東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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前話の最後のモノローグを少し変えました。
筆が乗って、しょうもないくせにとんでもないミスを…かつての自分(ヨモツ)今の自分(夕雲)はやっぱり違うんですよ。誰かさんのおかげで、過去の妄執とは決別した…少なくとも、決別したつもりなので。
例えるならば、何十年も夢を叶えるために努力してきた男が、夢を諦め、普通の幸せを享受し…それでもふとした時に『夢を叶えた自分(IF)』を夢想してしまうような…まぁ、そんな感じです。センチメンタルだったんですよ、彼女。

という言い訳を終えて、本文です。


第128季/夏 命蓮寺with殴りモンク②

 翌朝。カーテンの隙間から差し込む朝日が、昨夜の湿った思考を無理やり引き剥がすように、部屋を照らしていました。正直まだ眠たいところですが、重い体をどうにか布団から引きずり出し、朝支度を始めます。

 

 まずは肌に馴染んだ寝巻を脱ぎ捨て、糊のきいた清潔な服に袖を通します。肌を撫でる布地の冷たさが、ぼんやりとした意識に輪郭を与えていくのを実感し、洗面所で歯を磨き、冷水で顔を洗う事で、意識を覚醒させます。よし、完全に目が醒めました。

 

 台所に立って、朝ごはんの準備をします。今日は…目玉焼きとパンにしましょうか。何を作るかを決めた私が台所に立つと、静まり返った部屋に心地よい音が響き始めます。

 

 熱したフライパンに卵を落とした瞬間の、弾けるような「ジッ」という快音。焼けた白身の香ばしさと、トースターから漂うパンの甘い匂い。最後に、木製のコーヒーミルを手に取ります。ハンドルを回すたびに伝わる、豆が砕けるゴリゴリとした無骨な振動。いつもならば玉露とかにしますが、今日は珈琲の気分です。きっと、昨日、紫に珈琲を振舞ったからでしょう。

 

 お気に入りの皿に目玉焼きを滑らせ、丁寧に淹れた珈琲を添える。テーブルの上に並んだ「ご機嫌な朝食」の景色を眺めていると、昨夜の澱んだ思考はどこか遠くの出来事のように思えてくるから不思議です

 

 椅子の背もたれに身を預け、まずは目覚めの一杯とばかりにカップを口に運びました。

 

「……っ、苦い」

 

 思わず顔をしかめ、カップをソーサーに戻します。どうやら、砂糖を入れるのを忘れていたようです。舌に残る逃げ場のない焦燥感のような苦味。うぅ…にがーい。

 

「昨日の紫と同じミスをしちゃいましたね…牛乳を入れましょ」

 

 喉の奥に残る重い余韻をやり過ごしながら、今日という一日のことを考え始めました。そうですね…今日は何をしましょうか。とりあえず、マミゾウさんに会いに行きましょうかね。

 

 飲み干した珈琲を片付け、私は愛用の外套を羽織り、戸締りを確認して外へ出ます。里の入り口に到着すると、朝の澄んだ空気はどこへやら異様な熱気が立ち込めていました。

 

「おい、聞いたか! 博麗の巫女が、これから命蓮寺の僧に挑もうとしてるらしいぞ。 見に行こうぜ!」

「なんだと!それは見過ごせないな!」

「三つ巴がついに崩れるのか!」

 

 そう言いながら、命蓮寺へと駆け出していく里の人間たち。三つ巴と言いますと、神道、仏教、道教の事でしょう。もし誰かが圧倒的な支持を得て過半数の信仰を確保できれば、それは膨大な感情のエネルギーとなります。それをこころさんに渡せば、彼女自身が希望の面を再構築するための時間稼ぎとして十分なはずでしょう。

 

 歩きながら、私は複雑となった事態を整理します。

 

①現在、丑三つ時に幻想郷の人々から感情を吸い取る異変と厭世観による刹那的情動による騒動の二つの事件が起こっています。

 

②異変は面霊気である秦こころが原因。どうやら何者かに希望の面が盗まれたとのこと。騒動の原因は私。里の人間の自死などの最悪の事態を防ぐための処置です。異変が解決すれば、おそらく、この騒動も自ずと沈静するでしょう。

 

③異変を解決するためには、希望の面が必要。方法としましては…まず。盗まれた面を取り戻す。これが文句なしの最善。オリジナルの器があれば、こころさんの精神は即座に安定します。しかし、推定犯人の鬼女面の足取りは依然として掴めず、時間は刻一刻と過ぎていくばかりです。

 

 次に、こころさん自身が新たな希望を作り出す。これが次善です。時間はかかりますが、彼女が自らの力で「希望」を再構築できれば、それはもう二度と失われることのない、彼女自身の本当の希望になるでしょう。私は、宗教家たちの「人気」を掠め取ることで、彼女にそのための「猶予」を与えようとしています。

 

 最後に、神子に作ってもらう。…これは最後の手段でしょう。技術的には最も確実ですが、それでは彼女は一生「誰かに与えられた感情」で動く人形のまま。それに、謀略家である神子に貸しを作るのはやめておきたいです。

 

 私は、整理した思考を頭に入れ、マミゾウさんを探し始めます。彼女の気配は人間と大差ないので、なかなか探すのは難しいですよね。流石、化けるのが得意な大妖怪と言ったところ。喧騒の激しくなる大通りを避け、路地裏を歩いていると――。

 

「……おや、こんなところに狸が」

 

 木桶の中に、一匹の小さな狸がちょこんと座っていました。普通の動物にしては、やけに理知的でまんまるな瞳で私を見上げています。その口には、丁寧に畳まれた一通の手紙が咥えられていました。

 

 私が足を止めると、狸は「くぅ」と短く鳴いて、私の足元にその紙を落としました。

 

「マミゾウさんの使いですね。……拝見しますよ」

 

 手紙を広げると、そこには奔放ながらも芯の通った達筆な文字が並んでいました。

 

『面白い見せ物がある。相談のついでに、命蓮寺の門前まで来られたし。例の「人気」の奪い合い、特等席を確保しておいたぞ』

 

「……命蓮寺、ですか。」

 

 私は手紙を懐に仕舞いました。それを見た狸は役目を終えたと言わんばかりに、くるりと背を向けて、屋根上に登って消えていきました。狸って案外運動神経良いんですね、ちょっとびっくりです。確かにあんな身軽ならば、人間に化けて混雑した里を歩くより、屋根伝いに行く方がよっぽど合理的かもしれません。

 

 私は再び歩き出します。目指すは命蓮寺。先ほど耳にした男たちの噂が本当なら、今あそこは幻想郷で最も「熱い」場所になっているはずです。

 

 

……少女移動中

 

 

 命蓮寺の門前に近づくにつれ、空気の密度が明らかに変わりました。霊力と法力が衝突し、火花を散らすようなピリついた気配に、熱狂する民衆特有のアツさ。

 

「おーい、夕雲殿! こっちじゃ、こっち」

 

 騒乱の特等席――。勝負を少し見下ろせる位置にある寺の屋根の上。そこには、大きな酒瓶を傍らに置き、悠然と胡坐をかいたマミゾウさんが手を振っていました。彼女の周りだけ、まるで時間の流れが違うかのようにゆったりとした空気が流れています。

 

 私は周囲の目を盗んで、マミゾウさんのいる屋根の上へと登りました。あっ、マミゾウさん以外にも文やはたてが立っていますが、私たちには気づいていません。…どうやら、文章を書くのに忙しい様子。確かに天狗たちにとっては、今回の異変はネタの宝庫でしょう。話しかけるのは霊夢の戦いが終わってからにした方がよさそうですね。

 

「……確かに特等席ですね。霊夢の戦いを見るには最高です」

 

「だろう?儂の妖術で、気配を消しておる。儂たちが此処にいるのは誰にも気づかれぬのもポイントじゃ」

 

「この争いは、いわば仏教と神道の代理戦争。ただ相手を退けるだけでは本当の勝ちとは言えないのです」

「判ってる。如何に観客を味方に付けられるか、如何に人気を集められるか。嫌悪感を与えるような勝ち方じゃ意味が無いのよね」

「人前で闘い慣れてない貴方にその魅力的な闘いが出来るかしら?」

 

 マミゾウさんの隣に腰を下ろすと、霊夢と白蓮さんが何かしら話してました。勝負前の問答でしょうか?

 

「そろそろ始まるようじゃな」

 

 境内の熱気が一際高まり、霊夢がお札を構え、白蓮さんが巻物を広げる。張り詰めた糸が今にも弾けそうな、静寂と狂騒の混じり合う一瞬。

 

「ほら、始まるぞ!」

 

 マミゾウさんのその言葉と共に、霊夢がお札を投げ、白蓮さんがそれを弾く…幻想郷の人気を賭けた戦いの幕が上がりました。

 

 最初は小手調べとばかりに、霊夢は札と光弾を混ぜながら、白蓮さんを牽制します。しかし、霊夢が放つ一撃一撃に対し、観衆からは野次にも似たどよめきが上がりました。

 

「ほら、巫女さんが攻めてるぞ!」

「聖様、負けないでください!」

「南無三――!」

 

 白蓮さんが広げた巻物から放たれる法力が、霊夢の札を鮮やかに叩き落とすたび、境内を揺らすような大歓声が沸き起こります。一方で、霊夢がどれほど鋭い動きで白蓮さんの懐に飛び込もうとしても、周囲の空気はどこか冷ややかでした。

 

「……やはり、完全にアウェーですね」

 

 私は、飛散するお札の余波を眺めながら呟きました。

 

「ここは命蓮寺の境内。観客の八割は白蓮さんの支持者か、あるいは彼女の慈悲深い振る舞いにあてられた里の人間たちです。霊夢がただ攻めるだけでは、観客の心は離れていくばかり。まるで聖者に牙を剥く悪役のような構図ですね」

 

「くかっ、その通りじゃ。博麗の巫女も、いつもなら異変解決という大義名分があるが、今回は『人気取り』という名の真っ向勝負。実力があるのは誰もが知っておるが、この場の空気を味方につけるのは至難の業よ」

 

 マミゾウさんは酒瓶を揺らし、面白そうに目を細めます。

 

「だが、見てみぃ、巫女のあの顔を。小手調べの弾幕を放ちながらも、周囲の反応をしっかり観察しておるぞ」

 

 眼下では、霊夢が空中で身を翻し、白蓮さんの投げた独鈷杵が放つ光を、紙一重で回避していました。普段の彼女なら最短距離で反撃に転じるところですが、今の動きはやけに派手で、まるで舞を舞っているかのようです。

 

「……なるほど。霊夢はまず、自分の動きに注目させようとしているわけですか」

 

 私は霊夢の意図を汲み取ります。

 

「ただ避けるのではなく、あえて危険な距離で、視覚的に美しい軌道を描いて避ける。圧倒的な技術の差を見せつけることで、白蓮さん一辺倒だった観衆の意識を、強制的に自分へと引き寄せようとしているわけですか」

 

「そのようじゃな。まずは注目を集めねば、話にならんからの。白蓮の『安定した守り』に対し、霊夢は『華麗さ』で対抗しておる。ほうれ、少しずつ観衆の声が変わってきたぞ」

 

 確かに、最初は罵声に近かった声の中に、「今の避け方は凄いな」「さすがは巫女だ」といった、感嘆の色が混じり始めていました。

 

 白蓮さんはその野次馬の声には耳を傾けず、独鈷杵を投げ続けました。このままだと、霊夢に人気を取られてしまいますが…いや、白蓮さんの法力は高まっている。となると…

 

「なるほどの、巫女に回避を強いながら、詠唱をしといるというわけじゃな」

 

「ええ、小手調べはここまで、というわけですね。白蓮さんが動きますよ」

 

 

「杵符【ヴァジュラパーニの呪文】」

 

 

 突然、白蓮さんが空中で座戦を組んだかと思うと、数えるのも億劫なほどの独鈷杵が虚空から現れました。それらは一つ一つが黄金の光を帯び、意思を持っているかのように霊夢の退路を塞ぎ、四方八方から殺到します。

 

「甘いわね!」

 

 霊夢は不敵に言い放つと、重力を無視したような変幻自在な軌道でその間隙を縫いました。一発、また一発と、耳元をかすめる轟音を嘲笑うかのように、彼女は全ての独鈷杵を完璧に回避してみせます。観衆からは、敵ながら天晴れと言わんばかりの感嘆が漏れました。――が、それこそが白蓮さんの誘いでした。

 

 霊夢が最後の独鈷杵を避けたその刹那、白蓮さんの姿が掻き消えます。次の瞬間、彼女は霊夢の真後ろ――視覚の死角へと「瞬間移動」に近い速度で肉薄していました。驚愕に目を見開く霊夢。白蓮さんは、今しがた霊夢が回避したばかりの独鈷杵の一本を空中でひったくるように掴み取ると、一気にスペルカードを宣言しました。

 

 

「超人【ガルーダの翼】」

 

 

「うわっ、速い!? ……っ、この!最初からこれを狙って……!」

 

 霊夢は舌打ちしながらも、瞬時に「陰陽玉」を盾にして後方へ飛び退きます。しかし、白蓮さんの猛攻は止まりません。放たれる一撃一撃が神々しく、それでいて慈悲深い光の軌跡を描き、観衆を魅了していきます。

 

「すげえ……これが聖様の、本物の力か!」

「巫女を圧倒してるぞ! やっぱり命蓮寺が一番だ!」

 

 観衆のボルテージが最高潮に達し、が境内の空気を支配します。白蓮さんの振るう「ガルーダの翼」は、空を切り裂くような鋭い風を伴い、回避に徹する霊夢を容赦なく追い詰めていきました。少しずつ傷つき、そして地に落ちた霊夢…むむ、残念ながら勝負は白蓮さんの勝ち……

 

「これで終わりです!」

 

 白蓮さんの叫びと共に、光が一点に収束し、霊夢を飲み込まんとする巨大な爪が振り下ろされました。観衆の誰もが、この一撃で博麗の巫女が沈むことを確信し、勝利の歓喜を喉に用意した――その瞬間です。

 

「捕まえたわよ」

 

 霊夢の鋭い声が響きます。 彼女は両手に構えたお祓い棒と陰陽玉を交差させ、真っ向からその剛腕を受け止めていました。石畳が爆風で砕け、彼女の肩から鮮血が散りますが、その瞳に宿る意志は一歩も退いていません。白蓮さんの目が見開かれます。力の拮抗が生じた、わずかの静寂。霊夢はその隙を見逃しませんでした。

 

「おおっと、ここからが巫女の真骨頂じゃな!」

 

 マミゾウさんが膝を打つと同時に、霊夢が動きました。鍔迫り合いの姿勢から、彼女はあえて重心を後ろに投げ出します。倒れ込む勢いを利用し、バネのようにしなった右足が、白蓮さんの顎を目掛けて真下から垂直に突き上げられました。

 

「――っ!?」

 

 昇天脚。重力に逆らうような鮮やかな蹴り上げが、白蓮さんの防御を貫きます。本来は神力を足に纏い、陰陽玉を蹴りだす技なのですが、勿論物理的に相手を蹴り飛ばすこともできます。

 

 吹き飛ばされた白蓮さん。かろうじて、受け身は取りましたが…スペルカードを二枚使い、霊夢を詰め切れなかったのは大きな痛手ですね。民たちも騒めいています。

 

「……見てください、マミゾウさん。風向きが変わりましたよ」

 

 私の言葉に応えるように、境内の空気が一変しました。

 先ほどまで白蓮さんへの心酔と、霊夢への敵意に近い冷ややかさで満ちていた観衆たちの瞳に、今は「期待」という名の熱が灯っています。圧倒的な聖者の力に屈せず、泥臭く、それでいて鮮烈な一撃を叩き込んだ巫女の姿。日本人が古来より好む判官贔屓の心理か、あるいは単純な強者への畏敬か。

 

「くかっ、面白い。一気に持っていきおったな」

 

 マミゾウさんが目を細めて笑います。確かに場の雰囲気は霊夢に寄りましたが、霊夢の体力は既に大きく削られています。

 

「……さすがですね、博麗の巫女。その不屈の精神、敬服いたします。ですが、この勝負は幻想郷の『心』を決めるもの。私も、退くわけにはいきません!」

 

 白蓮さんが再び巻物を広げ、法力を練り上げます。対する霊夢は、肩の傷を厭う様子もなく、不敵に口角を上げました。

 

「悪いわね。あんたの説法を大人しく聞いてやるほど、私は聞き分けの良い子じゃないのよ。……さあ、今度は私の番!」

 

宝具【陰陽飛鳥井】!!!

 

 霊夢が宣言した瞬間、その手元にある陰陽玉が眩い光を放ちながら膨れ上がりました。

 

 霊夢は軽やかに、しかし力強く地面を蹴り上げ、上空でその巨大な球体へと肉薄します。そして、空中での優雅な旋回から、全体重を乗せた渾身の一撃を陰陽玉へと叩き込みました。霊夢の足先から放たれた衝撃が、巨大な陰陽玉へと伝播します。赤と白の境界を纏ったエネルギーの塊が、空気を断ち割り、音速を超えて白蓮さんの懐へと一直線に突き進みます。

 

「早っ――!?」

 

 白蓮さんが法力の防壁を二重、三重に展開する暇もありませんでした。一撃。ただの一撃が、仏法の守護を紙細工のように突き破り、白蓮さんの胸元で爆発的な光を放ちました。

 

 凄まじい衝撃波が境内を駆け抜け、砂塵が天を覆います。熱狂していた観衆の声が、一瞬で凍りついたような静寂へと変わりました。

 

 やがて砂塵が晴れた中心。そこには、膝をつき、肩で息をする白蓮さんの姿と――その目の前で着地し、勝ち誇ったように鼻を鳴らす霊夢の姿がありました。

 

 




難産でした。ホントマジでお待たせしました。
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