転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた   作:如月隼

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第74話 おもしろいこと

 

 神歴1012年5月5日――ミレーニア大陸東部、フェリシアの町。

 

 午後1時58分――商業区、裏路地。

 

(……もう来やがったのか!? クソッタレが!! クソッタレな展開だぜ、コイツはよぉ!!)

 

 どうする?

 

 逃げるか? 

 

 腹をくくって戦うか?

 

 モーリスは高速で思考を巡らせた。

 

 視線の先、数十メートル――金髪碧眼の、見知った青年が立っている。

 

 ブレナ・ブレイク。

 

 最凶最悪の相手だ。

 

(……ダメだ、戦うなんて選択は論外。ノエルがいたって勝てなかった相手だ。俺一人でどうこうできるわけがねえ。が、逃げるにしても……)

 

 逃げ切れるか?

 

 否、こんな脳内問答こそ時間の無駄。

 

 逃げ切れるかどうかは問題じゃない。

 

 逃げ切れようが逃げ切れまいが、逃げる以外の選択肢など存在しないのだ。

 

 モーリスは、遮二無二に走った。

 

 ブレナとは逆方向に。

 

 スピードには自信がある。いくら奴が速くても、これだけの距離(アドバンテージ)があれば、そうたやすく追いつかれはしない。逃げに徹すれば、十二眷属の自分ならば逃げ切れる。逃げ切ってみせる。

 

 胸中で、自身に言い聞かせるようにそうつぶやくと、モーリスは最初のT字路を左に曲がった。

 

「兄者の予想的中。あっちじゃなくてこっちに来た」

 

「――――っ!?」

 

 モーリスは、反射的に真上に飛んだ。

 

 直後、彼の元いた場所を刃の一閃が突き抜ける。

 

 その段になって、彼は起こった事象を理解した。

 

「よけられた。完璧なタイミングだったのに。レプは悔しい」

 

(……なんだ、このガキッ!? この場所で待ち伏せしてやがったのか!?)

 

 少女。

 

 モーリスの逃走経路のド真ん中に立ちふさがったのは、どこか見覚えがあるような緑髪の幼い少女。

 

 そして、その少女との想定外のはち合わせが、彼の命運を残酷に刈り取る。

 

 モーリス・ルランは、絶望の息を吐いた。

 

 このロスは、致命的だ。

 

 この一秒足らずの長大な時は、失ってはいけない虎の子のアドバンテージだった。

 

 逃走に有利なこの入り組んだ路地も、これでただの雑多な道へと早変わる。

 

 モーリスは目の前に降り注いだ、確かな終焉を受け入れるほかなかった。

 

(……クソがっ、最悪だぜ。あのうさん臭い野郎の口車に乗って、ナミの下になんぞつかなければ、こんなことにはならなかった。あのまま好き勝手に生きてりゃ……)

 

 ピュッ!

 

 彼の意識は、そこで途切れた。

 

 千年の時を好き放題に生きた、モーリス・ルランの生涯が文字どおり一刀のもとに分かれて朽ちる。

 

 

      ◇ ◆ ◇

 

 

 同日、午後2時――フェリシアの町、商業区。

 

 露店近くのベンチ。

 

「どうですかー、痛くないですかー?」

 

「痛くないーっ、気持ちいいーっ、ルナちゃんさいこーっ♡」

 

 セーナは、蕩《とろ》けた。

 

「ぐなあーっ、セーナさんズルいーっ! 五分交代って言ったのに、もう七分経ってるーっ、欲張りだーっ、ルナを返せーっ!」

 

「やだーっ、返さないーっ、ルナちゃんはアタシのだーっ」

 

「ぐなあーっ、ルナはあたしのだぁーっ! あたしの親友なんだからーっ、取っちゃダメーっ!」

 

「取っちゃったもんねー。ルナちゃんは、あんたの親友からアタシの親友にクラスチェンジー」

 

「そんなのダメ―っ! 断固拒否するーっ!! ルナーっ、戻ってきてよーっ!!」

 

「いえ、わたしはどこにも行ってないです。二十分近く、一歩もこの場を動いてないです。そろそろ動きたいです」

 

 ジト目で、ルナ。

 

 彼女はそのまま、ため息混じりにセーナの腰から手を放した。

 

 ハッと気づいたセーナは、慌てて首から上だけをルナのほうへと差し向けた。

 

「だあーっ、やめないでー! もっと腰揉んでーっ! マッサージしてーっ!」

 

「ダメです。交代です。次は――」

 

「やったーっ、あたしの番だーっ、セーナさん、どいてーっ」

 

「えーっ、マジでー? まだ三分くらいしか経ってなくない?」

 

「七分経ってるよ! 二分もオーバーしてるー! はやく代わってー!」

 

「んもぅ、しょうがないなぁ……」

 

 がっかりと一息吐いて、セーナはベンチを立ち上がった。

 

 と、入れ替わるようにして、その場所にアリスが納まる。

 

 ルナの両目は、さらにジトリと細まった。

 

「……なにしてるんですか、アリスさん」

 

「なにって、ベンチにうつぶせになってるんだよ。ルナのマッサージ受けるために。次はあたしの番だからね」

 

「なに言ってるんですか? アリスさんは最初にやったじゃないですか。次はトッドくんの番です」

 

「えーっ、なんでー! なんで一回でおしまいなのーっ! なんでなんでー! もう一回、マッサージしてよー!」

 

「……駄々っ子ですか。トッドくんの番が終わったら、もう一回してあげますよ。でも、トッドくんが先です。ホントは一番最初にやってあげたかったんだから。朝からずっと歩きっぱなしだったのに、何も文句を言わないトッドくんはエラいです。この中で一番大人です」

 

「そんなことないー! あたしのほうが大人だー! 十一歳もあたしのほうが年上だーっ!」

 

 勢いよくベンチを立ち上がり、さらにはその勢いのままにいつものようにグーにした両手もバッと頭上に振り上げ、アリスが抗議の声を張り上げる。

 

 その様を見て、セーナはハタと我に返った。

 

 これはいけない。

 

 危うく、あれと同じレベルまで落ちるところだった。

 

 彼女は気持ちを切り替えるようにコホンと一息吐くと、少し離れた位置でしゃがみこんでいたトッドに近づき、

 

「ほらトッド、こっちおいで。ルナお姉ちゃんがマッサージしてくれるってさ。してもらいな。疲れ取れるから」

 

「…………」

 

 返事がない。

 

 セーナは、トッドの顔を覗き込んだ。

 

「トッド? どした?」

 

「…………」

 

 色のない瞳。

 

 ただ、その瞳をまっすぐに下方向へと向けて。

 

 トッドは何かに取り憑かれたように、木の枝を使って一心不乱に土の地面に不思議な文様を描いていた。

 

 不思議な文様。

 

 この時点では、それは不思議な文様以外の何物でもなかった。

 

 この時点では――。

 

 クライマックスの胎動は、このときすでに始まっていた。

 

 

      ◇ ◆ ◇

 

 

 同日、午後3時37分――フェリシアの町、旧商業区。

 

 武器屋跡、地下室。

 

「遅いなー、モーリス」

 

 高さ五十センチほどの木箱にちょこんと腰掛け、サラは退屈そうにつぶやいた。

 

 あれからもう、二時間近くが経つ。

 

 時間にルーズなモーリスだが、あの状況下で別れて、そのまま二時間近くも音沙汰なしはありえない。

 

 三十分が過ぎた段階で、サラはいろいろと察した。

 

 察したが、せめて二時間は待っていてあげようとラインを定めた。

 

 一人ではないし、それほど退屈はしないだろうと思っての判断である。

 

「……遅いね」

 

 ボソリと、女がつぶやく。

 

 黒髪黒目。

 

 自分とまったく同じ特徴を持つ、数少ない(元から少ないのに、最近さらに少なくなった)同胞の一人。

 

 その同胞――ノエル・ランに視線を移して、サラは軽い口調で言った。

 

「やられちゃったかなー、これ」

 

「……やられちゃったかも」

 

 さっきとまったく同じ、抑揚のないトーンでノエルが応じる。

 

 サラは、ため息混じりにこくりと頷いた。

 

「はぁーあ、ザンネン。殺られる前に、ちゃんとあのコのことは殺ったのかなー?」

 

「……どうかな? 確かめてくる?」

 

「いいよ、ボクが行く。ノエルが行って、もしブレナに感づかれたら派手なバトルになっちゃうからね。ボクなら通行人を装って、確認だけしてすぐ戻ってこれるし」

 

「了解。じゃあ、サラサラにお願いするね」

 

「あーい。じゃあ、あと五分だけ待ったら――あっ、そうだ。それはそうと……」

 

 気軽に応じ、でもサラは中途であることに思い至って、続ける言葉を急遽変えた。

 

「ノエル、ラドンの村って知ってる?」

 

「知ってる。ティレーネ山のふもとにある、小さな山村。十人くらいしか住んでないけど、みんな好いヒトたち」

 

「うんうん、そうそう。そんでさ、そこでボク、おもしろいことやろうと思ってるんだよねー。てゆーか、今さっき思ったんだけど」

 

「おもしろいこと? 牛乳口に含んで、噴き出しちゃったら負けの大会?」

 

「あーうん、そーゆんじゃない。爆笑させる、とかのおもしろいじゃなくて、ボクの変身能力を使って……あー、うー、んと……」

 

 どう説明すればいいのだろう?

 

 サラは虚空を見やって三秒考えると、 やがてあきらめたように視線を戻した。

 

 言う。

 

「まあとにかく、おもしろいこと。ナミ様とかも誘って盛大にやる予定だから、暇を作ってノエルも来てよ。日取りが決まったら、改めて連絡するから」

 

「了解。エブリデイホリデーだから絶対行く」

 

 ほんのちょっぴり声のトーンを楽しげに高めて、ノエル。

 

 サラは満足げに頷いた。

 

 ()()()()()()()

 

 ああ、最高におもしろい催しだ。

 

 きっと大盛況となるだろう。

 

 こらえきれずにクスリと笑うと、サラ・サーラは胸中で確信の言葉をつぶやいた。

 

 ――楽しめて、目的も果たせる最高のイベント。ひょっとしたら、ついでにブレナの首まで取れちゃうかもね。

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