東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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隠岐奈が金髪にコンプレックスを抱いているという情報だけで、考察が出てくる東方界隈おもろい
今日のお供は
【東方LostWord】新規書き下ろし楽曲「Love is a polygon」
でした。


第128季/夏 鈴奈庵with妖魔本大好き少女⑤

「やった! 勝った! 敵地でも勝つと一気に注目を浴びるわね!」

 

 屋根の上から見下ろすと、境内の人々は呆然とした後、一気に霊夢へと駆け寄っていきました。

 霊夢は晴れやかな顔で、周囲の歓声に応えるように拳を突き上げます。その一方で、白蓮さんは静かに立ち上がり、汚れを払いました。

 

「負けちゃった……か。これでは商売あがったりね」

 

 白蓮さんは困ったように微笑み、手にした巻物を静かに閉じました。周囲の観衆――人間も妖怪も入り混じった群衆は、勝者である霊夢への熱狂的な拍手と、敗者である白蓮さんへの野次、そして次の「刺激」を求めるギラついた視線で溢れかえっています。

 

 霊夢は勝利の余韻に浸りながらも、ふと、自分を囲むその「熱」に肌を刺すような違和感を覚えたらしく、周囲を冷めた目で見渡しました。

 

「ところでさ。観客が乗り気だからついつい気分が良くなって戦っちゃうけど……みんな好戦的で流石にちょっと異常かなーなんて」

「そう?ここではよくある事だと思ってましたが」

「本当はそうでも無いのよねー」

 

 野次馬たちの耳を突き破るような喝采にかき消され、彼女たちの詳細な言葉までは届きません。ですが、冷めた目で群衆を見る霊夢の表情からなんとなくわかります。おおよそ、この異変を解決するための相談とかでしょう。まさか、今更、異変に気付いたわけありませんし、いくら幻想郷史上一番のんきな巫女だとしても…ねぇ。

 

 いやいや、マミゾウさんとの会話に集中しなければ。私は、隣で悠然とキセルをくゆらすマミゾウさんに向き直ります。眼下で繰り広げられる熱狂を余所に、私たちはこの異変についての相談を始めました。

 

「……マミゾウさん、今朝改めて考えを纏めたのですが、事態は刻一刻と悪化しています」

 

 私は声を潜め、昨日隠岐奈に教えてもらった内容と、今朝整理した内容を彼女に伝えました。

 

「ふむ、我らのやることは変わらぬの。宗教家たちの希望を使い、面霊気の娘自身に希望の面を作らせる」

 

「ええ、それでは、私は鬼女面の女を追います。マミゾウさんはどうします?」

 

「そうじゃの。儂は神子に化け、霊夢に戦いを挑んでみようかの」

 

「と言うと?」

 

「巫女の持つ人気を面霊気に渡せば、かなりの時間を稼げるじゃろう。もし儂が負けても、異変の原因を仄めかせば、巫女は必ず食いつく筈じゃ。あの巫女、なかなか慈悲深い性格…面霊気が退治されることにはなるまいて。…なんじゃ、お主、嬉しそうな顔をして。まぁよい。」

 

 マミゾウさんの霊夢は優しい性格発言に、つい口元が緩んでしまったのでしょう。私のにやけた顔に怪訝そうな顔をしますが、それは一瞬。マミゾウさんは煙管の先でトントンと屋根を叩きながら、不敵な笑みを深めます。

 

「場所は儂の庭、『妖怪狸の森』が良かろう。狸たちを道教の門弟に化けさせれば、あの巫女なら飛び込んでくる」

 

「店主殿。あとの舞台回しはわしに任せろ。お主は予定通り、あの不気味な鬼女面を追うが良い。……ああ、それから、昨晩の人間の感情が無くなる異変じゃが、朝日が昇るまで続いておった。おそらく、徐々に時間が長くなっておる。猶予はそうないぞ」

 

「そうですか…わかりました。では、マミゾウさん、お願いします」

 

「あぁ、お主もしくじるなよ」

 

 その言葉と共に、マミゾウさんは手にした煙管を懐に収めると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて一歩後ろへ下がりました。次の瞬間、ドロンと小気味よい音を立てて白い煙が彼女の体を包み込みます。煙が風に流された後には、もう彼女の姿はなく、ただ一枚の古びた木の葉が、夏の風に吹かれて屋根の上を転がっていくだけでした。

 

 天狗たちの姿も既になく、屋根の上に独り取り残された私は、空へと舞い上がる木の葉が天の彼方に溶けていくのを最後までじっと見届けていました。その姿が完全に消え去るのを待ってから、ようやく視線を眼下の狂騒へと落とします。そこには勝利の熱狂に浸る霊夢と、地鳴りのような群衆のどよめき。私はそれを視界の端で受け流しながら、一度だけ肺の奥まで空気を溜め込み、重い腰を上げるように深く息を吐き出しました。

 

「早く終わらせましょうか」

 

 私は屋根の縁を強く蹴り、里に向かってその身を踊らせました。

 

 …と行っても、探す当てもないんですけどね。どうしましょう。犯人は現場に戻るとアガサクリスQの本にもありましたし、彼女を見かけた場所である鈴奈庵に行ってみましょうか。

 

 

 

……少女移動中

 

 

 

 里へ降り立つと、そこは先ほど以上の「熱」に浮かされていました。私が撹乱したことによる「ええじゃないか」の騒動は、今や宗教家たちの代理戦争に対する異常なまでの興味へと形を変えたようです。

 

「聞いたか! 博麗の巫女が勝ったらしいぞ!」

「いや、次は神子様が黙っていないはずだ」

「信仰を捧げるなら強い方がいい。そうだろう?」

 

 里の熱狂を背に、私は鈴奈庵の暖簾をくぐりました。 店内に漂う古い紙と墨の匂いが、外の狂気じみた「熱」を僅かに和らげてくれます。ですが、その静寂はどこか、張り詰めた糸のような危うさを孕んでいました。

 

「ごめんくださーい」

 

 私が努めて穏やかな声で呼びかけると、カウンターの奥で伏せっていた小さな肩が、弾かれたように跳ね上がりました。

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 ガタンッ! と、激しい音を立てて椅子が後ろに倒れます。小鈴ちゃんは、青ざめた顔で私を見つめ、大きく肩で息をしていました。その瞳には、未だ拭いきれない恐怖の残滓が、どろりと濁った色で揺れています。

 

「……あ、夕雲、さん。……なんだ、夕雲さんですか……」

 

「おやおや、驚かせてしまいましたね。そんなに酷い顔をして…どうかしましたか?」

 

 私は人差し指を小さく回し、背後の空間に僅かな「逆回転」を命じました。ガチャンと大きな音を立てて転がっていた椅子が、重力を無視してふわりと浮き上がり、何事もなかったかのように元の位置へと収まります。最も、小鈴ちゃんは気づいていませんが。

 

「さあ、まずは深呼吸をして。座ってくださいな」

 

 促されるまま、小鈴ちゃんは震える足取りで椅子に腰を下ろしました。彼女は、何かに縋り付くように自分の膝を強く抱え込み、指先でスカートの布地を何度も何度もなぞり始めます。視線は定まらず、床の一点を見つめたかと思えば、急に天井の隅を怯えたように仰ぎ見る。記憶の断片を必死に繋ぎ合わせようとする、強迫観念めいた仕草。

 

 店内に、彼女の荒い呼吸の音だけが響いていました。外の喧騒が、窓越しに遠い世界の出来事のように聞こえます。

 

「……夕雲さん」

 

 不意に、小鈴ちゃんが呟きました。彼女はこめかみに指を当て、何かを振り払うように強く目を閉じました。

 

「ちょっとお話聞いてくれませんか」

 

「ええ、勿論。いくらでも聞きますとも」

 

 私がそう言うと、小鈴ちゃんは決心したかのように話し始めました。

 

「昨晩、なんだか息苦しくて、眠れなかったんですよ。それでふとふと窓を見れば、青白い光が…気になって窓を開けると、無表情のお面を被った人がたくさんいまして…」

 

 小鈴ちゃんの指先が、小刻みに震えながら膝の上の布地を強く掴みました。その震えを鎮めるように、私は彼女の手をそっと握ります。

 

「……無表情のお面を被った人たち、ですか」

 

 私の問いかけに、小鈴ちゃんは何度も深く頷きました。その瞳には、昨夜の光景がまざまざと焼き付いているようでした。

 

「はい。おそらく…里の皆さんだと思います。ですが、誰一人として声を出さず、ただゆらゆらと揺れていて……。その中心に一人の女の人が立っていたんです。真っ赤な、怒りに燃えるような般若の面を被って、手に持った行燈の()()()で足元を照らしていました」

 

 小鈴ちゃんが「青い光」と口にした瞬間、私の指先がぴくりと震えました。

 

(行燈……青い光…まさか、小鈴ちゃんは私と鬼女面を……いや、違う)

 

 嫌な予感が、心臓を冷たい氷の指でなぞるように駆け抜けます。昨晩、私もこの里を行燈を提げて歩いていました。そして、その灯火は確かに、この世のものとは思えない青白い光を放っていた。

 なぜ今の今まで、その「色」に違和感を抱かなかったのでしょう。まるで、脳の一角に霞がかかったかのように、不自然なほど意識から外されていた…

 

(思考を誘導された……? となると、そこに隠したいモノがあるはず)

(行燈、青白い光、鬼女…これだけ要素が揃っても犯人像がぼやけて、しっかりしない)

(となると、私自身に強烈な暗示が掛けられているとみるべき)

 

「小鈴ちゃん。少し待ってくださいね…「Antichronal Rotation(リザレクション)」」

 

 私はゆっくりと深く息を吐き、自身の時間軸を逆回転させます。暗示をかけられる前に戻せば、思考誘導を振り払えるはず…

 

 カチリ、と。心の歯車が、本来あるべき溝に噛み合いました。その瞬間、脳内を覆っていた不自然な霧が、強烈な日差しに焼かれるように霧散していきます。視界の端でぼやけていた「青白い光」が、今ははっきりと捉えることが出来ます。

 

 …そうですか、彼女でしたか。

 

「わ……っ! 夕雲さん、光って……!? 今の、何ですか!?」

 

 私の顔を穴が開くほど凝視する小鈴ちゃんに、私は人差し指を口元に当てて、悪戯っぽく微笑んでみせました。あからさまに不満そうな顔をする彼女を余所に、私はひらひらと手を振って、適当な言葉で誤魔化します。

 

「お祓いみたいなもんです。ここは妖魔本が多いですから、邪な気が集まっていたので」

 

「そ、そんなことに…!でも、お祓い……。夕雲さんって、やっぱりすごい人なんですね!一瞬、後光が差したのかと思っちゃいました。まるで、霊夢さんみたいです」

 

 その無邪気な一言に、私の心臓が僅かに揺れました。あの子に似ている……。親としては、この上ない誉め言葉であるはずなのに、今の私にとっては、刃のように鋭く響きます。私はそれを曖昧な苦笑いで受け流しました。

 

「……とりあえず、もう大丈夫です。小鈴ちゃんが見た鬼女はもう来ませんよ。おそらく、自分と似ているから、貴女に興味を持ったのでしょう。ですが、貴女と彼女は全く違う」

 

「ん?私と似ているですか…?」

 

 小鈴ちゃんは不思議そうに首を傾げ、自分の胸元にそっと手を当てました。その瞳には、恐怖を通り越した純粋な戸惑いが浮かんでいます。うん…思わず、口が滑りましたね。しかも私の勝手な推測であって、合っているとは限らないのに。

 

「教えてくれませんか?私と彼女がどう似ているのか」

 

「……いいでしょう。小鈴ちゃん、これは貴女に対する警告でもあります」

 

 私は、カウンターに積まれたままの、整理を待つ古い本の一冊を指先でなぞりました。

 

「彼女も一種の妖魔本コレクターだったのですよ。とは言え、小鈴ちゃんのように趣味で集めているのではなく…いろんな目的がありましたが、一番は自分の居場所を創り出すために必死に妖魔本を集めていたのです」

 

 私の言葉に、小鈴ちゃんは息を呑み、カウンターの上の本を握りしめる手に力がこもりました。私は彼女の目を真っ直ぐに見つめ、静かに言葉を重ねます。

 

「彼女には、誰よりも敬愛する、病弱な姉がいました。姉は天に選ばれ、歴史を刻む宿命を背負っていましたが、同じ血を引く彼女には何も与えられなかった。……ただの『影』として生きる事が生まれる前から決定づけられていました」

 

生まれる前から

 

 小鈴ちゃんが呟く声は、今にも消え入りそうでした。彼女自身、幻想郷の歴史の中で「文字を読めるだけの普通の人間」であることに、どこか危うい自覚を持っているのかもしれません。

 

「彼女は姉を恨もうとも、恨めなかった。彼女を見てくれるには姉だけだったから。…彼女は姉を助けたいと願いました。姉の記録をより完璧なものにするために、自ら禁忌の物語――妖怪たちが残した記録である『妖魔本』を編纂し始めたのです。最初は善意だったのでしょう。ですが、文字には力があります。負の感情を読み解き、書き写し、自らの中に蓄積していくうちに、彼女の心は妖魔本に喰われてしまった」

 

「本に、心を喰われる……」

 

「そうです。文字を読むということは、その書き手の魂に触れるということです。小鈴ちゃん、貴女の能力は素晴らしい。ですが、それは常に、物語という名の怪異に自分を差し出す危険と隣り合わせなのですよ」

 

 私は、彼女の震える指先に自分の手を重ねました。

 

「彼女はいつしか、自分自身の感情を失い、かき集めた『百物語』を完遂させることでしか自分を証明できなくなった。……そして、真っ青な灯火を掲げ、夜を彷徨う鬼女へと成り果てたのです」

 

『幻想郷において、里の人間が

         妖怪になるのは一番の大罪』

 

 本当は、私は彼女を調伏(殺さ)なければならなかったのでしょう。だけど、出来なかった。お願いされたというのも理由ではありますが…私が甘い故に起こった事でもあります。        はぁーーーー、だから嫌なんですよ。私にとって、人間と言う生き物は余りにも輝きすぎている。先輩や後輩たちが人間になりたがるのもわかります。私みたいな甘い奴は二度とピンチヒッターなぞしたくありません。

 

 考え事に耽る小鈴ちゃんの横顔を、私はじっと見つめます。妖魔本の蒐集家であること、形は違えど、妖魔本を愛していたこと。深淵を覗こうとするその危うさ、特別になりたいという願望。小鈴ちゃんは、確かに多くの点で彼女と似ています。

 

 ですが…やはり、小鈴ちゃんと彼女は決定的に違う。彼女の繋がりは姉だけでしたが、小鈴ちゃんには多くの人がいます。きっと、彼女が道を踏み外しても、必ず誰かがその手を掴み、此方側へと引き戻すでしょう。もちろん、その時は私も、何をおいても彼女を救い出しますとも。

 

 考え事をしながら、所在なげに指先を動かしている小鈴ちゃん。私はそんな彼女の肩をポン、と軽く叩き、意識をこちらへ引き戻しました。

 

「小鈴ちゃん、今日はもう店を閉めて、奥でゆっくり休んでいなさい。…戸締まりは厳重に、ですよ」

 

 彼女に安心させるような微笑みを一度だけ向けると、私は鈴奈庵を後にしました。




鬼女面は「奈弥」って名前です。姉と同じ「弥」と言う名に誇らしくも劣等感を抱いてました。
ちなみに観世って名前が第二案でしたけど…観世流というよりも下掛宝生流の方が億倍にあっているので。
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