風邪引きました、抗生物質のせいでお腹もいたい。みなさんも健康には気をつけて。薬による眼圧もすごいし、散々だぜ…
感想返しや次の更新遅れるかもしれません。
今回の執筆のお供は月まで煙る不死の焔でした。
冷たい水に沈んでいくような感覚は、唐突に断ち切られた。上下の感覚が曖昧になり、内臓が浮き上がるような浮遊感に襲われたかと思うと、次の瞬間、私の足は、さらさらとした柔らかい地面を踏みしめていた。
「……着いた、のかしら」
私は、ゆっくりと目を開けた。足元に広がっているのは、どこまでも続く白い砂浜。そして、目の前には、霧の湖がまるで水たまりに思えるほどの、途方もない水塊が横たわっていた。
(……!あぁ、これが海ってやつね)
私は手を叩き、その存在を思い出す。外の世界の書物で読んだり、お母さんに教えられて存在自体は知っていた。全ての川が流れ着く場所。生命の源。にしても、大きい。霧の湖も広いと思っていたけれど、これは桁が違う。対岸が見えないどころか、水面がそのまま空に溶け込んでいるようだ。
水平線、という言葉を、私は初めて肌で理解した。
「……でも、何かしら。この違和感は」
私は水際に歩み寄り、寄せては返す波を見つめた。お母さんは、海とはもっと荒々しく、潮の香りがして、生命に満ち溢れていると言っていた、それと比べて、目の前にある海は静か。ただ、透明な水が、ただ意味もなく、満ち引きを繰り返しているだけの死に絶えた海。三途の川の方が、何倍も騒がしい。
そうして、ふと足元の水面を覗き込んだ、その時だった。
「……え?」
鏡のように凪いだ暗い水底に、一つだけ、鮮烈な『青』が浮かんでいるのが見えた。
それは、この灰色の世界には存在しないはずの色。至高の瑠璃のような深い蒼に、渦巻くのは純白の衣。息を呑むほどに美しく、そしてどこか懐かしい輝き。
私は慌てて顔を上げ、漆黒の虚空を仰いだ。そこには、水面に映っていたものと同じ、しかし圧倒的な質量を持った青い鞠のような星が、冷たい天にぽつりと架かっていた。
「あんな星があるのね…って、いけないいけない、早く異変解決しないと」
私は首を振り、意識を現実に引き戻す。何の変化もない海は見飽きたと思っていたが、あの星が見守っていると思うと、少しだけ勇気が湧いてくる気がした。
それはさておき、私はどちらに進めばいいのやら。案内役もいない。地図もない。だが、あてずっぽうに歩くわけにもいかない。何か、目印になるものはないかと、私は霊力を目に集中させ、何かしらの建築物を探す。
「……ん?」
海の反対側。漆黒の空と、灰色の台地が交わる境界線。その一点に、異質な影が揺らめいているのが見えた。
それは、木だった。とてつもなく巨大な一本の巨木。この殺風景な月において、唯一、天に向かって枝を伸ばし、圧倒的な存在感を放っている。遠近感が狂うほどの大きさだ。ここからでも見えるという事は相当大きいのだろう。
「あそこだけ、空気が違うわね」
直感が告げている。あの木の下に、何かがある。あるいは、誰かがいる。この死んだような世界で、あそこだけが、唯一「生きている」場所のように感じられた。
「……迷ってる暇はないわね」
私は、お祓い棒を握り直すと、その巨木を目指して宙に身を投げ出した。重力から解き放たれ、霊力で空気を踏みしめる。衣がはためくその音が、この静寂の世界に対する私からのささやかな宣戦布告のように響いた。
「……でかすぎでしょ」
近くで見上げると、それはもう、木という概念を超えていた。幹の太さは山脈ほどもあり、天を覆う枝葉は、それ自体が一つの森、いや、世界の天井のようだ。枝は星の瞬きを覆い隠し、花は黄金のように光輝く。
私は速度を落とし、その巨木の根元――黄金の葉が降り積もる、広大な広場へと降り立った。
巨木の幹に背を預け、優雅に杯を傾ける人影。夜の闇をそのまま切り取ったような、漆黒の長髪。透き通るような白い肌。その身に纏うのは、古代大陸の王朝を思わせる、幅広の袖を持った流麗な漢服。深い藍と銀の刺繍で彩られた豪奢な装束だが、どこか悠久の時を感じさせる古色を帯びていた。その手には、身の丈ほどもある、豪奢で巨大な黄金の斧が握られている。
「……まだか」
彼女が、独り言のように何かを呟いた。その声は、湖の底から響くように、静かで、深く、私の鼓膜を揺らした。彼女は、ゆっくりと視線を私に向ける。その瞳は金色。そして、それには狂気が宿っていた。
「……あんたが星を隠した犯人?」
私はお祓い棒を突きつけ、彼女の瞳を射抜くように睨みつけた。
「あんた、この木の番人なんでしょ? だったら、大人しくその木の手入れでもしてなさいよ」
「……手入れ、か」
彼女は、自嘲気味に口元を歪めた。そして、愛おしそうに、しかし憎々しげに、背後の巨木の幹を撫でる。
「我は、千年以上、この木を切り続けてきた。切っても切っても、即座に再生する、呪われたこの木犀をな。……それが、我に与えられた『罰』だったからだ」
「罰?」
「ああ。……昔話をしてやろう」
罪人は、遠い地上の青い輝きを見つめながら語り始めた。
「昔、ある愚かな月の民がいた。彼女は、ある一人の賢者に、狂おしいほどの憧れを抱いていたのだよ。××という、月の賢者に」
「あの方は、禁忌とされる『蓬莱の薬』を作り、自ら服用した。……ならば、その月の民も飲みたいと思ったのだ。あの方と同じ高みに、同じ『永遠』に、到達したかった」
罪人の瞳に、狂信的な光に爛々と輝く。
「だが、薬は地上に隠されていた。あの方が、口止め料として、地上のある夫婦に渡していたのだよ。……竹取の翁と、その媼に」
竹取物語。かぐや姫の育ての親。 嫌な予感が、背筋を駆け上がる。
「だから、我は地上へ降り、その人間どもを殺し、薬を奪った」
「……なっ」
あまりにも淡々とした告白に、私は言葉を失った。彼女は、まるで雑草を刈り取ったかのように、人の死を語る。
「だが、無駄だったよ。地上に居を移す準備のために月へ戻ったところ……我の飼っていた玉兎が、密告したのだ。『ご主人様が、禁忌の薬を隠し持っている』とな」
彼女は、ギリ、と歯ぎしりをした。
「薬は没収され、我はこの木の前に引き据えられた。以来、千年以上。我はこの木犀を、来る日も来る日も切り続けるだけだった」
「だがな、ある日、考えたのだ。この木は切れば切るほど再生し、強く、高く伸びようとする。ならば、切るのをやめ、私の霊力を注ぎ込めばどうなるか?」
彼女は恍惚とした表情で、頭上を覆う巨大な枝葉を見上げた。
「結果がこれだ。木は月を飲み込み、その枝は宙を越え、ついに地上へと届けようとする。……ふふ、あの方が地上にいるのなら、我が降りるのではない。この木で月と地を縫い合わせ、あの方の元へ『月』ごと会いに行けばいいとな!そして、我は××様と永遠を生きる!」
「……正気じゃないわね」
私は呆れを通り越し、憐れみすら覚えた。
「千年もの間、たった一人の幻影を追い続けて、世界を巻き込む? あんたが見ているのは永遠なんかじゃない。ただの未練よ」
「ははは、我は至って正気だよ……私の愛は、この巨木よりも深く、重い。その意味を、貴様の死をもって理解するがいい!」
彼女は黄金の斧を振り上げる。その刃が放つ殺気は、冷たい月光すらも凍りつかせるほどだった。
「来るなら来なさい! その伸びすぎた幹ごと、私が伐採してあげるわ!」
「ほう、我と『木切り』で競おうというのか? ……いい度胸だ」
彼女は巨大な斧を片手で軽々と振り回し、切っ先を私の鼻先に突きつける。
「我が名は、
「はん、言ったわね。この『棒切れ』がどれだけの妖怪を退治してきたか、その身にたっぷりと教えてあげる!」
私は売り言葉に買い言葉で返し、即座に霊力を練り上げる。相手はまごうことなき強敵。きっと今まで戦ったやつらの中でも一番強い。千年間
──速い。巨斧の重量を感じさせない、まるで重力という枷を外されたかのような踏み込み。私は反射的にお祓い棒を構え、横薙ぎに振るわれた黄金の刃を受け流そうとする。
だが。
「……っ!?」
金属音はしなかった。斧の刃が私に届く寸前、その軌道が不自然に──幾何学的な直角を描いて──折れ曲がったのだ。斬撃が、空を切る。なぜ?いや、違う。彼女は空間に『線』を引いたのだ。
キィィン、という耳鳴りのような音と共に、斧が通った軌跡が青白く発光し、そこに無数の光弾が生成される。
「かつて、我は見たのだ。地上から這い出た『
桂花が斧の柄で虚空を叩くと、滞空していた光弾が一斉に、不規則かつ計算された豪雨となって私へと降り注いだ。力任せの破壊じゃない。これは、逃げ道を塞ぐための配置。狩人が獲物を追い詰める罠の配置だ。
「あの方の放つ矢は、全てが星の運行の如く計算され尽くし、刹那の迷いも一厘の無駄もなく、その軌跡の全てが……ああ、身震いするほどに完璧だった!それに比べれば……ははっ、私のこれなど、所詮は児戯! 矢さえもまともに放てず、斧を振るうのみの拙ない真似事! ただの『
「これが…児戯、ですって……?」
降り注ぐ光弾の雨を、私はお祓い棒を回転させて防ぐ。彼女が崇拝する「月の賢者」とやらが、どれほどの使い手なのか私は知らない。だが、目の前のこれが、ただの遊びでないことだけは分かる。
「……笑えないわね。その『ごっこ遊び』に込められた殺意だけは、本物よ」
桂花の瞳は、もはや私を見ていない。彼女が見ているのは、何千年前、いや、何万年も前かもしれない記憶。憧れが戦う姿。その幻影を追いかけ、模倣し、自分なりの解釈で再構築した、歪んだ理想の体現。だからこそ、タチが悪い。桂花の背後の木のようにどんどん成長している。
「見よ! これぞあの方が編み出した、不滅の弾幕!」
桂花が斧を振りかざすと、空間に幾何学模様が浮かび上がる。そこから現れたのは、木犀に住む妖精たち。黄金色に輝く翅を持ち、月光を纏った無数の小人たちが、幾何学の檻から解き放たれた蜂の大群のように溢れ出した。
「『壺中の天地』ならぬ、『樹海の牢獄』といったところか」
四方八方から迫る弾幕。逃げ場はない。防御も貫通される。
「くっ……!」
私は、思考を加速させる。真正面から受け止めるのは愚策だ。彼女の動きは、あくまで「模倣」。永琳の完全なコピーではない。そこには必ず、彼女自身の「癖」が出る。
(……斧の軌道。力の溜め。そして、足運び)
私は、弾幕の嵐の中で、目を閉じた。視覚情報に頼るな。霊力の流れを感じろ。彼女の意識が、次にどこへ向かうのか。
――そこだ。
私は目を見開き、弾幕のわずかな隙間へと身を投じた。弾幕が頬を掠め、髪を焼く。だが、致命傷ではない。
「なっ!?」
桂花が驚愕する。私が、彼女の懐――大斧を振りかぶった瞬間の、無防備な胴体へと、肉薄していたからだ。
「あんたの『ごっこ遊び』は、ここで終わりよ!」
私は、お祓い棒に全霊力を集中させる。模倣なのではない。私だけの、博麗の巫女としての力。 邪気を払い、偽りを砕く、退魔の一撃。
「夢想……!」
「甘いッ!」
桂花が、斧を持たぬ左手を突き出した。その掌から放たれたのは、弾幕ではない。根だ。
ドゴォォォン!!
私の足元の地面が爆ぜ、無数の黄金の根が、槍の如く突き上げられた。それは私の「夢想封印」が発動するよりも、コンマ一秒、速かった。
「がっ……!?」
霊力を解き放つ寸前、私の四肢は、鋼鉄よりも硬い樹木によって絡め取られていた。手首、足首、胴体、そして首。全身を万力で締め上げられるような激痛と共に、私は宙へと吊り上げられる。
「しまっ……放せッ!」
私は即座に霊力を爆発させ、拘束を吹き飛ばそうとした。
だが、できない。
…力が、入ら、、ない。
「無駄だ。この妖神の樹は、神の力も月の魔力すらも吸い、星の光を喰らう神木。貴様のちっぽけな霊力など、瞬く間に吸収し、養分に変えてしまうだろう」
桂花が、嘲笑いながら近づいてくる。私の体から力が抜けていき、指一本さえも動かせない。
「な、ん……て……こと……」
お祓い棒が、カラン、と乾いた音を立てて地面に落ちた。私の体は、完全に巨木の一部として取り込まれようとしていた。
「惜しかったな、巫女よ。その踏み込み、その速度。千年磨いた我の目でも、捉えるのがやっとだった」
桂花は、私の目の前で足を止め、黄金の斧の刃を、無防備な私の喉元に冷ややかにあてがった。彼女の黄金の瞳が、残酷に細められる。
(……動け!)
私は必死に思考を巡らせる。この拘束を解くには、外からの力――『神降ろし』を使うしかない。 私は意識を研ぎ澄まし、お母さんに接続を試みる。だが、ダメだ。
(……繋がらない!?)
なぜだかはわからない。ここが月だからか、それともこの木に理由があるのか。それとも、私の霊力が吸い取られていたからか。
「終わりだ。貴様の命、この木の新たな花として、永遠に咲かせてやろう」
桂花が斧を振り下ろす。 死が、迫る。
――ふざけるな。こんなところで、あんな妄執に食われて終わるなんて、御免だわ!
「……吸い尽くすですって?」
私の口から、乾いた笑いが漏れた。
「だったら……吐き出させてやるわよ!!」
私は、自身の内側にある「霊力の源泉」を、全開にした。制御などしない。限界など考えない。 私の魂が燃え尽きるほどの速度で、霊力を生成し、全身へと送り込む。
吸われる? 構うものか!十吸われるなら、百生み出せばいい。百吸われるなら、千叩き込めばいい!
ドクンッ!!
懐に忍ばせていた陰陽玉が心臓のように鼓動すると同時に、信じられないほどの霊力を放つ。私を締め上げていた黄金の根が、急激な霊力の流入に耐えきれず、ミシミシと悲鳴を上げ始める。吸収が追いつかない。許容量を超えて逆流し、根の内側から光となって溢れ出していく。
「な、なんだ!? 貴様の霊力、底がないのか!?」
桂花の表情が凍りつく。遅い。
「あふれろぉぉぉッ!!」
カッッッ!!!!
陰陽玉から放たれた純白の閃光が、黄金の呪縛を内側から弾け飛ばした。木っ端微塵に砕け散る根。私はその爆風に乗って後方へと跳躍し、間一髪、振り下ろされた黄金の斧を回避した。
「……はぁ、はぁ……」
膝が笑う。視界が明滅する。先ほどの一撃で、私の霊力は底をついていた。陰陽玉も、オーバーヒートしたように熱を持ち、光を失っている。虚勢を張って睨みつけてはいるが、指一本動かすのも億劫だ。次の一撃が来れば、今度こそ防げない。
だが。桂花は、追撃してこなかった。彼女は、私ではなく、私の背後――先ほどの閃光を浴びてなお、傷一つ付かずに聳え立つ、あの巨大な木犀を見上げていた。
「……ああ」
彼女の口から、陶酔したような吐息が漏れる。彼女が見つめる先で、巨木が変貌を始めていた。 私の放った莫大な霊力を、破壊されるどころか養分として吸い上げたのか。黄金の葉の一枚一枚が、内側から燃え上がるような、強烈な光を放ち始めたのだ。
それはもはや、月光の反射ではない。自ら熱を発し、光を放ち、周囲の闇を焼き尽くす、圧倒的なエネルギーの塊。
「素晴らしい……。これぞ、我が求めた『永遠』の輝きなのだろう」
桂花は、恍惚とした表情で、両手を広げた。その瞳に映っているのは、もはや私ではない。彼女が千年かけて育て上げ、そして今、完成しようとしている、歪な神樹の姿だけだ。
「見よ、巫女。この圧倒的な光量を。この生命の熱を!」
彼女は、まるで恋人に語りかけるように、熱っぽく叫んだ。
「冷たく静かな月の光などではない。この木の輝きは、まるで……そう、『太陽』のようだ」
「……太陽、ですって?」
その言葉が、私の意識を強烈に引き戻した。私は、眩む目を細めて、その木を見上げる。確かに、それは眩しかった。直視できないほどの黄金の輝き。夜の静寂を否定し、全てを昼の理で塗り潰そうとする、傲慢な光。
――皮肉なものね。
私は、乾いた唇を舐めた。彼女は知らないのだ。私の能力を。私の、本当の切り札を。彼女が、その木を「太陽」と定義してしまった瞬間に、彼女の敗北が決定したことを。
「……ええ。そうね。あんたの言う通りだわ」
私は、最後の力を振り絞り、ふらりと立ち上がった。空っぽだったはずの身体の奥底から、ドロリとした、熱い力が湧き上がってくる。それは霊力ではない。私の魂に刻まれた権能。
「それが『太陽』だと言うのなら……」
私の瞳が、夕焼けのような茜色に染まる。
「――沈めてあげるわ。黄泉の底まで」
Q.なぜ独月なのか?
A.木犀の枝葉が星の輝きを遮ったから。
黒幕の元ネタは妖怪だと桂男、神話にすると呉剛です。…実は嫦娥の夫なんだよ!という情報が出てきたが、真偽がわからぬ。いや、嫦娥の夫は后羿じゃろ。多分、どっかで諸々混ざったんやろうなぁ。