冷静になりました。作者が夜中に息抜きで書いてたのを、間違えて投稿してしまいましたね。おそらくキリが良いところでしたので…
後書きのメモは編集で消しました。間違えて投稿した奴なので、後から設定変わるかもしれません。とは言え、殆どそんな事ないはず
あと、どれほど待てば彼女たちは来るのか。それとも、やはり摩耗し消えるのが私に相応しい結末なのでしょうか。
感覚の糸はとうに細く長く伸びきっています。意識を閉じていれば、百年も一秒ももはや大差はありません。メリーがこの死した世界から自分の世界に戻ってからというもの、私は再度自身の歯車を止めました。
それでも何度か、私が瞼を開けるようなことがありました。例えば、永遠という病に冒されたような眩い月の輝きを纏う客人に、約束は破ってないと嘯く嫌みが出るほど賢明なる古き友人。彼女たちは不老不死という理の外側にありながら、この寂れた墓標の並ぶ地を訪ね、私の孤独をほんの一時だけ分かち合ってくれました。けれど、そんな稀人との語らいさえ、今となっては永劫に等しい私の微睡みを揺らす、微かなさざ波に過ぎなかったのです。
幾日も私は夢を見ていました。それは滅びる前の黄泉の国の記憶。今のような沈黙が支配する世界ではなく、騒がしいほどに鮮やかな日常。黄泉神たちが気まぐれに笑い、住民たちが明日の糧を憂い、あるいは語らい、生と死が渾然一体となって巡っていた時代。市場の喧騒、誰かが零した酒の匂い、風に揺れる鈴の音に川の
そんなある日、意識の表層に微かな震えを感じ、私は緩やかに瞼を開きました。
視界に広がるのは、薄暮の光を閉じ込めたような、曖昧で薄暗い、けれど透き通った世界。あたりには、かつての住民たちが眠る無数の墓標が石の骸となって静かに並んでいます。その傍らでは、古の橘の木々が季節を忘れたまま白い花を重たげに咲かせ、足元の荒れ果てた大地には、いつになったら枯れるのかわからない優曇華の花が、青白い光を帯びて未だ静かに呼吸をしていました。
そんないつのも光景に、異物が一つ。
散り敷かれた月白の橘を、紅く染まっていきます。この死の世界を冒涜するように、どろりと溢れ出した生々しい命の残滓――血。
大怪我をした男がいつのまにか、まるで最初からそこにいたかのように横たわっていたのです。
「……しょうがないですね」
見知らぬ相手と言えど、流石に怪我人を見過ごすほど、私は非情ではありません。寝覚めが悪くなりますからね。私は、傍らに転がる石を、柔らかな月白の布や傷を癒やす霊薬へとその在り方を転じさせ、深い溜息と共に目の前の男の手当てに取り掛かりました。
それにしても、不可解な男です。この世界は生者の入りを拒絶し、死者の出を拒む境界に区切られています。メリーのように境界を操る、輝夜のように穢れに干渉する魔法を持っているのならば、この世界に入る事は出来るでしょうか…
この男は呼吸を行い、血を流して確かに生きている。境界のバグでしょうか?まぁ、私には関係ないですけど。
ある程度の手当てを終わらせ、石から柔らかな寝具を創り出した私は、男を引きずる形で布団に寝させます。起きたら、出て行ってもらいましょう。きっとなんらかの夢だと男は思うでしょう。
「おや…これは……え???」
彼が倒れていた場に落ちる私のとても見覚えのあるモノ。どこからどうみてもそれは…私がかつて数えきれないほどその手に受け、導き、修復し、輪廻に還した…橘の花弁に埋もれかけながらも、それは自身の存在を主張するように、仄かな、けれど今にも消え入りそうな光を放って、それは存在を主張していました。
「魂?なぜ、こんなところに…」
――温かい。
意識の底から這い上がってきた俺が最初に感じたのは、そんな場違いな感覚だった。
「……っ、は……!」
肺が鋭く大気を吸い込み、私は跳ね起きようとした。だが、体中に走る鈍い激痛がそれを許さない。呻き声を上げながら目を開ければ、そこには見たこともない薄暗くも、澄み切った空が広がっていた。
いや、空ではない。光が停滞している。そして、俺は石のように硬い地面ではなく、滑らかな布で作られた寝具の上に寝かされていた。
(ここは……どこだ?地獄、か?)
重い頭を無理やり持ち上げ、周囲を探るように視線を巡らせる。まず、目に飛び込んできたのは、整然と、それでいて果てしなく続く石の群れだった。……不気味なほどの静寂と、その並び方。嫌な予感が背筋を走る。これらはもしや、すべて墓標なのか? だとすれば、ここには一体、どれほどの数の命が埋められているというのか。
その石の列に寄り添うようにして、背の高い木々が数本、白い花を重たげに咲かせている。おそらくは、橘の花。風もないのに、その香りは清涼を通り越し、刺すような冷たさを持って鼻腔を抜けていった。そして、地面には見たことのない花が咲いている。きっとここでしか咲かない花なのだろう。
鼻腔をくすぐったのは、この静まり返った墓所には到底そぐわない、ひどく場違いで、けれど嫌というほど嗅ぎ慣れた、温かな匂い。
(……飯の、匂い……?)
それは現世のどこにでもある、白米が炊き上がる時の甘く温かな匂い。
俺は激痛に呻きながら、重い身体を強引に捩り、その香りの主を求めて背後を振り返った。
視界の端、橘の木陰に一人の女がいた。美しい衣を纏い、夜明け前の光をその身に閉じ込めたような静謐な佇まいの女。彼女は、使い古された、けれど手入れの行き届いた古い釜の前に屈み込み、手慣れた様子で火の加減を確かめていた。その光景はあまりにも日常的で、そんな普通の行いがこの不気味な世界では異常だった。
俺は女に問いかけたかった。ここは一体どこなのか。お前は何者なのか。なぜ見知らぬ自分を助けたのか。だが、震える唇を開くよりも先に、俺の肉体が抗いようのない主張を上げた。
――ぐぅ。
静まり返った墓所の中に、情けないほどに大きな腹の虫の音が響き渡る。 その音に合わせるように、釜を見つめていた女の動作が止まった。彼女はゆっくりと、まるで最初から俺が目覚めるのを待っていたかのような、澱みのない動作でこちらを振り返る。
その瞳に宿るのは、警戒と疑いの感情。どうやら、俺は相当難儀な場所に迷い込んだらしい。
「……何者ですか、貴方は」
低く、鈴の音のように透き通った声。けれどその響きには、氷のような硬質さが混じっている。女は立ち上がり、ゆっくりと俺との距離を詰めてきた。橘の白い花びらが彼女の歩みに合わせて静かに舞い上がる。その立ち居振る舞いはあまりに優雅で、この死の世界の支配者であることを無言のうちに告げていた。
「あまりにも不可解な存在。私たちは貴方のような"生物として破綻している存在"を創り出した記憶は無い。貴様は何者だ、答えろ」
射抜くような視線が、俺の傷口よりも深く、魂の奥底まで暴こうとしていた。
「生物として破綻している」――その言葉は、俺がこれまで感じてきた言いようのない欠落感を、残酷なまでに肯定するものだった。何か適当に名乗って煙に巻くべきか。だが、死に損ないの俺を介抱し、飯まで炊いているこの不可解な女を前にして、虚飾を弄する気にはなれなかった。それに、この圧倒的な存在感を放つ女を前に、小細工など何の意味も成さないだろう。と言うより、そもそも、俺自身が自分のことを一番理解していないのだ。俺は諦めたように息を吐き、澱みゆく意識を繋ぎ止めて、隠すことのない本心を投げ出すことにした。
「…何者だと言われても、俺は生まれた時からこれだ。親もいなければ、兄妹もいない。自分が何者かなんて、こっちが教えて欲しいね」
すると、女は困ったかのように眉を下げる。なんだ、情緒不安定なのか?いや、先のは演技も含んだ問いだったのだろう。くそ、頭が働かない。
「…嘘は吐いていないようですね」
女は呆れたように天を仰ぎ、大きく溜息を吐いた。その拍子に、彼女の橙の髪に触れていた橘の白い花弁が、ひらりと俺の元へ落ちる。彼女は何やら納得のいかない様子で、独り言ちるように語りだした。
「半人半霊。貴方を端的に表現すると、そうなるでしょう。それにしても自分が何者かを知らないですか…どこぞの神が作り出したのでしょうか?貴方、最初の記憶は?」
女の視線が再び俺を射抜く。最初の記憶。俺は疼く傷の痛みを堪えながら、霧に包まれたような意識の奥底を探った。あるのは、潮騒の音と肌を焼くような陽光の記憶だけだ。
「どこぞの島で目覚めたのが最初だ」
「つまり、何も知らないと。まぁ、良いです。それで、貴方はなぜ此処に?」
「知らん」
「貴方ねぇ!」
「しょうがないだろう!本当に知らないのだから!わけのわからん巨大な化け物が俺を喰おうとしたから、ただ必死に殺し合って……気づいたら、いつの間にかここにいた! それだけだ!」
叫ぶと、喉の奥から熱い血の塊がせり上がってきた。俺はそれを無理やり飲み込み、荒い息を吐きながら彼女を睨みつける。女は俺の気迫に押されたわけではないだろう。ただ、俺の瞳の奥に宿る事実を読み取ったようだった。彼女は再び深く、今度は少しだけ毒気の抜けた溜息を吐き、釜から香ばしい匂いの立ち上る椀を取り出した
「……嘘はついていない、と。本当の意味で、何も知らないのですね。まぁ、いいです。これ以上、私の静止した時間をかき乱されては堪りません」
彼女はそう言って、湯気の立つ白飯を俺の枕元に置いた。その動作は先ほどまでの警戒が嘘のように淡々としており、むしろ迷い犬に餌を投げて寄こすような、奇妙な無関心さに満ちている。
「傷を癒したら、さっさと出て行ってください。ここは貴方のような騒がしい人?霊?が長居する場所ではありませんから」
突き放すような言葉。けれど、その後に添えられた「死なれては寝覚めが悪い」という独白が、この死の世界で唯一、暖かみを持って俺の耳に届いた。