東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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親バカしてぇなと思ったので。
127季君は、消えました。いつか外伝でなにかやるかもしれない…やるとしても本編終わった後ですけど。これ言うの何度目だ……

執筆のお供は、イタ電はやめて! ぼくらのスカーレット・コールでした。


第128季/春 人間の里with楽園の素敵な巫女③

 春の桜が咲き、冬のモノクロームだった景色が、淡い薄紅色へと塗り替えられていく、そんな日の事です。

 

 里の大通りは、花見に浮かれる人々でごった返していました。私はその喧騒を眺められる特等席――大通りに面した、評判の甘味処の縁台に陣取っていました。華扇ばかりを贔屓にする例の店です。

 

 注文したのは、この時期だけの限定品、季節の桜羊羹。運ばれてきた、淡いピンク色が美しい一皿を前に、私は懐から、あるものを取り出します。それは、竹筒に入れた、キリリと辛口の熱燗。ええ、持参品です。お店の方には少々申し訳ないですが、この極上の甘味には、渋いお茶よりも、熱い日本酒こそが相応しいのです。

 

 人目を盗んで、手酌で猪口を満たし、くい、と一口。喉を焼く熱さと酒精の香りが鼻に抜け、その余韻が消えないうちに、桜の葉の塩漬けが香る甘い羊羹を口に運ぶ。辛味と甘味。熱さと涼やかさ。相反する二つが口の中で溶け合う、この背徳的とも言える組み合わせこそが、最近の私の密かな楽しみなのです。

 

(……ふぅ。極楽、極楽。生きてるって実感がします)

 

 昼下がりの穏やかな光の中で、私は独り、春の味を噛み締めます。

 そんなこんなで、すっかり緩んだ顔で、二本目の徳利に手を伸ばそうとした、その時でした。

 

「……あら、レイボじゃない」

 

 思わず、レイボと言う名前に振り返ると、そこには私の愛し娘こと、霊夢が立っていました。

 …そういや、私、二年前の神霊廟の異変でレイボって名乗りましたね。うっかり、うっかり。お酒のせいで、判断力とかが鈍ってます。

 

「あら、霊夢。奇遇ですね。貴女も一杯いかがですか?」

 

「昼間っからお酒飲むなんて、悪くないわね……それより、ちょっといいかしら」

 

 彼女は私の隣の席にどかりと座り込むと、持っていた書物をテーブルの上に、ドン、と置きました。やけに古い書物です。タイトルは…『幻想郷縁起 第八改訂版』。稗田家が編纂する、幻想郷の歴史と妖怪の記録書です。第八という事は…阿求さんの一個前の代ですね。

 

「これ、読んだのよ。鈴奈庵に借りてね」

 

 霊夢は、あるページを開き、私に突きつけました。そこに記されていたのは、『英雄伝・博麗霊暮』の項目。挿絵には、私と瓜二つの姿をした巫女が、不敵な笑みを浮かべて描かれています。最も髪型とかの細かな部分は違いますが。

 

「『博麗霊暮。幻想郷の境にある博麗神社に住んでいる今代の楽園の巫女~』……」

 

 霊夢が、記事の内容を読み上げます。そして、私を指差しました。

 

「挿絵の顔、アンタにそっくりなのよ。それに名前も『レイボ』。……アンタ、この『博麗霊暮』本人、もしくはその血縁者か何かじゃないの?」

 

 私を見据えるその瞳には、真実を暴こうとする強い意志が宿っていました。

 私の胸の奥に、ふわりと温かい風が吹く感覚。かつては何も知らずに笑っていたあの子が、こうして自らの力で過去を紐解き、真実へと手を伸ばしている。その頼もしい成長ぶりが、師として、親として、ただただ誇らしかったのです。

 

(……ああ、抱きしめて頭を撫で回したい。よく気づきましたね、偉いですよ、と)

 

 ですが、いけません。それに、ぶっちゃけ、間違ってますしね。私の正体を明かしたいところですが、そうすると今までの努力が水の泡。決して、欲望に負けるわけにはいきません。

 

 私は、とろけそうになる表情筋を鋼の理性で引き締め、努めて冷静に「正体不明の紫の部下であるレイボ」の仮面をどうにか被りました。

 

「……ふふ。光栄ですね、先々代巫女様に似ているなんて」

 

 私は、羊羹を一口食べ、ゆっくりとお茶を啜り、気持ちをリセットさせます。

 

「ですが、違いますよ、霊夢。私はただのしがない人間です。少しばかり特殊なお仕事を紫に頼まれることはありますけど」

 

「じゃあ、このそっくりな見た目は何よ。名前だって」

 

「……『借りている』だけですよ」

 

 私は、嘘の中に、ほんの少しの真実を混ぜて答えました。

 

「私は、彼女の大ファン(事が大好き)でしてね。彼女の生き様、痺れませんか? 妖怪と酒を飲み、自由に生きた。私もそうありたいと願い、こうして化粧や雰囲気をあえて似せているのです。『レイボ』というのも、憧れゆえのハンドルネーム……阿求さんが本を書く際に『アガサクリスQ』と名乗るようなもんです」

 

 苦しい言い訳です。我ながら、聞いていて恥ずかしくなるような設定です。ですが、霊夢は「はぁ?」と呆れた顔をしつつも、どこか納得したかのような雰囲気を醸し出し始めました。

 

「ファン……? アンタが?」

 

「ええ。この『幻想郷縁起』の記述、素晴らしいでしょう? 彼女がいかに強くて、破天荒で、そして誰からも愛されていたか。全く、稗田家は良い仕事をしましたね」

 

 私は、本の中の霊暮の記述を愛おしそうに撫でました。

 

 死してなお、その名がこうして正しく、そして敬意を持って語り継がれている。私の――霊暮の生きた証が、ここにある。その事実に、私は胸が熱くなるのを感じました。満足です。私も編纂に協力した甲斐があったというもの。

 

「……ふーん。確かに、アンタから感じる『胡散臭さ』と『ダメ人間臭』は、先々代巫女にはなさそうだもんね」

 

 霊夢は、ため息交じりにそう言いました。どうやら半ば呆れつつも、納得してくれたようです。いや、関係ないですし、私にはダメ人間臭なんてしません。全く、霖之助さんじゃあるまいし。胡散臭さは…紫の真似をしているからでしょうか?

 

「たくっ、紛らわしいのよ。……でもまあ、先々代を敬ってくれてるなら、なんだか悪い気はしないわね」

 

 彼女はフンと鼻を鳴らしました。もう、可愛い。この子は、口では悪態をつきながらも、根底では博麗の血脈を、先人たちを大切に思っている。その真っ直ぐな心が、とても好ましく思えます。今日は少し、奮発してしまいましょうか。

 

「お詫びと言ってはなんですが……霊夢、この季節限定桜羊羹、なかなか絶品なんですよ。お一つ…いや、幾つかどうですか?」

 

「……は? 何、急に?」

 

 私は、お盆に乗っていた羊羹の皿を、すっと彼女の方へ押し出しました。

 

「お代は私が持ちますから。さあ、遠慮せずに」

 

「……」

 

「団子も追加しましょうか。店主さーん!みたらし団子を追加で10本お願いしまーす!」

 

「なっ、10本!? ……い、いや、そんな子供騙しで私が釣られるとでも……」

 

「霊夢は甘い物お好きでしょう?ついでに、私が持っている特上の吟醸酒も挙げちゃいます。大丈夫です、お金なら心配いりませんよ」

 

 私は、懐から財布を取り出し、小銭ではなくお札をチャラつかせました。大人の財力、発動です。

 

「……くっ、分かったわよ! 食べるわよ! 貰えるものは貰う主義だもの!」

 

 霊夢は観念したように、私の向かいに座り直すと、羊羹を頬張り始めました。もぐもぐと、リスのように頬を膨らませて食べるその姿。 後で、こっそり写真を撮って、羅万館に飾りましょう。

 

「美味しいですか?」

 

「……んぐ。まあまあね。……悔しいけど、美味しいわ」

 

 素直じゃないところも、可愛いです。私は、彼女が美味しそうに食べる姿を肴に、温くなった熱燗をちびりと舐めました。どんな極上の酒よりも、今、目の前にあるこの光景の方が、私の心を酔わせてくれます。

 

 ついでに頭撫でちゃいましょ。

 

 私は、羊羹を頬張る霊夢の頭に、そっと手を伸ばしました。普段なら「気安く触らないでよ」と手を払いのけそうな彼女も、今は口いっぱいに広がる甘味の幸福感と、私の奢りであるという負い目(?)からか、大人しくその手を受け入れています。

 

「……何よ」

 

「いいえ。よく食べ、よく飲む。実に健康で素晴らしいと思いまして」

 

 さらさらとした黒髪の感触。少しだけ汗ばんだ額の温度。昔はもっと小さく、頼りなかったその頭の丸みが、今はこんなにも確かな質量と熱を持って、私の掌を押し返してくる。なんだか少し涙が出そうです。

 

「子供扱いしないでよ。私だって、もう立派な大人なんだから」

 

「ふふ、そうですね。ですが、私から見れば、貴女はまだまだ……」

 

『私の愛しい、小さな娘のままですよ』

 

 喉元まで出かかったその言葉を、私は熱燗と一緒に飲み込みました。 代わりに、別の言葉を紡ぎます。

 

「……まだまだ、伸び代のある、素晴らしい巫女様ですよ」

 

「ふん。当たり前よ。私は博麗の巫女なんだから」

 

 霊夢は、照れ隠しのように顔を背けながらも、その口元は僅かに緩んでいました。 私は、その横顔をまじまじと見つめます。

 

「……ねえ、レイボ」

 

 不意に、霊夢が私を見つめ返しました。その瞳には、先ほどまでの警戒心とは違う、どこか探るような、けれど温かい光が宿っています。

 

「あんた、本当にただの先々代のファンなの?」

 

「おや、まだ疑っていますか?」

 

「だって、あんたの手……」

 

 彼女は、自分の頭に乗せられたままの私の手に、そっと触れました。

 

「すごく、懐かしい感じがするのよ。……昔、私がまだ小さかった頃に、こうやって撫でてくれた誰かの手に、よく似てる」

 

 ドキリ、と心臓が跳ねました。

 

「……気のせいでしょう」

 

 私は、ゆっくりと手を離しました。名残惜しさを、指先に残しながら。

 

「私には貴女の過去と何の縁も所縁もありませんよ」

 

「……そう、残念」

 

 霊夢は、少しだけ寂しそうに目を伏せました。

 

「でも、まぁいいわ。あんたが誰でも。……羊羹、美味しかったし」

 

「それは良かったです。また食べたくなったら、いつでも言ってください。100本でも1000本でも買いましょう」

 

「げっ、そんなに食べられないわよ! ……でも、まあ、2、3本くらいなら、付き合ってあげてもいいけど」

 

「ふふ、約束ですよ」

 

 私たちは、顔を見合わせ、くすくすと笑い合いました。店の外では、真昼の太陽が桜並木を明るく照らし出し、花見客たちの楽しげな喧騒が、遠く、近く、波のように寄せては返しています。

 ですが、このテーブルの間だけは、春の日だまりを切り取ったような、穏やかで優しい時間が流れていました

 

(ああ、幸せですね……)

 

 私は、空になった猪口を見つめながら、心の中でそっと呟きました。 この仮初めの関係が、いつか終わるとしても。 今、この瞬間、貴女とこうして笑い合えるなら、それだけで今日の酒は最高に美味く思えます。

 

「さて、と。そろそろお暇しましょうか。長居をしては、お店の方にも迷惑ですし」

 

「そうね。……ごちそうさま、レイボ」

 

「いいえ。こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」

 

 私たちは席を立ち、店の外へと出ました。外はまだ真昼の明るさに満ちています。春の日差しが桜並木を眩しく照らし出し、花見客たちの楽しげな喧騒が、遠くから聞こえてきました。

 

「じゃあね。……また、奢りなさいよ」

 

 霊夢は、ぶっきらぼうにそう言うと、軽やかに空へと舞い上がりました。澄み渡る青空に吸い込まれていくその紅白の背中を見送りながら、私は、もう一度だけ、小さく手を振りました。

 

「ええ、必ず。……行ってらっしゃい、霊夢」

 

 その声は、暖かな春風に乗って、空の彼方へと溶けていきました。私の胸に残る温もりだけを、確かな証として残して。

 

 ……さて、手元に残ったお土産のみたらし団子10本、どうしましょうか。

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