東方備忘録   作:電子の妖精になりたい

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本当に本当になんでここまで長くなったの、心綺楼。
…普通にプロット壊してオリチャー発動した自分のせいだな。
おそらく来年の129季で第一部は終わりです。幻想郷の年表を見れば、勘のいい人は何が起こるか察するでしょう。

執筆のお供は「サクラトンネルエスケープ feat.抹、らっぷびと【魂音泉】」でした。ホント好き。大好き。


第128季/夏 稗田家with白紙と化した百物語④

「…………あ、……み、姉さま……?」

 

 青行燈から人へと戻った少女――稗田奈弥は、震える声でそう呟きました。

 百数十年という、人間にとってはあまりに長すぎる「空白」から目覚めた瞳が、目の前にいる阿求さんを映します。

 

「……よかった。……阿弥お姉さま、生きてて……くれたんだね……」

 

 奈弥さんは、おぼつかない手で阿求さんの袖をぎゅっと、縋るように掴みました。

 その眼に映っているのは、かつて自分と共に生きていたはずの「姉」の面影。同じ魂を宿し、同じ宿命を背負う、御阿礼の子であるがゆえの勘違いでした。

 

「え……っ、あ……」

 

 阿求さんは、掴まれた袖と自分を姉と呼ぶその声に、困惑と緊張で身を硬くしています。阿求さんにとって、奈弥さんは先代の記録にのみ存在する過去の人物。先ほど私に彼女について教えられたとはいえ、家族としての情愛を分かち合うには、二人の間にある時間はあまりに深く、遠いものでした。

 

 奈弥さんの指先は、阿求さんの袖を真っ白になるほど強く握りしめています。その瞳に宿っているのは、怪異(青行燈)としての傲慢な光ではなく、深い霧の底でようやく見つけた灯火に縋るような、切実なまでの幼子(人間)の色でした。

 

 どうやら、この状況を打開できるのは私しかいない様子。とりあえず、奈弥さんの誤解を解くとこからです。

 

「奈弥さん……落ち着いて。まず、貴女の目の前の方は阿弥ではありません」

 

「……え? でも、私……ずっと、お姉様のそばにいた気がするの。……阿求お姉様が夜に『幻想郷縁起』を書いていたあの部屋に、ずっと……」

 

 奈弥さんの言葉に、私は内心で首を傾げました。

 

(……以前よりも言葉が幼い。妖怪から人間に戻った影響で、負の部分は結果的に希釈された?いや、そんなことよりも、姉の部屋にいた。…阿弥の仕業でしょうか?)

 

 かつて私が奈弥さんを封印した「妖魔本」を、きっと阿弥は終生手放さなかったのでしょう。青行燈としての意識が表にあっても、その裏では奈弥さんが姉の筆音を聴き続けた…そんなところでしょうか。

 

「……奈弥さん。その手を離さなくてもいいですが、耳を傾けてください」

 

 私は一歩前へ出ました。彼女を封印した当事者である私が、事実を話さなければなりません。

 

「貴女が今、目の前で見ているお方は、貴女の姉である阿弥ではありません。……幻想郷の季節は幾度も巡り、稗田の血は次代へと繋がれました。その方は、九代目の御阿礼の子――名を、稗田阿求と言います」

 

「……あきゅう……? 違う、そんなはず……こんなにもお姉さまの匂いがするのに……」

 

 奈弥さんの震える声が、静まり返った広間に虚しく響きす。私は、絶望に揺れるその様を見つめるのと同時に、百物語を語る前に阿求さんが漏らしていた言葉を思い出しました。

 

『記録の上では、ただそれだけのはずなのに。彼女について知るたびに、指先が凍りつくような冷たさを感じ、私の知らないはずの痛みに胸を締め付けられるんです』

 

 ……そういうことでしたか、阿弥。

 私は、阿求さんの背後に漂う、形のない温かさに目を向けました。

 

「それは、阿求さんが阿弥と同じ魂を分かつ者…阿弥さんの転生体だからです。そして……これは私の勝手な推測ですが」

 

「……もしかしたら、阿弥はいつか貴女がこうして人へと戻る日を信じてたのかもしれません。その強い思いがもしかしたら、阿求さんにも宿っている…あくまでも推測。悪く言えば、勘のようなものですが、そう思えてならないのです」

 

 事実を告げる私の声は、かつての友を慈しむ、自分でも少し驚くほど温かな響きを帯びていました。

 

「想いを受け取ったのなら、今度は貴女が前を向きなさい。貴女が愛した姉は、その願いを次代へ託して旅立ったのですから。……阿弥はもういません。それだけは、確かです」

 

 私の言葉を受け、これまで固まっていた奈弥さんの肩が、小さく震えました。

 それを見た阿求さんはゆっくりと、自分を「姉」と呼び間違えた少女の手を、自らの両手で包み込みました。

 

「……奈弥様。私は、貴女の知る阿弥様ではありません」

 

 阿求さんの声は、震えながらも、凛として響きました。

 

「貴女の事も先代の…阿弥様の日記に書かれていたのを知識として知っているだけです」

 

 阿求さんの正直な言葉に、奈弥さんの肩が震え始めます。阿求さんは、震える手で自らの袖を掴む奈弥さんの手を、そっと包み込みました。

 

「……ですが、貴女が家族であることは分かります。この魂が、貴女を他人ではないと告げているから」

 

「私の名前は稗田阿求。貴女の阿弥様ではありませんが…貴女の家族になりたいです。……おねがいできますか?奈弥さ…ん」

 

 阿求さんがそういうと同時に、奈弥さんの目から大粒の涙が溢れ出しました。数十年の空白を埋めるような幼い少女の泣き声。私はそれを見届け、満足げに微笑む阿弥の残影を振り払うように、静かに踵を返しました

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ち、羅万館の古びた扉を叩く昼下がり。

 カラン、と鈴の音が鳴り、賑やかな声が店内に響きました。

 

「夕雲さーまー!阿求ったらまた私を子供扱いするのよ。お姉様に向かって失礼しちゃうわ!」

 

 不満げに頬を膨らませて入ってきたのは、現代の装いに身を包んだ奈弥さんでした。その後ろから、困ったように微笑む阿求さんが続きます。

 

「はいはい、お姉様、お姉様。とは言え、今は妖怪の巣窟になっている場所を、『昔は綺麗な花畑だったから』とショートカットしようとして、妖怪に追われるのは流石にお転婆が過ぎますよ。夕雲さんもそう思いますよね?」

 

 奈弥さんは「私は先代の頃から生きているのよ」と胸を張りますが、今の幻想郷の歩き方を知らなければ、ただの迷子のようなものです。私はカウンター越しに、温かな茶を二人の前に差し出しました。

 

「ふふ、奈弥さん。貴女がそれだけ危なっかしいから、阿求さんも放っておけないのですよ。さて、今日はどうしたんです?」

 

 私は、戸惑いながらも「姉妹」としての時間を新鮮な喜びとして受け入れている阿求さんに目配せをしました。彼女もまた、知識でしか知らない「姉妹」という関係を手探りで楽しんでいるように思えます。

 

「……というより、貴女たち二人だけで来たんですか? 里からここまでの道中、妖怪に襲われたらどうするつもりだったのです」

 

 私はわざとらしく眉をひそめ、腕を組んで二人を見遣りました。心配が半分、あきれが半分といったところでしょうか。すると奈弥さんは、待ってましたと言わんばかりに、自信満々に胸を張って見せました。

 

「それは大丈夫よ。博麗の巫女に作って貰った御札があれば、弱い妖怪は近寄ってこないわ。それにね、御札を無視するような強い妖怪も『今から羅万館に行く!』と言えば、みんな踵を返して逃げていったわよ」

 

 お茶を一口啜り、いたずらっぽく笑う奈弥さん。……全く、私の名前が変な方向に使われているようで複雑な気分ですが、それほど今の彼女は「人」としてこの世界を楽しんでいるのでしょう。…昔の抑圧されていた時とは違い、明るい。これにはもういない阿弥もニッコリでしょう。

 

「だからと言って、危ないですよ。……次はちゃんと護衛を、そうですね、早苗さんあたりを雇いなさい。そうしたら、いつでも来ていいですから。もしくは、先に手紙を書くこと。その場合は、私が里まで迎えに行きますので」

 

 指を一本立てて言い聞かせる私を、奈弥さんは眩しそうな、それでいて茶化すような瞳で見つめました。

 

「はーい。夕雲様はいつも心配性ね。お姉さまの時もそう……」

 

 ふと、彼女は私の顔をまじまじと覗き込んできました。まるで古道具の鑑定でもするかのようなその視線に、私は少しだけ背筋を正します。

 

「……ずっと思ってたのだけど、夕雲様ってなんで、そんなに若いままでいられるの? ほんとに人間?」

 

「……私は今は、ただのしがない人間ですよ。……奈弥さん、私の『前職』については、誰にも言わないように」

 

私は彼女の唇にそっと指先を寄せ、少しだけ声を低くしました。かつての母として、あるいは神としての名残を悟らせぬように。すると彼女は、分かっているという風にひらひらと手を振りました。

 

「はいはい。分かってるわよ。誰にも言いません」

 

「それならいいのですが……(やはり心配ですね。うっかり口を滑らせないよう、概念的な『契約』でも結ばせましょうか?)」

 

 私が内心で真剣に「口封じ」の算段を立て始めたその時、奈弥さんが思い出したように阿求さんの袖をぐいぐいと引っ張りました。

 

「あっ、阿求。それよりも()()、渡さなくてもいいの?」

 

 奈弥さんに促され、阿求さんは「ああ、そうでした」と思い出したように、懐から一冊の古びた冊子を取り出しました。それは丁寧に扱われてはいるものの、経年で端が擦れ、幾度も読み返された跡がある――稗田阿弥の日記でした。

 

「阿弥様の…遺言のようなものです。貴女の正体も相まって、他の人に読ませるわけにもいかないので、こんなに遅くなってしまいました。ほんとはさっさと渡したかったのですが…まぁ、読めばわかります。」

 

 阿求さんは、どこか私を睨むかのようにその日記をカウンターに置きました。睨むというより、ジト目というやつでしょうか。妙に居心地が悪くなります。

 

「……阿弥の、日記ですか。預かっておきましょう。彼女が何を書き残したのか、読ませていただきます」

 

 私はそれを受け取ると、指先に伝わる古い紙の感触に、かつての友人の体温が重なるような錯覚を覚えました。

 

「ええ、よろしくお願いします。……それでは、私たちはこれで」

 

「また来るわね! 次は面白いお土産を持ってくるわ!」

 

 奈弥さんは元気よく手を振り、阿求さんはそれに苦笑しながら、二人は羅万館を後にしました。並んで歩く背中を見送りながら、私は小さく息を吐きます。

 

「あの子は元気ですね……。まあ、それも阿弥が望んだ形なのでしょう」

 

 店内に静寂が戻ると、私は手元の日記をゆっくりと開きました。

 流麗な筆致で綴られる、稗田の語り部としての日常。そして、ページを捲るうちに、あの日――奈弥さんが青行燈に堕ち、私が彼女を封印した日の記述に辿り着きました。

 

『……夕雲が、奈弥を本の中に封じてくれた。妹を失わずに済んだのは、彼女のおかげ。けれど、今の私は涙が枯れ果て、声もまともに出ない。彼女に当たりたくないから、「しばらく、顔を見せないで」と告げたけれど。……伝わったかしら。』

 

 私は、その一行で指を止めました。

 心臓の奥が、小さな音を立てて軋んだような気がしました。

 

「……しばらく、ですか」

 

 あの日。

 奈弥さんを封印し、悲痛な面持ちの阿弥に本を託した際、彼女は確かに何かを呟きました。ですが、妹を想うあまり泣き伏し、喉を枯らしていた彼女の声は、私には「顔を見せないで」と聞こえたのです。しばらく…なんて聞こえませんでした。

 

 親友に妹を封印させたという罪悪感。そして、その本人に拒絶されたという痛み。

 私はその言葉を「金輪際、関わるな」という決別の意志として受け取り、以来、彼女が死ぬまで一度も会いに行くことはありませんでした。

 

 次に彼女に会ったのは、彼女の葬式。

 物言わぬ骸となった彼女の前で、私は「貴女の望み通り、一度も顔を見せませんでしたよ」と、心の中で寂しげに毒づいていたのですが……。

 

「……私の聞き間違いだった。ただの、言葉足らずなすれ違いだったというのですか」

 

 日記を捲れば、その後のページには、私が訪ねてこないことへの寂しさや、「もしかして怒らせてしまったのかしら」という阿弥の不安、「彼女も私とは会いたくないのだろう」といった悲しみが点々と綴られていました。

 

「……なんだ、全部私の勘違いだったというわけですか。今の今まで私は貴女に嫌われたままだと思っていましたよ」

 

 私はふっと笑い、けれどその瞳の奥には、ほんの少しの湿り気が宿っていました。

 私は日記を閉じ、羅万館の奥にある棚へ大切に仕まいます。

 

「今度、あの二人に会った時には精一杯のおもてなしをしましょうかね」

 

 ふと窓の外を見れば、夕暮れはとうに過ぎ去り、夜がすべてを塗り潰していました。あの日と同じ満月が、爛々と、あまりにも鮮やかに輝いています。時計の刻む無機質な音だけが、店内の静寂をいっそう深いものにしており、私はカウンターに肘をつき、月光の落ちる床を、ただぼんやりと眺め続けていました。

 

 ……東の空が白み始めるまで、ずっと。




まぁ、ハッピーエンド。
次からは殆ど日常編です。それを終えたら、ようやく幕間書ける。視点は、幻想入りした大魔法使いです。
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