東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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在原業平がずっと頭に巣食う一週間でした。在原業平が桂男と称されるほどの美男子で、天乃逆手を打った人物で、水鏡の注釈をつけた井筒にも出てきて……ずっと何かしらの関わりがありました。名前をもっと在原業平寄りにすればよかった。


番外 独月異変⑤

 盛者必衰。諸行無常。生者必滅。栄枯盛衰。まぁ、なんでもいい。とにかく、ありとあらゆるものはいつか終わりを迎える。

 

 それがこの世界の最も基本的な理。昇ったものは必ず落ち、始まったものは必ず終わる。形あるものは必ず壊れ、長い(妄執)もいつしか醒めるときが来る。

 

 …一つの例を挙げよう。お母さんから聞いた南蛮のある国の話。彼の国はその広大な領地から、領土のどこかに常に太陽が昇っていたらしい。曰く、太陽の沈まぬ国。

 

 だが、その栄華を極めた帝国でさえ、斜陽の時を迎えた。歴史という名の巨大な大波が、彼らを飲み込んだのだ。

 

 ――そして今、桂花は言った。その木を『太陽』のようだと。

 

 私は右手を天にかざし、握り込む。体内を巡る霊力を逆流させ、世界に「黄昏」を強制する権能を解放する。

 

「――沈みなさい!!」

 

 私のその言葉に、木犀の木は朽ち果てるように、枯れ始めた。黄金の輝きが、錆びついたような赤黒い茜色へと変質していく。  

 

 ギギギギギ……ッ!!

 

 巨木が、断末魔のような軋みを上げて震え出す。枝葉から溢れていた無限の生命エネルギーが、逆流し、急速に枯渇していく。

 

「な、なにが……!? 我が永遠が、我が太陽が……沈んでいく!?」

 

 桂花が絶叫する。だが、もう止まらない。彼女が自らそれを「太陽」と定義してしまった以上、私の理からは逃れられない。太陽は、沈むためにあるのだから。

 

「待て……待ってくれ! 消えるな、消えるんじゃないッ!」

 

 カラン、と乾いた音がした。 桂花は、手にした黄金の斧をかなぐり捨てた音だ。目の前の敵である私になど、もはや目もくれていない。彼女は髪を振り乱し、よろめく足取りで、急速に色あせていく巨木の根元へと駆け出した。

 

「燃えろ……燃えてくれ! お前はこんなところで終わる命じゃないだろう!?」

 

 彼女は、黒ずんでいく幹に縋り付いた。自身の白く細い腕を、ささくれた樹皮に押し付け、ありったけの霊力を注ぎ込もうとする。

 

「足りないのか? ならば、我の力を持っていけ! 千年練り上げた月の魔力を、全てくれてやる! だから……輝け! またあの、あの方のような黄金の光を放ってくれぇッ!!」

 

 それは、見るも無惨な足掻きだった。彼女の身体から、青白い霊力が奔流となって巨木へと流れ込んでいく。自身の生命さえも削るような、決死の輸血。だが、注ぎ込まれた力は、幹の中で「黄昏」の概念に飲み込まれ、ただ虚しく霧散していくだけ。

 

「どうしてだ……どうして熱くならない……! なんで冷たくなっていくんだよぉッ!!」

 

 彼女は幹を叩き、爪を立て、泣き叫ぶ。その悲痛な背中は、強大な妖怪のそれではなく、大切な玩具を壊された子供のように小さく見えた。

 

「……あ」

 

 彼女の指が、ズブズブと幹の中に沈み込んだかと思うと、次の瞬間、支えを失って虚空を掴んだ。限界を迎えた巨木が、完全にその形を保てなくなったのだ。あれほどの威容を誇っていた黄金の質量は、私の「黄昏」に食われ、サラサラと指の間をすり抜ける灰となって崩落した。

 

 ドサリ。

 

 よりかかっていた対象を失い、桂花は無様に灰の山へと突っ込んだ。

 

「……嘘、だ。……消え、た……?」

 

 月面に、恐ろしいほどの静寂が戻ってくる。彼女は顔を上げ、呆然と周囲を見渡した。空を覆っていた枝葉はない。足元を照らしていた黄金の根もない。あるのは、冷え切った月面と、見慣れた漆黒の空だけ。

 

 彼女の千年が、今、完全に無に帰したのだ。

 

「あ……う、ぁ……」

 

 桂花は震える手で、足元の灰を掬い上げた。かつての大木だった残骸。それはもう熱を持っておらず、ただ冷たく、乾いていた。

 

「ない。ないないない! 私の太陽が、私の道標が!」

 

 絶望が彼女の喉を引き絞る。だが、その絶叫は途中で奇妙な引きつりを起こした。

 

「――あは」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔に、不意に笑みが浮かぶ。

 

「……軽い」

 

 彼女は自分の肩を抱いた。

 

「なんだ、これは。身体が……羽が生えたように軽い。毎日毎日、来る日も来る日も、あの木の再生に怯え、斧の重みに耐えていた苦しみが……消えた?」

 

 絶望と、解放。

 喪失の悲しみと、自由の喜び。

 

 相反する感情が、決壊しかのように彼女の心をかき乱す。

 

「悲しい! 悔しい! なのに、せいせいする! 嬉しい! ……ああ、あの方に会えない絶望で死にそうなのに、私は今、千年で一番深く息を吸えている!」

 

 桂花は灰にまみれたまま、狂ったように笑い、そして子供のように泣きじゃくった。私はお祓い棒を下ろしたまま、その様子を見守るしかなかった。かける言葉なんてない。それは彼女自身が噛み砕き、飲み込むべき毒であり、薬なのだから。

 

 やがて。

 

 彼女の慟哭が、不意に止んだ。

 

「……ふぅ」

 

 長く、深い吐息。

 

 それが合図だった。彼女はゆっくりと、本当にゆっくりと立ち上がった。その瞳からは、さきほどまでの混乱も、狂信的な光も消え失せていた。あるのは、嵐が過ぎ去った後の湖面のような、恐ろしいほどの静寂。

 

「……終わったのだな」

 

 彼女は独り言のように呟くと、少し離れた場所に落ちていた黄金の斧を拾い上げた。刃はボロボロで、輝きも失われている。だが、彼女はそれを、まるで体の一部であるかのように自然に構えた。

 

「礼を言うぞ、地上の巫女よ」

 

 その声には、凛とした響きが戻っていた。

 

「貴様のおかげで、今の我…いや、私はただの『呉月桂花』だ。木の番人でもなく、罪人でもなく、誰かの影を追う亡霊でもない。……ただの一人の、月の民だ」

 

 彼女の全身から、青い燐光が立ち昇る。きっとそれは、彼女自身の魂の色。千年間、斧を振るい続けた孤独と誇りが、純粋な闘志として昇華されているのだろう。

 

「木は潰えた。太陽は沈んだ。残るのは我が身一つ。そして、願うは…決着だけだ」

 

 桂花が、切っ先を私に向ける。そこには、幾何学的な美しさも、計算された配置もない。ただ研ぎ澄まされた、一点の殺意だけがある。

 

「この身に残る最後の命火を以て、貴様を切り裂く。……いざ、尋常に」

 

「……参ったわね」

 

 私は、わざとらしく大きなため息をつき、冷や汗を拭った。

 

「わけわからないこと喚き散らしていたさっきの方が、まだ付け入る隙があったわ。……迷いを捨てた今のあんた、ゾッとするほど綺麗で、厄介よ」

 

 私は残った僅かな霊力をかき集め、お祓い棒を正眼に構える。元より、小細工は通じない。相手は全てを失い、全てを受け入れた「個」としての完成形。ならば、こちらも出し惜しみはしない。

 

「――勝負ッ!!」

 

 真似事(弾幕ごっこ)ではない。桂花は、月面を蹴り、ただ一直線に私へと肉薄した。

 

「『月魄』千歳断!」

 

 桂花の絶叫と共に、世界を両断する黄金の閃光が迫る。防御も、回避も間に合わない。死が、確定した未来として私の喉元に迫る。

 

 私は、自分の絞り切った霊力を呼水にし、その名を叫んだ。

 

「――『召神』黄泉神!!!」

 

 私の心臓が、早鐘のように重く脈打つ。足元の影が底なしの沼のように広がり、私の身体を足元から頭頂まで、瞬く間に漆黒の衣で覆い尽くす。視界が、鮮やかな色彩を失い、静謐な墨絵の世界へと変貌し、私の黒髪が、夜の闇を吸い尽くしたかのように色を変え、見る者全てを魅了する夕焼けの黄金色に輝き出す。

 

 身体の内側で神々が動き出した。

 

 血管を流れる血液は、火の神の劫火へと変わり、肌の内側から紅蓮の光が漏れ出す。背中には、不可視の八つの雷が、光背のように顕現し、空気を焦がす。四肢には、千里を駆ける黄泉醜女の剛力が宿り、骨格がきしりと音を立てて強化される。

 

 黄泉に住まう八百万の神々、その全ての残滓を継ぎ接ぎし、冥府の泥で塗り固めた、唯一の黄泉の神。

 

 私は、迫りくる黄金の刃を見据え、ただ、素手を差し出した。

 

 ガギィィィンッ!!!!

 

 激突の瞬間、鼓膜が破裂しそうな轟音が鳴り響く。月面が波紋のように砕け、私と桂花を中心に巨大なクレーターが陥没した。

 

「お、おおおおおおッ!!!」

 

 桂花が咆哮する。黄金の斧が発する閃光が、私の纏う闇を焼き払おうと迸り、その刃が私の掌の皮膚を裂き、肉に食い込む。重い。あまりにも重い。これが千年の妄執。彼女の「永遠」の質量。

 

 私の足が、膝が、圧力に負けて沈んでいく。全身の骨がきしみを上げ、血管から炎が噴き出す。

 

 ――負ける?そんなわけ、お母さんの力を借りてるんだ、負けるわけにはいかない。

 

 私は奥歯が砕けるほど噛み締め、内なる神々に命じる。燃やせ、支えろ、喰らい尽くせ、と。

 

「ぬ、ぅぅぅぅ……ッ!!」

 

 泥のような神力が爆発的に膨れ上がり、黄金の輝きを黒く塗り潰していく。押し込まれていた腕が、ぴたりと止まった。

 

「な……ッ!?」

 

 桂花の動きが止まる。全身全霊、必殺のタイミングで放った一撃が、私の片腕によって完全に停止させられていた。

 

「……見事な一撃だわ。千年の鍛錬が、よく練り上げられている」

 

 私の口から紡がれたのは、私の声でありながら、もっと深く、落ち着いた、大地の底から響くような声色だった。

 

「だけど、私には届かない」

 

 私は、掴んでいた斧に、指を食い込ませた。黄金の柄が、飴細工のようにミシミシと歪む。

 

「千年の夢、少し長すぎたわね。……私が、その物語に終止符(ピリオド)を打ってあげる」

 

 私は、ミシミシと悲鳴を上げていた斧から、ふっと指の力を抜いた。均衡が崩れ、桂花が前のめりになった瞬間、その腹部へ向けて無造作に、けれど神速の前蹴りを叩き込む。

 

「が、ぁっ……!?」

 

 くの字に折れて後退する彼女へ、私は追撃の代わりに、胸の前で両の手を広げた。祈りではない。祝福でもない。それは、死者が生者に別れを告げるような、あるいは生者を黄泉へ招くような、逆しまの拍手。

 

「――天乃逆手(あまのさかて)

 

 パァァァァァァァンッ……!!

 

 乾いた音が、真空の月面に奇妙なほど鮮明に響き渡る。打ち合わされた掌から放たれたのは、不可視の衝撃波ではない。「不幸」と「終わり」を強制する、災いの波動だ。それは指向性を持った暴風となって桂花を襲い、彼女の纏う闘志を紙切れのように剥ぎ取る。

 

 桂花の身体が、枯れ葉のように吹き飛び、月面の砂を巻き上げて転がった。

 

「……終わりよ、桂花」

 

 神の権能が霧散し、私は元の「博麗霊暮」へと還る。どっと押し寄せる疲労感に、思わずその場へ座り込みそうになったが、気力で耐えた。

 

 仰向けに倒れた桂花は、虚ろな目で、漆黒の宇宙に浮かぶ青い地球を見つめている。

 

「……ああ。終わった、のか。私の千年は、こうも呆気なく……」

 

「感傷に浸るのは後にして。ほら、立てる?」

 

 私が手を差し出すと、彼女は怪訝そうな顔で私を見上げた。

 

「……私を、殺さないのか?」

 

「殺すわけないでしょ。異変は解決、なら次は『打ち上げ』と決まってるわ」

 

「……は?」

 

「地上に戻ったら、神社で宴会よ。あんた、主犯なんだから逃がさないわよ? 良い酒、持ってるんでしょうね」

 

 理解が追いつかず、瞬きを繰り返す月の元罪人。その手を、私は有無を言わさず掴み、強引に引っ張り上げた。

 

「さあ、行くわよ! 夜明けまで付き合ってもらうからね!」




100話目ですか、まさかここまで続くなんて、思いもしませんでした。感想、評価を頂けると飛び上がるほど喜びます。

桂花にとって、木は××に会える希望でありながら、千年間もの間、自分を縛り付ける檻でもありました。それがなくなって、嬉しいやら悲しいやら、どんな顔をすればいいかわからなかったんでしょうね。笑えばいいと思うよ。

趣味に走りたいです。

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