で全快したナミが怪訝に訊く。

 

 ブレナは、たんたんと答えた。

 

「別に。傷だらけの娘を見たら、癒してやりたいと思うのが親心だろ? 深い意味はねえよ」

 

「…………っ」

 

 ナミの両頬が、ほんの少しだけ赤みを帯びる。

 

 彼女はその表情のまま、とつとつとした口調で、

 

「……れ、礼など言わんぞ……」

 

「いらねえよ。俺が勝手にしたことだ。おまえが礼を言う必要なんて何もない」

 

 言って、ブレナは視線をナギへと移した。

 

 無論のこと、彼の表情は不満の色に満ちていた。

 

「なんのつもりです、父上? よもや、父上は邪王の側につくとでも?」

 

「いや、そんなつもりはないよ。俺はどっちの味方でもない」

 

 そう言うと、ブレナは今度はナギのそばへと近寄り、ナミにしたのと同じように彼の身体にもくだんの回復魔法をかけた。

 

 赤黒く焼けただれていた彼の皮膚が、見る間に元の健康なそれへと戻っていく。

 

 が、当たり前だがナギの表情は変わらない。

 

 彼は直近のやり取りなど丸々なかったかのような口ぶりで、

 

「それはつまり、私の味方でもないと? 協力関係にあると思っていたのは私だけだったということですか?」

 

「初めから俺はおまえの手(・)駒(・)になるなんて一言も言ってないぜ。勝手に自分の意のままに操れると思ってたのは、おまえだけだ」

 

「操るだなんて……父上もお人が悪い。私にそんなつもりはありませんよ。ましてや私ごときが父上を手駒になど……恐れ多いことです」

 

「本音と建て前の使い方が、上手くなったもんだな。ひねた大人に育ちやがって。俺は俺の都合で動く。おまえに利用される気はねえよ」

 

「…………」

 

 ナギが、苦虫を噛みつぶしたような顔で押し黙る。

 

 ブレナはさらに何かを言おうと口を開いたが――その間隙を縫うように、背後のナミがここぞと発する。

 

「ブレナ、ならばわたしの元に来い。今、この場でナギを倒して、私と共に世界をあるべき姿に誘おう」

 

 ブレナは、ゆっくりと彼女のほうを振り向いた。

 

 と、そこでそれまで気づかなかった存在に気づく。

 

 ナギと、ナミと、ギルバード以外の存在。

 

 レプよりもひとつかふたつ年上くらいの、それは快活そうな幼い少女だった。

 

 そのオッドアイ(白と黒)の幼い少女は、ナミの言葉に追随するように、

 

「うんうん、そうしなよ! 誰だか分からないけど、なんかものすっごく強そうなお兄さんだし、ボクっちは大歓迎だよ! ミレーニアにおいでよ! うん、それがいいかもしれないよ!」

 

「…………」

 

 誰だか知らない人間に対しての反応ではとてもない。

 

 ナミ以上の、熱烈な勧誘だった。

 

 いずれ、ブレナは首を大きく左右に振った。

 

 言う。

 

「悪いが、おまえの軍門に下るつもりもない」

 

「軍門に下れなどとは言っていない。一年前にも言ったが、わたしの元に来るならば同格の者として扱う。不満か?」

 

「不満だね。俺とおまえは同格じゃない。明確に俺のほうが上だ。もっとも、俺を上として扱うと言ってもおまえの元に行く気はないが」

 

「……なぜだ。この男を倒せば、チロの魂も解放される。そうすれば、またあの頃のように――」

 

「父上、騙されてはなりません。私を殺したところで、チロの魂は戻らない。むしろ永久に戻らなくなる」

 

「ナギ、貴様……! でまかせを!!」

 

「でまかせではない。おまえこそ、よく仕組みを知りもしないで――」

 

「……ハァ」

 

 嘆息。

 

 ブレナは鉛の息を落として、二人の会話を断ち切った。

 

 そのまま、二人の顔を交互に見やって、言う。

 

「おまえら、昔はもうちょっと仲良かったのにな……。犬猿の仲って設定は直前で取りやめたんだけど……なんでこんなになっちまったかね……」

 

 育て方が悪かったのか。

 

 それとも、この千年という途方もない長い年月が二人を変えてしまったのか。

 

 どちらかは分からない(与えられた任務の特異性、立場など、ほかの第三の要素かもしれない)が――もう千年前の、ブレナがよく知る二人に戻ることはないのだろうと思うと、やるせなかった。

 

「なあ、おまえら……仲直りする気はないのか?」

 

「仲直りだと? 戯言を。幼稚な言葉を使うな。これは子供の喧嘩ではない」

 

「申し訳ありませんが、父上。その女の言うとおり、これは子供が起こすいざこざのような単純な構図ではすでにないのです。無論、父上も分かったうえで、あえてその言葉を使ったのでしょうが……もはや我ら二人だけの問題ではない」

 

(……俺には、そうは思えないがな)

 

 と、だがこれは口には出さない。

 

 ブレナは代わりに、

 

「……分かったよ。勝手にしろ。が、今回は双方矛を収めろ。収める気がないなら俺にも考えがある」

 

「考えというのは?」

 

「収める気がないほうの敵に回る。ナミが矛を収めてミレーニアに撤退するのをおまえが許さないのであれば、俺はナミの味方になっておまえと戦う。逆におまえが矛を収めたにも関わらず、ナミが納得せずにおまえを攻撃しようとしたら、俺はおまえの側に立ってナミと戦う。理解したか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人の口が、同時に閉じる。

 

 長い沈黙の末、先に口をひらいたのはナギだった。

 

「……分かりました。いろいろと納得できない部分はありますが、今回は父上の顔を立てて矛を収めましょう。父上にそちら側に立たれたら、総合的に考えて我らに勝ち目はない」

 

 言って、ナギが戦闘態勢を解く。

 

 ブレナは、ナミのほうを見やった。

 

 彼女は、何も言わなかった。

 

 何も言わずに、ナギ同様、戦闘態勢を解除する。

 

 と、彼女はアイコンタクトで部下の少女に自らの意思を伝えると、無言のままに踵を返した。

 

 そのまま、出入り口のほうへと歩を進める。

 

 最後に、ブレナにだけ聞こえるような小声で、ぼそりと一言吐き落として。

 

「……さよなら、父さま」

 

 激動の夜が、そうして静かに幕を閉じる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。