多分、異変が一段落すれば、鬼女面と表記していたのを般若の面という表記に変更すると思います…鬼女と青い光、行燈で伏線を貼っていたつもりではありますが、心綺楼という異変ではやはり般若の面の方が綺麗だよなぁと思いましたので。
それと、夕雲さんはポンコツです。何度も言いますが、弩級のポンコツ、弩ポンコツです。つまるところ、殆どこいつが悪い。
目的地に向かいながら、私は鬼女面の正体について考えを張り巡らせます。
青行燈。おそらく、これが彼女の正体でしょう。
本来、青行燈は百物語の後に起きる不思議な出来事全般を指す妖怪…いわば、正体不明が売りの鵺のような存在*1でしたが、ある絵描きに姿形を描かれたことにより、存在が固定され、「鬼女」としての形を得てしまいました。
この
青行燈に鬼女の形を与えられた。それすなわち、人間でも青行燈に成れてしまうという事です。
また青行燈の関する記述に、『昏夜に鬼を談ずる事なかれ。鬼を談ずれば怪いたるといへり』*2と言うものがあります。これは、暗い夜に化け物の話をしてはならない。化け物の話をすれば、怪異がやってくると言われているのだと言う意味であり、一種の言霊のようなものです。
ですが、逆説的に考えれば、これは青行燈を招き寄せるための確実な召喚手順に他なりません。
ただ、この儀式を行うためには、私と共に青行燈の話をしてくれる相手が不可欠です。
マミゾウさんは今、神子に化けて霊夢と相対している最中。本物の神子や白蓮さんは大衆に囲まれており、腰を据えて儀式をする余裕などありません。何より、私は慎重を期したい。召喚の儀式をするならば、神や妖怪ではなく、やはり純粋な「人間」を選ぶべきでしょう。異質な力が混じれば、儀式は別の歪みを生んでしまいかねません。
妹紅さんや咲夜でも役目は果たせるかもしれませんが……やはり、この異変の幕を引くには、青行燈と最も縁が深い人物の方が確かです。
思考の整理が終わった丁度その時、ようやく私は目的地である稗田家に到着しました。
『稗田家』
それは、人間の里の名家であり、1200年もの長きにわたり、幻想郷絵巻を編纂する一族。稗田家代々の当主は「御阿礼の子」と呼ばれ、一度見たものを忘れない超人的な記憶力を持ちますが、三十を迎える前に命の灯火が尽きるという運命を背負っています。
かつて、私が
そして、目の前に広がる屋敷の佇まい。相変わらず名家としての威厳を備えていますが、その広大な敷地を包み込む空気には、どこか不自然で不気味な静謐さが漂っています。それは単なる静寂ではなく、そこに住まう者の体温や、日々の生活の息吹がごっそりと抜け落ちたような空虚な生気。少し前までの里の雰囲気や丑三つ時とどこか似ています。実際にこれほどの名家には、門番がいるのが当たり前なのですが、今日はいません。まぁ、アポも取っていないので、好都合ではあります。
鍵が掛かっていない門を抜け、敷地内に入ります。
時刻は夕暮れ。空は今、燃えるような茜色が急速に色褪せ、どろりとした藍色が混ざり合う逢魔が時へと移り変わりました。昼と夜の境界が融け、此岸と彼岸の理が逆転する魔の時間。
(本当に忘れる、忘れられるのは嫌ですね)
「御阿礼の子」は転生の術を使い、生と死を繰り返します。最初のその理由は…いや、今はそんなことを考えるべきではありませんね。頭を回し続けると、違う事まで脱線してしまうのがこの能力の数少ない悪いところです。
彼女たちは、「一度見た物を忘れない程度の能力」という、記録者として至高の才を持っています。ですが、それはあくまで一世の器の中だけでの話。転生の術を経て新しく世に生を受ける際、刻まれた記憶は一度、残酷なまでに綺麗に拭い去られてしまうのです。彼女たちは自ら綴った『幻想郷縁起』などの記録を読み直すことで、ようやく「過去の自分」を知識として補完する事が出来ます。
今の当主である阿求さんは、九代目の御阿礼の子供。私のかつての友人、稗田阿弥としての記憶は、今の彼女の中では古ぼけた書物の隅に記された注釈のように、微かで、頼りないものに過ぎないでしょう。私という存在も、彼女にとっては「前世の記録に現れる、少しだけ縁のある人間」程度にしか認識されていないはず。なんなら、その記録にすら私はいないかもしれません。
その事実が、どうしようもなく胸の奥を締め付けます。
「……」
私は扉を叩こうとして、その手を空中で一度止めました。
この家に来ると、どうしても思い出してしまいます。泣きながら妹の調伏を頼んできた、阿弥さんの震える声。そして、妹を封じた私に向けられた拒絶に満ちた眼差しと「…しばらく顔を見せないで」と言う彼女の声。あれが生前の彼女を見た最後の姿でした。次に会ったのは白い装束に包まれ、何も語らなくなった彼女。私は彼女の魂をただ静かに送り届ける事しかできませんでした。
(魂は同じですが、記憶は無い筈。であれば、顔を合わせても問題の無いですよね)
そう心の中で
コン、コン。
硬い乾いた音が、生気を失った屋敷の奥へと吸い込まれていきます。その音の余韻が消えるか消えないかのうちに、まるで私の到着を予期していたかのように、重厚な門扉が音もなく、ゆっくりと開き始めました。
音もなく開いた扉の先には、淡い紫の着物に身を包んだ少女――九代目御阿礼の子、稗田阿求さんが立っていました。
「……はじめまして。と言うべきでしょうかね、夕雲様」
その声は鈴を転がすように澄んでいながら、針を刺すかのような冷たさを持っていました。まるで、ずっと前から私が来るのを待っていて、その待ち時間の長さに機嫌を損ねているみたいな……何というか、拗ねたような声音です。
阿求さんにとって、私は初対面。一応、御阿礼の子生誕祝賀会の時に少しだけ顔を合わせましたが、阿弥の願いや彼女が赤子であったことを踏まえて、ほんの僅かな時間で済ませたはず。稗田家の特性故、それを覚えていてもおかしくないですが…長い髪を切ったり、服を変えるなどして、あの頃の私と今の私は見た目が全く違います。となると、やはり、阿弥さんの記憶が…
(いえ、そんなはずがない)
目の前の少女が向ける、理由の分からない刺々しさ。私を「知っている」かのような、それでいて「拒絶」しているような矛盾した視線に、私は一瞬、言葉を失いました。かつての親愛の記憶が、今の彼女との距離感にノイズを走らせ、思考が千々に乱れます。
しかし、私は自分のこめかみを指先で叩き、強引にその感傷を振り払いました。この屋敷に漂う異様なまでの静寂。そして里を蝕んでいる希望の喪失。今は、過去の幻影を追って立ち止まっている余裕など一刻もありません。
「……不躾な訪問、失礼いたします。緊急の事態でして」
冷たさを帯びた彼女の視線にひるむことなく、私は努めて低く、重みのある声で切り出しました。
「……幻想郷の賢者として、稗田家に協力を要請します。現在、里を覆っている異変の解決のため、貴女の力を貸していただきたい」
私はあえて「賢者」という肩書きを盾にしました。そうでもしなければ、彼女の瞳の奥に、かつての友人の面影を探してしまう自分を止められそうになかったからです。
阿求さんは無言のまま、じっと私を見つめていました。その沈黙は重く、屋敷を取り巻くどろりとした夕闇が、彼女の影をずるりと背後の廊下へ引き伸ばしています。
「……賢者様からのご要請とあれば、私は断るわけにはいかないでしょう。それでは、私は何をすればいいのです?」
阿求さんはそう言うと、暗い廊下の奥へと歩き出しました。案内されるがまま、私は彼女の細い背中を追って、静まり返った屋敷の深部へと足を踏み入れます。
「私と共に、『鬼』を談じていただきたいのです」
私の言葉に、阿求さんの眉が僅かに動きました。
「鬼を談じる…なるほど、百物語の真似事でもなさるおつもりで?」
一歩進むごとに、外のわずかな茜色は遠ざかり、代わりにねっとりとした闇が肌に纏わりついてきます。
「ええ。それこそが今回の異変の黒幕である『青行燈』を呼び出し、その因縁を断ち切る儀式となりますから」
逃げ場のない静寂の中、私たちの足音だけが不自然に響きます。そうして、たどり着いたのは、屋敷の奥にある書斎。そこには、まだ火の灯っていない行燈が、まるで誰かの帰りを待つ無言の参列者のように並んでいました。
「阿求さん、単刀直入に聞きましょう。先代御阿礼の子、稗田阿弥…その妹について知っていますか?」
「もちろん知っています。先代の個人的日記によく出てきた名前ですから。ですが、正直詳しくは知りません。あまりに断片的で、まるで意図的に墨で塗り潰されたかのような、歪な記述ばかりでしたので」
阿求さんは、火の入っていない行燈の群れを見つめたまま、独白するように言葉を紡ぎます。
「病弱で、屋敷の奥でひっそりと息を引き取った妹。公式な『幻想郷縁起』には一行も残されていない、一族の端役……。記録の上では、ただそれだけのはずなのに。彼女について知るたびに、指先が凍りつくような冷たさを感じ、私の知らないはずの痛みに胸を締め付けられるんです」
彼女はそこで言葉を切り、震える拳をぎゅっと握りしめました。
「夕雲様。貴女がわざわざ私の元を訪れ、その名を口にしたということは……あの子が関係しているのですね?」
私はゆっくりと頷き、並んだ行燈の一つにそっと指先を触れました。小石からライターを創り出し、行燈に火をつけ、空気を回し、淀んだ空気を排除します。
「ええ、阿弥さんの妹、稗田奈弥。それが今回の異変の大元です」
私は静かに、奈弥――青行燈についての話を始めました。
ちょっとした豆知識みたいなもんですが、第121季/春 鈴奈庵with妖魔本大好き少女②の最後の夕雲と紫の問答において、「住む世界が違う故に、あまり人間に入れこまない方が良い」と紫に言われた際に、夕雲が思い浮かべていたのが霊暮と阿弥でした。
阿求の記述に矛盾があって少し大変でした。文々。新聞には転生時に先代の記憶も含めて全部も記憶しているとあるはずなのに、東方求聞史紀 -独白-には過去の記憶は無くなるとありまして…本人が言うくらいだし、後者が正解なんだろうなぁ。文は…まぁ、文だし。
もっとうまく書ける気がするので、少し修正するかも