東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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執筆のお供は「空亡【魂音泉】」でした。
勝敗ごとに文々。新聞が発行されていることから、一ステージに付き一日ぐらいの時間なんですかね。時系列としては、霊夢√の魔理沙戦か一輪戦を終えたぐらいの気分で書いてます。重要なのは、霊夢(神道)に人気が集まっている事です。前回の夕雲さんが喧騒の熱に当たりそうだったのは、その辺が関係してたりしてます。


第128季/夏 人間の里with希望を失った無貌モノ

 丑三つ時――。

 それは古来より「草木も眠る」と形容され、一日の中で最も陰の気が溢れる時間帯。

 この時刻を十二支と方位に当てはめれば、「丑」と「寅」のちょうど狭間に位置する。北東を指すその方角は、いわゆる鬼門。古来、平安の都においては鬼や悪霊が出入りする不吉な方角として恐れられ、大路の果てには災厄を阻むための門が置かれた。また、幻想郷でも、この「丑寅」の方角は、幻想郷の賢者である八雲紫が居を構える場でもある。幻想入りしたモノたちの案内人でもある彼女が、この方角に居を構えることの意味。それは「招かれざる客」を拒むためではなく、むしろその逆――「迷い子」をより深く、逃れられぬ闇の深淵へと誘うための罠ではないか。*1

 ふとそう思う事があるが、一介の記録者である私には見当もつかない。考えない方が良いのだろう。

 

 また、丑三つ時は「丑の刻参り」が完遂される刻限であり、百物語が終盤に差し掛かり、百本目の蝋燭が吹き消される頃とも言われる。人の世と常世の境界が最も薄れるのは、このわずか半刻であった。

 この時刻、この空間において、言葉は意味を失い、影は本体から離れて独り歩きを始めるという。呪詛を抱えて神木の前に立つ者の荒い吐息も、怪談を語り終えて震える者の鼓動も、すべては丑三つの闇へと吸い込まれ、一塊の陰、もしくは青白い光へと収束していく。

 まさに「草木も眠る」とは、植物すらもこの世ならぬ気配を察知し、息を潜めることで災厄をやり過ごそうとする防衛本能の(いい)であろう。人一人が立ち入るには、あまりに冷え冷えとした夜の深淵。この時間の奥底で、もしも何者かの笑い声が聞こえたならば――

八代目稗田家当主 稗田阿弥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羅万館で最低限の準備を整えた私は、約束の時刻を少しばかり前倒しして、里の入り口へと辿り着きました。

 

 いつもの里とは違う圧倒的な違和感。確かにこの時間帯の里は、静まり返っていますが、明らかに静かすぎて、そして()()()()

 

 何と言うのでしょうか。獣はもちろん、梟や虫、蛙も風の音が一切聞こえず、雲に遮られているのか月明かりですら届かない。何とも不気味な空気。…なんでしょう、既視感を覚えます。

 

 足元を見れば、昼間にあれほど景気良く舞い踊っていた色とりどりの札が、今は湿った泥にまみれた残骸となって、道端に力なく張り付いています。私が持つ行燈の光は、弱々しく地面を這い、影を長く引き伸ばすだけで、闇を照らす役割をとうに放棄しているようでした。

 

(……そろそろ、丑三つ時ですね)

 

 この時刻(丑三つ時)、里の人々からは騒動の熱狂はおろか、悲しみも、怒りも、あるいは生への執着さえもが、底の抜けた桶から漏れ出す水のように失われていく。ただ「生きているだけの肉体」が仮面を被り、蠢いている。――その事実を想像するだけで、私でさえも背筋に薄寒いものが走るのを感じました。死の世界よりも生気がなく、死の世界よりも人気がない。

 

「お主も早いもんじゃな」

 

 唐突に背後の闇が揺れ、低く落ち着いた声が鼓膜を叩きました。

 振り返ると、影からのっそりと一人の女性が姿を現しました。マミゾウさんです。昼間の居酒屋での着崩した様子とは打って変わり、その身からは隠しきれない大妖怪としての威圧感が、濃密な妖気となって溢れ出していました。

 

「早くこの異変と騒動を治めたからです。仕事は早めに終わらせたいでしょう?」

 

 私がそう答えると、マミゾウさんは「カッカッカ!」と、キセルを軽く振りながら愉快そうに笑いました。

 

「違いない。仕事は手早く、酒はゆっくり、が儂の信条での。……だが、見ての通り、今夜の里は『早めに終わらせる』には少々根が深そうじゃぞ」

 

 マミゾウさんは眼鏡の奥に宿る瞳を鋭く光らせ、里の奥へと続く死んだ街並みを睨みました。

 

「お主の話した『信用できる筋』は信じて正解じゃったの。先ほどまであれほど賑やかじゃった里から、一斉に灯が消えるように、人の気配が希薄になりよった。死んでおるわけではない。ただ、魂の芯だけがどこかへ持ち去られたような……なんとも気味の悪い空転じゃ。お主が風を回しすぎたせいで、余計にその空白が目立つようになったのう」

 

「……流石の洞察力ですね。ですがそのお陰で、異変の輪郭がより鮮明になったのですから、私の功績ということで手を打ちませんか?…ニヤニヤ笑わないでください。もう、他言無用でお願いしますね、恥ずかしい」

 

 何とか冷静に対応しようとしましたが、マミゾウさんにはお見通しだったようで、彼女はさらに口端を吊り上げ、面白そうに目を細めました。私は恥ずかしくて、思わず扇で口元を隠します。

 

「カッカッカ! よかろう。狸の口は案外堅いもんよ。……それに、お主の言う通りじゃ。犯人を炙り出すにはこれ以上ない効果と言えよう。店主殿の失敗も、結果だけ見れば上手く行ったというわけじゃな」

 

 マミゾウさんはキセルを、私は扇を胸元に仕舞い、里の入り口を潜りました。

 「……行きましょうか」 私が短く促すと、マミゾウさんは重々しく頷き、その大きな尻尾を一揺らしさせました。

 

 里を囲む防壁の門は、まるで意思を持った巨大な怪物が口を開けて獲物を待っているかのよう。その門をくぐり、一歩、また一歩と進むたびに、私たちの背後で現実世界の残り香が急速に薄れていくような感覚を覚えます。舗装された道を踏みしめる私たちの足音だけが、不自然なほど硬く、高く響き渡り、それが周囲の沈黙をより一層異様なものへと際立たせました。

 

 月明かりが無い、暗闇の世界。道行く人は生気はなく、不気味な仮面を被っています。私が持つ行燈はぼんやりと淡く(青く)光り、精々が私の足元を照らすのみ。まさに異界と言った感じです。

 

 行燈の青白い光に引かれるようにして、マミゾウさんとは村の中央広場を境に二手に分かれることになりました。「お主はあちらの広小路を。儂は寺の方へ向かう。……何かあれば、派手に風でも吹かせ。すぐに駆けつけるでの」そう言い残し、マミゾウさんの気配は闇に溶けるようにして消えました。里を一組で回りきるのは半刻では足りませんですからね、合理的な判断です。

 

「キャー―――!」

 

 …どこかで悲鳴が聞こえましたね。方向的に…鈴奈庵でしょうか?臆病な小鈴ちゃんがこんな時間帯に出歩くとは思えませんが、なんだか胸騒ぎがします。私は行燈の淡い青光を揺らしながら、足早に鈴奈庵へと向かいました。

 

 鈴奈庵の二階――おそらく小鈴ちゃんの部屋の窓際に、彼女はいました。窓枠にしがみつくようにして、力なく項垂れている小鈴ちゃんの姿。私は影を跳ぶようにして二階の開いた窓から滑り込み、彼女の細い肩を抱き寄せました。

 

「小鈴ちゃん、しっかりなさい」

 

 呼びかけましたが、返事はありません。彼女は完全に気を失っていました。顔色は紙のように白く、その瞳は恐怖に焼き切られたかのように固く閉じられています。私は彼女をそっと抱え上げ、奥の布団へと運びました。冷え切った身体を温めるように毛布をかけ、その額に軽く手を当てて、精神を安定させるためのまじないを施します。

 

(……一体、何を見たというのですか。好奇心は猫をも殺すと言いますが、あなたのような一般人が首を突っ込んで良い時間帯ではなかったはずですよ)

 

 小鈴ちゃんの意識が落ち着いたのを見届け、私は再び窓際へと戻りました。彼女が気絶する直前まで見ていたであろう、その「景色」をなぞるために。

 

 窓から見下ろす里の通りには、相変わらず無機質な仮面を被った里人たちが、魂を抜かれた案山子のように彷徨っていました。ですが、その中に一際異彩を放つ存在が混じっていることに、すぐに気が付きました。

 

 他の里人たちが皆、のっぺりとした表情のない仮面を被っているのに対し、一人の女性だけが、燃えるような情念を形にしたかのような()()()()を被っていたのです。

 

「……あれは、単なる里人ではありませんね」

 

 私は行燈を手に取り、窓から静かに地上へと飛び降りました。着地の衝撃を殺し、青い光を道標にして鬼女の面の女性へと歩み寄ります。声をかけようと、私が手を伸ばした、その時。

 

 ゆらり、と彼女の影が揺れました。瞬きをする一刹那。そこにいたはずの女性は、煙のようにその姿を掻き消えました。まるで、最初から存在しないように。

 

「……おやおや。逃げ足が速いですね」

 

 私を警戒し、周囲を観察した、次の瞬間。

 

 頭上から、感情の起伏を一切排した――それでいて、複数の子供が同時に囁いているような、幾重にも重なった不思議な声が降ってきたのです。

 

「……お主、結構な希望を秘めているの」

 

 行燈の青い光を上に向けた先。そこには、重力を無視して虚空に浮遊する一人の少女がいました。先ほどの鬼女面ではありません。今はどこか空虚で、それでいて天狗の仮面を顔に付け、幾多もの仮面を自らの周囲に衛星のように侍らせた付喪神が、そこにいました。

 

「ふむ、なるほど。付喪神…それも仮面の。となると、面霊気?隠岐奈でしょうか?いや、その前に貴女、名前は?」

 

 私がその正体を見定めようと問いかけると、浮遊する少女の周囲を巡る仮面の一つが、吸い込まれるように彼女の顔へと固定されました。

 

 それは、姥の面。声の質が一瞬にして弱々しく、何処か遠くを見つめるような儚いものへと変質します。

 

「……名は、秦こころ。……貴女が……私の希望の面を奪ったの……?」

 

「……心外ですね。私が貴女の仮面を奪う理由がどこにありますか。私はただのしがない人間。友人に頼まれて、異変の処理をしにきただけです」

 

 私が冷静に、しかし断固とした否定を返すと、彼女の周囲を漂う仮面たちが一斉にカチリと音を立てて震えました。姥の面から漏れ出す「哀」の気配が、一瞬にして冷徹な圧力へと塗り替えられます。

 

 次に彼女の顔へと吸い込まれたのは、鋭い目付きの狐の面でした。声のトーンは先ほどまでの弱々しさが嘘のように引き締まり、尊大で、どこか獲物を品定めするような響きを帯びます。

 

「白々しい。その身に宿した、常人とは懸け離れた『希望』の熱量……。これほどまでの輝きを放つ者が、私の面を知らぬはずがない。お前の内にあるその心を寄越せば、私の欠落は埋まるはずだ」

 

「……なるほど、話し合いの通じる段階ではないようですね。希望を失った空虚な器は、目に見える光をすべて飲み込もうとするわけですか」

 

 私は行燈を傍らの荷台へと静かに預けました。青白い光が足元をぼんやりと照らす中、私は鈴と旗を付けた大幣を取り出し、「……不本意ではありますが、少しばかり荒療治が必要なようですね」と、静かに告げました。

 

 大幣を軽く振ると、冷え切った丑三つ時の空気に「チリン」と澄んだ鈴の音が響き渡ります。それと同時に、秦こころさんの周囲の空気が爆ぜました。

 

 最初に来たのは「怒り」の衝動です。 こころの顔に張り付いていた面が、瞬時に牙を剥き出しにした狼の面へと変じました。

 

「……逃がさない。その希望、全部吐き出せ!怒面【怒れる忌狼の面】。 」

 

 彼女の小柄な体躯を、猛々しい狼の霊気が包み込みました。ただの突進ではありません。咆哮を上げながら、意思を持った獣のごとく私を噛み千切ろうと、縦横無尽に軌道を変えて突っ込んできます。

 

 私は大幣を水平に薙ぎ、懐から朱色の呪符を扇状に散布しました。

 

夕符【封魔陣】……これくらいで止まってはくれませんか」

 

  足元に展開した四角い結界が、突進してくる狼の牙を正面から受け止めます。石畳が衝撃で爆ぜ、火花が散りました。私はその反動を利用して後方へと大きく跳び、距離を取ります。

 

「……次はこれ。かき乱れて、沈め!憑依【喜怒哀楽ポゼッション】

 

 こころさんの面が「猿」を象ったものへと代わり、彼女を中心に禍々しい感情の波動が波紋となって広がりました。

 

「おや……!」

 

 波動が体を通り抜けた瞬間、私の脳内に他人の――いや、里にいた数百人分ものドロドロとした感情が、濁流のごとく逆流してきました。視界が明滅し、平衡感覚が消失します。右へ踏み出そうとすれば脳は左を命じ、静止しようとすれば筋肉が勝手に全力のダッシュを選択する。神経系が「喜・怒・哀・楽」の信号によってハイジャックされ、肉体の制御権が私の手から滑り落ちようとしました。

 

 ですが、私は一呼吸を挟んで、自分の肉体を掌握します。たかだか数百人の人間の感情ごときが、唯一の黄泉神であった私を操れるわけありません。Antichronal Rotation(リザレクション)を使うまでもない。

 

「……まだ。地を憂い、天を仰げ。憂面【杞人地を憂う】

 

 彼女が手にした面を地面へと叩きつけました。足元から、霊気を纏った無数の面が、まるで間欠泉のように激しく噴き上がってきました。

 

「しまっ――」

 

 回避しようとも、ほんの一瞬、方向感覚を惑わされ、私は真下から突き上げる面と霊気の奔流に呑み込まれそうになります。視界の端々で、無数の無機質な仮面が笑い、泣き、怒りながら迫りくる。真下から噴き上がるその圧力は、並の人間であれば肉体ごと魂を粉砕されるに等しい衝撃でしょう。

 

「……お生憎様。地の憂いを知るには、私は少々、土の下に馴染みすぎているのですよ」

 

 私は大幣を天にかざし、手首を鋭く返しました。刹那、私の周囲に展開されたのは、生と死、内と外を繋ぎ、循環させる無限の軌跡、それを模したスペルカード。

 

環符『無限相環』

 

 メビウスの形を描くように、私を中心に高速で回転し続ける弾幕の連なりは、外側から迫る「憂い」の霊気を次々とその円環の外へと弾き飛ばし、無力化していきます。激しくぶつかり合う仮面と光弾。火花が散り、衝撃波が石畳を叩きますが、私の描く弾幕の結界はそのすべてを弾き、何事もなかったかのように回転を続けるだけ。

 

「……っ!? 私の感情を、受け流している……?」

 

 こころさんの顔に張り付いた「憂い」の面が、驚愕に歪むのが見えました。彼女は慌てて宙を舞い、自らが放った霊気の渦を回避します。その隙を、私は逃しません。

 

 …恐らくですが、彼女も全力ではない、と言うより、希望の仮面とやらが無くなり、能力が暴走し、その暴走を抑えるためにも力を使っている…そんな状況なのでしょう。わざわざ、攻撃を行い、怪我させるのは事態の悪化を招く可能性があります。

 

 私は大幣を収め、静かに彼女へと歩み寄りました。

 

「……勝負あり、ですね。秦こころさん」

 

 彼女は膝をつき、肩で荒い息をついていました。先ほどまでの攻撃的な気配は霧散し、今はただ、底知れぬ虚無感を漂わせる一人の少女がそこにいました。

*1
独自設定




本来のプロット(原作沿い)が書いてて楽しくなかったので、急遽変更。プロットは破るためにある!一応、行間は読んでいる形となります。
本当は提灯じゃないんですけど…必要な改変でした。

2025年12月31日
提灯を行燈に変更しました。智霊奇伝第三話で持ち運び型の行燈があることを知ったからですね…タイムリーだ。
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