転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた 作:如月隼
神歴1012年、5月1日――ミレーニア大陸東部、港町ハーサイド。
午後3時37分――ハーサイド、宿屋の一室。
「ほら、あんたもおでこ出して」
「ん……」
言われて。
リアは素直におでこを差し出した。
声の主――セーナのひたいと、そうして自らのひたいをコツンと合わせる。
レスポンスは、二秒と経たずに返ってきた。
「……めちゃくちゃ熱いわね。これたぶん、三十九度七分くらい熱あるわよ?」
「……なんで分かるの? 毎回思うけど……セーナ姉のその意味分かんない特技謎すぎるんだけど……」
テキトーに言っているように見えて、実際に体温計で測るとほとんど毎回誤差はゼロ。
セーナ・セス、謎の七大特技のひとつである。
「……にしても、まだ到着して三時間も経ってないんだけど……。風邪ひくの、いくらなんでも早すぎない?」
呆れ度90パーセントのセリフが、頭上で響く。
ベッドの上から、リアはかすれた声でそれに応じた。
「……ごめん。慣れない船旅で、疲れ溜まってたのかも。セーナ姉は、平気?」
「もち。当然じゃない。今までの人生で、風邪ひいたことなんて一度もないし」
セーナがそう言って、自慢げに胸の前で右の拳をギュッと握る。
彼女はそのまま、
「あんたは風邪ひきすぎ。年に二、三回ひいてんじゃない。ちょっと気合足りないんじゃないの? 治ったら、アタシと一緒に乾布摩擦やる?」
「……絶対やんない。てゆーか、まだ
「んなこたぁない! 効果てきめんよ! アタシが風邪ひかないのは、乾布摩擦のおかげなんだから!」
「…………」
まあ、確かにセーナは風邪をひかない。ひいている姿を見たことがない。ただの一度も見たことがない。それはそれで冗談みたいな話なのだが。
「とにかく、あんたは熱がひくまでおとなしくそこで寝てなさい。任務復帰は完全に熱が下がってから。答えは『はい』か『うん』しか許さない。どっち?」
「……うん」
「うん、良いコ」
ニッコリ笑って、セーナ。
彼女はその流れのまま、後ろ手に手を振って、部屋の外へと歩いて消えた。
その後ろ姿を見送ると、リアは『部屋隅で一人遊びをしているトッド』に視線を滑らせ、深く長い息をそろりと落とした。
「……最悪。トッドだって元気にしてるのに、情けない……」
恥辱と羞恥にまみれた、最低最悪のファーストステップだった。
◇ ◆ ◇
「うぅ……頭痛いよぉー、気持ち悪いよぉー、天井グルグルするよぉー。これホントにただの風邪なのぉー?」
「いや知らないですよ。わたし、お医者さんじゃないので。でも、熱もそんな高くないですし、ただの風邪じゃないですか?」
「高いよー! 三十八度七分もあったじゃんー! 喉が痛くて唾も飲めないー!」
「じゃあ、飲まなきゃ良いじゃないですか。三十八度七分なんて、そこまで高い熱じゃないです。二、三日寝てれば、たぶん良くなりますよ」
「二、三日もこんな状態なの耐えられないー! 今すぐ元気になりたいー!」
「……アリスさん基準で元気語らないでください。普通のヒトなら、これ以上ないってくらい元気な状態ですよ」
「元気じゃないーっ、節々痛いーっ、かったるいーっ」
「アリス、風邪ひいたときは首にネギ巻くとすぐ治る。レプが風邪ひくとおじいちゃんがすぐ巻いてくれた。効果てきめん」
「なにそれ!? そんな原始的な方法やだよーっ、ネギ臭くなっちゃうーっ!」
「じゃあ、病院行って注射でも打ってもらいますか? おんぶしますよ」
「注射はやだーっ! もっとやだーっ!! 一番やだーっ!! 絶対やだーっ!! やだーっ!!」
「…………ハァ」
ブレナは、そこでようやくと鉛の息を一息落とした。
現在、室内にはブレナを含めて四人の人間がいる。
ルナとレプ、それにベッドの上で五歳児と化しているアリスを加えた四名である。
ミレーニア大陸の玄関口、港町バーサイドに降り立ってわずか数時間で、よもやこのような事態に陥ろうとは……。
ブレナはもう一度、今度はより深く鉛の息をよどんだ空気に混ぜ落とすと、
「ネギも注射も必要ねぇよ。この症状はおそらく、この地方特有の風土病――パッピン病だ」
「パッピン病ってなに!? 頭パッピンしちゃうの!?」
「頭パッピンってなんだ。パッピンしたらどうなるんだよ。ちょっと見てみてぇな」
見たら見たで後悔しそうだが。
とまれ。
「船旅で疲れがたまってた状態だったとしても、滅多にかかるようなもんじゃないんだけどな。まさかリアも含めて二人もダウンするなんて、完全に想定外だ。まあ、リアはアリスと違って体力あるだろうからそこまで心配――」
「あのコのが、たぶん重症だと思うわよ。ああ見えて、案外身体弱いから」
聞こえてきた声に――。
ブレナは姿勢を変えずに、首から上だけをその方向へと差し向けた。
セーナ・セス。
やれやれといった感じで隣の部屋から出てきた彼女は、
「――で、そのプッチョン病とかに効く特効薬とかってあったりすんの? アタシら、こんな場所であんま長い期間足止めされたくないんだけど」
「パッピン病な。なんだよ、プッチョンって。どこから出てきたその言葉。その言葉になんか思い入れでもあんのか? まあ、どうでもいいけど……」
おそろしくどうでもいい。
ブレナは鼻息を落として気持ちを切り替えると、
「あるよ。この町の北西――ルドン森林で採れるルドン茸ってのを煎じて飲めば一発で治る。飲まなくても、一週間もあれば全快するけど。パッピン病は、土地の人間にとっては風邪レベルのそれだ」
「…………」
受けたセーナが、少し考えるようなそぶりを見せる。
彼女はそのまま、二、三歩、意味なくゆるりと前進すると、
「町医者に行けば、その薬はあったりするの?」
「ないだろうな。ルドン森林には凶悪なモンスターも生息してる。ほっとけば一週間程度で治る病気の特効薬を、命の危険を冒してまで採りに行こうとするモノ好きはいねえよ。ま、ダメ元でのぞいてみるのもアリかもしれんが――自分たちで採りに行くほうが確実だろうな」
「…………」
再び、セーナが黙る。
それを見たルナが、何かを言おうと口をひらくが――その前にまたしても、室外(今度は廊下側)から響いた第三の声に先を取られる。
「何を悩む必要がある。採りに行くしかなかろう。こんなところで一週間も足止めされるデメリットを考えたら、それ以外の選択肢など無きに等しい」
「…………」
今度は、ブレナが黙る番だった。
廊下側から部屋の中に入ってきたジャックが、当たり前のことを言うかのようにそう発するが、すぐには反応できない。
ジャックの言うとおり、確かに一週間の足止めはキツい。
だが、彼のその意見に二つ返事で賛同できない理由がブレナにはあったのだ。
理由。
いや、理由というほど確かなロジックがあるわけではない。
言うなれば『勘』――『直感』のようなものだ。
そう、心に何かがひっそりと囁きかけてくるのである。
絶妙な間隔で。
が。
結局、ブレナは『行く』という選択した。
取ってきてーっ、とアリスに駄々っ子のようにせがまれ――かつルナやレプも行く派に傾いたため、数の論理で押し切られてしまったのだ。
結果――。
だが、その『選択』が思わぬ『不測』を招くこととなる。
神歴1012年、5月1日――。
ブレナ・ブレイクの新たな旅が、想定外のイレギュラーを孕んで静かにひっそりと生まれて落ちる。