「ほう、希望とな……。ふっ、滑稽なことを言うではないか。私が面霊気の面を盗み出した。ただそれだけで里の人間は心を失い、やがては死に至る。そうなると、人間を糧とする妖怪たちは存在を保てず死ぬ。それともなんだ?お前に、この盤面をひっくり返す手があるとでも?」
「違いますよ。幻想郷の異変は私ではなく、今代の巫女が解決するもの。あの子が動いたんです、異変が解決されるのはもう決まっています」
「なに?」
「それに、私が言っている”希望”は貴女が喰らった奈弥さんを救う方法を思いついたという事」
「……はは!何を言うかと思えば!言うに事欠いて、あの愚かな女を救うだと、笑わせてくれるじゃないか。あの女の意識は、とうの昔に私に圧し潰された。私を押しのけて、浮かび上がる事なぞありえない」
勝ち誇ったように言い放つ青行燈。その言葉を真っ向から受けた私は、眉一つ動かさずに、ただ静かに白き大幣を構え直します。
「…なんだ、その顔は、、、腹が立つ。まぁ、良い。貴様をさっさと殺して、私は幻想郷を滅ぼす。今代の巫女がどうした。どうせ、誰も私を見つけられまい。この幻想郷で私に敵う存在なぞいないのだよ」
その言葉と共に、青行燈が大きく袖を振るうと、舞い散る墨文字が鎖のように連なり、床に巨大な矩形を描き出します。次の瞬間、床一面が巨大な和綴じ本に変化しました。
「閉じろ」
見開かれた本をパタンと閉じるかの要領で、青行燈がその両手を左右から勢いよく打ち合わせます。それに呼応する形で、両端からせり上がった頁が、逃げ場を断つ巨大な壁となって迫り、私たちを圧し潰そうとします。
――跳んで避けるにはあまりに巨大。なにより、後ろの阿求さんを見捨てる事になる。
――「回す程度の能力」で干渉し、防ぐのは悪手。青行燈の能力で妨害されるかもしれない。
逃げ場はない。となると。耐え抜くのみですね。
「夢符『二重結界』」
「ふっ、そんなもの!」
青行燈が嘲笑い、その「淡くする程度の力」を激しく波及させます。展開した結界が急速にその輝きを失い、透き通ったガラスのように強度が削られていくのが分かりました。上空から降り注ぐ巨大な和綴じ本が、脆くなった結界を押し潰し、ミシミシと空間そのものを軋ませる不快な音が鼓膜を刺します。
だが、そのための二重結界。一枚目を突破したところで二枚目の結界も破らなければなりません。
それに…想定よりも青行燈の能力が結界に影響するスピードが遅い。原因は距離か、それとも込められている霊力?…いつもよりも消費する霊力が多い。青行燈の能力を打ち消した分という事でしょうか?
考えを張り巡らせながらも、行動を続けます。霊力を込めた光弾を展開させ、大幣の切っ先に一点へと収束していきます。私はそこに「回す程度の能力」を極限まで上乗せし、超高速で回転する光の螺旋を構築しました。
「神技『天廻八方孔』」
放たれたそれは、巨大な穿孔機の要領で和綴じ本の中心を無慈悲に穿ちます。直後、空間を震わせる轟音と共に、分厚い紙束が内側から一気に爆ぜました。衝撃波がドロドロとした墨の海を真っ二つに割り、数千万という古い紙片が、青い火に焼かれながら燃え盛る雪のように舞い散ります。
(さて、もう少し彼女の能力を掴んでおきたいところ…)
私は、間髪いれずに新たに技を繰り出します。今回は、スペルカードルールではない実戦。制約なく、最適解の術式を幾らでも叩き込めるのは馴染み深い戦法です。
私は右手に握った大幣を、まるで糸を紡ぐかのように優雅に、かつ鋭く空中で一回転させました。すると、舞い散る紙片とは別に、純白の霊符が私の周囲に幾枚も展開されます。指先でその内の一枚の符を弾くと、展開された全ての霊符が呼応し、眩いばかりの七色の光を放ち始めます。それは一つ一つが光弾へと形を変え、私の意思に従って一点へと収束・加速していきました。
「霊符『矛葬妙珠』」
妖怪が嫌うありがたい光を一点に目掛けて放つ技。残光がまるで矛のように見える事から付けた技です。このありがたい光は、無理矢理にでも妖怪を封印する強制力があるのですが…
「無駄だ!」
青行燈の能力で、光が弱弱しくなりました。ふむ、結界は光弾と比べ明らかに希釈される速度が遅い。込めた霊力は同程度。密度や構造、結界が相手の攻撃や干渉を妨げる特性があるのも事実ですが…
「なるほど、なるほど」
弱まった「矛葬妙珠」の残光が、青行燈の白装束を虚しく透過していく様を見届け、私は確信を持って頷きました。
「……何が分かったというのだ。自分の無力さか?」
青行燈は苛立ちを隠さず、再び周囲の墨文字を蠢かせます。その墨文字は、私を取り囲む異界の壁面を這い上がり、空間を蠢動させ始めました。ギシリ、と嫌な音が鳴り響いたかと思うと、頭上の虚空に巨大な亀裂が走ります。
裂け目から現れたのは、悍ましく巨大な足でした。その肌は古びた紙のようで、墨で描かれた無数の呪文のようなものがびっしりと書き込まれています。
「蔵足『不浄の虚足』!」
青行燈が高らかに叫ぶと、その巨大な足が私の頭上めがけて振り下ろされます。先ほどの攻撃と違い、阿求さんは攻撃範囲に入っていない。となると、ここは回避一択。私は大幣を翻し、墨の海を滑るように後方へ跳び退きました。
ズゥゥゥゥゥンッ!!
直後、私がいた場所には巨大なクレーターが穿たれ、ドロドロとした墨の飛沫が跳ね上がりました。衝撃波が異空間の壁を震わせ、古い紙片が悲鳴のような音を立てて舞い散ります。
(……まさか、百物語に記載されている伝承を召喚、もしくは再現するとでも?厄介なことになりましたね)
「……しぶといな。ならば、これでどうだ!」
青行燈が指先を激しく動かすと、一度振り下ろされた巨足が瞬時に霧散し、再び私の頭上から、今度は二本、三本と増殖して降り注ぎました。
ドォン! ドォン! ドォン!
絶え間なく続く足踏み。回避した先、着地した瞬間に次の影が落ちてきます。私は「回す程度の能力」を使い、周囲に七色の光を帯びた数条の局地的な竜巻を複数発生させます。自らそこに飛び込む形で超高速の身のこなしを実現し、その連撃を紙一重でかわし続けます
(避けても避けても終わりがありませんが、その分、追撃の様子はありません……青行燈はこの巨足を維持するのに精一杯のようですね)
観察すれば、青行燈は両手を操り人形の糸を引くかのように構え、その全身から青い燐光を激しく放っています。彼女ほどの妖怪であっても相当な集中力と妖力を割かざるを得ないのでしょう。
反撃とばかりにいくらか弾幕を当て続けていますが、あまり効果は見られません。
この巨足は奈弥さんが蒐集した怪異なのでしょう。おそらく、「足洗邸」や「蔵の大足」などに類似した怪異。おそらく洗うことさえできれば、この怪異を祓うことが出来るでしょうが…今、この空間にあるのは汚れた墨のみ。
「水などありませんし、致し方ありませんね。物は試しです」
私は大幣を小石に戻し、それを瞬時に一振りの刀に変化させます。かつて妖怪退治のプロフェッショナルである
かつて百物語が終わる間際、突如として天井から大きな手が現れたという話があります。そして、若者が大きな手を咄嗟に切り落とすと、現れたのは三寸ばかりの蜘蛛の足。今回は手ではなく足ですが、「
私は、頭上から狂ったように振り落とされた大足を、紙一重の半身で回避しました。鼓膜を揺らす轟音と、足元からせり上がる墨の飛沫。その混沌の隙間を縫うように、私は逆光の中に銀の閃光を走らせ、「膝丸」をその肉厚な脚部へと叩き込みます。
この膝丸という刀には、幾多の数奇な伝承が纏わりついています。
ある時は夜に蛇が哭くような声で吠え、ある時は
その伝承から与えられた異名は――蜘蛛切
(百物語して蜘蛛の足を切る事…百物語を終えるのにこれほど相応しい刀は無いでしょう)
刃が肉厚な紙の層を通り抜けた瞬間、あれほど巨大だった『不浄の虚足』が、まるで魔法が解けたかのように急速にその質量を失っていきます。数万の頁がバラバラと崩落し、墨の飛沫が舞う中――床に転がったのは、巨大な足などではなく、わずか三寸ばかりの、力なく丸まった「蜘蛛の脚」の残骸。どうやら上手くいったようですね。
「ハ、ハハ……! 何を、得意げな顔を……! 巨大な足の一つや二つ、蒐集された万の怪異の、ほんの数頁を破り捨てたに過ぎない! 本体である私に、傷一つついたと思うなよ!」
本来ならばそのはずなのでしょう。ですが、私が行った行為は百物語を終わらせる手順。彼女の「淡くさせる程度の能力」は未だ健在のようですが……百物語に蒐集された怪異を操る事は難しい筈。
私は膝丸を大幣に戻し、静かに吐息を漏らしました。雪のような紙垂がさらさらと鳴り、周囲の喧騒を鎮めるように清浄な霊気が座敷を満たしていきます。
奈弥さんを救う準備は着実に進んでいます。後は、青行燈の「淡くする程度の能力」を解明、攻略し、青行燈を再度封印するだけです。
蔵足『不浄の虚足』…格ゲーの小数点作品のCPU専用のスペカでありそうだよなぁ。
自分が知っている妖怪知識を存分に活用して、書きました。書いてて楽しかった。
次で終わります。…終わりたいなぁ。……終わるといいな。
それとですが、しばらく最新話は最新話として投稿され、ある程度の時間(おそらく一週間)が経ったら、妖忌編の前に繋げる事にしました。